米国陸軍空挺部隊のすべて 第82空挺師団

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010/01/01(金)
*

第82空挺師団(だいはちじゅうにくうていしだん、U.S.Army 82nd Airborne Division)は、アメリカ陸軍の師団の一つ。第18空挺軍団隷下の緊急展開部隊として常に一部の部隊は即応体制を敷いている。ニックネームはオールアメリカン(エンブレムAAはAll Americanから)、師団創設時全米48州出身者(当時)からなった為このように呼ばれることとなる。第18空挺軍団の空挺部隊の中では第101空中強襲師団がヘリボーン作戦に重点を置いているのと比較すると、パラシュート降下作戦に重点を置いている。2006年、師団はモジュラー・フォース化改編を受けて、4個の歩兵旅団戦闘団から編成されるように再編成された。

沿革

* 1917 年 - 第一次世界大戦を受けて歩兵師団としてジョージア州で創設。
* 1918 年 - ヨーロッパ戦線に参加。
* 1919 年3月 - 第一次世界大戦終戦のため、アメリカ合衆国へ帰還。同年9月、師団司令部を除き、兵員の動員を解除。
* 1942 年3月 - 第二次世界大戦を受けて兵員の動員を開始。
* 1942 年8月 - 空挺師団へ改編。
* 1943 年7月 - シチリア島上陸作戦(ハスキー作戦)でシチリア島ヴィットリア付近に空挺降下。
* 1943 年9月 - イタリアのサレルノ上陸作戦でドイツ軍の背後へ空挺降下。
* 1944 年6月 - ノルマンディー上陸作戦で第101空挺師団とともに、連合軍海岸堡の西翼を掩護するために空挺降下。
* 1944 年9月 - マーケット・ガーデン作戦において、英第30軍団のオランダへの進撃ルートを確保するため、ナイメーヘンへ空挺降下。
* 1946 年1月 - 第二次世界大戦終戦のため、アメリカ合衆国へ帰還。
* 1965 年4月 - ドミニカ共和国へ派遣され、治安維持活動を実施。
* 1968 年1月 - 第82空挺師団第3旅団(第505パラシュート歩兵連隊基幹)がベトナムへ派遣され、サイゴンからカンボジア国境付近での警備を実施。
* 1983 年10月 - グレナダ侵攻作戦(Operation Urgent Fury)において、増援部隊として派遣される。
* 1989 年12月 - パナマ侵攻作戦(Operation Just Cause)で第504パラシュート歩兵連隊を基幹とする第82空挺師団第1旅団がトリジョス国際空港において大規模なパラシュート降下作戦を実施。この作戦の時は空挺戦車部隊、1個中隊(M551シェリダン空挺戦車10輌装備)をパラシュート降下させている。
* 1990 年8月 - イラクのクウェート侵攻時、サウジアラビア防衛のため、緊急展開を行う。
* 1992 年8月 - ハリケーン・アンドリューの被災者救援のためフロリダにおいて大規模な救援活動を実施。
* 1999 年6月 - コソボへ派遣され平和維持活動を実施。
* 2001 年 - アフガニスタンへ派遣

さらに詳しく → アメリカ陸軍  第82空挺師団   M551シェリダン  ハンヴィーHMMWV  C-130 ハーキュリーズ  C-141 スターリフター



空軍創設と組織のイノベーション―旧軍ではなぜ独立できなかったのか (ストラテジー選書)空軍創設と組織のイノベーション―旧軍ではなぜ独立できなかったのか (ストラテジー選書)
(2008/12)
高橋 秀幸川村 康之

商品詳細を見る
関連記事

タグ : アメリカ陸軍 第82空挺師団 M551シェリダン ハンヴィー HMMWV C-130 ハーキュリーズ C-141 スターリフター

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/687-1d063efc
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。