大日本帝国軍の映像(太平洋戦争時)

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2009/12/25(金)
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日本軍(にっぽんぐん、にほんぐん)とは広義には日本が有する軍隊のこと、狭義には第二次世界大戦で敗戦するまでの日本、すなわち大日本帝国が保持していた軍隊(大日本帝国陸軍と大日本帝国海軍の両軍)を指し、後者の場合は現在旧日本軍、または旧軍と略称される。さらに国軍、皇軍(こうぐん)、皇御軍(すめらみいくさ、すめらみくさ)、帝国軍、帝国陸海軍、大日本軍などの呼称もある。

組織

以下は1937 年(昭和12年)頃の、日中戦争勃発以前の平時における日本軍の組織である。天皇の統帥の下に陸軍と海軍があり、それぞれ陸軍大臣と海軍大臣が軍事行政について天皇を輔弼した。陸軍の軍・師団の司令官、海軍の連合艦隊・艦隊・鎮守府の司令長官は、天皇に直隷して部隊を指揮統率した。空軍は編制せず、陸海軍にそれぞれ航空隊があった。

陸軍は、内地が東部、中部、西部に区分されてそれぞれの地域に防衛司令部が設置され、また内地に14個師団と北海道に1個師団が配備されていた。朝鮮には朝鮮軍司令部と2個師団が配備され、台湾では台湾軍司令部と台湾守備隊が置かれた。関東州・満州には関東軍司令部と関東軍守備隊、内地、朝鮮には第一航空軍が設置されていた。

海軍は、平時の編制ではまず艦船を現役艦と予備艦に分け、現役艦を以って第一艦隊と第二艦隊から構成される連合艦隊、または警備艦として鎮守府に所属した。当初は、徴兵告諭の「海陸二軍ヲ備ヘ」など海軍を先に表記することもあったが、後世は陸海軍を併記する場合は陸軍を先に表記することが通常となった。

創設

日本では江戸時代後期に蘭学の興隆によりヨーロッパの軍制が部分的に紹介され、1853年(嘉永6 年)の黒船来航などで対外的脅威により、江戸幕府や諸藩では西洋式軍隊の創設を開始する。幕府はフランス式陸軍を採用し、軍事顧問を招いて装備の導入や軍隊(幕府歩兵隊)の編成を行い、長州藩、薩摩藩、佐賀藩でも軍制改革が行われた。江戸時代の幕藩体制においては軍事に従事するのは武士階級のみであったが、長州藩で設立された奇兵隊などは、農民や町民などが混成した民兵部隊であった。1867 年(慶応3年)の大政奉還、王政復古により江戸幕府は消滅して薩摩、長州の軍事力を中核とする明治新政府が成立し、旧幕府軍と戊辰戦争で戦った。

幕府により行われた西洋式軍隊創設は明治新政府に引き継がれた。新政府は富国強兵を国策に掲げ、1871年(明治4年)2月には長州藩出身の大村益次郎の指揮で天皇の親衛を名目に薩摩、長州、土佐藩の兵からなるフランス式兵制の御親兵10,000人を創設し、常備軍として廃藩置県を行うための軍事的実力を確保した。

1871年4月の設立当初は鎮台制と呼ばれる組織体系の下、士族反乱である佐賀の乱や西南戦争など内乱鎮圧を主たる任務とした。徴兵制度の施行に伴い国民軍としての体裁を整えていった。その後陸軍は師団制に移行。海外において外国軍隊との戦争を行いうる軍制に移行した。設立の基礎が明治維新時の薩長軍であったために永らく藩閥支配が払拭できず、陸軍では長州藩、海軍では薩摩藩の出身者が要職を固めた。1872年に陸軍省が兵部省から分離し、1878年には参謀本部が独立する。新政府は廃藩置県や廃刀令で武士階級を事実上消滅させた後、1873年に徴兵令を施行する。陸軍卿には奇兵隊出身の山縣有朋が就任する。山県は普仏戦争(1870年)でプロイセンが勝利した事をうけ、フランス式の軍制からドイツ式への転換を行った。海軍は当初から英国の海軍制度に倣って編成された。

陸海軍共に初期の仮想敵国はロシアであったが、日露戦争後は陸軍はロシア革命後のソ連を、海軍はアメリカを仮想敵国と見なして軍備をすすめた。明治期においては兵器類は英国などから購入していたが、日露戦争頃から次第に国産化がすすみ、太平洋戦争頃までには大艦巨砲主義を追求した戦艦大和、武蔵に代表される艦艇、軽量戦闘機を追求した海軍零式艦上戦闘機に代表される航空機など、欧米に比肩しうる高性能の兵器を開発・装備した。しかし、一方で明治時代後期に採用された三八式歩兵銃を第二次世界大戦の終結まで使用するなど、兵器の配備についてはアンバランスさが目立った。

また、ミッドウェー海戦以降、反攻に転じた米軍に対して、キスカ島撤退作戦など撤退が成功した例を除いて、物量において劣勢な各地の陸海軍部隊は、アッツ島の戦いでの玉砕以降、降伏を拒否して、最後は万歳突撃を行って玉砕を遂げる部隊が続出した。

さらに詳しく → 日本軍  太平洋戦争



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