ミグ-21 フィッシュベッド (Mig-21 Fishbed、МиГ-21)

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2010/01/04(月)
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MiG-21(ミグ21;ロシア語:МиГ-21ミーグ・ドヴァーッツァチ・アヂーン)は、ソ連のミグ設計局が開発した戦闘機。多くの機数が生産され、世界各国に配備がされた。ソ連では三角翼機はしばしばその翼形からバラライカ (ロシアの弦楽器で、三角形の胴体が特徴)と渾名されていたが、MiG-21も例外ではなかった。北大西洋条約機構(NATO)の使用するNATOコードネームはフィッシュベッド (Fishbed)。

概要

開発

MiG-21は、ソ連において1950年代前半より開発された。開発に当たり、設計局では二つの系統の試作機を製作した。そのうち先に完成したYe-2 (Е-2イェー・ドヴァー)は、MiG-15からMiG-17、MiG-19と受け継がれてきた後退翼を持った機体で、MiG-19から開発された後期の試作機とよく似た外見の機体であった。一方、もうひとつの試作機Ye-4(Е-4イェー・チトィーリェ)は、新しい水平尾翼つき三角翼を持った機体であった。これらMiG-21の初めの試作機であるYe-2とYe-4は、ともに1955年に初飛行を行った。その後同年には展示飛行を行い初めて公に姿を現したが、このときはスホーイ設計局で開発されていた2種類の機体も飛行を行った。これらは後退翼のSu-7と三角翼のSu-9に発展した。一方、MiG-19から正統的に発展した後退翼のYe-2は、改良型も製作されMiG-23(Tip 23)という名称で量産するという計画も出されたものの、結局は開発中止となった。

第1世代

Ye-4の発展型であるYe-5(Е-5イェー・ピャーチ)は、1956年1月 9日に初飛行を行い、その後MiG-21という量産機の名称が与えられた。次の改良型であるYe-6(Е-6イェー・シェースチ)は、1958年5 月20日に初飛行を行った。また、Ye-6の3号機は1959年10月31日に15/25 kmコースにおいて2388 km/hという当時の世界速度記録を樹立した。その際の国際航空連盟への申請にはYe-66(Е-66イェー・シヂスャート・シェースチ)という名称が使用された。この3 号機は、MiG-21シリーズの最初の生産型であるMiG-21F(МиГ-21Фミーグ21エーフ)となった。この機体の兵装は、基本的には2門の30 mm機関砲とロケット砲であった。

Ye-6の開発はさらに続けられ、1959年に初飛行を行ったYe-6T(Е-6Тイェー・シェースチ・テー)と呼ばれる機体は、新しいK-13赤外線誘導空対空ミサイル2発を搭載した。このK-13は、アメリカ合衆国製のAIM-9B赤外線誘導空対空ミサイルのコピーであったが、独自に発展し、のちには改良型の R-3Sやレーダー誘導型のR-3Rなどを生み出し長らく東側の標準的兵器となった。このK-13を搭載する機体はMiG-21F-13(МиГ-21Ф-13ミーグ21エーフ・トリナーッツァチ)として量産に入り、初の本格的な生産型となった。なお、MiG-21F-13はミサイルの搭載に伴い従来2 門あった機関砲を1 門に減らしている。記録機として開発されたYe-66A(Е-66Аイェー・シヂスャート・シェースチ・アー)は、ロケットブースターを搭載し1961年4 月28日に34714 mという絶対到達高度の世界記録を樹立した。

なお、MiG-21F/F-13等全天候能力のあるレーダーを搭載しない前線戦闘機として開発された機体は便宜的に「MiG-21の第1世代機」と呼ばれることがある。同様に、MiG-21PF等は「MiG-21の第2世代機」、MiG-21SM等は「MiG-21の第3世代機」、MiG- 21bisは「MiG-21の第4世代機」と呼ばれる。なお、これはあくまでMiG-21シリーズの中での世代区分を行ったものである。これとは別に、一般に他機種との比較を行った場合はMiG-21は初期型が第2世代ジェット戦闘機、MiG-21SM以降は第3世代ジェット戦闘機とされる。この場合の第2世代とはアメリカのセンチュリーシリーズ、ミラージュ IIIなどを指し、第3世代とはF-4やミラージュ F1などが該当する。

全天候型への発展

全天候戦闘能力が必須となってきた1950年代後半から1960年代にかけて、設計局ではMiG-21に本格的なレーダーを搭載する改良型を開発していた。ソ連ではそれまでMiG-17PF/PFUやMiG-19P/PMといった迎撃戦闘機を有していたが、これらはいずれも能力に限界のあるイズムルート・レーダーを搭載しており、MiG-21では新たな装備方法で全く新しい形式のレーダーを搭載する必要に迫られていた。この課題に対する試作機にはYe-7(Е-7イェー・スィェーミ)という名称が与えられた。その内始めに設計されたのはMiG-21F-13を改修したMiG-21P-13(МиГ-21П-13ミーグ21ペー・トリナーッツァチ)であったが、最終的には操縦席後方に膨らみを設けて燃料搭載量を補ったMiG-21PF(МиГ-21ПФミーグ21ペーエーフ)が初の量産型となった。MiG-21 の開発は、これ以降レーダー搭載型が主となった。

MiG-21P/PFの搭載した電波探知装置はTsD-30TP(ЦД-30ТПツェーデー・トリーッツァチ・テーペー)またはRP-21U(РП-21Уエールペー・ドヴァーッツァチ・アヂーン・ウー)と呼ばれる当時完成していた機材の中では最新型のもので、Su-9迎撃戦闘機に搭載された TsD-30T(ЦД-30Т)あるいはRP-9U(РП-9У)と呼ばれるレーダーと基本的には同一のものであった。コマンド誘導システムの追加により、MiG-21P/PFでは従来のK-13空対空ミサイルに加えコマンド誘導方式のRS-2US空対空ミサイルが搭載できるようになった。大型機のSu-9ではTsD-30レーダー・ステーションは比較的無理なく搭載されていたが、ずっと小型のMiG-21への搭載には困難が伴った。機体構造は大きく見直され、機首は大型レーダーの搭載に従い太いものに変更され、機器や燃料タンク等の搭載場所の不足から背部の膨らみは大型化された。操縦性は劇的に悪化することはなかったが、これは奇跡的なことであるといえた。

なお、MiG-21は昼間戦闘機であった第1世代までは「前線戦闘機」、それ以降は「迎撃戦闘機」と区分されているが、ソ連では1960年代頃は「全天候戦闘機」のことを「迎撃戦闘機」と呼んでいたようである。これは、レーダーによる全天候能力がないのが当たり前であった時代と逆にそれによる全天候能力があるのが当たり前になった時代との狭間における区分であったと考えられる。即ち、第二次世界大戦時の迎撃戦闘機MiG-3はレーダーなどの全天候能力は有していなかったし、現代の前線戦闘機MiG-29は高度な全天候能力を有している。

第3世代への発展

MiG-21PFはその後MiG-21PFS(МиГ-21ПФСミーグ21ペーエーフエース)やMiG-21PFM(МиГ-21ПФМミーグ21ペーエーフエーム)などへと進んでいったが、これら「第2世代機」と呼ばれるシリーズに対し1960年代半ばには「第3世代」と呼ばれる機体が登場した。その初めの機体はMiG-21R(МиГ-21Рミーグ21エール)で、これは当初はMiG-21PF型の機体に各種偵察コンテナーを搭載する前線偵察機であったが、主として生産された機体は背部の膨らみを大型化した新しい機体であった。偵察コンテナーは作戦任務に応じて昼間・夜間・電波の3種類が用意されていた。

その後、この機体を基にMiG-21S(МиГ-21Сミーグ21エース)やMiG-21SM(МиГ-21СМミーグ21エースエーム)といった1960年代後半から1970年代にかけてソ連の航空戦力の主力を担った戦闘機型が生み出された。また、MiG-21SMを基に輸出向けのグレードダウン型としてMiG-21M(МиГ-21Мミーグ21エーム)が開発・生産された。その後、ソ連国内向けにより高性能なMiG-21bisが開発されると、ソ連型MiG-21SMと同等の能力を持ったMiG-21MF(МиГ21МФミーグ21エームエーフ)や改良型のMiG-21MF-75(МиГ-21МФ-75ミーグ21エーフ・スィヂスャート・ピャーチ)などが開発され、輸出されるようになった。

第4世代

1971 年に初飛行したのが、MiG-21シリーズのひとつの完成型となった「第4世代機」MiG-21bis(МиГ-21бисミーグ21ビース)であった。これはさらに大型化した背部の膨らみを持ち、MiG-21としては最も高い能力を付与されていた。MiG-21bisは、F-15やF-14を仮想敵として開発された機体であった。また、ソ連のアフガニスタン侵攻では、主力戦闘爆撃機として多数が投入された。

複座型

MiG-21には各世代に対応する複座の高等練習機として使用される教育訓練戦闘機(Учебно-тренировочный истребитель)型が製作された。主なものとしては、MiG-21U(МиГ-21Уミーグ21ウー)、MiG-21US(МиГ-21УСミーグ21ウーエース)、MiG-21UM(МиГ-21УМミーグ21ウーエーム)などがある。これらは戦闘機型のMiG-21の退役後も各種試験に用いられたり、また専用の高等練習機として使用が続けられている場合がしばしばある。

ソ連以外

MiG-21シリーズは、ソ連をはじめ東欧、アジア、アフリカを中心に世界各国に配備された。生産はソ連の他、チェコスロヴァキア (S-106という名称で MiG-21F-13の改修型をライセンス生産)、インド (MiG-21FL/M/bisをライセンス生産)、中華人民共和国 (MiG-21F-13をコピーして殲撃7型として生産、またその各種発展型を開発)、独立後のグルジア (独立後の生産はMiG-21UMを2機のみ)でもなされ、とくに中華人民共和国では主力戦闘機として現在でも生産が続けられている。また、同国で開発された第4世代戦闘機FC-1梟龍はスーパー7という別名を持つとされ、殲撃7型即ち同国製MiG- 21の発展型であると言われる。

運用

MiG-21はソ連製だけでも、各型合わせて1万機以上いう超音速機としては他に例を見ない数の機体が生産されており、戦後最も成功した戦闘機のひとつである。これほどまでに改良が進み、長期に亘って生産された理由としては、後継機たるMiG-23がMiG-21を全面的には凌駕できなかった点も挙げられる。実際、MiG-19譲りのMiG-21の格闘性能は非常に高く、これを全面的に凌ぐ機体はアメリカのF-16、そしてMiG-29の登場を待たねばならなかった。

実戦

MiG-21の使用された主な事件は以下の通り。

* 1960年代:ヴェトナム戦争
* 1960年代以降:アフリカ各地での紛争
* 1960年代~1980年代:各次中東戦争及び同地域におけるその他の武力衝突
* 1965 年:第二次印パ戦争
* 1968 年:プラハの春
* 1969 年:珍宝島事件
* 1970年代以降:インドシナ方面での紛争
* 1971 年:第三次印パ戦争
* 1978 年以降:ヴェトナムによるカンボジア侵攻
* 1979 年:中越戦争
* 1979年~1989年ソ連のアフガニスタン侵攻
* 1980 年~1988 年:イラン・イラク戦争
* 1991 年:湾岸戦争
* 1990年代:ユーゴスラヴィア紛争、コソヴォ紛争等旧ユーゴスラヴィア地域での内戦や戦争
* 1990年代後半:エチオピア・エリトリア国境紛争

MiG-21はその運用国が多いため、この他にも多くの紛争や内戦に使用されている。

さらに詳しく → MiG-21 (航空機)



世界の傑作機 (No.76) 「MiG-21 世界の傑作機 (No.76) 「MiG-21 "フィッシュベッド" 」
(1999/05)
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