KV-1 (KV-1 Model 1940 tank、КВ-1)

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2011/11/17(木)
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KV-1КВ-1)は、ソ連軍の重戦車である。1939年に開発され、第二次世界大戦初期から中期にかけてT-34中戦車と共にソ連軍機甲部隊の中核をなした。本車を設計したコーチン技師の義理の父親で、当時のソ連国防相でもあるクリメント・ヴォロシーロフ(Климент Ворошилов)の名を冠して略称はКВ、英語ではKV、ドイツ語ではKWと表記される。

概要

76.2mm砲を装備し、当時としては破格の重装甲を誇った本車は、独ソ戦当初、ドイツ軍の戦車や対戦車砲から放たれる砲弾をことごとく跳ね返し、彼らをして「怪物」と言わしめた。その一方、トランスミッションや砲の照準装置などの機械的信頼性、品質の低さはきわめて深刻であった(操縦手はハンマーでシフトレバーをたたいてギアチェンジすることもあった)。このため長時間の作戦行動で操縦士が疲労するので、補助操縦手兼整備手が乗り込んでいたほどだった。また、本車の特色である重装甲は重量の著しい増加を招き、運用上大きな制約となっており、後に軽量型であるKV-1Sが作られることとなる。

独ソ開戦当初、無敵を誇り、SU-152、KV-2の様な派生型や改良型を産み出したKV-1も、ドイツ軍のIV号戦車の火力強化、88mm高射砲、ティーガー、パンターの登場により次第にその価値を減じてゆき、砲を85mmに強化したKV-85を最後にISシリーズにその座を譲った。

開発と技術的特徴

1937年、T-35多砲塔重戦車の後継車両の開発が、ともにレニングラードにあるキーロフスキー工場(第100工場)およびボルシェビク工場(第174工場)の2つの設計局に命じられた。その結果、SMK(キーロフスキー工場)、T-100(ボルシェビク工場)と呼ばれる多砲塔重戦車が競合試作されたが、当時すでに、車体が巨大・大重量になり過ぎ、装甲強化も制約を受けること、機動・戦闘操作も困難であることなど、多砲塔戦車の欠点は明らかになりつつあった。

図面やモックアップの段階では砲塔が3~5つあった両戦車は、多砲塔戦車に懐疑的であったスターリンの不興もあって、試作段階では2砲塔式に改められた。またキーロフスキー工場では、さらに独自の代替案として、単一砲塔式重戦車の並行開発に着手した。結局、SMK、T-100、そしてKVと名付けられた単一砲塔型の3種ともに試作・検討されることになった。

3種の試作車は1939年夏までに完成、クビンカの試験場で審査が行われたが、機動性でも、操作面でもKVが優れていると報告された。さらにその年の冬、フィンランドへの侵攻が始まると、この3種の戦車は実戦試験のために前線に投入されたが、そこで、ますます単一砲塔のKVの優位性が確認され、1939年12月、制式採用が決定した。KV-1は、その後1942年までに3000両以上が生産され、続いて軽量型のKV-1Sが翌1943年春まで生産された。

KVは、並行開発されたSMKとは各部のデザインや部品が共通しており、SMKの縮小・単砲塔化型と見ることができる。KVの砲塔(試作型)は SMKの主砲塔とよく似ていて、当初は76.2mm砲と45mm砲を並列装備していたが、これはすぐに76.2mm砲のみに改められた。足回りにはSMK 同様、スウェーデンのランズベルク軽戦車に倣ったトーションバー・サスペンションが採用されていたが、これはもともと冶金工場であったキーロフスキー工場だからこそ導入できた新技術であった。転輪、履帯も、当初はSMKと同じものが使われていたが、車体の小型化に伴い、SMKでは片側8個だった転輪は、KVでは6個に減らされていた。この初期型転輪は、他の普通の戦車と違い、リム部は鋼製で、緩衝用ゴムをリムとハブの間に挟み込んで内蔵するという独特の構成であった。

装甲は初期の型で砲塔前面90mm、側面で75mm、後期の型では砲塔全周120mmと分厚く、特に開戦時には、ドイツ軍の戦車砲・対戦車砲に対してはほぼ無敵を誇った。しかし、SMKに比べ小型・軽量化されたとはいえ40トンを越える車重はクラッチとトランスミッションに過大な負荷を強い、故障損失のほうが戦闘損失より多いこともしばしばだった。さらに、行軍時に橋や道路に損傷を与え、他の戦闘車両の通行を阻害することも問題視された。後期の生産型になるほど装甲は強化されたので、重量過大による信頼性の欠如は深刻化するばかりで、1942年には、ついに新型トランスミッションを搭載するとともに車体・砲塔ともに設計をリファインし、KVの基本設計の範囲内でできる限りの軽量化を図ったKV-1Sが開発され、生産に移された。

また、76.2mmの主砲は当初30.5口径のL-11、その後39口径のF-32、さらに41.6口径のZIS-5と生産が進むにつれて漸次強化されていったが、それでも中戦車であるT-34と同等で、重戦車としての存在意義を常に問われることになった。主砲は改良型のKV-1Sでも変わらず、そのため、ドイツ軍の新型重戦車ティーガーの登場を契機に、より強力な新型重戦車として、KVの発展型、ISが開発されることになる。

性能諸元

全長 6.89 m
車体長 6.75 m
全幅 3.32 m
全高 2.71 m
重量 45 t
懸架方式 トーションバー方式
速度 35 km/h(整地)
    17 km/h(不整地)
行動距離 335 km
主砲 41.5口径76.2mm
    ZIS-5戦車砲(弾数98発)
副武装 7.62mm車載機銃DTx3
    (弾数3024発)
装甲 90 mm
エンジン 12気筒液冷ディーゼルV-2K
    550 馬力/2150rpm
乗員 5 名

さらに詳しく → KV-1



KV‐1&KV‐2重戦車1939‐1945 (オスプレイ・ミリタリー・シリーズ―世界の戦車イラストレイテッド)KV‐1&KV‐2重戦車1939‐1945 (オスプレイ・ミリタリー・シリーズ―世界の戦車イラストレイテッド)
(2001/07)
スティーヴン ザロガ、ジム キニア 他

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タグ : KV-1 КВ-1 重戦車 ソビエト連邦

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