九九式短小銃(Type99 Rifle、Arisaka 7.7mm Rifle)

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2009/12/17(木)
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九九式短小銃(きゅうきゅうしきたんしょうじゅう)または九九式小(きゅうきゅうしきしょうじゅう)は、西暦1939 年、(昭和14年、皇紀2599年)に日本陸海軍が制式採用したボルトアクション方式小である。英語圏ではArisaka 7.7mm RifleやArisaka M1939 Rifle、Type99 Rifle、M99 Rifleとも呼ばれる。配備は昭和16年以降にはじまり、戦地へ出動する部隊に優先配備され、連合国軍との戦闘に用いられた。

沿革

* 大正9年 - 試製7.7mm小の研究が、開始される。
* 大正12年 - 試作研究終了。次期小の基礎資料となる。
* 昭和13年 - 次期小1次試作。耐久性の改善要求が出された。
* 昭和14年1月 - 2次試作完了。制退器を削除、照尺の改良、製造の簡易化がなされた。
* 昭和14年5月 - 3次試作完了。実用試験に供された。
* 昭和14年7月15日 - 仮制式制定が上申された。
* 昭和14年 - 正式採用
* 昭和16年 - 生産開始
* 昭和16年4月 - 小倉造兵廠研究所で陸軍技師 水野武雄が九九式小銃を半自動化した改造ピダーセン自動小銃の製作に成功する。この小銃は正式採用されなかった。
* 昭和16年12月 - 日本は連合国に対して開戦。
* 昭和20年8月 - 太平洋戦争で日本が敗戦し生産中止となった。
* 昭和20年  - GHQの指示により、九九式短小銃14万丁がM1ガーランドと同じ実包を発射できるよう改造される。 
* 昭和25年6月 - 朝鮮戦争勃発により韓国軍が九九式短小銃を使用する。
* 昭和25年8月 - 警察予備隊の発足により九九式短小銃が正式採用された。
* 昭和36年6月 - 自衛隊が使用していた九九式短小銃が不良品との判定により射撃禁止措置とされた。
* 昭和39年9月 - 豊和工業に在籍していた九九式短小銃の開発チームが64式7.62mm小銃を完成させ、自衛隊に正式採用された。

概要

三八式歩兵銃からの改善点は以下の通り。

* 威力向上のため、6.5mmから7.7mmへ口径の大型化
* 命中精度向上のため、照星、照門の改良、対空表尺の装備
* 反動増大対策(銃口安定性増大)のため、単脚の装備
* 機動性向上のため、銃身の短縮、総重量の軽減
* 銃弾の補給効率向上のため、銃弾を九九式軽機関銃と共通化(一方的ながら九二式重機関銃とも共通)
* 量産性向上のため、部品のゲージ規格化と品質管理の導入
* 歩兵部隊の近接支援火力を増大するため、小銃擲弾の装備
* 上部被筒を装備することにより、日照による温度差での銃身の屈曲を防ぐ
* フロントサイトガードを装備することによる、照星の損傷を防止する

九九式小銃を装備した部隊には、銃弾が共通化されていた九九式軽機関銃が分隊あたり1丁配備された。 銃剣には、三八式歩兵銃に引き続いて三十年式銃剣を採用している。

「九九式小銃」と呼ばれる銃には長小銃と短小銃の二種類が存在し、一般に「九九式小銃」と言った場合、短小銃を指す。(後述)

最大の生産工場は、名古屋工廠鳥居松製造所。ほかに、東京、小倉、広島、仁川、満州などの兵器工廠でも生産された。短小銃の生産数は約250万丁と言われ、日本の小銃生産史上、三八式歩兵銃に続いて第2位の生産量とされている。詳細な生産数については戦中戦後の混乱で資料が残っておらず、完全には把握されていない。

主な配備部隊は、アッツ島の第7師団、ビアク島の第35師団、ペリリュー島の第14師団、フィリピンの第68旅団。ほかにサイパン島、硫黄島、ビルマ戦線でも使用された。

ドイツ軍や中国国民党軍のKar98kやソ連軍のモシン・ナガンM1891/30、米軍のスプリングフィールドM1903小銃、イギリス軍のリー・エンフィールド等と比較して、互角以上の性能と信頼性を備えていたといわれる。一方で、戦闘経験者の体験談などでは、三八式歩兵銃に比べて命中精度が格段に劣ったなどの評価もある。また大戦末期には国力の低下から粗製品が製造され本来の性能は期待できなかったという評価もある。太平洋の密林において頻発したごく近距離での戦闘では米軍が広く配備した自動小銃であるM1ガーランド、M1カービンに撃ち負ける場面がしばしばみられた。日本兵には鹵獲したM1カービンが人気があったという。

7.7mm口径化の経緯

明治時代より日本軍では三八式歩兵銃を主力小銃として使用していた。しかし、三八式歩兵銃の6.5mm弾では弾丸の重量が小さいため敵に致命的な負傷を与えられず、敵兵の戦列復帰が早いことが問題視された。また、敵兵士だけでなく、敵の軍馬に対する殺傷力の点でも不満があった。このため日本陸軍では、日露戦争終結前後から大口径化による高威力化の必要性を感じていたとされる。当時の欧米列強諸国の小銃弾に準じて、口径は7mm~8mm程度が好ましいとされ、三八式歩兵銃を基にして何種類かの大口径小銃が試作された。後に九二式重機関銃が実用化されると、銃弾の補給面から九二式実包を使用できる事が要求に組み込まれた。

中国戦線で対峙する中国軍や軍閥軍はモーゼル系の小銃で武装しており、三八式歩兵銃では撃ち負けるという現場部隊からの指摘も参考にされた。モーゼル系小銃は徹甲弾が発射可能で、日本軍装甲車や軽戦車の装甲を貫通することもあった。こうした戦訓も後押しする形で、明治、大正、昭和と研究されてきた新小銃の配備が決定された。こうして完成・採用された九九式小銃だったが、日中戦争の激化で陸軍が動員をすすめ兵士の数が急増したため、三八式歩兵銃からの全面更新は不可能となった。結果として2種類の主力小銃が同時に存在したまま太平洋戦争に突入してしまった。これらは弾薬補給上の混乱を招き、日本軍の戦力を幾分かは阻害した。また、九二式実包との互換性についても計画通りには実現できなかったため、意図に反して補給上の問題はさらに煩雑となった。(後述)

九九式小銃を開発した技術者は戦後、豊和工業に就職して64式小銃を開発したが、こちらは冷戦期のソ連侵攻を意識し、待伏せ攻撃に特化した自動小銃として設計されている。

当時の軍用としては高精度とされるが、大口径化にともなって反動が強くなり実際の命中率は三八式歩兵銃より低下していた。当時の一般兵士の貧弱な体格では精度の高い射撃はしばしば困難であり、この点から改悪と評価される場合もあった。反動の増大と命中精度の低下の対策として、他国にあまり例をみないモノポッド(単脚)が装備されているが、これが有用であったという使用者の証言は少ない。

対物射撃

三八式歩兵銃の6.5mm弾では、口径の小ささから特殊弾を製作することが困難だったが、九九式短小銃は、口径増大によって、銃弾の内部容積に余裕が生まれた。このため日本軍の小銃で初めて徹甲弾を発射でき、また曳光弾、焼夷弾、小銃擲弾の運用が可能となった。

日本軍、特に満州に展開する関東軍にとって最大の脅威は、その機動性をもって退路および補給路を遮断する恐れのあるソ連の自動車化狙撃兵師団である。遠距離の対人対馬射撃では優位を確保した三八式歩兵銃であったが、中距離(200~400m程度)での対車両射撃では、威力不足が顕著であった。満州の大平原で対自動車戦闘を行なうというより現実的な脅威に即した形で九九式短小銃は設計されている。この距離感では、連射性能はあまり必要ではなく、日本軍小銃の半自動化構想は具現化することはなかった。

また中国軍との戦闘において中国家屋の土壁を遮蔽物として交戦した場合、中国軍の7.92mmマウザー弾は数発で土壁を撃ち崩したが、日本軍の小銃や機関銃の6.5mm弾では困難だったことから、新型小銃の口径増大が求められた。これを踏まえて開発された九九式普通実包は、アルミ合金を鋳造してできた自動車エンジンのシリンダー部を貫通、破壊することが出来たとされる。

草原での草むら越しの戦闘でも、6.5mm弾では軽量さから運動エネルギーが小さく、草むらとの衝突で弾道が曲がり命中しにくいが、7.7mm弾であれば比較的重量があるために草むらを直進して命中させやすいという報告もあった。また、6.5mm弾は遠距離射撃の場合、風に流されやすいという兵士の証言もあり、実際に三八式の狙撃銃バージョンである九七式狙撃銃では、ライフリングのツイストが急であることも含めドリフト(偏流)しやすい性質の銃になっており、最初からスコープの縦軸が斜めに入っているのに対し、九九式狙撃銃用の物は縦軸は垂直になっている。

特徴

三八式歩兵銃と比較して、照門がV字式から円筒式となり、照星も角柱式から三角柱式になった。照準の見出しがやりやすくなったため、兵士の間では概ね好評を得ていたとされる。ライフリング(腔線、施条)は、三八式歩兵銃と同様のメトフォード型であり、イギリス製ライフルと同様の系統に区分される。

実際に主力として生産されたのは、銃身を16cmほど短縮した九九式短小銃である。長小銃は、短小銃と競争試作された。九九式短小銃の採用前、陸軍戸山学校では各種試験を行い「短い銃身では白兵戦に不利。半自動化を求める者は根性が足りない」との見解が出されたが、大口径化にともない、携行銃弾の重量と小銃の重量増加を考慮して、長距離行軍に適する短小銃が採用される。口径増大とともに、発射機構の半自動化も計画され、試作品も完成したが、銃弾消費が国力の限界を超えることを恐れて却下された。

短小銃の開発は、主に、日中戦争の拡大により召集を受けつつあった徴兵検査乙種及び丙種合格者の体格を考慮したものとされる。(陸軍身体検査規則参照)長小銃の生産が中止されてからは、短小銃の方が「九九式小銃」と呼ばれるようになった。 また、大戦末期には学徒出陣によって徴兵制度における身長規定に改訂があったため、身長の低い者にも扱いやすいようにより一層短銃身化されたものもある。

当時の日本製小銃は基本的に職人による手作業で製造されていたために部品の互換性がほとんど無く、三八式歩兵銃の場合、破損や紛失した部品を他の銃の部品と入れ替えると作動不良の原因となる例があったが、九九式小銃は生産性と部品互換性の向上が図られている。銃身の内側はクロームメッキが施されており、発射耐久性の向上に成功している。この技術はのちに自衛隊向けのM1ガーランドの老朽化対策や、64式小銃、62式軽機関銃などの日本製小火器にも採用されている。

初期型の九九式小銃には「高射表尺」という対空用に使える見切り照準機が標準装備されており、現在コレクター市場では高値で取引されている。「馬鹿のアクセサリー」と揶揄されることもあるが、敵が旧式の布張り複葉機であった場合には有効で、敵の弾着観測機を一斉射撃で撃ち落すこともあったとされる。しかし、ニューギニア戦線では初陣の士官の指揮で対空射撃に挑んだ1個中隊が米軍機の機銃掃射による反撃で全滅した例もあるという。小銃による航空機の撃墜例は数件あるものの、墜落原因は戦闘中の混乱で明確でない場合もある。

木製部分は主に長野県産のクルミ材を使用していたが、代用としてブナ科の堅木も用いられた。後に、欧米でオーク材と呼ばれる楢(なら)、樫(かし)が主材料となったが、戦争末期には木材調達がままならず、乾燥処理されていない杉も使われた。

使用弾薬

当初、九二式重機用の九二式実包を使用できるように開発が進められていたが、薬莢が半起縁のため挿弾子を用いた装填に難があるうえ,高威力過ぎて小銃弾として不向きであった。無起縁化された九七式実包での試験を重ねた後、九九式普通実包を主用銃弾とすることで決定した。これにより補給効率向上を目指した銃弾の互換性は、小銃弾を機銃弾として使用する一方的なものに留まった。昭和前期に、成人の平均身長が約160cm程度だった日本人が使用する小銃としては、減装薬であっても威力過大だったともされる。

九九式普通実包

九九式普通実包は昭和13年10月から開発研究がなされた。 九二式実包と比べると、薬莢下端に半起縁部が無い為、起縁部径は12.1mmと0.6mm小さく、底部厚が0.32mm薄くなっている。九二式重機関銃は保弾板式の給弾機構であるため、作動の確実を期して半起縁式の薬莢を使用していた。その後、九七式車載重機関銃の開発にあたり、箱型弾倉からの送弾装填をより円滑とするべく薬莢が無起縁式に改められ、九七式実包が制式化された。同様に九九式軽機関銃も九七式実包を用いて開発が進められていたが、軽機関銃用としては火薬量が多く威力が高すぎた為、装薬を減らした九九式実包が開発された。これは既存の重機関銃用弾薬を基礎として開発を進めた経緯に基づく。

九九式小銃では、隊内で九九式軽機関銃と弾薬を共有するために九九式実包を主要弾薬として使用することとなっているが、重機関銃用の九七式実包も使用することができる。前者を遠距離戦用の「重弾」、後者を、近距離戦用の「軽弾」と呼称した。九二式重機関銃ではこれら全てを使用出来た。

昭和15年以降は九二式実包が八九式として一括りにされ航空機銃用に用途変更された為、これまでの九七式実包を新たに九二式実包と名称変更することで、歩兵部隊向けの7.7mm弾薬は全て同一形状の無起縁薬莢に整理され統一されたが、強装弾と常装弾の二種類の区別がなお存在した。

弾長31mm、弾径7.9mm、弾丸重量11.8g。弾道低落量は水平射撃200mで41cm、300mで99cm、500mで285cm。弾頭はマンガン黄銅被甲、硬鉛第二種弾身となっている。形状は尖頭弾頭、平底弾尾。薬莢は黄銅製の無起縁薬莢で起縁部径12.1mm。末期には鉄製薬莢も生産されたが、携行中に錆が発生するなど実用性は低かった。

九七式焼夷実包

九七式車載重機関銃用の銃弾。九九式小銃でも発射できる。数値は九二式焼夷実包のもの。弾丸長37.5mm、弾丸重量10.7g、実包重量24.8g。九二式重機関銃で発射した場合、初速810m/s。夜間で900m。昼間で500mの曳光距離を持つ。対水素気球の有効射程は250mで、対飛行機油槽の場合は350m。白銅製被甲で、黄燐燃焼剤が充填されている。弾頭部に縦8条、横1条の溝があり、被甲にはハンダ詰めされた0.6mmの噴気孔がある。

九七式曳光実包

九七式車載重機関銃用の銃弾。九九式小銃でも発射可能であった。数値は参考として、九二式曳光実包のもの。夜間曳光距離は1000mで、光剤は過酸化ストロンチウムを用いていた。識別用に、弾頭が緑色に着色されていた。

小銃擲弾等

九九式小銃には、九九式外装穿甲弾と呼ばれる小銃用タ弾(成形炸薬弾)が用意される予定であった。これは310gの炸薬が内包され、75mmの装甲に穿孔を開けることができたが、有効射程は20~30mと短く、試製に終わっている。このほかに、30~45mmの九九式用小銃用擲弾が設計・生産されたがほとんどは比較的少数生産に終わっている。 例えば40mm小銃擲弾は師団あたり1000個程度の少量の補給に留まった。

戦後の九九式短小銃

戦後、日本占領地域に遺棄、または降伏に伴う武装解除により接収された日本軍兵器が各国の独立戦争、内戦などで使用されており、九九式小銃などの小銃も多数が使用された。自衛隊の前身である警察予備隊では米軍が給与していたM1ガーランドの不足を補う形で、7.62mmx63弾を使用できるように改造した九九式小銃が少数使用されていた。朝鮮戦争勃発により大韓民国軍への武器給与が優先された為だが、当の韓国軍でも後方装備として同様の改造を施された九九式小銃が配備されていた。 これらの九九式小銃の多くは、戦時急造として焼入れをしない生鉄を使うなど品質が悪く、そこに度重なる改造を加え高威力の銃弾を使用したことから信頼性に問題があり、暴発や不発、破損などの不具合や故障が多発した。当時、新小銃の開発に取り掛かろうとしていた銅金義一、津野瀬光男をはじめとした警察予備隊や豊和工業の銃器技術者たちが検査したところ、国内に配備されていた九九式小銃には満足に機能するものはほとんど無く、即日射撃禁止の指示が出されたと言われている。

本来の九九式小銃は当時の軍用ボルトアクションライフルでも高性能な部類に入るものだったが、進駐軍が持ち帰って評価の対象としたのが、末期急造型の粗悪品だったため、アメリカでは粗悪な銃と評価されていたが、後に、高品質な初期型が出回るようになると、「キングオブボルトアクションライフル」と評する米国の銃器評論家も現れた。米国の銃器オークションでも、品質の良い九九式小銃は珍品とされ、同種のボルトアクションライフルの相場を上回る額で取引される。

また、アメリカやカナダではスポーツライフルとしても流通している。アメリカ国内で製造される7.7mm ARISAKA弾が使用されており、貫通力が強く、大型獣の狩猟に使用される。グリズリーなどの大型動物の頭蓋骨を貫通して即死させることができるといわれ、旧日本軍の小銃の中で唯一「ベアハンター」の異名をもつ。

終戦を知らずルバング島で30年間身を潜めていた小野田寛郎少尉が手にしていた小銃としても知られる。この際、弾薬は島内に遺棄されていた戦闘機から引き上げた7.7x58SR機関銃弾(薬莢が九二式実包と同様の半起縁型で交換の必要あり)を改造して使用していた。

派生型等

* 九九式長小銃
最初に九九式小銃として設計・生産された。少数生産。

* 九九式短小銃初期型
昭和14年から昭和16年にかけて初期生産された。対空表尺、単脚を標準装備しており、品質管理も行き届いていたもので、米国銃器オークションで高値も付く。内地残留の留守師団に配備された。遊戯銃のモデルにもなっている。

* 九九式短小銃中期型
昭和17年から昭和18年にかけて生産された。対空照尺、単脚、遊底覆は装備されていないか、取り外して返納されている。サイパン島、硫黄島、ビルマ戦線、フィリピン防衛戦、沖縄戦などで使用された。現役時代に三八式歩兵銃で訓練した予備役兵が、召集されて九九式を射撃した際、反動の強さに驚いたとされる。

* 九九式短小銃後期型
昭和19年から昭和20年にかけて生産されたもので、生産数が最も多い。末期型と区分されている中でも、終戦直前のものは特に品質が低下し、最終的には、木の台に鉄の筒を載せただけの状態だった。対空照尺、単脚は装備されておらず、銃剣取り付け部が付いていないものもある。部品精度が落ちているためネジの締まりが悪く、部品脱落が多かったほか、不発や暴発事故も報告されている。照準は固定照準のみで、敵対距離に応じて照尺で仰角を変えることはできなかった。木材加工も工期短縮のために銃床の長さは狩猟用ライフル並に短縮され、未乾燥処理で荒削り、ニス塗装もしていないものやニスの代わりに漆を塗ったものもあった。

* 九九式短小銃米軍改造型
戦後米軍が押収した九九式短小銃を、朝鮮戦争によって武器不足に悩まされている韓国軍に支給するため、M1ガーランドと同じ強装弾を発射できるように改造したもの。暴発事故による負傷も相次いで報告されており、最悪のライフル銃として九九式小銃の名を貶めた悪銃である。約14万丁が改造され、警察予備隊にも配備された。

* 九九式狙撃銃
精度の良い九九式短小銃を選び出し、本体左側面上方に九七式または九九式狙撃眼鏡を装着して狙撃銃としたもの。昭和17年5月に仮制式が上申された。九九式狙撃眼鏡は倍率4倍、眼鏡視界7°、眼鏡重量590g。射距離目盛は1500mで100m毎。ペリリュー島では、憲兵隊司令官ハンキンス大佐の狙撃に用いられ、一発で頭蓋骨を撃ち抜き射殺する戦果をあげた。

* 二式小銃
九九式短小銃を薬室部分から二分割可能にし、銃袋に入れて持ち運べるようにしたもの。分割部分は金属で補強してある。挺身落下傘(ていしんらっかさん)または鉄砲・落下傘(てっぽう・らっかさん)に由来して、テラ銃という略称が付いている。落下傘部隊に配備する為に考案されたが少数生産に終わっている。また銃身を分割することから精度も九九式小銃と比べて低かった。

性能等:九九式短小銃

種類 小銃
製造国 日本
設計・製造 東京砲兵工廠
口径 7.7mm
使用弾薬 九九式普通実包
装弾数 5発
作動方式 ボルトアクション
全長 1118mm
重量 3800g
銃口初速 730m/s

性能等:九九式長小銃

種類 小銃
製造国 日本
設計・製造 東京砲兵工廠
口径 7.7mm
銃身長 657mm
使用弾薬 九九式普通実包
装弾数 5発
作動方式 ボルトアクション
全長 1258mm(着剣時1642mm)
重量 4100g
銃口初速 740m/s
有効射程 500m

さらに詳しく → 九九式短小銃



図解古銃事典図解古銃事典
(2006/08)
所 荘吉

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