B-36 ピースメーカー(Convair B-36 Peacemaker)

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2012/12/02(日)
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B-36とはアメリカ合衆国のコンソリデーテッド・ヴァルティ(コンベア社)が開発した戦略爆撃機。冷戦の初期段階において、アメリカ空軍の戦略空軍(SAC)における主力爆撃機となった。

正式な愛称は存在しないがおおやけな場でもしばしば「ピースメーカー(Peacemaker)」との表現がなされこれが半ば公式な呼称となっている。他には「コンカラー」、「ビッグスティック」などがある。

概要

第二次世界大戦に計画された爆撃機であるが、1945年8月に日本が連合国軍に敗北し、第二次世界大戦が終結したため開発が急がれず、初飛行は1946年8月8日であり、配備は1948年で最終的には1954年まで製造された。

退役したのが、大型ジェット爆撃機のボーイングB-52が配備された後の1959年であり、活動した期間が短い機体である。

B-36は6発レシプロ機(プロペラは推進式に主翼の後ろに取り付けられている)であったが、推力不足気味で、開発されたばかりのジェットエンジンを左右の主翼に2基ずつ計4基をパイロンで吊り下げ追加装備して空前の10発爆撃機となった。

機体表面にはマグネシウム材を用いていたため、墜落事故を起こすと他の爆撃機も同様であるが跡形も無く全焼することが多かった。

現役時代に朝鮮戦争があったが、全てが核戦争勃発時の主力核爆弾搭載機として温存が図られたのと、すでにジェット戦闘機の時代であり、飛行速度の遅さによる被害が懸念された為、爆撃機としての実戦投入はされなかった。

概要

第二次世界大戦に計画された爆撃機であるが、1945年8 月に日本が連合国軍に敗北し、第二次世界大戦が終結したため開発が急がれず、初飛行は1946年8 月8日であり、配備は1948年で最終的には1954年まで製造された。退役したのが、大型ジェット爆撃機のボーイングB-52が配備された後の1959年であり、活動した期間が短い機体である。

B-36は6発レシプロ機(プロペラは推進式に主翼の後ろに取り付けられている)であったが、推力不足気味で、開発されたばかりのジェットエンジンを左右の主翼に2基ずつ計4基をパイロンで吊り下げ追加装備して空前の10発爆撃機となった。

機体表面にはマグネシウム材を用いていたため、墜落事故を起こすと他の爆撃機も同様であるが跡形も無く全焼することが多かった。現役時代に朝鮮戦争があったが、全てが核戦争勃発時の主力核爆弾搭載機として温存が図られたのと、すでにジェット戦闘機の時代であり、飛行速度の遅さによる被害が懸念された為、爆撃機としての実戦投入はされなかった。

開発

B-36の起源は、1941年の始め、アメリカの第二次世界大戦の参戦前まで遡ることができる。その時点では後に連合国の同盟国となるイギリスが敗北する可能性も十分考えられ、その場合、B-17やB-24などのこれまでの爆撃機では、ドイツへの戦略爆撃は不可能になることから、アメリカ本土から大西洋を横断してヨーロッパを爆撃できる新たなクラスの爆撃機が必要となるであろうと考えられた。

アメリカ陸軍航空軍は最高速度450マイル/時、巡航速度275マイル/時、運用高度45,000フィートで高度25,000フィートにおける最大航続距離12,000マイルという超長距離爆撃機の設計コンペを1941年の4月11日に開示したが、これらは短期的には実現困難であることが分かり、8月19日には最大航続距離は10,000マイル、10,000ポンドの爆弾を搭載しての戦闘行動半径4,000 マイル、巡航速度は240~300マイル/時、運用高度40,000フィートヘと引き下げられ、これに対応する爆撃機として開発された。

1941年10月16日にボーイングとの競争提案の上、コンソリデーテッド・ヴァルティ社の案が採択され、開発が開始された。コンベア社はB-24 の生産もあり、B-36の開発はスローダウンさせられたが、最初のモックアップが1942年7月20日に完成し、設計の調査に用いられた。

USAACは対日戦に用いるために、1943年7月23日に100機の量産を命じた。1945年8月までの配備を目指したが、機体の完成は戦争終結後の1945年8月 20日であり、初飛行は1946年8月8日であった。部隊配備は1948年6月の第7重爆撃航空団より開始された。

B-36は運用が容易ではなく、かつ高価な機体であった。その製造予算獲得は、空軍及び海軍の対立を生み、提督たちの反乱と呼ばれる状況に至った。空軍は空母と艦載機の組み合わせよりも大型爆撃機たるB-36の方が、核兵器を用いた戦略攻撃に有利と主張し、海軍はB-36を'10億ドルの失敗'と強く批判している。

結局、1949年には空母ユナイテッド・ステーツを建造中止し、B-36の生産は継続されることとなった。

要目

* 乗員:15名
* 全長:49.40m
* 全幅:70.10m
* 全高:14.25m
* 自重:77,580kg
* エンジン:プラット・アンド・ホイットニー R-4360-53 レシプロエンジン 6基(3,800馬力)
    o ゼネラル・エレクトリック J47 ターボジェット 4基(23 kN)
* 最大速度:685km/h
* 航続距離:11,000km(フェリーフライトなら16,000 km)
* 武装:機銃 16門、爆弾39,000Kg

さらに詳しく → コンベア B-36



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