ショットガン(散弾銃)の歴史

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2011/09/27(火)
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散弾銃(さんだんじゅう)又はショットガン(ShotGun)とは、多数の小さい弾丸を散開発射する大口径の大型銃。クレー射撃や狩猟、有害鳥獣捕獲又は軍用で使用される。

概要

散弾銃は近距離で使用される大型携行銃で、弾丸の種類によっても特性が変わるが、散弾は概ね50m以内で最大の威力を発揮する。スラッグ弾を使用した場合でもライフルに比べ弾は遠距離までは飛ばず、貫通力も低いが、逆に言えば重大な事故が起きにくく初心者向けの銃と言える。また構造が単純なため安価で扱いやすく、狩猟やスポーツでは多く利用されている。軍用では近接戦において多大な威力を発揮する。また、市街地で活動する警察においては射程等は必要なく副次的な事故が起きにくいという利点から、好んで使用される傾向がある。

散弾銃の実包(ショットシェル)はプラスチック製のケースと金属製のリムで構成され、ケースの中にはあらかじめ多数の小さな弾丸(散弾)が封入されており、銃口より種々の角度をもって放射状に発射され、一定範囲に均等に散らばり着弾する。散弾銃と称される所以である。これ以外に一発の大きな弾体を発射するスラッグ弾という弾種も発射でき、厳密に言えば散弾銃という名称は正確ではない。 散弾は動く対象に当てやすく、面に対しては大きな破壊をもたらすが、細かな狙撃は構造上不可能で、用途的にも考慮されない。スラッグ弾では有効射程が延長され、ある程度の狙撃も可能である。

散弾はシェルの中にあるワッズと呼ばれるプラスチック製の部品とともに燃焼ガスによって射出されるが、ワッズは空気抵抗により発射後すぐに分離し落下する。散弾は直径に応じた号数があり用途によって使い分けられる。
競技としては、クレー射撃などに使用される。これはかつては鳩を放ってそれを撃ち落としていたものだが、動物愛護・コスト・競技としてのコンディションの同一性の確保、などさまざまな理由から変更された。現在では装置によって射出された素焼きの円盤(クレー・ピジョン=粘土製の鳩)を撃ち落とす競技になっている。
猟銃としてよく使用される。動きの速い鳥類の狩猟には小粒の散弾が使用され、対象が大型の動物の場合には大粒の散弾、あるいは単体のスラッグ弾が使用される。日本国内での狩猟用ライフル銃の所持には10年以上の装薬銃所持実績が必要であるため、ライフル銃所持条件に満たない場合には、大型動物の狩猟用にスラッグ弾と散弾銃の組み合わせで代用することになる。

クレー射撃競技や狩猟用途では、散弾の飛散パターンと速射性から中折れ(元折れ)式上下二連や水平二連銃が好んで使用される。また多数の弾を連射するためガスの圧力や反動を使って薬莢を排出する半自動式(セミオート)や、装弾チューブの外側にあるスライドを前後させて装弾するポンプアクション式(レピータ)の散弾銃もあり、中にはこれらを必要に応じて切り替える機能がついたものある。ポンプアクション式は速射性に劣るものの、反動が比較的少ないので命中精度を保ちやすく、機構が簡単で送弾不良も少ないため、警察や軍で接近戦用武器として多く採用されている。

日本国内においては、銃身の1/2にライフリングを刻むことが許されており、銃身手前側に刻んであれば単体弾(スラッグ弾)発射時においても比較的良好な弾道が得られる。このような散弾銃のことを、ハーフライフルドショットガンと呼称し、スラッグ弾専用に販売されている。 もしスラッグ弾でなく散弾に使った場合、散弾が飛び散る円錐の角度が大きくなって威力が落ちたり、着弾のパターンがドーナッツ状になり中心部が薄くなるため無意味である上に、散弾によってライフリング自体も損傷する。「スネークショット」という、拳銃で撃てる口径のショットシェルもある。文字通り毒蛇退治に用いるもので、散弾が威力を保つのはごく近距離にとどまる。

歴史

ショットガン以前

近世フランスで、鷹狩りに替わってマスケット銃による鳥撃ちが行われるようになると、命中率を上げるために散弾が使われるようになった。やがて、鳥撃ちで散弾を撃つことに特化した、軽くて長銃身の鳥撃ち銃 (fowling piece) が開発された。やがて鳥撃ち銃はさまざまな用途用に発展し、船上での暴徒鎮圧用の喇叭銃なども現れた。これらはスタッカーーガン(scatter gun、スキャッターとも。scatter―散乱)とも呼ばれていた。

初期のショットガン

歴史上ショットガンという名称が最初に使用されたのは1776年で、ケンタッキー州で西部開拓者の用語として紹介されたことが始まりである。散弾銃は、高い阻止能力や、単純な構造から、西部開拓者らによって猟やインディアンとの戦闘、犯罪行為やそれへの対抗に重要な役割を果たした。たとえばOK牧場の決闘では、ドク・ホリデイがショットガンを使用した。騎兵隊などもショットガンを好んで使用した。

1830年代後半、フランス人のカジミール・レファショーがショットシェルを発明した。1882年、クリストファー・スペンサーとシルベスター・ローパーがポンプアクション式ショットガンを発明し、連続発射が可能になった(ただしそれ以前にも、リボルバー式ショットガンは存在した)。ジョン・ブローニングが発売したことによりポンプアクション式は普及した。

1904年、ジョン・ブローニングが世界初の反動利用式セミオート散弾銃であるブローニング・オート5を発表。1963年にガス圧利用式のレミントンM1100が登場するまで、セミオート散弾銃の代名詞として世界的なヒット商品となった。

戦場

アメリカ独立戦争では、ジョージ・ワシントンのアイデアで、マスケット銃に通常の単体弾と散弾を同時に詰めて使用した。アメリカ南北戦争では、将兵の私物のショットガンが広く使用された。特に南軍の騎兵隊がショットガンを愛用した。

第一次世界大戦は塹壕戦となり塹壕内での近接戦闘が発生した。その中で切り詰めた散弾銃を米軍が多用したことで知られる。一例としては、ウィンチェスターM1897散弾銃がすでに開戦前から制式採用となっていたが、銃剣ラグと銃身カバーとを加える改造を受けて、塹壕戦向けに配備された。散弾銃の使用に対してドイツ側は、人道上の理由や鉛弾の使用について、外交ルートを通じて正式に抗議している。

第二次世界大戦においては塹壕内が主戦場ではなくなったこともあり、ヨーロッパで使用されることは少なくなったが、太平洋戦線では多数が使用され、ジャングル戦で威力を発揮した。戦争末期のドイツ軍や日本軍では部隊を編成するための小銃が不足し、一部で徴用した狩猟用散弾銃を代用していた。

その後やはりジャングル戦となったベトナム戦争などでも使用された。これらの散弾銃は兵士の私物であることがほとんどだった。兵士にとって狩猟などで使い慣れ、構造の信頼性がある散弾銃を戦闘に使おうという発想は自然なものであった。

日本における散弾銃の歴史

戦国時代の天文12年(1543年)の種子島への鉄砲伝来以降、明治維新に至るまで、日本の狩猟は主に弓矢や火縄銃が用いられてきた。明治時代に入り、外国から元込式ライフル銃や元折水平二連銃が輸入されるようになる中、明治13年(1880年)に村田経芳の手により、日本初の元込式ライフル銃である村田銃が発明される。

この村田銃を猟銃に転用すべく、松屋兼次郎が村田経芳の指導の元、明治14年(1881年)に火縄銃の銃身を流用して開発した村田式散弾銃が日本初の元込式散弾銃となった。後に村田経芳が民間に広く村田銃のパテントを販売したことが契機となり、刀鍛冶や鉄砲鍛冶が村田式散弾銃の銃身や機関部を作り、指物師が銃台を作る状況が生まれ、日本の散弾銃産業の端緒となっていった。

有坂成章の手により明治30年(1897年)に三十年式歩兵銃、次いで明治38年(1905年)に三八式歩兵銃が開発されると、それまで制式であった軍用村田銃や洋式ライフル銃はライフリングを削り取られ、散弾銃として民間に払い下げられるようになった。

明治・大正期には英国製水平二連銃やブローニング・オート5などが輸入されていたが、この頃、原蔦三郎の手により明治32年(1899年)に日本初の水平二連銃が製造され、次いで大正3年(1914年)には岡本銃砲店の太田政弘によって日本初の上下二連銃が製造された。この時代に川口屋林銃砲店の石川幸次郎、岡本銃砲店の名和仁三郎、浜田銃砲店の浜田文次らが各種二連銃の名工として名を馳せた。しかしこれらの輸入銃・国産ハンドメイド二連銃は専ら上流階級のハンター達が購入するに留まり、庶民の猟銃の主流は昭和20年(1945年)の敗戦まではほとんどが軍用銃の改造品、若しくは民間銃器メーカーにてライセンス製造された村田式散弾銃であった。

敗戦後の昭和28年(1953年)、GHQにより狩猟銃の生産が解禁されると、それまでの銃砲店に所属する銃職人によるハンドメイド体制に代わり、軍用銃・機関銃・村田式散弾銃などの製造に携わっていたミロク製作所、SKB工業、晃電社などが元折単身銃、上下二連銃、水平二連銃の本格的な量産に乗り出し始めた。

昭和38年(1963年)に日本猟銃精機(後のフジ精機)にて国産初の反動利用式セミオートのフジ・ダイナミックオートが開発される。昭和40年(1965年)にはSKBや川口屋林銃砲店(KFCブランド。製造はシンガー日鋼)も反動利用式オートに参入、村田式散弾銃が主流であった日本の狩猟界に大きな反響を巻き起こすが、1963年に米国レミントン社からガスオートのレミントンM1100が発売されると、セミオートの主流は反動利用式からガスオートに移り変わっていき、昭和40年代中期にはフジ精機、SKB、KFCの3社ともガスオートに生産の主力を移していく。

その後、1970年代後半から80年代後期に入ると日本の狩猟界全体が高齢化と新規参入者不足で内需が減少する構造不況に陥っていき、各メーカーとも生産した銃の大半を為替相場の変動で収益が安定しにくい輸出に回さざるを得ない状況となり、安定したOEM供給先が確保できなかった国内メーカーの多くが倒産・撤退していった。 近年まで日本の散弾銃量産メーカーはミロク製作所と新SKB工業の二社体制となっていたが、2009年9月11日に新SKB工業が世界金融危機及び円高の影響を受けて輸出が伸び悩んだ結果、資金繰りに行き詰まり業務停止という事態になった事で、国産散弾銃メーカーは今後は事実上ミロク製作所のみとなる見込みである。なお戦前のオーダーメイドスタイルでの散弾銃製作を現在でも行っている工房として、三進小銃器製造所が存在する。

鉛の散弾から鉄の散弾へ

散弾の材質としては、比重が重く球形散弾への加工が容易な鉛が一般的であった。これらは「レッド(リードは間違い)ショット(lead shot)」と呼ばれる。

鉛は、水に容易に溶け重度の重金属汚染を引き起こし、また強い金属毒があり重篤な中毒(鉛中毒)を引き起こす物質でもあった。狩猟時に使用された散弾を鳥が砂や小石にまじってついばみ、砂嚢内で微粒子化して消化器から吸収されることで、水鳥は鉛中毒に陥る。また、鉛中毒で死んだが獲物とされずに放置された個体・弱った個体が他の鳥獣に食べられることによって生物濃縮され、生態系上位者に向けて連鎖的に鉛中毒が拡大した。そのため、鉛の散弾から軟鉄製の散弾へ切り替える無鉛化が行われるようになった。鉄の散弾は「スチールショット」と呼ばれる。

デンマークでは、1985年に、ラムサール条約登録湿地での鉛散弾の使用が禁じられた。アメリカ合衆国では、1991年~1992年猟期から、水鳥とオオバンの狩猟について、全面的に鉛散弾の使用が禁止された。カナダでは、鉛被害が重い場所を指定し、1990年から鉛散弾の使用が禁止されている。日本国内でも鉛散弾による狩猟が禁じられている地区がある。

また、クレー射撃場でも、雨水などに溶出した鉛が検出されるなどして、問題化した。環境団体などの指摘により、公営及び私営ともにクレー射撃場が一時閉鎖ないしは今もなお閉鎖され続けている事例がある。北欧では既にクレー射撃公式競技でも軟鉄装弾が使用されているが、米国では薬剤散布による鉛毒の中和や特殊ネットによる鉛散弾の全回収を併用する等、各国の動きにはそれぞれ差違が見られる。

軟鉄散弾は、鉛散弾と比べて「素材の比重が軽いため威力が落ちる」「硬いため銃身に与える衝撃が大きい(特にチョークの部分)」「高価」といった欠点があった。威力低下については使用散弾をやや大きくし、かつサイズが大きな実包を用いて弾数が減少しないようにすることで、対策とすることができる。銃身については、軟鉄散弾対応銃身を使用することで悪影響を避けることができる。

しかしながら、旧来の鉛散弾用散弾銃では、軟鉄散弾に切り替えた場合、鉛散弾を用いた場合と同様の威力は維持できない。そのため、狩猟用散弾銃には「鉛散弾時代のもの」と「軟鉄散弾が登場したあとのもの」との間で、多少の世代差が認められる。最近ではこうした鉛散弾時代のものにも鉛散弾と同じ感覚で使用できる非鉛性の散弾(タングステンやビスマスが用いられる)も登場してきた。

軟鉄散弾が広まることで、鉛散弾とは異なる新たな問題が起きることを指摘する意見もある。軟鉄散弾は通常、保存時の腐食を防ぐためにメッキが施されている物が多いが、猟場に放出され長期間放置されることで錆が発生し、流れのない溜め池などでは大量の軟鉄散弾による錆が浮くなどの問題が起きる可能性が指摘されている。

軍・警察用の散弾銃

散弾銃は、古くから軍や警察が接近戦用武器として採用している。散弾銃は機構が簡単であるため安価で機械的な信頼性が高いため、塹壕戦やジャングル戦、あるいは室内戦と行った極至近距離の戦闘に用いられる。特に出合い頭の戦闘に強く、隊の先頭を務めるポイントマンが使用することが多い。室内戦闘においては扉の蝶番を破壊する際にも使用されるためマスターキーとも呼ばれる。

アメリカでは軍において塹壕戦用に使われたことからトレンチガン(trench-gun)、警察では暴徒鎮圧用に使われることが多いためにライアットガン(riot-gun)とも呼ばれる。装備していれば独りで道路封鎖が可能なため、パトロールカーには必ず搭載されている。これらの銃は戦場や群衆の中での取り回しを考慮し狩猟用散弾銃より銃身が短く、装填できる弾数も多くなっている。また、銃床が折り畳み式になっているものもある。

市販実包の種類も多いために号数やスラッグを状況に応じて選択でき汎用性があるのも、散弾銃の利点である。実包サイズが大きいために用途に応じた軍・警察用の特殊弾も開発され、主なものに防弾ベスト等に対する貫通力を高めた多針弾頭弾(フレシェット弾)、暴徒鎮圧用弾丸として催涙弾(CN弾)やゴム弾(スタン弾)、ビーンバッグ弾などがある。さらに近年では、実包状の電撃弾なども実用化されている。またランチャー(発射筒)を銃口に付けて、手投げでは届かないような高層階の部屋へ催涙ガス弾・煙幕弾を撃ち込む榴弾砲の代用としても使われる。

銃種としてはU.S. AS12のように機関銃のような全自動にも設定できる(セレクティブ・ファイア)のもの、SPAS-15のように箱型弾倉(ボックスマガジン)で多弾数と短時間での弾薬交換を可能にしたもの、ベネリM3のように状況や故障時に半自動式(セミオート)とポンプ式の切替可能なもの、さらにはAA12のようなフルオート式のものもある。また、M26 MASSの様に、M4A1やM16シリーズを中心としたアサルトライフルのハンドガード下に装着し使用する単発型の物もある。いわばアドオン型擲弾発射器のショットガン版であり、これが「どんな扉も破る鍵」“マスターキー”と呼ばれる。

軍用・警察用は狩猟用に較べ装弾数が多いなどの理由により(殺傷力が高いためというのは誤解)、治安上の観点からほとんどの国では一般人の所持が制限されている。日本でも12番を超える口径は、トド猟などの許可がある場合以外は制限されている。銃所持に寛容なアメリカでも銃身や銃床を切って全長18インチ(45センチ)以下としたもの―俗に言うソードオフ・ショットガン(sawed-off ShotGun)を一般人が許可証なしで持つことはアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(BATFE)が厳しく制限している(全長の短縮により隠匿しての携行が容易で、狭い空間でも扱いやすく、銃口付近のチョーク(絞り)が除去されることで、発射された散弾がすぐに拡散、至近距離の殺傷能力が増大するために、銀行強盗など屋内での犯罪に利用されやすいことから。持っているだけで強盗予備罪に問われる)。また、軍用銃と指定され所持が制限されている散弾銃も少なくない。

日本では一般の警察官は散弾銃を所持していないが、特殊急襲部隊(SAT)がモスバーグ社(アメリカ)、もしくはレミントン社やベネリ社(イタリア)の散弾銃を装備しているとの説がある。また海上保安庁では、レミントンM870、モスバーグM500が配備され逃走船追跡の際に使用されている。自衛隊では陸上自衛隊が機種不明の散弾銃を採用しており、海上自衛隊も護衛艦の搭載火器としてベネリM3Tを採用している。

さらに詳しく → 散弾銃




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