【討論】従軍慰安婦問題 - 強制か否か

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2011/08/17(水)
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慰安婦(いあんふ)とは、日中戦争、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争及び韓米軍事合同訓練並びにアメリカ軍、連合国軍及び国連軍の駐留時などに、当時の戦地、訓練地、駐留アメリカ軍基地周辺の基地村などに設置された慰安所と呼ばれた施設で日本軍、韓国軍、アメリカ軍及び国連軍の軍人・軍属に対して、性的サービスを行っていた女性の総称。

概観

制度としての慰安婦は、軍相手の「管理売春」という商行為をおこなう存在であり、慰安婦には報酬が支払われていたが、過酷な性労働を強いた性的な奴隷に等しいとする主張もある。日本のケースでは民間業者が新聞広告などで広く募集するなどして日本人女性以外からも慰安婦を採用していたが、慰安婦を強制連行したか否か、強制的なものであったかなどの点について論争がおこなわれている。

1983年に吉田清治が済州島で「慰安婦狩り」を自ら行ったとする「私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行」を出版。1989年に韓国でも出版され、同年中に済州島新聞や済州島郷土史家の金奉玉によって虚偽であることが判明したが、「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を・百人委員会」事務局長青柳敦子と在日朝鮮人宋斗会が韓国で謝罪と補償を求める訴訟の原告を募い、吉田は韓国に渡り、謝罪碑建立と謝罪活動を始めた。

1992年、朝日新聞や韓国メディアは宮沢喜一首相の訪韓を前にして、吉田の証言や韓国謝罪行脚を連日掲載し、宮沢の訪韓はデモ隊が待ち受けるなかで行われた。宮沢は事実関係の調査を経ることなく何度も謝罪の発言を行った。同年、日本の歴史家秦郁彦による現地調査でも強制連行が虚偽であることが確認された。1993年、韓国政府は日本政府に日本の教科書に慰安婦について記述するよう要求し、全ての高校教科書に従軍慰安婦として記載されることとなった。

同年、日本政府は韓国政府に強制性を認めるよう要求され、関係資料を調査した結果、「強制連行を行ったという資料は発見されなかった」「日本政府が強制したということは認めたわけではない」が、河野洋平内閣官房長官の政治決断によって、「日常生活に強制性が見られた」と解釈することで、日本軍の要請を受けた業者によって女性が意志に反して集められ、官憲が直接加担したこともあったとする河野談話が発表され、現在にいたるまで深刻な外交・教育問題となるようになった(河野談話が国内外から出される対日非難決議の根拠とされることとなる)。1994年には永野茂門法務大臣が「慰安婦は公娼である」と述べたことで辞任に追い込まれた。

吉田は自著の虚偽を指摘された後も韓国での謝罪行脚や朝日新聞での証言を続けていたが、1995年に「自分の役目は終わった」として著書が自身の創作であったことを認め、朝日新聞は1997年に「吉田証言の真偽は確認できない」との記事を掲載した。2007年に安倍晋三首相は「虚偽と判明した吉田証言以外に官憲の関与の証言はない」と答弁している。

国連人権委員会には日本カトリック教団が積極的なロビー活動を行い、1996年にクマラスワミ報告書、1998年にマクドゥーガル報告書が提出されるに至り、白柳誠一枢機卿は日本政府に謝罪と補償を求める論文をカトリック新聞で発表するとともに「応じよ!国連勧告」100万人署名運動を呼びかけた。2000年に朝日新聞元編集委員の松井やよりが主催する「戦争と女性への暴力」日本ネットワークや韓国挺身隊問題対策協議会などの団体によって「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」が開かれた。「法廷」では「昭和天皇および日本国は有罪」との「判決」が下され、取材をおこなった海外のメディアが「日本国が女性を強制連行して性奴隷にした」と報じたことで慰安婦問題は世界各国でも認識されるようになった。

慰安所営業者の半数は朝鮮人であり、日本軍は誇大広告を禁止するとともに渡航する女性が本人自ら警察署で身分証明書の発給を受けて誘拐でないことを確認するよう通達を出し、朝鮮では日本の官憲が日本人や朝鮮人の女性を誘拐して売買をおこなったものを取り締まっていたが、河野談話以降は海外から「日本政府が数十万人の女性を強制連行して性奴隷にした」として非難され、日本国内では女性の人権などの観点をめぐって様々な議論となっている。一方で、元慰安婦を名乗る韓国人女性たちの証言については矛盾点が多々あるため、実際に慰安婦だったか疑わしいとの指摘もある。

韓国のケースでは韓国政府やアメリカ政府による強制があったとされている。朝鮮戦争中に韓国軍に逮捕された北朝鮮人女性は強制的に慰安婦にされることもあった。さらに韓国軍の北派工作員は北朝鮮で拉致と強姦により慰安婦をおいていた。少なくとも1980年代までは韓国人女性達はアメリカ軍相手の売春を韓国政府やアメリカ人により強制されていた。

韓国人女性達への強制が終わると、ロシア人女性やフィリピン人女性達が代わりとなった。1990年代以降の韓国では、アメリカ軍基地の近くで韓国人業者によりフィリピン人女性達が売春を強制されている。1990年代中ごろから2002年までに5000人のロシア人やフィリピン人女性達が密入国させられた上で売春を強制させられていた。2000年代の韓国では、韓国軍相手の女性達の90%がロシア人やフィリピン人女性などの外国人であるとされている。2009年現在のアメリカ軍基地近接地で売春を強制させられている女性に占めるロシア人女性の比率は減少しているがフィリピン人女性の比率は増加している。なお、韓国では売春は違法行為である。

日本政府としては、1951年9月8日に連合国諸国とサンフランシスコ講和条約を締結し、関係諸国との2国間条約を締結し請求権問題を解決した。1965年6月22日には韓国と財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定を締結し、1000億円以上を支払うとともに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決されたこととなることを韓国政府とともに確認した。近年では、1994年8月31日に村山富市内閣総理大臣が元慰安婦に対しておわびの談話を出している。

また、1996年には橋本龍太郎内閣総理大臣は元慰安婦(アジア女性基金が対象としていない日本人女性を除く)に対しておわびの手紙を出している。同時に、サンフランシスコ講和条約、二国間の平和条約及び諸条約(日韓基本条約など)で法的に解決済みであることを明らかにしているが、女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとの認識のもと、道義的責任の観点から、アジア女性基金の事業への協力、日本人女性を除く元慰安婦に対する医療・福祉支援事業に対し資金拠出などを行った。

1997年1月よりアジア女性基金は償い金の給付と医療福祉援助を行い、韓国人、台湾人、オランダ人、フィリピン人女性などが受給した。いずれの談話も慰安婦という職業の存在を認め名誉を傷つけたとはしているが強制連行などをしたとの見解は表明していない。

韓国では、1997年に11名の元日本軍慰安婦がアジア女性基金による償い金を受領したが、1998年に韓国政府はアジア女性基金の償い金の受け取りは認めない方針を示した。これに対して日本側は医療施設建設など事業転換を提案したが、1999年6月に韓国政府は改めて拒否を通告した。これにより、韓国政府はアジア女性基金による償い金受けとらないと誓約した元日本軍慰安婦には生活支援金を支給することとし、韓国政府認定日本軍慰安婦207人のうち、アジア女性基金から受給した元慰安婦や既に亡くなったものを除く142人に生活支援金の支給を実施している。

一方、アメリカ軍相手の売春を強制されていた女性達は謝罪と補償を求めているが、自発的な売春婦であるとして一切の謝罪・補償をおこなっていない。アメリカ軍相手の売春を韓国政府やアメリカ人により強制されていた女性達は韓国政府の日本に対する絶え間ない賠償要求は韓国自身の歴史に対する欺瞞であると訴えている。フィリピン政府としては売春を強制されたフィリピン女性のために韓国で訴訟活動を行っている。2000年代以降、韓国挺身隊問題対策協議会や韓国政府主催の世界韓民族女性ネットワークは日本軍慰安婦への謝罪と賠償を求める活動を世界各地でおこなっている。日本からは民主党の岡崎トミ子議員が韓国でのデモに合流している。

2007年7月30日、アメリカ合衆国議会は「日本政府によって日本軍のために、いまだかつてないほどの残酷さと規模であった20世紀最大の人身売買の1つである」とし、「性奴隷にされた慰安婦とされる女性達への公式な謝罪、歴史的責任、あらゆる異論に対する明確な論破及び将来の世代にわたっての教育をすることを日本政府に要求する」としたアメリカ合衆国下院121号決議を採択した。

この採択は、在米韓国人によってアメリカ合衆国各地に慰安婦謝罪決議案採択のための汎対策委員会が設立され、旧日本軍慰安婦謝罪要求決議が可決されるよう韓国系アメリカ人によるアメリカ下院議員へのロビー活動の成果であり、日本政府の不決議へのロビー活動は失敗し多くの禍根を残した。

この成功を受けて、韓国挺身隊問題対策協議会はヨーロッパやアジア各国で旧日本軍慰安婦謝罪要求決議がなされるよう運動を呼びかけた。9月20日にオーストラリア上院慰安婦問題和解提言決議、11月20日にオランダ下院慰安婦問題謝罪要求決議、11月28日にカナダ下院慰安婦問題謝罪要求決議、12月13日に欧州連合(European Union)の欧州議会本会議、2008年3月11日にフィリピン下院外交委、10月27日に韓国国会は謝罪と賠償、歴史教科書記載などを求める決議採択、11月11日に台湾の立法院(国会)が日本政府による公式謝罪と被害者への賠償を求める決議案を全会一致で採択されるなど、サンフランシスコ講和条約締結国から次々に日本のみを対象とする決議が出されている。

これらの諸国は朝鮮戦争に国連軍としても参加している。軍事裁判や講和条約でその責任や賠償は終わっている、サンフランシスコ講和条約以前のことを持ち出すことは国際法違反であると指摘されている。アルジャジーラは、「アメリカ合衆国は日本と中国・韓国との間に問題を作り出そうとしている」と報じている。2009年に入ると日本に謝罪を要求する国連決議が可決されるようアメリカ合衆国下院議員やナヌムの家が活動を行っており、韓国政府はこれらの動きについて「評価する」と表明している。

アメリカ合衆国では日本軍の慰安婦を対象とした「慰安婦記念碑」を「ユダヤ人虐殺記念碑」と同等とみなして全米各地で建立する運動が韓国人によって行われており、図書館などの公共施設の入り口に設置することが許可されている。2009年9月現在、アメリカ合衆国議会によって、日本政府に謝罪を求めるとした国連決議がなされるよう働きかけが行われている。

日本国内では、アメリカ合衆国による謝罪要求決議を受けて、読売新聞、日本経済新聞、産経新聞、毎日新聞は決議を非難する報道を行ったが、朝日新聞は安倍晋三首相は河野談話と同様の談話を再度出すべきであると報じた。2007年8月29日、在日本大韓民国民団の機関誌民団新聞が旧日本軍慰安婦謝罪要求決議がアメリカに続けて世界各国で決議されるように活動することを呼びかける論文を掲載する。

「慰安婦」問題に対して日本政府が誠実な対応をするよう求めるとした意見書を、2008年3月28日に兵庫県宝塚市議会が採択したのを始めとして2010年6月までに民主、公明、共産系が多数を占める25の市議会で採択されており、2009年に民主党が政権獲得後に増加している。民主党らによって日本人女性を除く元日本軍慰安婦に対して新たな謝罪と補償と戦時性的強制被害者という新たな呼称を定めるための戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案が提出されており、政権獲得後に実現させるとしている。

在日特権を許さない市民の会や主権回復を目指す会などの「保守系住民団体」は、「日本軍の従軍慰安婦への謝罪と補償」を要求している団体と激しく対立している。また、「違法な形でデモや集会をおこなっていることを警察が黙認している」と抗議し、警察側が抗議に応じてデモを解散させたこともある。

2005年8月に1965年当時の日韓交渉に関する文書が公開されると、韓国政府は「結ばれた協定には反人道的違法行為は含まない」と発表した。2009年8月14日、ソウル行政裁判所は「1965年に締結された財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定により日本政府から無償で支給された3億ドル(1965年当時のレートで1080億円)で徴用者への未払い賃金への対日請求が完結しており、大韓民国外交通商部としては、すでに補償は解決済み」としたが、2010年3月15日に、慰安婦については「1965年の対日請求の対象外」として「日本政府の法的責任を追及し、誠意ある措置を取るよう促している」と発表した。

同年3月17日、日本政府は改めて「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定により、両国間における請求権は、完全かつ最終的に解決されている」とする見解を発表した。2010年4月28日、フィリピン最高裁は、フィリピン政府に日本政府への謝罪要求を支持するよう求める訴えを退けた。

「慰安婦」問題

概要

1970年代に、旧日本軍が戦地の女性を強制連行し、慰安婦にしたとする本が数冊出版された。中でも、元陸軍軍人の吉田清治(本名:吉田雄兎)は『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社 1977年)で、軍の命令で自身が韓国の済州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたと告白。そして、日本、韓国、アメリカなどで講演を行なったり、新聞やテレビなどのマスメディアに精力的も出演し、裁判の証人としても朝鮮人の奴隷狩りを証言したり、1990年代には国連の人権委員会に働きかけるなど、この問題を世の中に大きく広めた。済州島の郷土史家金奉玉は、「数年間も追跡調査を行った結果、事実ではないことが明らかになった。この本は日本人の浅ましさをあらわす軽薄な商魂の産物であると考える」と述べている。

韓国においては、吉田のこの著書は翻訳して出版され、史実としてドラマ化もされた。これらを受けて1990年、10年前から慰安婦の調査を行なって来た梨花女子大元教授の尹貞玉 (ユン・ジョンオク)がこの問題を新聞などのメディアで告発し、多数の女性団体が結集した「挺身隊対策協議会」を初めとして、様々な団体がこの問題に取り組み慰安婦問題が大きな運動になる。1991年には、韓国で元慰安婦が初めて名乗り出て、自らの体験を語った。その後も韓国、フィリピン、台湾などで、元慰安婦であったと名乗り出る女性が多数現れ、日本の弁護士らの呼びかけで、日本政府に謝罪と賠償を求める訴訟がいくつも起こされるようになる。

日本ではこの問題の報道を『朝日新聞』が主導した。吉田の証言を紹介し、韓国の元慰安婦が名乗り出たこと、慰安所に対する旧日本軍の関与を示す資料が見つかったことなどと大々的に報じた。それらの報道は韓国でも伝えられ、反日感情が高まり、慰安婦問題は日韓の政治問題となっていった。

1992年 、反日デモが高まる中、訪韓した宮澤喜一首相は盧泰愚大統領との首脳会談で慰安婦問題について謝罪し、真相究明を約束する。政府の第一次調査では「軍の関与」は認めたものの、「強制連行」を立証する資料は無かったとしたが、反日世論の中で韓国政府が受け入れなかったため、1993年、第二次の調査を行ない、その結果発表の際に、河野洋平官房長官がいわゆる「河野談話」を発表。慰安婦の募集について「官憲等が直接これに加担したこともあった」、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」として、旧日本軍による強制連行を認め、反省とお詫びの意を示した。これにより、平成六度版の高校歴史教科書から、韓国政府から強く要請されていた慰安婦の記述がなされるようになり、やがて、中学校の歴史教科にも及び、ほとんどの歴史教科書で慰安婦についての記述が掲載されるようになって行った。

1995年、日本政府は慰安婦問題を認めた責任から、民間(財団法人)からの寄附という形で元慰安婦への支援を行うため、「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」を設立したが、特に韓国ではあくまでも国家として賠償すべきと政府や元慰安婦支援団体の反対運動により、多くの元慰安婦が基金からの支援を拒否した。

1996年、国連人権委員会に提出されたいわゆる「クマラスワミ報告書」と呼ばれる女性への暴力を取り上げた報告書において、慰安婦制度が国際法違反であると指摘され、日本政府は慰安婦に対する賠償すべきと勧告したのを初め、国際機関などにおいても、慰安婦問題への批判がなされる動きも出てきた。

1992年から、現代史家の秦郁彦(元日本大学教授)を初めとする歴史学者などが、吉田の証言やその経歴や著書において嘘や矛盾があると指摘していたが、1996年、吉田清治が自身の証言における「時」と「場所」はフィクションであることを明らかにしたことで、慰安婦の強制連行の大きな根拠とされて来た吉田証言への信憑性が揺らぐこととなる。そして、慰安婦の強制連行を認めない保守系の論客や、メデイアは、吉田証言を大きく取り上げて来た『朝日新聞』に対して、それまでの慰安婦報道において事実の歪曲があったということを含め、厳しい批判を浴びせた。

このように軍が女性を強制的に連行していたことを裏付ける根拠が弱まった頃から、吉見義明が「強制連行」という「狭義の強制性」に対し、女性たちが甘言や詐欺、あるいは借金などのカタにより慰安婦にされたこと、旧日本軍による慰安婦の募集や慰安婦の慰安所での生活がきわめて不自由であったことなども問題であるとし、これらを「広義の強制性」問題だとして批判しはじめ、以降そのような観点からも慰安婦制度への批判がなされるようになった。

同年6月に文部省(現:文部科学省)が検定結果を公表した中学校教科書では全ての歴史教科書に慰安婦に関する記述がなされていた。これらを問題とした有識者らが同年12月に「新しい歴史教科書をつくる会」(略称・つくる会)を発足、それらの教科書を「自虐史観」であると批判し、それらに対抗する新しい歴史教科書をつくる運動を精力的に進めることとなり、慰安婦問題は「歴史認識問題」、「歴史教科書問題」にもなっていった。「自民党」においても、若手議員らが、「つくる会」と同様に現在の日本の歴史認識を「自虐的」として修正を求める運動を始めるようになる。

翌1997年には、「河野談話」発表に至る調査に関わった政府関係者が、強制連行の証拠となる資料は一切なかったが、韓国政府の強硬な要請に押され、政治判断として強制性を認めたことなどを明かしたことから、証拠もなく、日本を不利な立場に立たせたとして、「河野談話」への批判もなされるようになり、強制連行の有無などをめぐり激しい議論がマスメディアで繰り広げられるようになる。「河野談話」で強制性を認めた政府ではあったが、ときおり、自民党の議員が強制連行を否定する発言をしたことが報じられ、中国、韓国からの強い反発を招くということが繰り返されている。

2001年4月、「つくる会」の中学校歴史教科書が検定を合格したが、強い反対運動もあり、実際にはほとんどの中学校で採択されなかった。一方、同年に検定通過した他の教科書においては慰安婦の記述が減少し、1999年には中学歴史教科書からは「従軍慰安婦」という用語が消えた。

2006年、総理就任後間もなく、安倍晋三は内閣として「河野談話」を引き継ぐことを公言したが、後に「旧日本軍の強制性を裏付ける証言は存在していない」と発言したことが「河野談話」を否定するものではないかと国内外で大きな波紋を呼んだ。2007年、アメリカの下院で慰安婦をめぐる対日非難決議案の提出が注目を集め、これを巡って日米間の政治問題ともなって来ている。

経過

戦時中の朝鮮(挺身隊)

もともと朝鮮では徴用を忌避する傾向があり、太平洋戦中には挺身隊に行くと慰安婦にされるという噂があった。ただし1960年代までは、その噂を事実と認める韓国の研究者はいなかった。

さらに詳しく → 慰安婦




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(2007/06/22)
西岡 力

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