高砂義勇隊(Takasago Volunteers)

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2010/01/08(金)
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高砂義勇隊(たかさごぎゆうたい)は太平洋戦争末期、台湾原住民により編成された日本軍の部隊。フィリピン、ニューギニアなど密林地帯の戦場に投入するために創設された。隊員は軍属であり軍人ではないが戦闘に参加し、戦死者の割合が正規軍よりも多かったといわれている。高砂義勇軍とも。

概要

台湾の高砂族志願兵からなる部隊である。7度にわたって編成され、合計1,800-4,000名の原住民が参加したと考えられている。日本人指揮官の元、フィリピンやニューギニア戦線の密林地帯で遊撃戦闘(ゲリラ戦)に投入され、イギリス軍のグルカ兵と対戦するなど、多くの戦果を挙げた。日本人が不慣れな密林でのサバイバルで、彼らの持つ技術や知識は大きな助けとなった。

日本軍は霧社事件の際、高砂族の勇猛さや密林での戦闘能力の高さを知り、兵士として利用することを思いついたと言われる。伝統的な生活を営む高砂族の勇敢で純朴な性質や、耳が良く、夜目が効き、素足で音も無く夜の密林を駆け巡ると言われる程の身体能力の高さが、東南アジアの密林地帯において有用な戦力になると期待された。ともすれば漢系台湾人や日本人から未開人と卑下されがちだった原住民の若者とって、戦いで己の武勇を示せる義勇隊は魅力的で多くの若者が志願した。一部の部族には首狩りの風習が残るなど勇敢であること、強きことは原住民に取って美徳であった。

また、彼らの言語はオーストロネシア語族に属しており、日本軍の占領下にあった、いわゆる南方地域の同じオーストロネシア語族に属する言語を用いる原住民との意志の疎通ができることもあったため、その面でも有用視された。義勇軍参加者は戦後、台湾に進駐して来た中華民国軍によって、日本軍に協力したとして虐待された者もいたという

高砂義勇隊に関連した裁判

戦後、未払いの軍事郵便貯金の払い戻し(確定債務問題)、戦死者の靖国神社への合祀などを巡って生存者や遺族の一部は裁判等で係争を続けていたが、2005年9月30日の大阪高裁の判決で敗訴が確定した。当初この裁判に提出された原告側の賛同者リストの大多数は、本人の承諾なしもしくは存在しない人のものであったりしたことが発覚。大阪高裁での判決は、地元原住民メディアも取材し即日台湾にて放送された。反対する生存者や遺族も居り、また靖国神社への参拝などを希望し、継続している。靖国神社が「いったん合祀した英霊を分割する事は出来ない」と主張するなか、台湾団結連盟靖国神社参拝事件に反発して‎2005年6 月14日には台湾の立法委員(国会議員)高金素梅(チワスアリ)ら60人の台湾原住民が靖国神社を訪れた。これは戦没した義勇兵の霊を取り戻す儀式「還我祖霊」を行う為との説明ではあったが、実際は以前に「還我祖霊」を靖国神社にて挙行しており(1回目は靖国神社も認可を出している)、また参加した60人の台湾原住民への来日募集要項に記載されている日程は、大部分は日本の観光地めぐりであり、いろいろ議論を引き起こしている。

今回の高金素梅らの行為は台湾の各種メディアで大きく報道され、台湾内部でその行為の是非について議論を呼んだ。支持者と反対派では、この報道についての受け取り方が大きく異なっている。

* 支持者から見た見方

台湾原住民の習慣に先祖を自宅で祭る文化があり、自宅で先祖を祭らない者は「不孝者」として、コミュニティ、世間体から軽蔑視される文化があった。このような背景の下で、台湾原住民及びその他台湾出身の旧日本軍遺族の強い意思で、「迎霊招魂」の儀式の挙行を望んでいるのに、靖国神社が断固として台湾の遺族の意思、そして台湾の文化を無視した点については、台湾の一部メディアは高金素梅ら及び遺族に対して同情を示し、また日本政府及び靖国神社の強硬な対応を批判的に捉えている。

* 反対派から見た見方

各種メディアの報道ではこの運動は台湾人の意見を代表するものではないとの批判的な意見が出されている。台湾でも「反日団体が糸を引いている反靖国運動」「高金素梅は外省人、つまり反日的な中国人で本来の台湾人とは違う」など、『本来の台湾人は親日的で戦前の日本を非難しない』という主張がなされている。また、「「迎霊招魂」の儀式の挙行を望んでいる」という主張に対して、過去に「迎霊招魂の儀式」を靖国神社側が許諾し一度であるが挙行されているため、支持者の主張の一部は満たされているはずと靖国神社側は主張している。2005年6月14日の訪問に関しても、現地台湾では「日本への観光旅行」という名目で募集が行われたとの情報もあり、実際に来日でのスケジュールもほとんどが観光であった(旅行日程表による)ため、政治目的の動員ではないかと疑われている。大阪地裁への訴訟の際にも、台湾原住民本人の許諾なしで数百名の名簿を作成。しかしその名簿を元に個人確認を行った結果、ほとんどは同意なしで名簿化されたことが確認され名簿からの抹消が行われた。

無補償・給与未払い問題

戦後、日華平和条約により、日本国籍を喪失し日本人でなくなったとの理由で、日本政府は台湾人を戦争被害の補償対象から除外し、元軍人・軍属やその遺族に対して障害年金、遺族年金、恩給、弔慰金、また戦争中の未払い給与、軍事郵便貯金等の支払いを一切行わなかった。現在でも多くの未払給与があり、一部の人が弔慰金を受け取ったのみである。台湾国内においても、日本への協力者として長年厳しい対応をされた。しかし日本政府と台湾との国交がないため、補償に関する協議は現在まで行われていない。

1974 年末にインドネシアのモロタイ島で発見された台湾人日本兵、中村輝夫(本名、スニオン、李光輝)も、台湾原住民アミ族出身の義勇隊員である。彼の確認が、日本の世論において「高砂義勇軍」が話題に上った最初のきっかけとなった。彼の発見をきっかけに給与が未払で補償がないことに関する世論の批判もおき、1990年代に戦病死者及び重傷者を対象に一人200万円(台湾ドルで約43万ドル)の弔慰金が支払われたが、給与は現在でも未払である(以下の柳本の文献参照)。また、当時強制的に軍事郵便貯金とされた給与も引き出せなかったが、これは120倍にして返却することが決まり1995年に支払いが開始され一部の元隊員は受け取った。しかし平均1000円ほどの残高を所持し、当時としては大金だったのに120倍で引き出しても12万円にしかならない。これに抗議して、1996年6月に、日本大使館に相当する台北の交流協会を元隊員が襲撃する事件が起こった。現在でも、物価上昇を考慮すると、数年間の戦闘の対価としてはあまりに少額として抗議する元隊員も多い。

高砂義勇隊慰霊碑

台湾では戦後、台湾原住民の周麗梅が慰霊碑を建立し、現在は長男の邱克平、甥の簡福源が管理しているが、慰霊碑の敷地を提供していた台北郊外の観光会社が、新型肺炎(SARS)流行による日本人観光客激減で倒産してしまい、維持管理が困難になったことから慰霊碑は撤去されそうになった。この事態は産経新聞朝刊一面に「高砂義勇兵慰霊碑に撤去の危機」と題して掲載され、読者などが「慰霊碑を守る会」を作って義援金を募集した。その結果、3,398件の寄付の申し出があり、総額3,201万2,391円に上る義援金が集まり、慰霊碑は移転させて存続する事になった。 これを受けて、2005年8月には日本側の支援の動きに呼応して建立委員会(代表烏来郷元郷長(町長)簡福源氏)ができ、社団法人「台北県烏来郷高砂義勇隊記念協会」の設立準備を進める一方、台北県から県有地の提供を受けることで交渉がまとまった。

その後、2006年2月8日に慰霊碑の移設は完了したが、17日に中国時報により日本を賛美する碑文であると報道されたことから反発が広がり、同日に敷地を提供している台北県政府から撤去要請がなされるという事態が生じた。24日、強制撤去に着手した県政府と地元側との衝突があり、話し合いの結果、記念碑は存続し、日本の遺族団体などが寄贈した、「皇民」など日本語が入った石碑8基を撤去するというギリギリの妥協案で決着した。しかし記念碑側面に刻まれた「大和魂」などの日本語の文言は覆い隠され、説明が無ければ慰霊碑であることすら分かりづらいものとなっている。撤去された8基の石碑は当面、台北県風景管理局に保管されている。なお、慰霊碑撤去を要請した県長は中国国民党所属であり、民主進歩党は撤去に反対していた。

さらに詳しく → 高砂義勇隊  太平洋戦争



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(1998/05)
林 えいだい

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タグ : 戦争 第二次世界大戦 太平洋戦争 高砂義勇隊 部隊 台湾

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