三笠 (Japanese battleship Mikasa)

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011/07/21(木)
*





三笠(みかさ)は、大日本帝国海軍戦艦で、敷島型戦艦の四番艦。奈良県にある三笠山にちなんで命名された。船籍港は京都府舞鶴市の舞鶴港。同型艦に敷島、初瀬、朝日。1904年(明治37年)からの日露戦争では連合艦隊旗艦を務め、連合艦隊司令長官の東郷平八郎大将らが座乗した。現在は、神奈川県横須賀市の三笠公園に記念艦として保存されている。

歴史

建造

日清戦争後、ロシア帝国に対抗するために日本海軍は軍拡をすすめる。その中で『六六艦隊計画』(戦艦を6隻、装甲巡洋艦を6隻配備する計画)の一環として三笠は建造された。計画実現には莫大な資金を要するため、日清戦争以前から続けていた海軍のリストラ、必死のやりくりにも関わらず海軍予算は尽き、完成させるには憲法違反である予算の不法流用しか道は残されていなかった。そこで、六・六艦隊計画の発案者山本権兵衛が協力者の西郷従道に相談すると、西郷はこう言った。

「山本さん、それは是非とも(軍艦を)買わねばなりません。予算を流用するのです。勿論違憲です。議会で違憲を追及されたら二重橋で腹を切りましょう。2人が死んでも軍艦が出来れば本望じゃないですか」

こうして、予算を不法流用して三笠は完成することとなった。

三笠は六六艦隊計画の最終艦であり、イギリスのヴィッカース社に発注された。1899年(明治32年)1月24日バロー・イン・ファーネス造船所で起工。1900年(明治33年)11月8日進水。1902年(明治35年)1月15日から20日まで公試が行われ、3月1日サウサンプトンで日本海軍への引渡し式が行われた。建造費用は船体が88万ポンド、兵器が32万ポンドであった。

3月13日、イギリス、プリマスを出港しスエズ運河経由で5月18日横須賀に到着した。初代艦長は早崎源吾大佐。横須賀で整備後6月23日に出港し、7月17日本籍港である舞鶴に到着した。

戦歴

1903年(明治36年)12月28日、三笠は連合艦隊旗艦となった。1904年(明治37年)2月6日から日露戦争に加わり、8月10日には黄海海戦に参加した。12月28日、呉に入港、修理の後、1905年(明治38年)2月14日呉を出港、江田島・佐世保経由で21日朝鮮半島の鎮海湾に進出した。以後同地を拠点に対馬海峡で訓練を行い、5月27日・28日には日本海海戦でロシア海軍バルチック艦隊と交戦した。この海戦で三笠は113名の死傷者を出した。

日露戦争終結直後の1905年(明治38年)9月11日に、佐世保港内で後部弾薬庫の爆発事故のため沈没した。この事故では339名の死者を出した。弾薬庫前で、当時水兵間で流行していた「信号用アルコールに火をつけた後、吹き消して臭いを飛ばして飲む」悪戯の最中に、誤って火のついた洗面器を引っくり返したのが原因とする説や下瀬火薬の変質が原因という説もある。事故当時、東郷は上陸していて無事。また、艦隊付属軍楽隊に着任していた瀬戸口藤吉も、これまた事故当時は上陸中で難を逃れたが、軍楽兵の多くが事故で殉職した。なお、この爆発沈没事故は秋山真之が宗教研究に没頭する一因ともなったとされる。

10月23日の海軍凱旋式は戦艦敷島が三笠に代わって旗艦となった。三笠は予備艦とされ、1906年(明治39年)8月8日浮揚、佐世保工廠で修理され1908年(明治41年)4月24日第1艦隊旗艦として現役に戻った。
1914年(大正3年)8月23日、日本が第一次世界大戦に参戦すると、戦争初期に三笠は日本海などで警備活動に従事した。その後、1918年(大正7年)から1921年(大正10年)の間、大戦中に誕生した社会主義国ソ連を東から牽制するシベリア出兵支援に参加した(参加前に防寒工事が実施され、飛行機の臨時搭載も行った)。
1921年(大正10年)9月1日一等海防艦となるが、9月16日ウラジオストク港外のアスコルド海峡で濃霧の中を航行中座礁し大きく損傷し浸水。離礁後ウラジオストクに入渠し応急修理を行い、11月3日舞鶴に帰投した。

廃艦とその後の荒廃

ワシントン軍縮条約によって三笠は廃艦が決定した。1923年(大正12年)9月1日には関東大震災により岸壁に衝突。応急修理のままであったウラジオストク沖での破損部位から大浸水を起こし、そのまま着底してしまう。9月20日に帝国海軍から除籍。軍縮条約により廃艦後は解体される予定だったが、国民から愛された三笠に対する保存運動が勃興し、現役に復帰できない状態にすることを条件に保存されることが特別に認められ、1925年(大正14年)1月に記念艦として横須賀に保存することが閣議決定された。同年6月18日に保存のための工事が開始され11月10日に工事は完了した。舳先を皇居に向けたのちに船体の外周部に大量の砂が投入されるとともに、下甲板にコンクリートが船内に注入された。この日以降、三笠は海に浮かんでいるのではなく、海底に固定されており潮の満ち引きによっても甲板の高さは変わらない状態となっている。12日に保存式が行われた。

太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦後、日本が連合国軍に占領されていた時期にはソ連からの要求で解体処分されそうになったり、アメリカ軍人のための娯楽施設が設置され、「キャバレー・トーゴー」が艦上に開かれるという状態にあった。さらに戦後の物資不足より、主砲を含む兵装や上部構造物はおろか、取り外せそうな金属類は機関部に至るまで、ガス切断に全て盗まれ、チーク材の甲板までも薪や建材にするために剥がされているという荒廃ぶりとなった。後部主砲塔があった場所には水族館が設置されていた。

復元運動

この惨状を見たイギリス人のジョン・S・ルービンが英字紙「ジャパンタイムズ」に投書、大きな反響を呼ぶ。さらにアメリカ海軍のチェスター・ニミッツ提督が三笠の状況を憂いて本を著し、その売り上げを三笠の保存に寄付するなどして復元保存運動が徐々に盛り上がりを見せていった。復元にあたり、アメリカ軍が撤去した記録が残っているものは、ほぼすべてが完全な形で返還されたが、誰が持ち去ったか不明なものは(戦後の混乱期で致し方ないことがあったとしても)、今日に至るまでほとんど返還されていない。1958年(昭和33年)にチリ海軍の戦艦「アルミランテ・ラトーレ」が除籍され、翌年日本において解体される事となったが、同じイギリスで建造された艦であったため、チリ政府より部品の寄贈を受けるという幸運があった。

現在

神奈川県横須賀市において砲塔や煙突、マストをはじめとする多くは新しく作成されたレプリカである。下甲板はコンクリートや土砂で埋められているので、船内で見学できるのは上甲板と中甲板となっているが、資料展示室や上映室などが作られているために、かつて船であったという面影は後部地区の一部を除いて見ることができず、事実上船の形をした資料館となっているが、甲板の一部に当時のままのチーク材が残っている。管理は三笠保存会に委託しているが、現在も防衛省所管の国有財産である。

その他

日本海海戦で三笠に乗り組んでいた兵士のうち、最後の生き残りだった京都市中京区に住む杉山清七氏が1982年(昭和57年)1月13日に98歳で死去したと、翌日の新聞にて報道された事がある。この記事によれば杉山氏は1902年(明治35年)に19歳で海軍に入隊し二等水兵となった。その後は仁川、黄海、日本海海戦と「三笠」右舷前部の15cm砲一番砲手を務め、軍人を退役した後は警官をしていたという。なお、日本海海戦の最後の従軍者とされる者は浅間 (装甲巡洋艦)の乗組員であり、同年5月27日に97歳で死去しているという。

性能諸元

排水量 15,140トン(常備)
全長 131.7m
全幅 23.2m
吃水 8.3m
機関 15,000馬力
最大速度 18ノット
航続距離 10ノットで7,000海里(約13,000km)
乗員 860名
装甲 KC(クルップ)鋼
舷側:9インチ(229mm)
甲板:3インチ(76mm)
兵装 主砲 40口径30.5センチ連装砲2基4門
    副砲 40口径15.2センチ単装砲14門
    対水雷艇砲 40口径7.6センチ単装砲20門
    47ミリ単装砲16基
    魚雷発射管 45センチ発射管4門

さらに詳しく → 三笠 (戦艦)  三笠保存会
外部リンク → 記念艦みかさ公式ホームページ(財団法人三笠保存会)




日本の戦艦「超こだわり」入門 秋山真之が乗り組んだ日本海海戦の旗艦「三笠」から「大和」まで連合艦隊艦船を網羅 (GoodsPressペーパーバックス)日本の戦艦「超こだわり」入門 秋山真之が乗り組んだ日本海海戦の旗艦「三笠」から「大和」まで連合艦隊艦船を網羅 (GoodsPressペーパーバックス)
(2010/03/19)
グッズプレス編集部

商品詳細を見る
関連記事

タグ : 三笠 戦艦 大日本帝国海軍 日露戦争 第一次世界大戦

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/2140-f9ecec24
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。