B-52 ストラトフォートレス(B-52 Stratofortress)

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2009/12/31(木)
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B-52とは、ボーイング社が開発しアメリカ空軍に採用された戦略爆撃機。1952年の初飛行から50年を超えているが、未だに就役を続けており、最終量産型(H型)は 2045年までの運用を予定している。

概要

初飛行は1952年。自由落下型の核爆弾によるソビエト連邦等の東側諸国攻撃を目的としたB-36やB-47の後継機として作られた。A型からH型まで多くの派生型が開発されている。愛称は「ストラトフォートレス(Stratofortress:成層圏の要塞)」。ベトナム戦争では絨毯爆撃を行い「死の鳥」と恐れられた。

戦略核攻撃に使用するため、機体中央部は爆弾倉となっており、大型で大重量の初期の核爆弾を搭載可能になっている。初期型は大型の水素爆弾しか搭載しなかったが、ベトナム戦争の頃から一部の機体は、通常の自由落下爆弾も搭載できるように改造された。後期型のG型・H型においては、空中発射型の巡航ミサイル(当初はハウンド・ドッグ、後にSRAMやALCM。いずれも核弾頭装備)を主要兵装としていた。兵器は胴体内の爆弾倉のほか、主翼内側下のパイロンに追加搭載することも可能である。また、初期型はターボジェットエンジンを装備していたが、後期型はターボファンエンジンに換装して燃費が向上し、航続距離の延長を図った。

降着装置はB-47から踏襲したタンデム式の変形である。機体下部に復列タンデムに並んだ4つの主脚と翼端を支えるアウトリガーを備えている。B-52の主脚はそれぞれがステアリング可能だという点で特徴的である。これは慣性航法装置により計算され、風上を向いている機首方向とは別に主脚を実際の進行方向(滑走路の向き)に自動的に合わせることにより横風着陸(クラブランディング)を容易にし、着陸時の横滑りによるタイヤの損傷(カットコード)を防止するように工夫されている。

冷戦の激化とソ連による奇襲核攻撃を恐れたアメリカ合衆国は、複数のB-52を常に滞空させることにより敵の核攻撃による全滅を防ぎ、いつでも共産圏への報復核攻撃を可能とした「戦略パトロール」(Chrome Dome)を1962年から実施していたが、実弾頭の核兵器搭載によるパトロールは、複数回の墜落による放射能汚染事故を起こし、1968年のチューレ空軍基地米軍機墜落事故を契機に取りやめられた。一層の攻撃力強化のための空中発射弾道ミサイル「スカイボルト」搭載計画もあったが、技術的困難から1962年に中止された。以後潜水艦発射弾道ミサイルや巡航ミサイルの発展により、この種の計画の検討は行われていない。

2010 年時点にて、過去数度の近代化改装を施した上でも3~4世代前の古い技術による機体ではあるが、いわゆる「枯れた技術」を基礎としていることから兵器として最も重要な信頼性に結びついており、兵器の搭載能力・米軍再編による戦力再評価により戦略・戦術両面における評価が高まっている。

冷戦期の運用

冷戦期中、B-52は戦略パトロール任務(airborne alert duty)についた。B-52はソ連の周辺で遊弋し、核戦争の際に先制攻撃や報復攻撃を即時行えるように待機していた。1966 年1月17日1機のB-52GとKC-135A空中給油機がスペイン上空で空中衝突事故(パロマレス米軍機墜落事故)を起こした。4発の4メガトン級の核爆弾B28は最終的には回収された。4発の内2発は弾頭の起爆用の通常爆薬が爆発を起こしており、プルトニウムとウランが飛散していた。安全装置は墜落の衝撃と爆発に耐えて核爆発だけは避けられた。事故後、1400トンの汚染された土がアメリカに運ばれた。衝突事故と土壌汚染のリスクの高さから、以降常時飛行のパトロールは中止された。2006年に事故による汚染の調査と除去についてアメリカとスペインの間で協定が結ばれた。

1968 年1月22日、同じく4発の核爆弾を搭載したB-52Gがグリーンランドのチューレ空軍基地に緊急着陸しようとして海氷上に墜落した(チューレ空軍基地米軍機墜落事故)。それによる火災は放射能汚染を発生させ、除去には同年9 月まで要した。1973 年10月の第四次中東戦争ではソ連がエジプトとシリア側として参戦すると表明した。対抗措置としてリチャード・ニクソン大統領は軍の警戒レベルをデフコン3に引き上げた。その一環として、メルヴィン・ライアード国防長官はB-52部隊に即時の戦闘態勢を命じ、燃料と兵器を満載したB-52がグリーンランドの周囲で上空待機することとなった。これを受けてソ連は参戦を断念した。

B-52は陸上配備ミサイル、潜水艦搭載ミサイルと共に戦略核兵器の三本の柱の一つであり続けた。また戦略パトロール任務を外れたG型の一部は、AGM-84 ハープーン空対艦ミサイルを搭載可能なように改造され、洋上哨戒を行い、ソビエト海軍の艦船に対抗した。B-52の代替機としてB-1Bランサーが登場したものの、B-52の初期型とFB-111の代替に終わった。ソ連の解体後、第一次戦略兵器削減条約(START I)により365機のB-52が廃棄されることとなり、ロシアは偵察衛星及び監視員によって廃棄の進行状況を監視した。1991年にB-52は戦略航空軍団において24時間の警戒態勢から解かれた。

実戦参加

B-52は核兵器ではなく、通常爆弾や通常弾頭ミサイルを搭載して多くの実戦に参加している。初参戦となったのはベトナム戦争である。1965年2月7日、リンドン・ジョンソン大統領はアメリカ軍将校殺害の報復として解放戦線勢力圏と同時に、トンキン湾事件報復を口実として首都・ハノイ市などの北ベトナム中枢への爆撃(北爆)を命令した。いわゆる「フレイミング・ダート作戦」で、3月からは本格的な北爆である「ローリング・サンダー作戦」が開始された。B-52はグアム島や当時アメリカの統治下であった沖縄本島のアメリカ軍基地から、北ベトナムまで長距離飛行して絨毯爆撃を行った。参加したのは主に通常爆弾を大量に搭載するよう改造したD型で、100発以上の無誘導爆弾を満載して連日出撃して行った。北爆に向かうB-52の進路や機数は、グアムや沖縄沖で操業していたソ連や中華人民共和国のレーダーを満載した偽装漁船から逐次、北ベトナム軍の司令部に報告されていた。その影響もあり、北ベトナム軍のMiG-19やMiG-21 などの迎撃戦闘機や対空砲火、地対空ミサイルによるB-52の撃墜数はかなりの数にのぼった。だが、強力な電波妨害装置と100発を超える大量の爆弾搭載量に物を言わせたB-52による度重なる爆撃で、ハノイをはじめとする北ベトナムの主要都市の橋や道路、電気や水道などのインフラへ大きな被害を与え、終戦後も長きにわたり市民生活に大きな影響を残した。

1968年に北爆を中止するが、戦況の好転は感じられなかったため、1972年5月8日に、リチャード・ニクソン大統領は北爆を再開することを決定した。いわゆる「ラインバッカー I作戦」である。この作戦は、圧倒的な航空戦力を使ってホーチミン・ルートを遮断し、アメリカ地上軍の削減と地上兵力の南ベトナム化を進め、また北ベトナム軍の戦力を徹底的に削ぐことにより、北ベトナム政府の態度を迅速に講和の方向へ向けることを狙った作戦でもあった。アメリカ空軍は第二次世界大戦以来の本格的な戦略爆撃を行う事を決定し、軍民問わない無差別爆撃を採用した。本作戦では従来の垂れ流し的な戦力の逐次投入をやめて戦力の集中投入に切り替えた。

特に12月18日に開始された「ラインバッカー II作戦」では、150機のB-52による700ソーティーにも及ぶ夜間絨毯爆撃でハノイやハイフォンを焼け野原にした。対日戦並の本格的な戦略爆撃や機雷封鎖は純軍事的にほぼ成功を収め、北ベトナムは大損害を被り、国家崩壊の一歩手前に追い込まれるまで急激に戦況が悪化したのである。アメリカ軍による空爆は、北ベトナム国民のみならず南ベトナム国民にさえに大量の死傷者を出し、北ベトナム軍と国民にも少なからず厭戦的な意識を植え付けた。北ベトナム軍にとって幸いなことに再度の北爆は国際世論の反発を受け短期間で中止されたが、アメリカ政府の目論見通り、この空爆は北ベトナム政府をパリ会談に出席し、停戦に持ち込まざるを得ない立場に追いこむことに成功した。湾岸戦争ではディエゴガルシア島などを基地にして、無誘導爆弾のみならず巡航ミサイルも使用し、35基のAGM-86C CALCMを発射した。

その後、開発されたGPS/INS誘導爆弾 (Joint Direct Attack Munition) を搭載することにより精密など爆撃が可能となり、2001年のアフガニスタン侵攻および2003年のイラク戦争でもインド洋のディエゴガルシア島から発進し、JDAMを使用して爆撃を行った。これらの戦争において、滞空時間が長く多量の爆弾を搭載できるB-52爆撃機の存在は高い評価を受けることとなった。

運用の長期化

B-52は2009年現在、原型のXB-52のロールアウト(1951年)から既に半世紀以上、H型の最終号機のロールアウト(1962年)から数えても40年以上に渡り配備が続いている。G型、H型で大幅な改良を受けたとはいえ、これほどの長寿は爆撃機としてはもちろん、航空機全般の中でも極めて異例といえる。ここまで長い運用は当初から予定されたものではなかった。これはB-52の後に様々なタイプの戦略爆撃機を開発・採用されながらも、B-52を完全に代替するものではなかったことによる。

B-58超音速爆撃機は速力でB-52を遙かに上回ったが「高空を高速で飛行し、敵の防空網を突破する」という基本戦術が対空ミサイルの発達により価値を失い、また空対地ミサイルの運用能力がないなど進歩する兵器に対応ができず、短期間で姿を消した。マッハ3の超高速爆撃機XB-70は、高コストが災いして試作のみで終わった。

B-58、B-2などは、ペイロードでB-52に及ばなかった。B-1はペイロードではB-52を上回るが、A型では爆弾倉のレイアウトがまずく、大型のAGM-86B巡航ミサイルを機内に搭載できなかった。B型ではレイアウトを変更し搭載可能となり、この機体に至ってようやくB-52の一部を代替したものの、全面的な更新には至らず、巡航ミサイルの搭載もされていない(ただしこれは第二次戦略兵器削減条約による制限も理由である)。

結局、これらの新型機は超音速飛行やステルス性などの性能を要求され「多種多様な兵器を、大量に搭載し、遠方に投入・投下する」性能についてはB-52以上の内容を要求されることはなかった。また、盛り込まれた新技術は整備・維持の困難を招き、B-58やB-2のように、アメリカ合衆国本土以外の前線基地では運用がままならない機体もあった。調達・運用コストも総じて高価で、B-52を代替するのに必要な数を揃えることは困難だった。一方、新型機がことごとく行き詰まるのを尻目に、B-52はアメリカ空軍の圧倒的な航空優勢を背景に、その搭載能力と航続力を生かし、核兵器から、大量の通常爆弾、巡航ミサイルをはじめとする精密誘導兵器と、時代と共に進歩する兵器に柔軟に対応していった。

また、戦闘爆撃機・マルチロール機として出現したF-111やF-15E等が、かつての大型戦略爆撃機であるB-29を上回る搭載量を実現したことも影響している。F-111は当初目標の一つの制空戦闘機としてはものにならなかったものの低空侵攻可能な戦闘爆撃機としては優秀で、戦略爆撃機として発展させたFB-111という派生型まで開発されている。核兵器自体も技術の進歩により小型化され、搭載・運用に必ずしも大型機を必要としなくなったため、フランス空軍においてはミラージュ2000に核攻撃能力を付加したミラージュ2000Nに、戦略核戦力の一翼を担わせている。より小型の機体で戦略爆撃機としての任務をほぼ代替できる以上、高価な大型戦略爆撃機を多数配備する意味は小さくなってしまった。航続力や大型兵器の運用能力を生かした任務はニッチ的な状況に陥り、担当機種を新規に開発する必要性が大幅に薄れていく中で、現在に至るも旧式機であるB-52がコストの面において兵器としての価値を保持し続けることになっているのである。

こうして、最後の「爆撃機らしい爆撃機」B-52は有力な後継が登場しないままに生き残り、減勢しながらもなおアメリカ空軍の爆撃機戦力の一翼を担い続けている。2009年現在使用されているB-52は最終量産型であるH型の71機のみだが、アメリカ空軍は今後も延命措置などを行い現役に留める予定である。当面は2045年までの予定とされるが、さらに延長される可能性も否定できない。初期型のB-52が現役だった頃には「機長(多くは30歳代以上)より機体の方が年上」、あるいは「親子二代でB-52に乗っている」といった例がしばしば見られたと言うが、B-52の退役が先に延びるにつれ、このような例はますます増加していくことになろう。

今後の運用

アメリカ空軍は残りのB-52H型のうち、18機を年1機のペースで退役させる予定だった。しかし、2008年にグアム島で1機を事故で喪失したため、スケジュールは変更されると伝えられている。また、一部の機体は電子戦用機EB-52に改造される予定だが、前述の通り、爆撃機型も引き続き長期の運用が予定されている。B-52には今後も各種の延命措置や改造が計画・立案されている。大掛かりな内容では、高バイパス比ターボファンへのエンジン換装計画があり、これは主に航続距離の増加を狙ったものといわれる。この計画の候補として現在と同じ8エンジン機にするという案と、より大きく大推力のエンジン4つと換装する案が上がっている。

例えば、ボーイング社は現在のTF33エンジン8発を、ロールス・ロイス RB211 534E-4エンジン4発に換装する案を提示しており、燃費と出力の改善によって、航続距離とペイロードの向上が期待できるとしている。しかし性能の向上が見込めるとしても、エンジン換装には多額の投資を要する(ボーイング案の場合、1機あたり3,600万ドル、 71機全てを改造する場合、トータル25億ドル余)ため、現在のTF33エンジンのままで維持した方がより低コストで合理的との試算もあり、エンジン換装が実現するかどうかは不明である。

派生型

B-52は、1962年10月26日までに合計744機が生産され、2009年現在も71機のH型が運用されている。

* XB-52

1機生産。1952年10月2日初飛行。最初の原型機。地上試験中に損傷し、修理のためYB-52に遅れることとなった。

* YB-52

1機生産。1952年4月15日初飛行。2番目の原型機。操縦席はバブルキャノピーで、タンデム配置。

* B-52A

3機生産。最初の量産型とされるが爆撃航法装備等を持たない実質的な追加試作機で各種フライトテストに使用された。試作機との外見上の相違点は座席配置がサイド・バイ・サイドになるなど

* B-52B

50機生産。エンジンとアビオニクスがアップグレードされた。うち27機は偵察ポッドの追加によりRB-52Bとして完成した。また後に7機のB-52Bはサンフラワー(Sunflower)計画の下、B-52C仕様に改造された。

* B-52C

35機生産。1956年3月初飛行。翼下増槽により最大離陸重量と航続距離を増大した。元々RB-52Cとして発注された機体であるが爆撃機型として完成した。公式にはRB-52Cの名称が使用されることはなかったが偵察任務についた機体は俗にその名で呼ばれることはある。

* B-52D

170機生産。1956年5月初飛行。偵察機能を削除して長距離爆撃機に特化した機体。一部は通常爆弾が大量に搭載できるように改造され、ベトナム戦争に投入された。退役後は、キャッスル航空博物館をはじめ、多くの機体が展示保存されている。

* B-52E

100機生産。1957年10月初飛行。低空侵攻用にアビオニクスと爆撃管制システムを改良したバージョン。

* B-52F

89機生産。1958年5月初飛行。エンジンをJ57-P-43Wに換装。

* B-52G

193機生産。低空長距離侵攻能力を強化した型。燃料搭載量の増加のための軽量化により機体構造を変更、居住性を強化。垂直尾翼上端をカット。後部機銃席を廃しリモコン銃座に変更。START Iの締結により、ほとんどの機体が廃棄された。

* B-52H

102機生産。1960年7月初飛行。エンジンをP&W J57ターボジェットからP&W TF33ターボファンに変更。後部機銃を12.7mm×4からM61 20mmバルカン砲×1に変更(現在は取り外されている)。一部の機体はD-21飛行試験に使用された。

* JB-52E

B-52Eの1機(機体番号57-0119)を、8基あるTF33エンジンのうち、2基のみTF391基に換装した機体。

* NB-52A

B-52Aの最終号機(機体番号52-0003)を、超音速試験機X-15の試験支援機に改造した機体。X-15は専用のパイロンの他、エンジン2基を降ろして空けたエンジンパイロンに搭載された。時期によって塗装が異なる。

* NB-52B

B型のうち1機(機体番号52-0008)を、X-15の試験支援機に改造した機体。その後、ペガサスロケットの打ち上げや、X-38の投下実験、ハイパーX計画ためのX-43発進実験など、NASAの多数の技術試験プロジェクトに参加した。2004年退役。

* NB-52E

E型のうち1機(機体番号56-0632)を改造した機体。機首部にピトー管とカナード翼を追加された。カナード翼とLoad Alleviation and Mode Stabilization system (LAMS)(CCV技術)の試験に用いた。

* NB-52H

H型を基にしたNASAの試験支援機(機体番号61-0025)。2002年から運用。

仕様(B-52H)

* 乗員:5名(機長、副操縦士、レーダーナビゲーター、航法士、EWO)
* 全長:48.5m
* 全幅:56.4m
* 全高:12.4m
* 翼面積:371.6m2
* エンジン:P&W社製 TF33-P-3 ターボファン・エンジン ×8基
* 推力:17,000lbf(約7,711kgf)x8
* 空虚重量:83.25t
* 最大離陸重量:219.6t
* 最大ペイロード:31.5t
* 機体内燃料搭載量:174,130リットル
* 最大速度:650mph(約1,000km/h 、マッハ0.86)
* 離陸距離:2,900m
* 航続距離:約16,000km
* 実用上昇限度:16,765m
* 上昇率: 915m/min(海面上)
* 固定武装:M61 20mm ガトリング砲×1門(尾部)※現在では撤去されている。
* 搭載兵器
    o AGM-69A空対地ミサイル又はAGM-86B巡航ミサイルを20基。
    o Mk 82通常爆弾を胴体内に84発。翼下には24発搭載可能。


さらに詳しく → B-52  戦略爆撃機



ボーイングB-52ストラトフォートレス (世界の傑作機 NO. 31)ボーイングB-52ストラトフォートレス (世界の傑作機 NO. 31)
(2002/12)
不明

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