マドセン機関銃 (Madsen machine gun)

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2011/06/07(火)
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マドセン機関銃とはユリアス・J・ラスムッセンとテオドア・ショービューによって開発された軽機関銃である。彼らはこれを、デンマーク軍事担当大臣ヴィルヘルム・ヘルマン・オルフ・マドセン将軍に採用するよう働きかけ、1902年にデンマーク陸軍へ採用された。本銃は本当に軽機関銃と呼べる兵器の最初期のひとつであり、量産されて世界の34ヶ国に広まった。また80年以上に渡って、世界中の様々な紛争において広汎に戦闘に投入された。マドセン軽機関銃はマドセンA/s社によって生産された。後期の生産はDansk Rekyl Riffel Syndikat A/Sが担当し、それからDansk Industri Syndikat A/Sに切り替わった。

設計の概要

マドセン軽機関銃は他の分隊火器に用いられない、珍しくてより精巧な作動機構を持っている。本銃は、反動利用の閉鎖システムと、ヒンジ様のボルトを融合した機構を使用する。これは後にレバーアクション式のピーボディ・マルティニー薬室閉鎖機という型になった。この反動利用方式は部分的にはショートリコイルを、また別の部分ではロングリコイルを採る。実包の射撃後、最初の反動の衝撃は銃身、バレルエクステンション、ボルトを後方へ駆動させる。ボルト右側面に設けられたピンが、機関部右側面に装備された作動用のカムプレートの、溝の内部へ戻る。12.7mmの移動の後、ボルトはカムにより上方へ上げられ、ブリーチから解放される。これは反動利用のうち、ショートリコイルに相当する。銃身およびバレルエクステンションは、薬莢および弾頭の全長をわずかに超える点まで、後方への駆動を続ける。これは反動利用のうちロングリコイルに相当し、本銃の低い発射速度の原因となっている。

ブリーチが露出した後、銃身下部に装着されていた、変わった形のレバー様をしたエキストラクター兼エジェクターが後方へと回転する。これは空薬莢を抽出し、機関部底部を通して排莢する。それからボルトの作動カムは、ボルトに下側のピボットへ面するよう圧迫し、ボルト左側面の弾薬供給溝と薬室が一列になるよう並べる。ボルトと銃身が前進して元へと戻る間、バレルエクステンションに装備された給弾レバーは前方へと回転し、使用されていない弾薬を載せる。

実戦投入

第一次世界大戦まで

本銃はロシア帝国軍に広く用いられた。ロシア軍は1,250挺を購入し、日露戦争中に投入した。ドイツ帝国軍は1914年に7.92mm口径仕様の本銃を用いた。装備部隊は歩兵中隊、山岳部隊、後期には突撃歩兵であり、これらは第一次世界大戦中に実戦投入された。

本銃は生産するには高価であると思われていたが、その信頼性も知られていた。マドセン軽機関銃は、第一次世界大戦の前後に12の異なる口径で34ヶ国に販売された。また軍閥が勢力を展開した1916年から1928年にかけての中国大陸で戦闘に用いられた。

戦間期

本銃は1920年代と1930年代初期にパラグアイにより購入された。この国は、グランチャコ地域に対するボリビアとの相互所有権について、静かに戦備を整えていた。この軽機関銃は1932年から1935年にかけて戦われたチャコ戦争でパラグアイ軍に使用された。戦争開始時、約400挺が配備されており、戦争の進行のためにより多数の軽機関銃が購入された。

ブラジルは1930年代後期にイタリアから約23両のCV-35タンケッテを導入したが、大多数の車両は口径7mmの連装マドセン軽機関銃で武装していた。

アイルランドは合計24丁のマドセン機関銃を保有した。これらは全て.303口径であった。これらの軽機はランズヴェルク L60軽戦車、リーランド装甲車、ランズヴェルク L180装甲車およびダッジ装甲車に装備された。1950年代になると、アイルランドの各部局に残されたこれらの武装は、ブローニングM1919重機関銃に換装された。

第二次世界大戦

1940年4月から6月、ドイツ軍によるノルウェー侵攻作戦の段階でも、マドセン機関銃はいまだにノルウェー軍の標準的な軽機関銃として運用されていた。6.5x55mm Krag弾を使用するM/22、3,500挺がノルウェーの防衛に用いられた。1940年までに、各ノルウェー歩兵分隊は1挺のマドセン機関銃を割り当てられた。この武器は以前、別々の機関銃分隊に集められていた物である。ノルウェー軍の歩兵大隊は、36挺のマドセン軽機関銃および9挺のM/29重機関銃(ブローニングM1917重機関銃)を標準装備として保有した。 しかしマドセン軽機関銃は、数発の射撃で作動不良を起こす傾向があり、ノルウェー軍兵士には非常に好まれず、こうしたことからJomfru Madsen(処女のマドセン)というあだ名がつけられることとなった。捕獲されたマドセン軽機関銃は戦中を通じてドイツ陸軍の二線級部隊に使用され、またデンマーク陸軍は1955年まで最後のマドセン軽機関銃を退役させなかった。

口径6.5mmのマドセン軽機関銃は、戦間期の終わりまで王立オランダ領東インド諸島軍(KNIL)の標準的な機材であった。何挺かは捕獲され、東インド諸島の陥落の後、日本軍によって使用された。

ポルトガル植民地戦争

1960年代および1970年代のポルトガルの植民地戦争の際に、ポルトガル陸軍はマドセン軽機関銃を使用した。マドセン軽機関銃の運用の一つは、Auto-Metralhadora-Daimler 4 × 4 Mod.F/64装甲車の代用武装であった。これはダイムラー偵察車に、砲塔に似た構造を追加して改修したものである。

ブラジルでの継続使用

マドセン機関銃はブラジルのリオデジャネイロ州に配備されたミリタリーポリスによって使われ続けた。弾種は7.62mmのNATO弾である。いくらかのブラジルの銃は麻薬密売人から押収され、任務に流用された。最も中古である兵器の出所はアルゼンチン陸軍、およびごく少数は博物館から盗まれたものである。しかしブラジル警察が用いる大多数のマドセン軽機関銃はブラジル陸軍の寄付による。これらは30口径の兵器であるが、7.62mm NATO弾に適合するよう改修が加えられている。

公式な発表ではブラジル軍は1996年にマドセン軽機関銃を退役させたとしている。ブラジル警察の銃も2008年にはもっと現代的で高い発射速度を持つ銃に更新された。しかしながら、2009年10月19日、ブラジル警察と麻薬密売人との衝突の最中に撮られた写真は、鮮明にマドセン軽機関銃がブラジル警察によってまだ使われていることを示した。

性能

口径 6.5mmから7.92mm、各種存在
銃身長 584mm
使用弾薬 7x57mm マウザー
        6.5x55mm
        7.92x57mm マウザー
        7.62x54mmR
        7.62x51mm NATO
        .303ブリティッシュ弾)
装弾数 25、30、40発箱形弾倉
作動方式 ロングリコイル作動
全長 1,143mm
重量 9.07kg
発射速度 450発/分
銃口初速 870m/s(6.5x55mm)
有効射程 550m(600ヤード)

さらに詳しく → マドセン機関銃



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