グロスター ミーティア (Gloster Meteor)

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2011/11/27(日)
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グロスター ミーティア(Gloster Meteor)は、イギリスの航空機メーカー、グロスター・エアクラフト社が開発した連合国軍側初の実用ジェット戦闘機。ドイツ空軍の世界初の実用ジェット戦闘機メッサーシュミット Me262 に遅れること数週間で実戦配備された。

開発

1941年に連合国軍側初のジェット試験機 E.28/39 を進空させたグロスター社は、軍需省仕様 F.9/40 に基づき同国初の実用ジェット戦闘機の基本設計に着手した。歴史は古いものの二流メーカーと見做されていた当時のグロスターには第一線機がなく、下請生産中のホーカー ハリケーンも終息間近と、戦時下にも関わらず手隙にしていたため、同社が指名された経緯がある。

高速化目的で単発を主張する空軍省に対し、エンジンの低信頼性を憂慮する同社主任技師のジョージ・カーター(George Carter)は双発を主張して譲らず、結局双発で計画は進められた。
機体自体は革新性皆無の極めて凡庸なもので、早くも1942年春には8機の試作が開始されたものの、搭載予定エンジン W.2 を巡る混乱で計画は大きく遅延し、先に実用化したハルフォード H.1(後のデ・ハビランド ゴブリン)を仮に積んで、1943年3月にようやく初飛行した。

当初「サンダーボルト」と命名予定だったが、アメリカ陸軍航空隊の リパブリック P-47 との競合を避けるため、程なく「ミーティア」に改称された。テイル・ヘビー傾向とヨー安定不良が深刻でスピン癖が強かったが、各種試験を続行し小改良で実用化の目処を立てた。量産試作型 F.1 の原型機は、米英定期技術交流でベル P-59 と交換されている。

実戦投入

欧州戦線

ウェランド搭載のミーティア F.1 と、スピットファイア Mk.VII からなる混成評価飛行隊(616th sq.)の編成は1944年7月12日で、8月4日にはV1飛行爆弾を主翼同士を接触、反転させて初撃墜を記録し、その後も14発ばかりの戦果を上げたが、上昇力に劣り、加減速が緩慢で姿勢制御が難しく、またウェランドの軸受強度から機動は± 2G 程度に制限されていたため、この段階で対戦闘機戦闘は事実上不可能だった。Me262 とは異なり、F.1 はただ連合国側初のジェット機という存在価値しかなく、高度に発達したレシプロ戦闘機に優る点はあまりなかった。

ダーウェント Mk.I 搭載の本格量産型 F.3 は同年12月から配備が開始され、1飛行中隊がベルギーにも展開したが、この頃既にドイツ側の反撃は少なくなっており、想定された Me262 との交戦機会もなく、専ら対地攻撃機として試験運用されるうちに終戦を迎えた。

戦後

1944年末に遠心式ターボジェットの決定版ロールス・ロイス ニーンが完成すると、直ぐさまそのミーティア向けの縮小版ダーウェント Mk.V が計画された。この専用エンジンを搭載した F.4 は1945年5月に初飛行し、パワーアップに空力的洗練も相俟って Me262 に比肩し得る性能を発揮したものの、同時期にアメリカで実用化したロッキード P80 と同様、時既に遅く第2次世界大戦には間に合わなかった。

この F.4 と、与圧コックピットと西側初の射出座席を装備した全面改良型 F.8 はイギリス連邦以外の友好諸国への売り込みにも成功し、複座練習機型も含めて多くが輸出された。F.4 の内2機はスピードレーサーに改造され、1945年11月7日に初めて600 mph(970 km/h)を突破したが、未公認に終わった。またロールス・ロイス トレントに換装された F.3 の1機は、世界初のターボプロップ推進機として各種試験を行い、後のダート開発に大きく貢献した。

朝鮮戦争

1946年から1952年にかけてミーティア113機を調達したオーストラリア空軍は、岩国基地所属の第77編隊を1951年7月にノースアメリカン F-51D からミーティア F.8 に転換して金浦基地に転出、朝鮮戦争の前線に投入した。同年8月29日、圧倒的に高性能な新鋭機 MiG-15 との初交戦では1機を喪失2機を大破され戦果なく、北側空軍が練度を上げるに従って更に損害が増し、12月1日のミーティア12機とミグ40機の遭遇では1機の初撃墜を記録したものの逆に4機を失ったため、以降は制空任務をノースアメリカン F-86 に譲り対地攻撃と低空写真偵察に専念した。期間を通じて少なくとも30機のミーティアが敵側戦闘機により撃墜されたが、対空砲火による被害はそれ以上に登る。

各国空軍

1940年代末には旧態化が顕著になったミーティアだったが、その凡庸さ故に従来のプロペラ機からの乗員移行が容易だったため、各国空軍が初めて導入するジェット戦闘機として需要が高く、既に超音速時代に入った1954年まで生産され続けた。累計は約3,900機に達し、フランス、ベルギー、スウェーデン、デンマーク、エジプト、シリア、イスラエル、アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、オーストラリア、ニュージーランドの各空軍で運用され、局地紛争には1960年代まで参戦した。少なからぬ残存機が博物館等で静態保存されているが、フライアブルな機体はイギリスの4機とオーストラリアの1機のみである。

各型

F.1 - 量産試作型、ウェランド搭載、20機(1943~44年)
F.2 - ハルフォード H.1 を搭載し F.1 より先に初飛行、1機試作
F.3 - ダーウェント Mk.I 搭載、後方スライド式キャノピー装備の本格量産型、210機
F.4 - 初の戦後型、ダーウェント Mk.V 搭載、翼弦短縮、胴体延長、増槽装着可能、657機
テイル・ヘビーが更に深刻化し機首に500kgものバラストを積んでいた
FR.5 - F.4 改造の写真偵察機、1機試作
T.7 - 複座練習型、712機
F.8 - F.4 の大幅改良型、ダーウェント Mk.VIII 搭載、与圧式コックピット、マーチン・ベイカー社製射出座席装備、胴体再延長、搭載燃料増量、1183機
FR.9 - F.8 の戦闘偵察型、126機
PR.10 - F.8 の写真偵察型、58機
NF.11 - F.8 の複座夜間戦闘機型、レーダー装備
NF.12 - F.8 の複座夜間戦闘機型、アメリカ製レーダー装備
NF.13 - NF.11 の輸出型
NF.14 - NF.11 の改良型、分割キャノピー
U.15 - F.4 の無人標的機化
U.16 - F.8 の無人標的機化
TT.20 - NF.11 の無人標的機化
U.21 - F.8 の無人標的機化

諸元 (F.1)

乗員: 1名
全長: 12.57 m
全幅: 13.11 m
全高: 3.96 m
翼面積: 34.74 m2
自重: 3,700 kg
運用: 6,260 kg
最大離陸重量: - kg
動力: ロールス・ロイス ウェランド遠心式ターボジェットエンジン 2基
出力: 各 1700 lbf (7.55 kN = 770 kg)
最大速度: 410 mph (660 km/h) @10,000 ft (3,050 m)
巡航速度: - km/h
航続距離: 500 mi (800 km)
最大運用高度: 34,000 ft (11,500 m)
海面上昇率: 2,150 fpm (25 m/s)
固定武装: ブリティッシュ・イスパノ Mk.II 20mm 機関砲 × 4門

さらに詳しく → グロスター ミーティア




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