AGM-62 ウォールアイ (AGM-62 Walleye)

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
2011/04/17(日)
*



AGM-62 ウォールアイ(英: Walleye)は、 アメリカ合衆国のマーティン・マリエッタによって生産され、1960年代からアメリカ海軍などで使われたテレビジョン誘導滑空爆弾である。初めて実用化された対地精密誘導兵器でもある。制式名称は空対地ミサイルとしての分類を示すが、実際にはより近代のGBU-15のような、誘導用航空電子装置によって強化された爆弾と言うほうが適切である。

アメリカ軍のミサイルの定義が曖昧であるためであるが、ここでは当初の分類である空対地ミサイルとして分類する。ウォールアイは細かな改修が繰り返され、湾岸戦争でも使われたが、空対地誘導兵器の主役の座はAGM-65 マーベリックや各種誘導爆弾に譲っている。

開発経緯

ウォールアイが登場するまでの空対地誘導兵器はAGM-12 ブルパップであったが、ブルパップは発射後も航空機の搭乗員が手動でミサイルを目標に着弾するまで誘導しなければならないという大きな欠点があった。このためアメリカ海軍では、発射後すぐさま航空機が離脱できる、いわゆるファイア・アンド・フォーゲット能力を持つ精密誘導兵器を欲していた。
右翼パイロンにAGM-62を搭載した第136戦闘攻撃飛行隊のF/A-18C(1992年)。

テレビ誘導爆弾のアイデアは、カリフォルニア州チャイナレイクの海軍兵器試験センター(Naval Ordnance Test Center)(後の海軍兵器センター(Naval Weapons Center))の電気グループの民間技術者間の議論から出てきた。その技術者のうちの1人、ノーマン・ケイ(Norman Kay)は、趣味として自宅でテレビを造った。1958年にケイは「面白いこと」をすることができたアイコノスコープ・カメラを造って、プロジェクト仲間の技術者ウィリアム・H・ウッドワース(William H. Woodworth)を呼び戻した。彼は、それに映像の中に小さなブリップを置く小さな回路を造ることができること、そして、そのブリップを映像の中で動くものに追跡させることができることを思いついた。2人の技術者(まもなくデイブ・リヴィングストン(Dave Livingston)、ジャック・クロフォード(Jack Crawford)、ジョージ・ルイス(George Lewis)、ラリー・ブラウン(Larry Brown)、スティーヴ・ブルグラー(Steve Brugler)ほか数人が参加する)はそのアイデアをさらに研究することを決め、コンセプトを前進させるためにアメリカ海軍から若干の元手を手早く確保した。そのグループはAIM-9 サイドワインダー空対空ミサイルのプロジェクトから若干の技術を採用し、またゼロから他の部品を開発し、ちょうど4年でウォールアイを開発した。そのグループの他の革命的大発見としては、真空管がない世界初のソリッドステート・ビデオカメラと初のゼロ入力インピーダンス・アンプがあった。

そのチームは、プロジェクトを順調にするため、そしてその真価を海軍に確信させるために、毎夜遅くまで、週末も働いた。ウッズワースは、1年の期間をとって仕事から離れ、プロジェクトのためにさらに必要とされる若干の理論上の知識を得るために自費で大学院に通った。ラリー・ブラウンは、アナログ・コンピューティング機器を用いて爆弾の飛行特性を分析するために、疲れを知らずに働いた。ジャック・クロフォードは驚くべき“物理現象に対する直感”を持っており、爆弾が造られさえする前に、その飛行特性の多くを想像することができた。

初テストと生産契約

1963年1月に、YA-4B スカイホークのパイロットは、チャイナレイクで最初のウォールアイを投下し、投下された爆弾は直撃を記録した。マーティンは1966年に最初のウォールアイの生産契約を受け、その爆弾は翌年アメリカ海軍とアメリカ空軍の両方で運用に入った。

最初のウォールアイ I は1,100ポンドの成形爆薬を搭載し、16 nmの射程を持っていた。1962年に陸海空軍統一の新しいミサイル・ロケットの命名規則が制定されたため、ウォールアイはAGM-62という制式名称を与えられた。設計番号こそ62と大きいが、初めて最初から新命名規則によって制式名称を定められたものが実はウォールアイであった。

1から61までの設計番号はそれまでに開発されたミサイル及びロケットを改名及び統一するためにすでに使われていた。しかし、推進装置を持たないウォールアイは結局ミサイルとはみなされず、爆弾として扱われることになったため最初に割り当てられたAGM-62A以降のAGM-62シリーズの名称は存在しない。代わりにMK1から始まるMK番号及びその改善を示すMOD番号で呼ばれることになった。

特徴

ウォールアイは、そのほとんどが高性能炸薬弾頭を搭載していたが、一部は核弾頭を搭載していた。また、最小限の副次的損害で目標を攻撃するように設計されている精密誘導兵器の系譜の中で最初のものであった。この“誘導爆弾”には推進システムがなかったが、航空機から目標までの滑空中にテレビジョン支援誘導装置によって飛行を制御されることができた。パイロットが目標に向かって急降下した際に、爆弾の先端にあるテレビ・カメラは目標の映像を捉えコックピットのモニターに送る。

パイロットはモニターの画像を元に照準点を示してウォールアイを投下し、その後はウォールアイが単独で指定の目標の方へ滑空し続ける。ウォールアイはファイア・アンド・フォーゲット(撃ちっぱなし)システムであり、投弾後、航空機は照準点に直ちに背を向けることができた。ウォールアイは、4つの大きなフィンを使用してそれ自体の飛行を操作した。後のバージョンはパイロットに、投弾後ウォールアイを滑空を続けさせ、滑空中に照準点を変えることさえできるデータ・リンクを使用した。

戦績

1967年5月までに、アメリカ海軍のパイロットは、ベトナム戦争でいくつかのウォールアイを投下し、大成功を収めた。1967年5月19日(ホー・チ・ミンの77回目の誕生日)に、空母「ボノム・リシャール」から飛び立ったアメリカ海軍機は、ウォールアイを用いてハノイ発電所に対して直撃を記録した。その2日後に海軍はウォールアイで再びそのプラントを攻撃し、ハノイの主要な電力源を遮断した。

発電所のような脆弱な目標がウォールアイにまったく弱いとわかったが、北ベトナムのよく建設された鉄道橋のような頑強な目標は1,100 lbの兵器でさえ破壊することができなかった。1967年のハノイの南タイホア橋(Thanh Hoa Bridge)に対するウォールアイによる直撃でも、この強固な構造で名高いスパン(橋脚から橋脚までの差し渡し)1つさえ落とすことができなかった。

この大きな不足を修正するために、チャイナレイクはウォールアイの2,000 lbのバージョンを開発してベトナムに配備し、ハノイとハイフォンに対するリチャード・ニクソン大統領のラインバッカー作戦に間に合わせた。新しいウォールアイ II (または「ファット・アルバート」、漫画キャラクターの後でニックネームとして呼ばれた)は、データ・リンクを持ち、その発射点から45 nmまでの目標に命中することができた。1972年4月27日に、8機の空軍戦闘機(2機は2,000ポンドのレーザー誘導爆弾 (LGB) を搭載し、2機はウォールアイ II を搭載)の編隊がタイン・ホア橋を攻撃した。雲の覆いはLGBが使われるのを防いだが、ウォールアイのうちの5つはロックオンし、たとえスパンを落とすことができないとしても、橋に重大な損害を引き起こした。5月13日に、アメリカ空軍は3,000と2,000ポンドのLGBで、ついに橋を落とした。しかしながらベトナム人は、すぐに橋を修繕し、アメリカ海軍と空軍にその目標に対してあと13回のミッションを飛ぶことを強要した。10月23日の同様の任務で、空母「アメリカ」からの4機のA-7 コルセア II は、ウォールアイ II と2,000 lbの通常爆弾の組み合わせで、橋を取り壊した。

ウォールアイはベトナム戦争中にアメリカ軍によって使用された精密誘導兵器のうち6 %未満であったが、この兵装システムは適正な状況の下で優れた結果を成し遂げることができた。海軍は最も重要で破壊するのが最も難しかった目標に対してしばしばウォールアイを使った。ベトナム戦争後、アメリカ海軍は湾岸戦争を通してアップグレード版ウォールアイを使用し続けた。

さらに詳しく → AGM-62 (ミサイル)



F/A-18ホーネット/スーパーホーネット (イカロス・ムック 世界の名機シリーズ)F/A-18ホーネット/スーパーホーネット (イカロス・ムック 世界の名機シリーズ)
(2009/06/30)
不明

商品詳細を見る
関連記事

タグ : AGM-62 ウォールアイ 誘導滑空爆弾 空対地ミサイル

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/2037-085cacc7
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ