ヤークトティーガー(Jagdtiger)

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2009/12/25(金)
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ヤークトティーガー(ドイツ語: Jagdtiger)は、第二次世界大戦後期に使用されたドイツの重駆逐戦車である。重戦車ティーガーII の車台の延長型を利用しており、制式番号はSd.Kfz.186である。なお「VI号駆逐戦車」(Pz.Jg.VI)という呼び方は、1944 年3月4日の書類の一つに記されているのが確認できるだけであり一般的ではなく、また「ヤークトティーガー」も愛称ではなく制式名称である。

開発

前線から「3,000mの距離で敵戦車を撃破可能な自走砲」を要望する声に応えて1943年初期に「12.8cm砲付き重突撃砲」の名で開発が始められた。開発はティーガーII とほぼ並行に進められ、同年12月から量産に入る予定だったが、製造工場のニーベルンゲン・ヴェルケ(製作所)がIV号戦車の生産に追われていたため、量産を開始したのは翌年2月からとなった。また生産開始に伴い、正式に「ヤークトティーガー」と命名された。

1945年1月までに150輌を完成させる予定だったが不可能であるとされ、1945年に入ってからの生産計画で100輌生産後にティーガーIIに生産切り替え、5月以降は(装甲戦闘車輌の生産経験の無い)ユング社が生産引き継ぎ、と変更された。工場側の記録では、1944 年7月から1945年4月までの生産数は82輌に留まった。48輌のみが完成したとする説もあり、また逆に部隊配備のための輸送記録では100輌を越えており、生産中に工場が爆撃されたこともあり実際の生産数は不明確である。

主砲は超重戦車マウスに搭載される予定だった巨大な128mm砲(12.8 cm PaK 44 L/55)を搭載し、射角は左右各10°ずつ、俯仰角は-7~+15°の範囲で動かすことが可能であった。砲弾のみで28kgもの重さだったので砲弾と薬莢が分離式の装填方法がとられ、装填手は2名搭乗していた。他に、12.8cm砲の生産が遅れぎみであったため、代わりに71口径88mm砲(8.8cm PaK43/3 L/71)を搭載した型が計画されたが、2両が生産されたのみに終わった。主砲は移動時から戦闘態勢に入るまで、車外のトラベリング・クランプを解除するのに時間がかかる欠点があった。12.8cm PaK44は大戦中最強の対戦車砲であり、連合軍のいかなる戦車であろうとも撃破が可能で、建物の反対側に隠れたM4中戦車を撃破した記録もある。

前面最大250mmに達する分厚い装甲と、55口径128mm戦車砲という巨大な攻撃力を兼ね備えていたが機動性は劣悪で、一日に移動できる距離が 30~40kmであればいい方であり、二日で90km移動したことが「大記録」とみなされるほどであった。長距離の移動を列車で行う場合、スカートを外し幅の狭い履帯を装着して貨車の幅に合わせるようになっていたが、現実には列車の手配が間に合わず自走することが多かった。

高い防御力の対価である大重量は、敵軍に撃破される前に、重量によるエンジンや変速器、ブレーキの故障の頻発や燃料消費が多いといった事態を引き起こした。また行動不能になった場合の牽引も通常の牽引車では力不足で、戦闘による被撃破より、燃料切れや故障、軽度の損傷により放棄され、自爆処分された車輌の方が多かった。生産数が少ないこともあって戦局に大きな影響を与えることは出来なかったが、正面からヤークトティーガーを撃破できる連合軍の火砲は存在しなかった。

部隊編成

最初のヤークトティーガーは1944年6月ミーラウの機甲猟兵教導師団へ配備された。その後、エレファントから装備転換された第653(重)駆逐戦車大隊と、1945年2月6日に編成命令が出された第512(重)駆逐戦車大隊に配備された。

第653大隊はアルデンヌの戦いを援護するノルトヴィント作戦に投入されることになっていたが、連合軍の低空からの襲撃で夜間にのみ移動が可能であり、さらに長距離の移動は列車によらねばならず、その確保が遅れたり、移動途中で次々に故障するなどのトラブルにより、結局参加できたのは僅か3輌であった。

一方、第512大隊は、リンツのニーベルゲン工場から送られ、20輌を受領し2個戦闘大隊を編成した。射撃訓練はデーレルスハイムで行われた。ルーデンドルフ橋(通称レマーゲン鉄橋)を渡ったアメリカ軍が築いた橋頭堡への攻撃に参加、しかしヤークトティーガーは少数ずつ到着次第順番に投入されてしまい、攻撃は失敗に終わった。可動戦車は6輌となったのちは、撤収の援護を行う殿として活躍した。ジーゲン地区に後退した後、エルグステ地区に進出。同大隊は後にイーザーローンの街で米軍を悩ませた末、米第1軍にルール包囲網の中では唯一堂々と降伏、武装解除された。

二種類の車台

車台はティーガーII の物を基本に、128mm砲を搭載する関係で約26cm延長、転輪の配置の間隔も変更された物を使用しているが、走行装置は二種類存在する。ひとつは生産初期につくられたポルシェ型で、ポルシェ社がエレファント駆逐戦車などで採用した外装式縦置きトーションバー・サスペンションを使用したものである。外観上、ポルシェ型では転輪が8枚見える(これは見えた通り8枚であり、ティーガーIやパンターは8組16枚または24枚であるので同一配置ではない)。もうひとつは内装式トーションバー・サスペンションを使用したヘンシェル社製の走行装置であり、ヘンシェル型ではティーガーIIと同じく転輪が片側9組18枚である。

ポルシェ型は生産コストと製造時間の短縮、整備性、重量軽減に優れると言う触れ込みで初期の車台に用いられたが、兵器局の走行装置試験で履帯が上下に脈動する問題が発生。これは時速15km/hに達するまで乗員に不快な振動を感じさせるもので、生産第3号車にエレファント用の履帯を装着してみたが問題は解決せず、結局10輌(シャーシNo.305001~305011。305002はヘンシェル型)のみの生産に終わり、このうち5輌が第653重駆逐戦車大隊に実戦配備されるに留まった。

性能諸元

全長 10.654 m
車体長 7.62 m
全幅 3.625 m
全高 2.945 m
重量 75 t
懸架方式 トーションバー方式
速度 31,2 km/h(整地)
    20 km/h(不整地)
行動距離 170 km
主砲 128 mm Pak44 L/55
副武装 7.89 mm MG34機関銃×1
装甲 戦闘室
    前面250 mm 傾斜15°
    側面80 mm 傾斜25°
    後面80 mm 傾斜5°
    上面40 mm
車体 前面上部150 mm 傾斜50°
    前面下部100 mm 傾斜50°
    側面80 mm 傾斜25°
    上面25~40 mm
エンジン マイバッハHL230P30
     4ストロークV型12気筒
     液冷ガソリン
     700 hp/3,000 rpm (520 kW)
乗員 6名

さらに詳しく → ヤークトティーガー  駆逐戦車  M10 (駆逐戦車) M10 GMC



ティーガー1後期型実践工作ガイド (AFV Rankup Modeling Manual)ティーガー1後期型実践工作ガイド (AFV Rankup Modeling Manual)
(2009/10)
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タグ : 戦車 ヤークトティーガー 駆逐戦車 M10 GMC

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