石破大臣による - 防衛省・自衛隊の取組の解説 -

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2010/01/04(月)
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石破 茂(いしば しげる、1957年(昭和32 年)2月4日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(8期)。防衛庁長官(第68・69代)、防衛大臣(第4代)、農林水産大臣(第49代)を歴任した。建設事務次官、鳥取県知事、自治大臣兼国家公安委員会委員長などを歴任した石破二朗の長男。

人物概要

鳥取県八頭郡郡家町(現八頭町)出身。慶應義塾大学法学部卒業後、三井銀行勤務。1981年に父石破二朗が死去し、石破家を代表して父二朗の友人田中角栄を訪ねた際、田中から政界入りを説得されたことがきっかけで銀行を退職。木曜クラブ(田中派)事務局に勤務しながら政界入りを目指すようになる。当時30歳未満で、父が在職していた参議院議員の被選挙権がなかったことから、衆議院議員に立候補をすることとなった。

1986年7月の衆院選で鳥取全県区で立候補をして初当選し、中曽根派に所属。以後連続当選8回。93年に政治改革法案をめぐって自民党から役職停止処分を受けて離党、97年に復党するまで新生党、新進党を渡り歩いた。もともとは農水族として地歩を築いたが、自身が「国防がライフワーク」と語るとおり、「新国防族」などと呼ばれる安保通として頭角を現し、防衛政務次官、防衛副長官、拉致議連の会長などを務めた。

2002 年8月に小泉純一郎首相が翌月の訪朝を決めた際、「拉致被害者全員を連れて帰らなければ倒閣に動く」と発言。結局は拉致被害者のうち5人の帰国にとどまり、石破の言った成果は得られなかったが、直後に発足した第1次小泉内閣第1次改造内閣において防衛庁長官に指名されるや、拉致議連の会長を辞任して初入閣を果たし、以後「倒閣」に触れることはなかった。

その後、有事法制の制定に尽力し、防衛庁長官在任中にイラク戦争が勃発すると自衛隊イラク派遣を決定した。2007年福田内閣で再度防衛大臣として入閣。翌2008年の自民党総裁選に初出馬し5位に終わった。地方票は4票だった。続いて成立した麻生内閣で農林水産大臣に就任した。2009 年9月29日、前日に自民党総裁に選出された谷垣禎一の下で、政調会長に就任(党鳥取県連によると、県選出国会議員からの党三役就任は初めて。

政策

防衛

自民党きっての防衛政策通として知られる。また、軍事マニアと揶揄されている。2003年3月に情報収集機関の調査隊を改組し、防衛庁長官直轄部隊として情報保全隊を組織した。この隊は同月に勃発したイラク戦争に関する世論動向(主に市民団体)の調査をおこなっていたとされる。

徴兵制度の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。自民党の憲法改正草案で当初「徴兵制度の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることができないような国家を、果たして国家と呼べるのか?」という批判で消滅した(ただし、石破は徴兵制への反対を主張している。理由として、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいと考えているからである)。

著書『国防』では、防衛問題を分かりやすく著し、保守論壇から高い評価を得ている。しかし、京都府職員労働組合は機関紙『京都府職新聞号外』2005年 6月3日において、京都府船井郡丹波町で発生した浅田農産鳥インフルエンザ事件における自衛隊出動についての記述が事実と異なると主張している。

日本テレビの番組『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』では、しばしば太田光と激しい論争を繰り広げる。国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では山本一太と共に「天敵」と呼ばれたこともある。石破も、太田のことを「天敵」と呼び、互いに意識している(太田からF-22戦闘機のプラモデルをプレゼントされたことがある)。この番組では、第二次世界大戦が日本による侵略戦争だったことや、大東亜共栄圏が侵略戦争遂行のための詭弁でしかなかったとの認識を示している。

『丸』を愛読し、国防関連の知識を吸収している。『週刊アサ秘ジャーナル』で『丸』から引用した問題を出題されると次々正解し、その豊富な知識を示した。ちなみに、「災害派遣時に自衛隊が実弾を発射した相手とは何か」の一問だけ解答できなかったが(正解は海獣、つまりトド駆除)、石破は知らなかったため不正解となった。石破は当初初耳だったため、出題文に衝撃を受け、何度も「災派で撃った!?」と確認し、正解を聞いて驚いていた。福田総理辞任後の自民党総裁選で候補者として演説に立った石破は観衆に向かって「動乱が起き、北朝鮮の国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は(国内法の制約で)助けに行けない。そんな国でいいのか」と述べた。

農政

近年は防衛において注目されることが多いが、議員5期目までは農林系であり、農水相就任前は、「農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれない」と語ったこともある。

外交

防衛問題の論客の1人であるが、外交に関しては柔軟な対応をとっており、イデオロギー的な主張は少ない。朝日新聞社の論壇誌『論座』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、北朝鮮への単独制裁に対して疑問を呈している。内閣総理大臣の靖国神社参拝にも反対を表明している。

北朝鮮問題については、鳥取県が日本海側に位置していることから問題意識が強い。1992年に”見ないで批判するのはいかんだろう” という理由で自民党・社会党・公明党合同の訪朝議員団に加わり金日成生誕80周年祝賀式典へ参加した際に、独裁者に支配されて言いなりになって全員が一糸乱れず全く同じ動きをしながら独裁者を賛美する姿勢を示す北朝鮮国民たちを目の前で見て衝撃を受け、この頃からその印象の北朝鮮感を抱いている。

教育

朝日新聞社刊『論座』において、教育基本法に愛国心を明文化することに反対の姿勢を示した。「愛国心は国が政策面で強制するものではない」というのが理由である。同様の姿勢をとる議員は自民党内では稀であった。

皇室

天皇特例会見問題では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権のとった行動を「陛下の政治利用にあたる」と指摘。石破は民主党政権の対応を「かなり異例」「大事じゃない国はルール通りだが、大事な国はひっくり返して会見するのは政治判断だ。そういうことをしていいのか」「(ルールが)時の政府の意向で左右されることであってはいけないと民主党政権を重ねて批判した。

外国人参政権

2010年の党大会で外国人参政権について、「憲法上の議論が多く残り、国民的議論も成熟していない。私どもは拙速な法案成立に断固反対する」と述べ、党として法案に反対する考えを表明、また「(憲法上の)住民とは日本国民をさすと考えており、私どもは多くの疑義があると考えている。国の形そのものにかかわる問題だ」、「この問題は国の形そのものにかかわるものだ。憲法のあり方からしても、拙速な法案成立には断固反対していくと述べた。

さらに詳しく → テロ対策特別措置法  石破茂  自衛隊  防衛省



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井上 和彦

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タグ : 解説 防衛省 自衛隊 テロ対策特別措置法 石破茂

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