エルベ特別攻撃隊 (Sonderkommando Elbe)

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2012/07/09(月)
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エルベ特別攻撃隊

ドイツ空軍大佐のハヨ・ヘルマンはレイテ沖海戦より日本軍が投入した神風特別攻撃隊に触発され、その戦法が周囲でも話題になっていた事もあり、最終手段として劇的な戦法を試案するため、当時の駐独大使である大島浩をデーベリッツの司令部に招き特攻について質問して情報を得た。

その効果については疑問を持ちつつも、第二次世界大戦末期はドイツでも航空機やその燃料が不足し通常の防空戦は困難になりつつあったことや「カミカゼ」戦術が衝撃的だったこと、過去にもその場の判断で敵機に体当たりを行い撃墜した事例、最新鋭のジェット機が圧倒的な速力で唯一大きな戦果を上げており機体生産を確保するための被害回避、等の理由から「爆撃機への体当たり攻撃」を立案した。

この作戦にヒトラーは難色を示し、空軍総司令官のゲーリングも当初は反対したが、燃料も戦闘機も不足する中ではやむを得ない戦法だと説得し許可を得て、ハヨ・ヘルマンが指揮官となって「自己犠牲攻撃」として志願者を募り、作戦が独北部のエルベ川周辺に展開したため「エルベ特別攻撃隊」(Sonderkommando Elbe)と呼称された。

この作戦は1945年4月7日に実行され、内容はメッサーシュミットBf109とフォッケウルフFw190を使用し、機関銃の銃弾を撃ちながら敵機めがけて一直線に突進するものであり、衝突と同時にパラシュートで脱出することで生還の可能性は残しており、必ず体当たりすることを要求されたのではなかったが、死を覚悟しなければ志願できない作戦であり、周囲も彼らが戦死することを前提にすべての用意を整えていた。

「敵重爆の直前で射撃し、各自1機は撃墜すること。必要とあれば激突せよ」と命じられ彼らは無線で流されるドイツ国歌を聞きながら突撃したと言う。しかし、P-51を始めとする多数の護衛戦闘機群に阻まれ、推定189機が出撃したが出撃機の大半とパイロットの約半数(約80人との資料もある)を失い、8機(「B-17、5機撃墜」との資料や、二十数機との資料もある)の爆撃機を撃墜したに留まり、効果への疑問から作戦はこの一度のみで終了となった。

この部隊は解散したがドイツ空軍は別の特攻作戦「オーデル川作戦」を発動した。

さらに詳しく → 特別攻撃隊




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(2009/01/24)
三浦耕喜

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