通州事件 (Tungchow Mutiny)

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2012/11/06(火)
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通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に発生した事件で、「冀東防共自治政府」保安隊(中国人部隊)による日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民(朝鮮系日本人を含む)に対する虐殺を指す。

事件の概要

通州は、北平(現:北京市)の東約12kmにあった通県(現:北京市通州区北部)の中心都市で、日本人を妻とする殷汝耕が南京政府から離脱して設立した冀東防共自治政府が置かれていた。また、北京議定書に基づき、欧米列強同様に日本軍が邦人居留民保護の目的で駐留していた。

第二十九軍による日本軍攻撃

1937年7月7日に中国軍による駐留日本軍(この部隊は元々、通州に配置されようとした際に、梅津美治郎陸軍省事務次官が京津線から離れた通州への配置は北京議定書の趣旨では認められないと強く反対したために代わりに北京西北の豊台に配置された部隊であった)への銃撃に端を発した盧溝橋事件が勃発し宋哲元の第二十九軍と日本軍が衝突した。

まもなく停戦協定が結ばれたが、7月13日に再び日本軍への銃撃事件が引き起こされ(大紅門事件)、7月25日に三度日本軍への攻撃がなされ(廊坊事件)、続く7月26日にも日本軍への攻撃が繰り返された(広安門事件)。

国民政府によるデマ放送

7月27日に中華国民政府はラジオ放送を行い、その中で「盧溝橋で日本軍は二十九軍に惨敗し、豊台と廊坊は中国軍が奪還した」との虚偽報道に続き、「最近北京における軍事会議の結果、蔣委員長は近く二十九軍を提げて、大挙冀東を攻撃し、偽都通州の敵を屠り、逆賊殷汝耕を血祭りにあげる」と報じた。これを受けて冀東保安隊が日本人を襲撃することとなった。

冀東防共自治政府保安隊と第二十九軍の関係

冀東防共自治政府保安隊の幹部張慶餘と張硯田は密かに第二十九軍との接触をもっていた。このような中、第二十九軍の通州攻撃を防ぐために開かれた軍事会議上で張慶餘と張硯田は分散していた配下の保安隊を通州に集結させることを提案し、日本人保護のためであると騙された日本陸軍の通州特務機関長細木繁中佐もこれを了承していた。保安隊が集結し準備が整うと深夜に通州城門を閉鎖し、通信手段を遮断すると決起がなされた。

日本人虐殺

7月29日、千数百人の冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が、華北各地の日本軍留守部隊約110名と婦女子を含む日本人居留民約380名を襲撃し、260名が惨殺された。これにより通州特務機関は全滅。

また、当時大使館付陸軍武官補佐官であった今井武夫は、「もっともこれは単に通州だけに突発した事件ではなく、かねて冀察第二十九軍軍長宋哲元の命令に基づき、華北各地の保安隊がほとんど全部、29日午前2時を期して、一斉に蜂起し、日本側を攻撃したものである」と述べている。

生存者の証言・記述

九死に一生を得た日本人女性の発言「日本人は殆ど殺されているでしょう。昔シベリアの尼港事件も丁度このような恐ろしさであったろうと思います。」。

吉林生まれで5歳時に河北省の通県で一家の父母と妹が虐殺された者が、中国人看護婦により自分の子であると庇われ、九死に一生を得て日本に帰還した。父は医院を開業していたが、保安隊が襲う直前に遺書を書き中国人看護婦(何鳳岐:か ほうき)に預けたという。

影響等

「通州虐殺事件」、「第二の尼港事件」とも言われる。女性は強姦されて陰部にほうきを刺されて殺害されている者、喫茶店の女子店員の生首がテーブルの上に綺麗にならべられていた、斬首した女性に対する死姦、腹から腸を出されて殺害されている者、針金で鼻輪を通された子供など、日本人の平均的倫理観から見て殺され方が極めて異常かつ残虐であったため、この様子が同盟通信を通じて日本全国に報道されると日本の対支感情は著しく悪化した。 

これは、既に7月7日生じたあと現地で解決されていた日本軍と国民党の武力衝突につき、感情論に任せたなし崩し的戦線拡大を招いた。 その後1937年12月24日、冀東政府と日本側との間で交渉が成立、冀東政府は日本側に正式陳謝の上、120万円の賠償金を支払い、事件は解決した。

近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり、歴史の闇に埋もれようとしている。中国政府公式対外宣伝刊行物の『南京大虐殺写真集』の目次では『盧溝橋にて「北支事変」勃発、日本は華北を侵略する。

日本軍は第二次上海事変を起こし、上海へ出兵する。』と述べており、この事件については一切触れられていない。小林よしのりの戦争論では細かく扱われている。戦後、極東国際軍事裁判(東京裁判)において、弁護団は通州事件について、外務省の公式声明を証拠として提出しようとしたが、ウェッブ裁判長によって却下された。

事件諸説

冀東防共自治政府保安隊が通州事件を起こした原因としては以下の3つの説が存在している。

1.日本軍機が華北の各所を爆撃した際に、通州の保安隊兵舎を誤爆したことへの報復だったとする説(ただし、誤爆の事後処理は通州事件以前には終わっている事実も存在している) 。

2.中国国民党軍が冀東防共自治政府保安隊を寝返らせるため、ラジオで「日本が大敗した」と虚偽の放送をおこない、冀東保安隊がそれに踊らされたという説。

3.1986年に公表された冀東保安隊長・張慶餘の回想録や、中国で出版された『盧溝橋事変風雲篇』によると、張慶餘、張硯田の両隊長は、中国国民党第29軍とかねてから接触。「日本打倒」の事前密約をし、これが「通州決起」と関係していると記されていることから、中国国民党と張慶餘・張硯田両隊長の密約によるものとする説。


犠牲者家族の記述

吉林生まれで5歳時に河北省の通県で一家の父母と妹が虐殺された者が、中国人看護婦により自分の子であると庇われ、九死に一生を得て日本に帰還した。父は医院を開業していたが、保安隊が襲う直前に遺書を書き中国人看護婦(何鳳岐:か ほうき)に預けたという。

さらに詳しく → 通州事件  冀東防共自治政府




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