フォッケウルフ Fw190 (Focke-Wulf Fw 190)

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2011/04/04(月)
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フォッケウルフ Fw190は、第二次世界大戦時のドイツ空軍戦闘機。メッサーシュミットBf109とともに主力を担った。

概要

ナチス・ドイツ政権の大軍拡政策によって、ドイツ空軍戦闘機の近代化を強力に推し進めた。ところが、主力戦闘機メッサーシュミットBf109は高性能ではあったものの、操縦が難しかったため着陸事故が急増していた。また搭載エンジンであるDB601は生産性に難があり供給数量に限界があった。その事故率の高さと生産性の問題に不安を感じたドイツ空軍上層部は、1938年になって、フォッケウルフ(フォッケ・ヴルフ)社に対し、バックアップ戦闘機の開発を依頼した。フォッケウルフ社ではこれを受けて、クルト・タンク技師を中心にわずか12人のチームで開発を進め、1939年6月1日に初飛行に成功した。

タンク技師は、第一次世界大戦に騎兵として出征、大学では第一志望の航空力学の講義が禁止されたため電気工学を専攻、在学中はグライダー研究会でグライダーの設計、製作、飛行までを行い、その後さらに、飛行機の操縦ライセンスまで取得するという異色の経歴を持っていた。

タンク技師はFw190開発に当たって、メッサーシュミットBf109のような「速いだけが取り柄のひ弱なサラブレッド」ではなく「騎兵の馬(ディーンストプフェーアト"Dienstpferd")」をコンセプトとして開発を進めた。完成したFw190は、空戦性能のみならず、パイロットには操縦しやすく、最前線でも容易に修理が可能、さらに大量生産しやすい構造という、まさに理想的な兵器であった。

フォッケウルフFw190は、当時使用可能だった唯一の1500馬力級空冷星形エンジンBMW 139を使って開発された。上述の通り、Bf109その他の機体に採用されて生産が手一杯だったDB601系エンジンとは別のエンジンを使用する様に、空軍当局が指示したからである。液冷王国ドイツにおける唯一の空冷エンジン単座戦闘機であり、量産型はのちにBMW社が開発に成功した、より高出力のBMW 801シリーズに換装された。Bf109がヨーロッパ最強を誇っていた緒戦ではあまり注目を浴びなかったが、スピットファイア Mk.V等、連合国の新型戦闘機に対抗する高性能機として1941年から実戦配備が始まった。しかしながら、空軍では能力不足を露呈しつつあったにも拘らずメッサーシュミットのBf109を主力として配備する方針であったため、Fw190は補助戦闘機という低い地位しか与えられなかった。

それでも、最初の配備型Fw190Aは英国のスピットファイア Mk.Vを実戦で圧倒し、強力な新型戦闘機の登場という混乱を連合国に与えた。本機の活躍によりドーバー海峡上の制空権はドイツ空軍の手中に収められ、この状況は半年後のイギリス空軍のスピットファイアMk.IXの出現まで継続した。A型は高度6000m以上でBMW 801の出力が落ち、高高度性能が不足していたが中低高度では高性能を遺憾なく発揮し、その後も改良が続けられBf109と共にドイツ空軍を支えた。

Fw190は低高度での高性能に加えて、広く安定した車輪間隔や余裕ある設計や頑丈な機体という特長があったため、これを生かして戦闘機としてのA型のほかに戦闘爆撃機型のF、G型など多様な種類が作られた。爆撃任務を行うF・G型にはBf109の護衛がつく事があったが、 たとえ爆撃機型であってもFw190のほうが空戦性能に優れていたため、護衛する側にとっては馬鹿らしい任務だったそうである。

また、大戦後半には本機の特徴であった空冷エンジンが性能的に限界となってきたため、また高高度性能を改善するため液冷エンジンに付け替えたふたつの改良型が設計された。その内A-7型から改修されたD-7型は、ユンカース社が開発した新しい液冷エンジンV12気筒ユモ 213 (en:Junkers Jumo 213) を搭載し、その改良型のD-9型が量産された。しかし、D-9型が配備され始めた1944年晩夏の頃にはすでにドイツ軍全体が燃料欠乏に悩まされており、さらにベテランの喪失によるパイロット全体の質の低下、さらに数的劣勢が加わってドイツ空軍にはD-9型を有効に駆使する能力は残っていなかった。D-9型は約700機が生産された。もうひとつはタンク技師の本命であり最終開発タイプとなったTa 152(1944年から機体名は設計者名に変更された)であったが、こちらは60機強の生産に過ぎず本格的な配備には到らなかった。Fw190シリーズは、最終的には20000機あまり(修理再生も含む)が生産された。

枢軸国各国及び一部の中立国や連合国でも多く使用されたBf109と違い、Fw190は主としてドイツ空軍で運用された。例外はハンガリー空軍とトルコ空軍で、枢軸国であった前者にはF型の部隊配備がなされ、中立国であった後者には枢軸国側への引き込みを目的に、He 111 Fなどと共にA型が提供された。また、日本は参考のためにA-5型をドイツより有償供与され、1943年に海軍の潜水艦で輸送された。この機は陸軍航空総監部で、技術的な分析ののち飛行テストがなされた。その結果はメーカーの技術者も参照でき、五式戦闘機のエンジン排気の空力処理などの参考にされた。

また、日本陸軍が本機に行った有名なテストとして、鹵獲したP-51C、P-40E、及び、疾風、飛燕との全力飛行テストが知られている。高度5000mで行われたこの競走では、加速に優れる本機はスタートで他機種を引き離すが3分後にはP-51Cに追い抜かれ、5分後にストップをかけた時点ではP-51Cは遥か彼方に、次いで本機と疾風が大体同じ位置に、少し後れて飛燕、さらに後方にP-40Eという結果であった。第2次大戦後、Fw190の性能を調査したアメリカ軍は、「第2次世界大戦におけるドイツ最良の戦闘機」という評価を与えている。

メカニズム

フォッケウルフFw190の技術的特長として、以下の点があげられる。

飛行特性
Fw190では、空冷式であったものの当時ドイツで最大パワーを誇っていたBMW801(二重星型14気筒・1600馬力)を搭載していた。翼面荷重に頼った水平面での空中戦ではなく、馬力荷重を使った垂直面での空中戦が重視されたためである。これによって、急上昇と急降下を繰り返すズーム&ダイブ戦法を取った場合には、スピットファイアMk.Vの追随を許さなかった。
Fw190ではロールレイト能力が追求されていた。これは、戦闘機の操縦性で一番大切なのはロールレイト(横転性能)であるというパイロットの視点に基づくものであった。

操縦への配慮
Fw190ではダイレクトな操縦感覚を求めて伸び縮みしないロッドを使い、速度差による違和感については、リンク機構を工夫することで解消していた(高速時に舵面にかかる風圧が大きくなると、それに応じてリンク機構の支点位置も移動するので、操縦桿と舵面の動きが非直線となり、違和感が解消できる)。また、燃料タンクや機関砲など、使用することによって重量が変化するものは重心付近に集中して設置し、トリム調整も最小限に済むようにされていた。

Fw190は、やや前のめりの感じで飛行するため、飛行機の外形上の印象より空中での前方視界は良好であった。しかし、地上では誘導路を移動する際や滑走路で水平になるまでは、前方が見えず事故の原因にもなった。なお、日本への輸入機を操縦した大日本帝国陸軍パイロットは、「接地の寸前まで良好な着陸視界を得ることができる(「Fw190にのる」荒蒔義次・丸メカニック1981.1月号)」と評価している。

その他、誤操作をなくすため、スイッチの配置に人間工学的な配慮がされていたり、作動状態の確認はランプではなくメカ方式が使われるなど、パイロットが短期間で習熟できるように配慮がなされていた。
また、BMW801エンジンには、「コマンドゲレーテ"kommandogerät"」と呼ばれるアナログコンピュータ、いわゆる自動制御装置が組み込まれていた。なお、当時の他の航空機用エンジンは、速度や高度に応じてエンジンを細かく調整する必要があった。このアナログコンピュータでは、パイロットがスロットルレバーを操作するだけで、プロペラピッチ、2段スーパーチャージャーの切り替え、点火時期調整、混合気濃度などが自動調整されるようになっており、余分な負担が減った分だけ、パイロットは戦闘に集中することができた。

頑丈な機体
当時、着陸事故が多発していた主力戦闘機メッサーシュミットBf109に対して、Fw190では、引き込み脚の強度が要求値の2倍に設計され、パイロットが最も神経を使う着陸時に、多少ラフな操作をしても壊れない強度がもたせられていた。
また、主要部分に防弾鋼板が張られているほか、オイル系統も2重の冗長性を持たされ、被弾時の生残性を高められていた。コックピット正面キャノピーの防弾ガラスの厚さは50mmもあった。

前線での整備
Fw190は、各部がコンポーネント化されていたため、壊れた部品はユニットごと交換するだけで簡単に修理することができるようになっていた。また、機体各部の作動機構は、車輪の油圧ドラムブレーキ以外すべて電動式を採用した。その理由として、タンク技師は、米軍機程に油圧機構に信頼がもてなかったことと、前線での整備のメリットとをあげている。電動式にすることで、前線での点検整備・交換が簡単に行えるようになった。なお、電線を接続するコネクターはすべて形状が異なるようにされており、目的通りの接続でなければコネクターが接続できないというように、整備面に対する人間工学的な配慮もなされていた。

その他、コックピット後部に小さな穴が開けられているが、ここに鋼管を差し込めば簡単にジャッキアップできるといったように、最前線での過酷な状況下でも整備や修理が容易に行えるように配慮してあった。また、整備仕様としては欧米での主流であった定時部品交換方式(一定飛行時間毎に決められた部品を強制交換してゆく方式、日本陸軍でいう「時間整備」)を更に進め、部品交換時の調整工数を極限まで減らした設計とされていた。(飛行時間あたりの整備に掛かるマンアワーは同時代米軍機の約70%とも言われる)

大量生産への配慮
フォッケウルフ社は会社の規模が小さく、部品製作を下請けメーカーに依存していたため、大量生産しやすいように機体をいくつかのコンポーネントに分割する一方、その構成部品も円筒のような単純な2次元曲面を多用し、球形のような複雑な3次元曲面の部品は最小限にしていた。例えば、エンジン・カウリングは板を曲げただけの単純な形状であり、カウリング前面の3次元曲面を構成する部品は、オイルタンクとオイルクーラーが一体化した部品を兼ねている、というように、複雑な形状を持つ部品が機能を融合化することによって部品数が減らられていた。このような設計は、後に本機を捕獲した英軍や輸入した日本軍にも影響を与えた。

逆に短所としては以下の点が挙げられる。

航続距離
航続距離は、Bf109より多少は長いものの、相変わらず短いものでしかなかった。

安定性
卓越したロールレイトは、同時に横方向の安定性不良という弊害を生み出し、飛行中、何の前触れも無く横転に入る「補助翼の蹴り」という現象が多発した。ベテランパイロットの中には、このトリッキーな動きを、回避行動に応用した者もいた。

高高度性能
Fw190Aの性能は、高度6000mを超えるあたりから急激に低下する。改良型のFw190Dでも、A型ほどではないが同様の傾向が見られた。このため、1942年後半頃から続々登場する連合軍の新型戦闘機と高高度域で戦闘になった場合にはFw190は大いに苦戦した。これらの連合軍の新型戦闘機は、2段2速過給器やターボチャージャーを装備していた。

エピソード

エアシーフ(空の泥棒)作戦
1942年、Fw190の出現により劣勢に立ったイギリス空軍は、Fw190の秘密解明のため特殊部隊を使ってドイツ占領下のフランスからFw190を盗み出す、というエアシーフ(空の泥棒)作戦を立案した。この作戦は、決行直前の6月23日、1機のFw190が霧の中で方角を見失い、誤って英空軍基地に着陸したことで中止された。この時、捕獲されたFw190を調査した英空軍は、そのコンセプトを採用するため、開発中の新型戦闘機ホーカー シーフューリーに対していくつかの設計変更を行った。小規模飛行機メーカーのわずか12人のエンジニアが作り出した戦闘機は、敵国の戦闘機開発にまで影響を与えたのである。

黒江保彦少佐の「私の見たFW190(A-5)」
旋回(水平面)性能では日本のものに及ぶものではなく「急旋回しようと操縦桿で引き回すと、すぐにガタガタと高速失速を起こした。」しかし、一旦急降下に入るとか、直線でスロットル全開にすると「何のケレン味もなくすごい加速」でキ61やキ84を引き離した。と回想している。

スペック(A-3型)

性能諸元 機体記号: Fw190
全長: 9.00 m
全幅: 10.51 m
全高: 3.95 m
全備重量: 4,900 kg
速度: 610km/h
航続距離: 850km・(1450km落下タンク300ℓ装着時)
主武装: 13 mmMG 131機関銃2挺(A7以降)
    20 mm MG 151/20機関砲4挺
発動機出力(馬力): BMW801
    1800馬力
乗員: 1 名

さらに詳しく → フォッケウルフ Fw190



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(1999/09)
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