LT-38 (LTvz.38、Panzer 38t)

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2011/01/27(木)
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LT-38(チェコスロバキア軍名称・LTvz.38、ドイツ軍名称38(t)戦車)は第二次世界大戦前にチェコのČKD社(Českomoravská Kolben Daněk)が開発・製作していた軽戦車の名前。

概要

1934年末、チェコ軍はシュコダ、ČKD、タトラの三社に対し、いくつかのタイプの戦車開発を依頼した。このうちII-a部門(騎兵用戦車)向けとしてČKDはP-II-a試作戦車を完成させたが、シュコダ社のS-II-a試作戦車(後のLTvz.35)との競争に敗れてしまう。しかしLTvz.35が運用後に変速機のトラブルを発生したこともあり、新たに全く異なるサスペンションを持つ新型戦車TNH-Sが開発され、こちらは1938年にLTvz.38として採用された。しかし1939年のミュンヘン会談の結果、ナチス・ドイツによりチェコスロバキアが併合され、ČKD社も翌年にBMM社(ボヘミア・モラビア機械製造会社 B.M.M.)に組織改編されてしまった。

LTvz.38は併合後に本格生産が開始されたため、チェコ陸軍向けとして発注されていた車輌の全てにあたる150輛がドイツ国防軍向けとして完成させられた。ドイツ軍向けに納入されたLTvz.38はチェコ製で有ることを示す(t)(ドイツ語でチェコを指す、Tschechischの頭文字)という形式番号を付与され、38(t)戦車(Pz.Kpfw. 38(t))と呼ばれた。この38(t)戦車はチェコ陸軍の主力戦車であった35(t)戦車と共にドイツ軍に編入された。なお開戦前にイギリス軍も購入を検討し、本国で見本車輌の試験を行っているが、同時期にチェコがドイツに併合され断念している。

ドイツ軍は開戦時から多くの38(t)を実戦投入し、ポーランド戦では第3軽師団に100輌ほど配備されていた。ノルウェー・デンマークへの侵攻作戦にはほとんど軽戦車が用いられ、38(t)は15輌のみが参加している。フランスや低地諸国に対する西方戦役では、エルヴィン・ロンメル将軍が指揮した第7機甲師団、また第8機甲師団では主力戦車であり、計228輌以上が配備されていた。装甲・火力共に初期のIII号戦車に匹敵するものであったが、狭い砲塔に2人が詰め込まれていた。砲塔旋回装置は重い手動式であり、車長は砲手を兼ねるため指揮に専念できず、3人用砲塔のIII号戦車より操作性や戦闘力では劣っていた。

その後もバルカン半島の戦い、バルバロッサ作戦に投入された。後者の場合、第7、8、12、19、20の各師団に623輌が配備されており、作戦に投入されたドイツ軍戦車全体の18%程を占めていた(なお北アフリカ戦線には1輌も送られていない)。しかしT-34などの強力な新型には抗し得ず、主力の座を退き偵察・連絡任務や後方での警備任務、装甲列車の搭載車輌となり、シャーシは自走砲に転用され戦車としての役目を終えた。

大戦初期に大きな戦力となった38(t)であったが、本車に搭乗し、後にティーガー戦車のエースとなるオットー・カリウスの著書によると、防御力に関しては不満の声が挙がっており、良質なスウェーデン鋼を使用できた初期のドイツ製戦車に比べ、装甲材質が劣っていたといわれる。また装甲板がリベット留めである戦車の共通の欠点として、被弾時リベットが車内を跳ねとび、乗員を死傷させる危険性があった。それでもI号戦車・II号戦車といった訓練用戦車よりは有効な戦力であり、またE / F型、G型と改良を重ねるたびに溶接接合の部分が増え、リベットが減っているのが外見からも確認できる。

バリエーション

A型
チェコスロバキア軍向けに発注されたLTvz.38をドイツが完成させたもの。1939年5 - 11月に生産された150輌がこのA型にあたる。LTvz.38では砲塔の乗員は一人だったが、二人用に改装されている。

B型
外見はA型とほぼ同じ。ドイツ軍規格の発煙装置・照明器具・無線装置が生産当初から付けられていた。1940年1 - 5月に110輌が生産された。

C / D型
ポーランド侵攻で装甲の厚さが足りないと判断されたため、前面装甲が25 - 40mm(操縦席前のみ薄い)となり、他にも細部に変更がある。1940年5 - 8月にC型が110輌、9 - 11月にD型が105輌生産され、生産時期が違う程度であり外見上の区別はつかない。

E / F型
車体・砲塔前面の装甲が50mm、側面30mmに強化された。これに伴い、段付きだった戦闘室前面装甲もの直線的な一枚板へとデザインの変更が成されている。E型は1940年11月 - 1941年5月に275輌、F型は1941年5月 - 10月に250輌が生産された。前面装甲の強化によりノーズヘビーとなったため、前部サスペンションのリーフスプリングの枚数を15枚に増やして対応している。

S型
チェコスロバキアがスウェーデンへの輸出用として生産した型で、型式名の S はスウェーデンを示す。1940年に90輌が生産されたが、すべてドイツに接収された。もともとはA~D型に準じた仕様であったが、武装はスウェーデンで独自に取り付けられる予定だったので、新たに砲を発注、取り付けなければならなかった。砲の生産ラインはすでに E / F 型の50mm装甲用取付架に変更されており、このため前面装甲はE/F型同様の50mmに変更されるなど、新旧入り混じった仕様となった。これらの改装のため、軍への引き渡しは1941年5 - 10月であった。

G / H型
車体や砲塔の溶接接合部分を更に増やし、量産性の向上した型。500輌の生産が発注されたが、1941年10月 - 1942年6月にシャーシナンバー1526番をもって、戦車としては306輌で生産中止、1360番 - 1479番及び1527番以降の車台が対戦車自走砲Sd Kfz 139 マルダーIIIに転用された。これにより、余剰となった砲塔184基は要塞陣地用に転用されている。H型はG型に準じた生産型だが、エンジンが140馬力のEPA-2に変更されている。同じく500輌が発注されたが、最初から全てSd Kfz 139及びSd Kfz 138 マルダーIII H型やグリーレ H型自走砲に車台が転用され、戦車として完成したものは無い。

K / L / M型
当初から自走砲用専用車台として生産されたもので、エンジンを車体中央に移し、自走砲としてのバランス向上を図っている。K、L、M型は基本的に同型で、それぞれ重歩兵砲搭載用・対空機関砲搭載用・対戦車砲搭載用に、若干の仕様が異なるのみであった。

派生型

38(t)指揮戦車
Panzerbefehlswagen 38(t)
無線機が増設され、エンジンデッキ上に大型のフレームアンテナを装着した。無線機搭載に伴い車体機銃は廃止され、この部分は円盤状の装甲板で塞がれた。戦車型の各型をベースに製作されている。

38(t)弾薬運搬車
Munitionsschlepper auf Fahrgestell Panzerbefehlswagen 38(t)
1942年頃から、旧式化した38(t)戦車が砲塔を取り外され、弾薬運搬車として使用された。取り外された砲塔は、トーチカ等に流用された。

38(t)浮航戦車
38(t)戦車を取り囲む船型の大型のフロート(AP-1)を装着、戦車の動力で2基のスクリューを回し、8km/hで水上航行するもの。本来、イギリス上陸作戦を想定して作られたものと思われるが、完成してテストされた1942年にはすでにこのような車両の必要性は薄く、計画はキャンセルされた。

マーダーIII
Marder III(Sd.Kfz.139またはSd.Kfz.138)
砲塔と車体前部上面を撤去した38(t)戦車の車台に、75mm砲またはソ連から鹵獲した76.2mm砲を搭載した対戦車自走砲。当初、7.62 cm PaK 36(r)を搭載したタイプが作られ、その後ドイツ製7.5 cm PaK 40の生産が軌道に乗ると、戦車車台利用のH型、次いで自走砲専用シャーシのM型が生産された。

グリーレ
Grille(Sd.Kfz.138/1)
15cm sIG33搭載の自走重歩兵砲。急遽戦力化するために、砲塔と車体前部上面を撤去した38(t)戦車の車台に、15cm sIG33 重歩兵砲を搭載したH型がまず作られ、後に当初の計画通りに自走砲専用のシャーシを使ったK型が生産された。

38(t)対空戦車L型
Flakpanzer 38(t) auf Selbstfahrlafette 38(t) Ausf L (Sd.Kfz.140)
38(t)のコンポーネントを流用した自走砲専用のL型シャーシの後部に、オープントップの戦闘室を設け2cm FlaK38高射機関砲を搭載した。1943年11月から1944年2月まで140輛が生産された。

新型38(t)戦車
Panzerkampfwagen 38(t) neuer Art
新世代の高速型軽戦車を目指してII号戦車L 型ルクスとその座を争った発展型。TNHnAの試作名が与えられ、砲塔や車体は1・3号車ではリベット接合だったが、2・4・5号車は溶接組み立てに改められた。足回りは従来型の38(t)とそっくりであるが、寸法や形状など微妙に違う別物である。不採用後、試作車は様々な試験に用いられ、その部品の一部はヘッツァーに流用された。武装は3.7cm A19、7.92mm MG37(t)×1、主砲防盾装甲50mm、砲塔・車体前面装甲30mm、側面20mm、後面25mmで重量11.5t、エンジンはプラガV-8 250hp、路上最大速度64km/h。1942年の初めに15輌の生産が命じられ少なくとも5輌は完成し、生き残った5号車は戦後の1950年になっても試験に用いられている。

38(t)偵察戦車
Aufklarer auf Fahrgestell Panzerkampfwargen 38(t) mit 2cm KwK38 oder
性能のわりに凝りすぎたきらいがあり、また登場が遅すぎて結局100輌の生産に終わったルクスの代わりに使う偵察用として発注された物。修理に戻された38(t)E~G型の車体に、Sd.kfz.234/1やSd.kfz.250/9の後期型でも使用している2cm KwK38機関砲とMG42装備のオープントップ砲塔を搭載。エンジンもヘッツァー用のプラガAE 160hp、変速機も換装され最大速度が58kn/hに向上した。1944年2~3月に計70輌が改造されている。

性能諸元

全長 4.61 m
車体長 4.56 m
全幅 2.15 m
全高 2.26 m
重量 9.5 t
懸架方式 リーフスプリング方式
速度 42 km/h(整地)
    19 km/h(不整地)
行動距離 210 km
主砲 3.7cm KwK 38(t)
    (Škoda A7 37.2mm L/47.8)
副武装 7.92mm MG37(t)重機関銃 ×2
装甲 砲塔・車体前面 50 mm
砲塔・車体側面 30 mm
エンジン プラガ EPA
     4ストローク6気筒水冷ガソリン
     125 馬力
乗員 4 名

さらに詳しく → LT-38



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