ドイツ国防軍 軍事パレード 1936

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2009/12/29(火)
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ドイツ国防軍(ドイツこくぼうぐん、ドイツ語: Wehrmacht)は、1935 年から1945年のドイツ国の武力組織(国家唯一の武器携帯者、独:Waffenträger der Nation)である陸軍、海軍、空軍の三軍の総体を指す。 1935年の再軍備宣言後は徴兵制が復活し総兵力が50万人になり、ポーランド侵攻直前の兵力は318万人と世界でも屈指の軍であった。

経緯

第一次世界大戦に敗北した後ヴェルサイユ条約の軍備制限条項によりドイツの軍隊は陸軍兵力を10万人に限定され、参謀本部、陸軍大学校、陸軍士官学校、戦車部隊、重火器は禁止された。海軍兵力は1万5000人、戦艦6 隻、巡洋艦6隻および駆逐艦12隻の保有のみが認められた。また、航空戦力の保持は禁止された。義務兵役制度も廃止された。軍を離れねばならなかった旧軍人は巷に溢れ、社会的に不安定な要素となった。

存続した陸海軍は、皇帝ではなく、国家と憲法に忠誠を誓う Reichswehr と改名。敢て訳せば「国家防衛軍・国防軍」である。日本語ではドイツ語の ReichswehrとWehrmacht のニュアンスの違いを表現できないことからヴァイマル共和国時代の軍隊である点を強調して「ヴァイマル共和国軍」と訳し分けることもある。1920年に陸軍統帥部長官 (Chef der Heeresleitung der Reichswehr) に就任したハンス・フォン・ゼークトは軍の政治的中立に重点を置き、軍の充実を図った。

しかし、連合国から課せられた膨大な賠償金や一方的な軍備制限、ポーランドへの領土の割譲等のヴェルサイユ条約への軍上層部の反発は大きく、参謀本部機能を「兵務局」の名称に隠して存続させ、将来の拡充を見越して、下士官に将校レベル教育を行い、赤軍の協力を得てソ連国内で秘密裏に航空機、戦車、化学戦等の訓練施設を設け、再軍備への準備を怠らなかった。事実、ヒトラーがヴェルサイユ条約軍備制限条項を破棄し再軍備を宣言した時、短期間のうちに50万人から成る36個師団の陸軍ならびに空軍を保有することができた。

一般的にはヒトラーの首相就任後急激に再軍備を開始したという見方が強いが、安全保障を損なうことは出来ないと考えたヴァイマール政府は戦闘機を旅客機、戦車を農業用トラクターと称すなどあの手この手で軍備を整え技術を高めていった。この結果世界初のジェット戦闘機メッサーシュミットMe262、初のミサイル兵器V2ロケット、ティーガーIIなど当時としては画期的な兵器が数多く生み出されることとなる。

さらに詳しく → ドイツ国防軍



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