MP40(Maschinenpistole 40)

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2009/12/17(木)
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MP40(Maschinenpistole 40)およびMP38とは、ナチス・ドイツ政権下で開発され、第二次世界大戦で大量に使用された短機関である。主に下士官や戦車兵が標準的な小火器として携行した。現在において第一世代と分類されるMP18やトンプソン・サブマシンガンなど従来の短機関と比較して、鋼板プレス加工やプラスチックを利用してコストダウンが図られており、現在同種のデザインは第二世代と分類されている。同種のデザインは連合国側にも大きな影響を与えたほか、H&K MP5が登場する1960年代末まで世界中で使用された。

開発

第一次世界大戦末期にドイツで採用されたMP18及びMP28は最初期の短機関として知られ、戦間期においてもトンプソン・サブマシンガンと並んで世界各地で使用された。1935年のドイツ再軍備宣言の後、大幅に拡張されたドイツ国防軍は先進的な軍備を整備しはじめるが、歩兵分隊の火力を容易に強化できる手段として短機関を重視し、世界各国に先駆けてその全面配備を行った。MP18/MP28は第一次大戦末期に開発された簡易な構造の決戦兵器だったが、軍は更に生産の容易な短機関を求めた。エルマ・ベルケ社は次世代短機関をMP36の名称で試作し、これがMP38として採用された。

第一世代の短機関銃が木製の固定式銃床を持つ従来の小銃からの延長上にあるデザインだったのに対して、MP38は鋼板プレスとパイプで製造された折畳み式ストックを持ち、滑り止め用のグリップ回りはベークライトで製造され、マガジンハウジングとマガジンに反動制御用のフォアグリップとしての機能を兼用させるなど、従来の短機関銃とは明らかに一線を画するコンセプトでデザインされていた。

また、リコイル・スプリングを伸縮式のリコイルユニットに収納し、ボルトが後退する際の気体緩衝装置と防塵・防泥カバーを兼ねさせる工夫を追加し、軽量なボルトを用いながら500発/分まで連射速度を抑制する事に成功するとともに、リコイル・スプリングを錆から保護する点でも効果を上げた。この間に、ナチス政権はオーストリア・チェコを併合して対外拡張政策に転じ、これに歩調をあわせてドイツ国防軍も英仏との衝突に備えて急拡張を続けていたため、MP38は更なる生産性の向上とコストダウンが求められた。これに対応して、切削加工とアルミ合金鋳造による部品製造を廃し、安全装置を改良した省力化モデルが開発され、これがMP40として採用されたほか、様々な変更が加えられた数種類のバリエーションが存在する。

バリエーション

MP38
最初に作られたモデル。マガジンハウジング両側面に円形の穴が開いている点で、MP40と区別できる。
形状や基本性能はMP40と殆ど同じであるが、レシーバーは鋼製パイプを切削加工したもので、グリップフレームはアルミ合金の鋳造部品だったため、生産性に難点があった。
また、他の第1世代の短機関銃と同様に、ボルトを前進状態で停止させておく安全装置がなかったため、弾倉を装着した状態で銃口を上にして落とすと、慣性でボルトが勝手に後退して暴発事故を起こすことがあった。

MP38/40
MP38にMP40/I相当のセーフティー機能を追加、MP40のグリップフレームと在庫の残ったMP38のレシーバーを組み合わせたモデル。

MP40
MP40の初期モデル。グリップフレームとレシーバーの製造法を鋼板プレス加工部品を溶接で組み合わせる方式に変更して機械加工箇所を大幅に減らしコストを下げたほか、国内にボーキサイト鉱山が存在しないドイツにとって貴重資源だったアルミニウムの節約にも貢献した。

MP40/I
マガジンハウジング側面にリブを追加、ボルトを前進状態で停止させるセーフティーを追加。第二次世界大戦中もっとも生産されたモデル。

MP40-II
独ソ戦の開始で遭遇したソ連軍のPPsh41(71連ドラムマガジン使用)に対抗するため、通常の32連箱形弾倉を2本挿入し、切り替え使用で64連としたもの。重量増加に見合うだけのメリットが無かったため、ごく少量しか製造されなかった。

MP40/II
伸縮式リコイルユニットを廃止し、リコイルスプリングの張力を強化して代用とした大戦末期の省力生産型。
省力化の代償として1,000発/分近くまで連射速度が高まった。(MP40-IIとは別物)

MP41
警察用の短機関銃として設計された派生型で、木製銃床を装備している。MP18/MP28の後継として採用された。

第二次大戦後

ドイツ降伏でMP40の大部分は連合国に接収された。損耗して廃棄処分されたものもあるが、ソ連赤軍ではもともとMP40の人気が高く(ドイツ軍では逆にPPsh41の人気が高かった)鹵獲品を好んで赤軍兵士が用いていた事もあり、優秀な短機関銃として親ソビエト諸国・勢力に供給され、その一部は朝鮮戦争や第一次インドシナ戦争などで用いられた。

そうした親ソビエト諸国のひとつで、戦中はドイツへの兵器供給に従事させられていたチェコスロバキアでは、ドイツ軍向け規格のKar98kやMP40の製造設備を稼動させて完成品や部品を供給していた。

この時期にユダヤ人反ファシスト委員会を通じてチェコから大量の兵器を購入(実態は密輸)していた建国前夜のイスラエルでは、ハガナー(後の国防軍)の主力短機関銃としてMP40が使用された。 ナチスとイスラエルによって用いられるという皮肉な運命を辿ったMP40には、ヘブライ文字で国家鷲章の刻印が消されている事が多く、国産のUZIが行き渡る1960年代初頭までイスラエルの国防を支えた。

冷戦下の東西両陣営では、自陣営の関与を隠匿したい軍事作戦に、旧ドイツ軍の兵器を用いる伝統があり、両者が頻繁に交戦した中南米やインドシナでは、米国政府関係者とソ連・キューバなどに支援されたゲリラ組織の双方が頻繁にMP40を使用した事でも知られている。

ノルウェーでは1980年代まで戦車兵の自衛用装備としてMP40が配備されていたほどで、戦後になってもMP40は人気が高く、今日でも南米やアフリカなど過酷な環境下で広く使用され続けている。

MP38/MP40には「シュマイザー」という通称があり、第二次大戦中にアメリカで作られたドイツの銃器マニュアル集でもその名で紹介されている。これはドイツの銃器設計者・ヒューゴ・シュマイザーから取られたものであるが、彼はMP38/MP40の開発には関わっていない。このような間違いが生じたのは、連合軍側がMP18の開発に関わったシュマイザーが、MP40でも同じように関わっていたものと勘違いしたためである。

戦後になって撮影されたハリウッド映画(後述)では、入手の簡単なMP40がドイツ兵の装備として良く用いられたため、実際の主力装備だったKar98kや大戦末期に大量配備されていたMP43などよりもMP40の知名度が抜群に高くなり、ナチス時代のドイツ軍を象徴する存在として広く認識されている。

また、MP40が実現した“部品のユニット化・プレス加工やプラスチックを利用した大量生産・標準パーツの組み立て製造”といった新しいアイデアは、アメリカのM3グリースガンやイギリスのステンガン、ソ連のPPSなどにも受け継がれたほか、新種のジャンルとして登場したMKb42/MP43などの製造方法へ発展し、現代軍用銃では主流の設計思想となっている。

弾薬として入手が容易な9mmパラベラム弾を使用している事や、製造後70年近く経った今日でも使用できる頑丈さと性能を兼ね備えていることから、世界各地の紛争地域で使用されている事が報道写真から確認されているほか、米国ではMP40を所有する民間人のコレクターも多い。

仕様

種別 短機関銃
口径 9mm
銃身長 251mm
使用弾薬 9mmパラベラム弾
装弾数 32発, 64発(MP40-IIのみ)
作動方式 シンプル・ブローバック方式
      オープン・ボルト撃発
全長 630mm/833mm
重量 4,025g
発射速度 500発/分
銃口初速 380m/秒

さらに詳しく → MP40 (機関拳銃)  ナチス・ドイツ 



図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル―なぜドイツの銃は「世界標準」となりえたのか (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル―なぜドイツの銃は「世界標準」となりえたのか (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
(2007/09)
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