小田村四郎_台湾情勢

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2010/01/02(土)
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小田村 四郎(おだむら しろう、1923年10月17日 - )は日本の元官僚。日本会議副会長、明成社社長、日本李登輝友の会の会長。

経歴

学生時代は、日本学生協会の活動家として現行の高校、大学には「情意の枯渇」がはなはだしいと難じ、その刷新運動に参加した。1943年に学徒出陣。終戦後に東京帝国大学に復学卒業。1947年大蔵省に入省し、1976年に行政管理庁事務次官、その後日本銀行監事を務めた。1995年から2003年まで拓殖大学第16代総長。保守派の大御所的存在であり、7月13日に在日米大使館に手渡されたアメリカ合衆国下院121号決議への抗議書にも賛同者として名を連ねた。靖国神社崇敬会総代。

略歴

* 1923 年:東京に山口県人小田村有芳の4男として生まれる。東京府立高校を経て、
* 1942 年:東京帝国大学法学部政治学科入学
* 1943 年:陸軍入隊
* 1944 年:陸軍経理学校入校、陸軍航空本部経理部
* 1947 年:東京帝国大学法学部政治学科卒業、大蔵省入省
* 1962 年:大蔵省(現財務省)主計局主計官
* 1966 年:同局法規課長
* 1968 年:同省大臣官房調査企画課長
* 1970 年:名古屋国税局長
* 1972 年:防衛庁経理局長
* 1974 年:日本銀行政策委員会大蔵省代表委員 行政管理庁(現総務省)行政管理局長
* 1976 年:行政管理事務次官
* 1978 年:農林漁業金融公庫副総裁就任
* 1985 年:日本銀行監事就任(~1993年(平成5年))
* 1991 年:学校法人拓殖大学理事就任
* 1993 年:勲二等旭日重光章
* 1995 年:学校法人拓殖大学第16代総長就任

日本李登輝友の会・國語問題協議會会長、財団法人日本国防協会・社団法人亜東親善協会・防衛法学会各顧問、日本戦略研究フォーラム・財団法人行政管理研究センター各評議員、昭和聖徳記念財団理事を務める。

関係者

小田村の曾祖母の兄は吉田松陰にあたる。兄は、日本学生協会のメンバーをもとに結成された社団法人国民文化研究会の理事長、亜細亜大学教授を務めた小田村寅二郎。同会出身のメンバーには、ほかにも名越二荒之助、東中野修道、占部賢志、八木秀次ら保守派の論客がいる。

血縁には台湾教育の祖として現地で慕われる「六氏先生」の一人楫取道明もおり、台湾との交流にも熱心に取り組んでいる。中国国民党評議委員の許國雄とは特に親しく交わり、その著書に前文を寄せている。李登輝友の会の会長でもある。日本会議副会長石井公一郎(元ブリヂストンサイクル会長、明成社初代社長)とは、学徒出陣以来の盟友。

さらに詳しく → 小田村四郎  日本李登輝友の会



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