モサッド (Mossad、The Institute for Intelligence and Special Operations) - イスラエル諜報特務局

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2011/11/03(木)
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イスラエル諜報特務局(イスラエルちょうほうとくむきょく、英語: Institute for Intelligence and Special Operations, ヘブライ語: המוסד למודיעין ולתפקידים מיוחדים‎)はイスラエルの情報機関。首相府管下にあり、対外諜報活動と特務工作を担当。イスラエル・インテリジェンス・コミュニティーのメンバー。

ヘブライ語名のハ-モサッド・レ-モディイン・ウ-レ-タフキディム・メユハディムの最初の部分の「ハ-モサッド(המוסד)」を固有名詞的にイスラエル諜報特務局をあらわすものとしてよぶことはイスラエルで一般的である。また、日本で一般化したモサドという言葉はヘブライ語で組織・施設・機関を意味するMossad モサッド(מוסד、英語:organisation)が日本語的になまったもの。

概要

情報収集、秘密工作(準軍事的な活動および暗殺を含む)および対テロリズム活動、逃亡している元ナチス戦犯やテロリストの捜索などをおこない、その焦点はおもにアラブ国家などの敵対国にむけられ、組織の拠点は世界のいたるところに存在する。モサッドは、「民間のサービス」という名目でスタッフはすべてイスラエルの徴兵システムの一部としてイスラエル国防軍に採用されるが、軍隊の階級を使用しない。また、それらのうちの多数は士官である。世界各国に在住するユダヤ人の人脈もある。

局員の採用に非常に神経をつかっていることでしられ、採用の対象となった人物がスパイとして適格か否かを判断するまで平均3-4年という時間をかける。採用の対象となった人物は知能・知性を中心に、品性、社交性、思想、体力などありとあらゆるデータを徹底的に精査されるという。

歴史

ユダヤ機関とハガナー

イスラエル諜報特務局の組織的源流はおもに2つ。1つはイギリス委任統治領パレスチナのハ-イシューブ(ユダヤ人社会)の政府であったユダヤ機関外交部及び諜報部の政治局。ハイム・アルロゾロフ(1931年 - 1933年)やモシェ・シャレット(1933年 - 1948年)が歴代局長を務めた。ハ-モサッド初代長官ルーヴェン・シロアッフも政治局員であった。2つ目は1940年に創設されたハガナー情報部の英国課である。

イスラエル独立

1948年5月14日にイスラエル国家独立。軍事組織ハガナーをもとにイスラエル国防軍創設。

コミュニティー成立

モサッド公式サイトは1948年6月7日にダヴィド・ベン=グリオン首相がハガナー情報部を解体を命令したとしている。高級紙『ハ-アレッツ』の諜報問題担当記者のヨッシー・メルマンによると、国防軍創設直後の1948年6月30日にイサル・ベーリーらによりハガナーの情報部門のシャイは解体されて、下記の3つの組織に再編された。メルマンはこの日をイスラエル・インテリジェンス・コミュニティーの誕生した日としている。

外務省
    イスラエル外務省政治局(ハ-マフラカ・ハ-メディニィート)

国防省
    イスラエル保安局(シェルート・ハ-ビタホン)
    イスラエル軍作戦部諜報課(マフラカット・ハ-モディイン)

外務省政治局

モシェ・シャレット外務大臣(及びベン=グリオン首相)の特務問題顧問であったルーヴェン・シロアッフ監督下の外務省政治局が対外諜報活動を担当。モサッドの前身となる。政治局局長にはボリス・グリエルが就任。シモン・ペレスの弟ギギー・ペレスも政治局に所属していた。

問題点

外務省政治局の諜報活動における浪費は耐久生活がつづくイスラエル建国期の質実剛健の気風にあわず、他の情報機関から反感を買い、政治局員の中傷がながされた。さらに政治局の情報の質が低かったので、当時の安全保障問題専門家達は危機感をもち、イスラエル軍作戦部情報課とイスラエル保安局は独自に対外諜報活動を始めて混乱が生じたので、それを一本化する強力な中央情報機関がのぞまれた。シロアッフに報告をうけていたダヴィド・ベン=グリオンは事情をよく理解していた。

モサッド創設

シロアッフのすすめもあってベン=グリオンは、1949年12月13日に上記3組織の諜報活動の調整の為に総理府と外務省両属の諜報保安集中調整局(モサッド・レ-リクーズ・ウ-レ-テウーム・シェルテイ・ハ-モディイン・ヴェ-ハ-ビタホン)創設をシロアッフに命令した。モサッド公式サイトではこの日を正式な創設日と指定している。一方メルマンは外務省政治局が廃止された1951年3月をモサッド創設日と考えている。

初代長官シロアッフ

ベン=グリオンの命によりモサッド初代長官にはルーヴェン・シロアッフが就任。この移行期に対外情報機関として外務省政治局とそれを監督する諜報保安集中調整局は並存。

外務省スパイの反乱

1950年、ルーヴェン・シロアッフは外務省政治局解散を決定。段階的に諜報保安集中調整局への吸収を進めた。それに対して政治局員は猛反発。その際にスパイ達は秘密報告書を燃やして抵抗。さらに集団辞職へ発展。1951年3月、最終的に外務省政治局は廃止された。

諜報特務局

外務省政治局の資産を収めた諜報保安集中調整局は諜報特務局(ハ-モサッド・レ-モディイン・ウ-レ-タフキディム・メユハディム)と名を改める。同時に外務省傘下から総理府直轄へと移る。メルマンによると、この時期にイスラエルの情報機関は手本であった英国型から元首直属の米国型となる。

初期の長官

ルーヴェン・シロアッフが健康の為に辞任すると、イサル・ハルエルは1952年から1963年まで諜報特務局長官に就任。1952年にはイスラエル総保安局長官を兼任して安全保障担当というポジションについた。

機構

要員数

情報機関員数は、一般的にその秘密性から正確な数字は不明である。日本政府によると1500~2000人と推測されている。正職員の外、世界中に存在するユダヤ人を協力者、サイアニム(en:Sayanim)として利用することができる。

機構

主要部門としては、以下のものが存在する。

ツォメト:モサド最大の部署で、スパイからの諜報情報の収集を担当
ネヴィオト(旧クエシェト):盗聴等を通した諜報情報の収集
メトツァダ(旧ツェザレヤ):特殊作戦
キドン:首相が議長を務めるX委員会が承認した人物の暗殺を担当
情報局:心理戦(プロパガンダ、偽情報)を担当。捕虜や行方不明者の情報収集も担当する。
テヴェリ:友好国との連絡
ツァフリリム:全世界のユダヤ人の安全を担当

以上の部門は副長官が業務を管掌する。そのほか、訓練課、人事・会計課、技術・諜報設備課、研究課等が存在する。

モサドの問題点

偽造パスポート問題

モサドは国外での諜報活動に当たる際に各国の偽造パスポートを利用しているという疑惑がある。2010年1月20日にパレスチナのハマース軍事部門創設者マフムード・マブーフがアラブ首長国連邦のドバイで暗殺された事件で、ドバイの警察当局は、暗殺がモサドによるものであり、犯行にはイギリスやオーストラリアなどの偽造されたパスポートが利用されたとの見方をしめした。イギリス政府は、パスポート悪用を非難し、イスラエル人外交官1人を国外追放処分とした。

さらに詳しく → イスラエル諜報特務局




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(2007/11/22)
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