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2012/02/16(木)
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チベット問題は、チベットに対する中国の支配・統治にともなって生じる各種の問題で、特にチベット人による独立運動への弾圧、弾圧にともなう中国軍によるチベット人の大量虐殺や人権侵害が大きな争点である。本記事ではチベット問題について中国政府の見解とチベット亡命政府の主張を対照させながら、概説する。

中国政府によるチベット統治・政策

以下、中国政府によるチベット統治・政策、およびそれらについての中国政府の弁明とチベット亡命政府をはじめとする反論と批判的見解を概説する。

経済政策

改革開放政策がはじまった1980年代初頭、チベットの惨状に驚愕した胡耀邦総書記の指示により本格的な経済支援が開始され、現在まで継続している。2006年7月1日に「青蔵鉄道」(全長1956キロ)が全線開通した。亡命政府側は同化政策の強化と見ており、批判している。

胡耀邦はチベット政策の失敗を明確に表明して謝罪し、共産党にその責任があることを認め、ただちに政治犯たちを釈放させ、チベット語教育を解禁した。自治区幹部へのチベット人大量登用、宗教、文化の尊重、経済支援強化など8項目の方針を決める。しかし、この政策は党幹部から激しく指弾され、胡耀邦の更迭後撤回された。

中国政府は独立運動には厳しい反面、「アメとムチ」の懐柔策でデモ封じ込めを図っている。例えば2008年のチベット動乱で暴動を防げなかった責任で、ジアンパ・ピンツオ主席は辞職し、その後継を元々「農奴」と呼ばれるチベットの最も低い階級に属していたチベット自治区東部出身のジアンパ・ピンツオを就任させた。その動乱後に被害を受けたラサの住民を対象に、生活補助の支給や医療費の免除を実施し、僧侶らによる数百人規模のデモが2度発生した青海省黄南チベット族自治州では中心部の同仁県にあるチベット仏教寺院「隆務寺」に8日午後、製めん用の小麦を大量に積んだ5トントラックが到着した。

中国は1989年から1994年にかけ、5500万元と大量の金や銀など貴重な物資を投じてポタラ宮の大規模な補修を行った。また中央人民政府は3億元余りを投じ、チベットの1400余りの寺院の修復、開放を支援した。中国は、チベット地区のGDPは2010年度に500.8億元(約600.8億円)に達し、年間成長率が12.4%.農民と牧民の納税後の年間収入が2005年度の2倍にあたる4,319元となったと主張しているが、中国がチベット自治区に2001年以降に投資した総額は3100億元にのぼる。

しかしこれらの投資は主に中国からの漢民族移民の為に使われ、チベット人に対してではなく、チベットにある企業の大部分の経営者は漢民族で占められ、雇用は不公平極まりないとチベット側は反論している。経済学者アンドリュー・フィッシャーも中国によるチベット経済政策について、チベット族を疎外したものと分析している。

交通・観光政策

2006年7月1日に「青蔵鉄道」(全長1956キロ)が全線開通した。「中華人民共和国チベット自治区」ラサと青海省のゴルムド区間1142キロ。鉄道の最高標高は5072メートル、海抜4000メートルを超える区間が960キロに達した。亡命政府側は同化政策の強化と見ており、批判している。また、カイラス山を通る自動車専用道路の建設を中華人民共和国政府は計画しているが、チベット人仏教信者は「聖地が破壊される」と主張して中止を求める国際的な運動を展開している。

中国当局はチベットの観光収入は226.2億元に達し、年30%上昇し、2015年には1500万人の観光客が訪れると予測していると発表している。しかしツアーガイドやホテルは中国当局が認可したものでないと営業はできない。

また日本を含む外国からの観光客は減少しているともいわれる。2008年10月の時点でラサでは中国人観光客が増える一方で外国人観光客は激減している。入域許可証発行が厳格化され、自由な旅行ができないためとされる。

「封建農奴からの解放」

中国政府は『旧チベットは封建農奴制であり、人口の5%足らずの官僚や貴族、寺院の上層僧侶らが農奴主となり、チベットのほとんど全ての耕地や牧場と大部分の家畜を所有していた。農奴は旧チベットの人口の90%以上を占めていた。農奴主は、労役や高利貸し付けを通じて、農奴に対する苛酷な搾取を行い、農奴主は成文法と慣習法に基づき、監獄や私牢を作った。』として農奴解放を行ったとしてチベットの併合を正当化し、「1951年の時点ではまだほとんどのチベット人が農奴であり、また、1913年から1959年の自治の間、チベット政府はチベット発展の阻止を宣言しており、中華人民共和国政府の提案した『近代化努力』のすべてに反対した」と主張している。

1960年頃にチベット動乱を鎮圧し、チベット全土を制圧した中国政府は、1963年に映画『農奴』(李俊監督)を製作する。ストーリーは、ラマ僧侶と領主に搾取され続けた主人公の農奴が、人民解放軍に救助されるもので、1965年、日本で公開されたが、これは65年当時までに日本で公開された唯一のチベットについての映画であった。

モンタージュ技法を駆使したこの映画は、映画研究者に高く評価された。2011年に中国共産党が制定した「チベット100万農奴解放記念日」である3月28日に、チベット電視台衛星チャンネルでこの映画が放映されたのを見て、チベット人の詩人ウーセルは、「“解放者、大恩人”を気取りながらもチベットをゆっくり丸のみしようとする」「“赤い悪魔”(中国共産党)に強力に洗脳されていた幼少時代に戻ったような気がした」と語り、この映画を中国共産党によるプロパガンダ映画として批判している。

チベット亡命政府の日本代表を務めたペマ・ギャルポは、チベットの多くの地域は遊牧生活の地であり、中国政府の主張するような意味での「農奴制」が果たして存在していたかと批判した。また、当時のチベットに身分制や貧富の差があったことは事実であるが、それは歴史的にどの国でも珍しくなく、中国でも貧富の差は解消されていないどころか、格差は激化している、としているし、「農奴」についても中国や西欧でも存在したし、そのことをもって中国によるチベット併合を正当化することはできないと反論している。

そもそもチベットに農奴制が成立するような環境ではなかった。 第一、チベットのかなりの広範な地域では遊牧を行っていて転々と移住する人するので「農奴制」が成立するような環境ではなかった。「農奴制」という言葉自体が中国政府がチベット解放を正当化するために用いている言葉に過ぎないのではないでしょうか?でも確かに僧侶や王侯、豪族、貴族は存在し、それによってラサなどの都市では上に納めることもあったが、それは歴史的に中国でもヨーロッパでもあった。

「平和解放」

胡錦濤国家主席が「チベットの平和解放」と表現したことに対して、国際チベットネットワークは、「平和解放ではなく軍事支配である」として反論している。同団体によれば、1949年に始まった中国によるチベット侵攻は、武力による侵略で、1950年10月7日、人民解放軍総勢4万 がディチュ河 (長江)を越え チベット中心部に侵攻、チベット軍は降伏し、1911年以来、独立国であったチベットは、被占領国家となった。なお2011年3月30日にスペイン最高裁判所第二法廷は、国際法の観点からはチベットが「被占領国家(an occupied state)」であると認定した。

さらに同団体は、1959年3月のラサの抗議行動に対して人民解放軍が砲撃を開始し、ダライ・ラマはチベットからの脱出を余儀なくされ、中国側の発表でも8万7千人のチベット人が死亡または逮捕された。1989年にはデモに対して戒厳令が布かれ、2011年現在もチベット高原一帯には、推定で15万から50万の中国軍が駐留しており、「平和解放」という表現は実際の現実や歴史とは全く異なることを指摘している。

朱維群(Zhu Weiqun)中国共産党中央統一戦線部常務副部長は「チベットの平和的解放なくして、中国共産党と人民解放軍への入党なくして、被支配層の農奴であるチベット人はCPCの政策を深く理解することは不可能である」と明言している

漢民族支配の否認

中国政府はチベット自治区指導部の大多数は少数民族で占めていると主張し、漢民族支配を否定している。また、「政教一致」を廃止、民主的な政治制度を導入したとして、近代化への貢献で併合を正当化している。

さらに新中国の憲法下で、全国の各民族人民と同様、国家の主役となり、すべての法律上の権利を獲得したとし、法律により、チベット自治区人民代表大会の議員(代表)や全人代の議員の約80%がチベット族などの少数民族であり、自治区政府主席や各級政府の主要な役職もチベット族でなければならず、職員もできるだけチベット族などの少数民族と規定されているとしている。

人民代表大会をチベットでも行い、100万人の農奴からも代表を参加させ、第一期人民代表大会の代表301名の80%以上が元農奴と元奴隷のチベット族などの少数民族で、チベット上層部の愛国者と宗教界からも11%以上の代表が選出。現在、95%の有権者が県級の直接選挙に参加。一部地方の有権者立候補率は100%を達成しているとも中国は主張している。

人民代表大会の代表者は自治区平均でチベット人など少数民族出身者が80%を占め、県、郷級では90%になる。 自治区、市、県の公務員のうち、77.97%が少数民族出身者で、自治区人民代表大会は地域にあった条例を制定し、逆に地域の実情に合わない国家レベルの法令の停止を実施している、と中国は主張している。

「少数民族」か「主権国家」か

中国側はチベット人を「少数民族」として解釈し、中国の運命共同体として繋がっている56民族の中の一民族と主張している。これに対して国際チベットネットワークは、「ねつ造」として「中国の深い歴史的な民族優越主義に由来しており、この思想はチベットと他近隣地帯の植民地化政策の基礎」となったと批判している。

また同団体は、チベット政府は中国共産党が結成される30年も前に、すでに近代国際法における主権国家として存在しており、中国が支配していた事実はない。また中国は清朝時代のチベット政策を併合の歴史的根拠ともするが、清朝と現在の中国共産党は民族も異なる別の国家であるし、また国家を継承しているわけでもない。さらに中国は、チベット人を“野蛮で未開”であるとし、中国人として“同化するか排除されるべき”であるとしたが、同化に応じないチベット人を根絶する政策が、中国の「同化政策」であるとして批判している。

合法的統治か武力支配か

2009年3月9日に胡錦濤主席は「祖国の団結を守り抜くために 万里の長城を築くごとく徹底的に分裂主義と戦い、チベットの基本的な安定を長期的安定へと導かなければならない。」と発言しているが、侵攻後60年を経てもチベット統治のために軍事力に依存していると批判されている。

2008年以来、チベットでは抗議行動が続き、2011年3月にはンガバで弾圧が行われた。また少なくとも824人のチベット人政治囚が収監され、中国では保安予算が国防予算を上回るともいわれる。2010年には保安予算549億人民元(84億ドル)で国防予算が533.4億人民元であった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2008年の抗議行動の際に拘束された推定何千人と、過剰警備による死亡者に対して、中国政府は情報を公開もしないし、責任を問われてもいないとして批判している。

信仰の自由

中国政府は、チベットは信仰の自由を享受し、大多数はチベット仏教を信仰しているが、イスラム教徒、カトリック教徒もいるとして以下のように主張している。

・1980年来、中央政府は7億元以上の予算をチベットの宗教政策と文化財保護に充ててきた。
・各宗教の活動は正常に機能しており、信者は満足していて、信仰の自由は十分に尊重されて、チベットでは現在、寺院があちこちで見られ、僧侶も多くなっている。
・パソコンや携帯メールでさえ、チベット語が使える。
・チベット暦の新年、ショトゥン祭など伝統的な祝日を、自治区の祝日、休日に加えている。
・実情に合わせ、婚姻法での法定年齢よりも男女とも2歳下げて結婚できるようにしている。
・婚姻法施行前に結婚した一夫多妻または一妻多夫の家庭については離婚させることなく、いまでもこのような婚姻関係の家庭が存在する
・権利保護を十分に保障し、"3.14事件の被告にさえ、弁護士をつけ、十分な弁護をさせている


秦宜智(Qin Yizhi)中国共産党ラサ市委員会書記は「全てのチベット人は信教の自由を完璧に保証する政策に守られ、その自由を謳歌している」と演説している。

チベット側によれば、このような「信仰の自由」は完全な虚言であり、チベット仏教はその中心的存在であるダライ・ラマへの忠誠を否定するよう強要されている。これまでに6000もの寺院が破壊され、1996年4月以来チベットの僧侶、尼僧たちは『愛国再教育』共同委員会により極秘で監視され、その結果2827人がそれぞれの寺院や尼僧から追い出された。

また、165人が逮捕され、9人が死亡し、35人が自主的に寺院を去っている。また電気棒という道具を使った拷問や、尼僧への強姦など未だに数多く報告されている。独立運動に関する発言を行った場合は、分離主義者として逮捕または虐殺される(節「中国によるチベット人大虐殺」参照)。

1995年にはチベット密教伝統の手続きに則り、ダライ・ラマが任命したパンチェン・ラマ11世が強制失踪させられたまま、現在も消息不明となっており、また1999年にはカルマパ17世が亡命している。中国政府はトゥルク(化身ラマ)にも政府の認可が必要としている。2011年4月、キルティ僧院では300人の僧侶が強制連行され、宗教の自由は一切なく、宗教弾圧のみがあるとして批判している。

言語

中華人民共和国憲法第4章には「全ての国民は独自の言語を自由に使用し、発展させる権利がある」と明記し、また当局も憲法に遵守し、少数言語を保護していると主張している。

チベット側はそのような保護政策は実際には存在せず、強制同化があるにすぎないとして批判している。チベット人教師は「中国語で教育を受けていないチベット人に高収入の職業を得ることは難しく、チベット語で教育を受けた生徒がカレッジや大学で専門的な資格を取得することも同じ様に困難です。資格を取得できる学科をチベット語で教える教育施設はありません」と証言している。

2010年10月に、教育言語を中国語に統一する青海省の教育改革案に反対してチベット人教師や学生が抗議行動を行っている。また道路標識は中国語で表記されるのみであり、公文書は中国語で発布され、またチベット語で宛て先を書かれた手紙は配達されない。このような状況のなかでは、チベット語は多くの少数言語と同じく絶滅する可能性さえある と指摘されている。

移動の自由

チベット人政治学者ペマ・ギャルポによれば、隣町に行くのにも中国当局の許可が必要であり、行動の自由は著しく制限されており、監視下にある。

医療体制および健康被害

中国政府は、チベット人の寿命は解放前の35.5歳の2倍の67歳になり、2006年から2010年の間に17億元がチベット人農民と遊牧民のための無料の医療のために使われたと主張している。

しかし、チベット人が医療行為を受ける場合には、チベット人には800元~1000元の預金があることが診察の条件として必要である。中国人(漢民族)にはそのような診察条件は課せられない。ほか、ベット料金は1晩20元など、重病のチベット人が病院が診療を拒否したために死亡したケースも報告されている。また、強制定住を余儀なくされた遊牧民は、医療提供は実際にはほとんど与えられず、ほとんどのチベット人にとって医療に手が届かない。またラサに増えた売春について性病感染の拡大リスクが指摘されている。

また、チベット自治区にある核製造工場では、ずさんな核廃棄物処理により、不審死や遊牧民族の子供が多数癌にかかり、血中の白血球濃度が異常に上昇していることが報告されている。家畜の不審死が多発することも起こっており、中国当局がこの地域の食肉の販売を禁止する対応をしている。

入植政策

李洙(Li Dezhu)国家民族事務委員会主任は西部大開発によって「人材もそれに伴って西に流入する」と発言しているが、1980年代の改革開放政策により、中国からの移民労働者がチベットに大量に入植した。2000年の人口統計では、チベット高原の人口約1000万人のうち、軍人と出稼ぎ労働者を除いた540万人がチベット人で、残りは漢民族である。2002年、中国当局は「ラサのチベット人は近く少数派となるであろう」と語り、中国からの移民増加は経済開発を遂行するためと述べている。

また1998年には斉景発(Qi Jingfa)中国農業部副部長が「全ての遊牧民が今世紀末までに遊牧生活を終えること」を命じた。これまでチベットでは約225万人がチベット固有の遊牧生活を送ってきていたが、中国はこれを「野蛮」と禁止した。実際に遊牧生活を完全に禁止することは実現できていないが、西部大開発以来、バラック建てのコンクリートの「キャンプ」へ遊牧民を強制移住させる計画が実行され、2011年1月には、143万人の農民と牧民がキャンプに移住したと中国政府は発表している。移住にともない得た土地によって中国当局は、環境保護の名目でダム開発や採掘が行われている。現在、政府による「牧草地の農地改造政策」施行により牧草地は過放牧となり、砂漠化がすすんでいる。

文化政策

中国政府は2008年白書において「政府はチベットの伝統的文化を守るために、多くの労動力を動員し、資源と資金を投入し、チベットの文化を育て、これまでにない文化への保護を行う」と宣言している。しかしここでいわれる「文化」とは政府公認の文化である。党局に認可されたチベット人シンガーの楽曲でないものは禁止処分され、公安の検問所ではチベット人の携帯電話の非合法曲や着メロの検閲を行っている。約30人ものチベット人作家やタシ・ドゥンドゥプ(Tashi Dhondup)などのミュージシャンが逮捕され受刑している。

また中国中央電視台は2010年、「一番幸せな人々の街」としてラサに賞状を与え、中国全土でそれを放送した。
このような中国政府側の行動に対して、チベット人作家のウーセルは「昼夜、狙撃兵に銃口を向けられ、お寺にお参りに行くときでも、あとをつけられて生活することの、どこに幸せを見いだせるでしょうか?ラサの人々は、2008年に起きた血みどろの恐怖を、こんな短期間で忘れ去り、幸せな笑顔を顔一杯に浮かべることができるのでしょうか?中国の他の、どの街の人々より幸せな人々が、なぜ街頭に繰り出して抗議をするしかなかったのでしょうか?」として批判している。

環境政策

中国政府による森林伐採や資源採掘の結果、下流域の洪水や、高原の砂漠化が進行している。中国政府は遊牧民がその原因だとしている。

張慶黎は人民日報にて「チベットは豊かな水資源と水力発電資源に恵まれているが、水資源こそがチベットの開発を妨げている」としてダムなどの水資源インフラの開発の緊急性を強調した。なお、ダム開発に関する事業決定権はチベット人に与えられてない。2010年、中国は 蔵木(ザンム) 水力発電所など5箇の建設計画を発表した。この大規模のダム建設によって、生態系の破壊やまた地震対策をとってない計画への批判などがなされている。

人権侵害

中国のチベットに対する政策について国際人権救援機構(アムネスティ・インターナショナル)は人権侵害として激しく批判している。

これに対して中国政府は「チベットの主権・人権白書」を1992年9月に発表し、「1951年に中国はチベットを解放し、民主改革をすすめ、人々の生活は改善され、教育も普及し、宗教活動は保護され奨励されている」「チベットの現実は、封建農奴制から脱して空前未曾有の広範な人権を獲得したことを証明している」「中国を分裂させ、チベットをかすめとり、中国を転覆させようとする野心、これがいわゆるチベット人権問題の本質である」などと抗弁した。1998年にも第二次チベット白書を発表し、宗教の自由の保証、教育、衛生の改善などが主張された。

1992年9月、ダライ・ラマ側は「将来のチベット政体についてのガイドライン、および憲法基本原則」を発表し、民主化などを訴えた。ただし、このガイドラインについて毛里和子は、欧米人顧問の意思も働いたとして、「国際プロパガンダのにおいが強く感じられ」るとしている。

人道に対する罪

2006年年9月30日に起きたナンパラ峠襲撃事件をきっかけに国際的に中国政府を批判する運動が展開されるとともに、中国当局によるチベット地区弾圧も強化された。これらについてスペインの活動団体 Tibet Support Committee of Spain (CAT) と Fundacion Casa Del Tibet(在バルセロナ、チベットハウスファンデーション)が提訴、スペイン最高裁判所は普遍的管轄権に基づき受理した。

2009年5月5日、スペイン最高裁判所サンチャゴ・ペドラズ(Santiago Pedráz)判事が、中国におけるチベット問題に関して、中国政府高官8人を「人道に対する罪」を犯した容疑で裁判に召還することを発表、翌日には中国に通知された。容疑者にはチベット自治区党委員会書記張慶黎(Zhang Qingli)、ウイグル自治区党委員会書記王楽泉、中国少数民族対外交流教会前会長李洙(Li Dezhu)らが含まれている。

ペドラズ裁判官は中国当局に対して、2005年に締結された中国とスペイン二国間司法協力協定に基づき、司法協力を要請し、さらに告訴内容が実証されれば、人道に対する罪侵害の罪でスペイン法と国際法の両方で裁かれることを通告した。しかし、中国政府は「虚偽訴訟」として訴訟に応じないと6月16日に発表した。また、ペドラズ裁判官が中国に渡航した場合は逮捕されると口頭で応じられたともいわれる。

なお、バレンシア大学のホセ・モルト(Jose Elias Esteve Molto)国際法学科教授は「もし起訴された中国指導者らに対する出頭要求に従うことが拒否された場合には、スペインと犯罪者引渡条約を結ぶ国の国内で、彼等の逮捕が可能になる。これは国際刑事警察機構(インターポール)による規約であり、個々の政府の域を越えて施行される 」と語っている。普遍的管轄権に基づき、インターポールを通じて国際逮捕状の発布をし、逮捕した例としては、スペイン判事のバルタサール・ガルソンによるチリの独裁者アウグスト・ピノチェトへの国際手配がある。

近年の動向

チベット族高校生による反中デモ

2010年10月19日に、中国チベット族治州同仁県で、チベット民族の高校生、5千~9千人が、六つの高校から合流してデモ行進し、地元政府役場前に、民族や文化の平等を要求する」などと叫び、中国語による教育押しつけに反発して街頭抗議を行った。近年の教育改革で、すべての教科を中国語で学ぶことになったのがきっかけで、生徒が反発していた。

チベット人僧侶の抗議自殺

2011年3月に中国四川省アバ県で若い僧侶が焼身自殺を図ったのをきっかけにして、僧侶や市民による大規模な抗議活動が広がった。その後もチベット人居住地域で、中国政府のチベット弾圧に抗議するチベット仏教僧侶の焼身自殺が増加し、同年11月の時点で少なくとも11件にのぼっている。同年10月には20歳の尼僧も焼身自殺しているが、尼僧は初めてだと言う。

米国務省では同年11月4日の記者会見で、相次ぐチベット族僧侶らの焼身自殺に懸念を表明し、中国政府にチベット族に対する「非生産的な政策」を改めるよう要求していることを明らかにした。一方、中国政府は「焼身自殺はインドのチベット亡命政府の指示を受けたテロ」として非難している。

また8月の焼身自殺事件で、抗議自殺した僧侶と一緒にいた僧侶は、自殺をそそのかしたとして教唆犯罪を問われ、懲役13年の判決を受けた。同年11月25日に人民日報ではダライ・ラマが焼身自殺を助長しているとする批判論評を掲載した。また、英国のガーディアン紙がチベット僧侶を庇護する論調の報道を行った事に対して、中国の駐英国大使館が「歪曲報道である」と書簡で抗議を行っている。

2012年1月6日、チベット人の男性と僧侶2名が中国政府の統治に抗議してそれぞれ焼身自殺を行った。僧侶は死亡、男性の容態は不明である。2011年3月から数えて、チベット人の抗議の焼身自殺は14人となった。

チベット問題に関する米国の動向

2011年10月、米国上下両院と行政府共同「中国に関する議会・政府委員会」による年次報告が発表され、中国当局による人権弾圧の実態についてまとめられた。

2011年11月3日には、米国議会で、トム・ラントス人権委員会がチベットの人権弾圧について公聴会を開き、チベット人亡命者らの証言も聞かれ、上記連続焼死についても言及された。共和党のイリアナ・ロスレイティネン委員長が民主党ハワード・バーマン議員とともに、言論の自由や宗教・思想の自由への弾圧や、妊娠中絶の強制などについて「中国の弾圧は前年よりも悪化した」とした。

ほか、共和党のデービッド・リベラ議員は中国共産党指導部を「北京の殺戮者たち」と呼び、人道主義の普遍性から中国に強硬な姿勢を取ることを提唱したり、議長の民主党ジム・マクガバン議員は「かつてチベット鎮圧策を担当した胡錦濤国家主席にまで抗議すべきだ」と発言、フランク・ウルフ議員は「チベットは本来、中国とは別の国家だった。その民族をいま中国当局は浄化しようとしている」と非難した。

2012年1月24日、米国務省オテロ国務次官(チベット問題担当調整官)は、同23日に発生した中国四川省でのチベット族住民への中国の治安部隊による発砲、および、チベット僧侶の抗議の意を込めた焼身自殺を受けて、「深刻な懸念」を表明し、中国政府によるチベット政策を「チベット族の宗教や文化、言語の存続を脅かす非生産的な政策」としたうえで、チベット族の人権尊重と中国武装警察隊への自制を要求した。

漢族によるチベット人の襲撃

2011年12月14日、四川省成都市において、成都鉄道工程学校で、学内のチベット人生徒200人が住む寮を、漢民族の学生グループが15倍の人数に当たる3000人で集団襲撃した。チベット人の寮は個室、教室を問わずに破壊され、多くの生徒が重軽傷を負った。漢族の襲撃者グループは、「重要な勝利」とブログで報告した。

中国系情報機関によるダライ・ラマ14世の暗殺計画

2012年1月7日、インドの新聞ザ・タイムズ・オブ・インディアは、西部ムンバイの警察が、中国国籍のチベット人ら6人のスパイがチベット自治区からインド国内に侵入してダライ・ラマ14世を暗殺するという情報を入手、インド亡命中のダライ・ラマ14世の警備体制を強化する方針を決定したと報じた。ムンバイ警察は中国系情報機関の要員であるとした。

2012年1月23日、四川省カンゼ・チベット族自治州炉霍県でチベット族と中国人民武装警察部隊が衝突し、怪我人が出て、1名が死亡する事件が発生した。この事件について、中国外務省の洪磊副報道局長は翌日の24日、「真実を歪曲し、中国政府の信用を傷つけようとする海外の分裂主義者の試みは成功しない」とチベット族およびチベット亡命政府を非難する談話を発表した。

さらに詳しく → チベット問題




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