大本営発表 - 偽りの大戦果

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013/02/03(日)
*

大本営(だいほんえい)は、日清戦争から大東亜戦争(日中戦争及び太平洋戦争を含む戦争の日本政府の呼称)にかけての戦時中・事変中に設置された大日本帝国陸軍および海軍の最高統帥機関である。

天皇の命令(奉勅命令)を大本営命令(大本営陸軍部命令(大陸命)、大本営海軍部命令(大海令))として発令する最高司令部としての機能を持つ。

日清戦争と日露戦争で設置され、戦時の終了後に解散した。支那事変では戦時外でも設置できるよう改められ、そのまま、大東亜戦争終戦まで存続した。連合国からはインペリアル・ジェネラル・ヘッドクォーターズ(Imperial General Headquarters)と呼ばれた。

大東亜戦争末期には日本の敗色が濃厚になるにつれて、さも戦況が有利であるかのような虚偽の情報が「大本営発表」として流され続けた。このことから現在では、権力者が自己の都合の良いように情報操作をして虚偽の情報を発信することを揶揄して「大本営」「大本営発表」という表現が用いられることがある。

概要

大本営は、陸軍および海軍を支配下に置く戦時中のみの天皇直属の最高統帥機関として、1893年5月19日に勅令第52号戦時大本営条例によって法制化された。日清戦争における大本営は1894年6月5日に設置された。

1893年制定の海軍軍令部条例により平時においてのみ陸海軍の軍令が対等となったばかりであり、戦時大本営条例により戦時における海軍の軍令をも統括していた陸軍の参謀総長のみが幕僚長とされた。

同年9月15日、戦争指導の拠点を広島に置くために天皇が移り、大本営も広島に移った(広島大本営)。1896年4月1日大本営解散の詔勅によって解散した。

日露戦争における大本営は1904年2月11日に設置された。このときは1903年の大本営条例の改訂により、戦時においても軍令機関が対等となったことから、陸軍の参謀総長、海軍の海軍軍令部長の両名ともに幕僚長とされた。1905年12月20日解散した。

日中戦争(支那事変)は正式には戦争ではなかったため、1937年11月18日、大本営設置を戦時に限定していた大本営条例は勅令第658号によって廃止され、新たに戦時以外に事変でも設置可能にした「大本営令(昭和12年軍令第1号)」が制定された。

1937年11月20日、大本営が設置され、そのまま大東亜戦争に移行した。戦争末期には長野市松代町に建設された地下壕への遷都も計画されたが(松代大本営)、未完成のまま終戦を迎え、1945年9月13日に廃止された。

さらに詳しく → 大本営




特攻と日本人の戦争―許されざる作戦の実相と遺訓特攻と日本人の戦争―許されざる作戦の実相と遺訓
(2009/09)
西川 吉光

商品詳細を見る
関連記事

タグ : 太平洋戦争 台湾沖航空戦 大本営 マリアナ沖海戦 大日本帝国

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/2516-9cd593c7
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。