アドミラル・クズネツォフ (Admiral Kuznetsov、Адмирал Кузнецов)

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2010/12/18(土)
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アドミラル・クズネツォフロシア語: Адмирал Кузнецовアドミラール・クズニェツォーフ)は、ソ連・ロシア海軍のプロイェークト1143.5(プロジェクト1143.5、Проект 1143.5)重航空巡洋艦である。

正式な艦名はアドミラール・フロータ・ソヴェーツコヴォ・ソユーザ・クズネツォーフ(Адмирал флота советского союза Кузнецов(アドミラール・フロータ・サヴィェーツカヴァ・サユーザ・クズニツォーフ)で、「ソ連海軍元帥クズネツォーフ」を意味し、1939年から1955年まで海軍総司令官を務めた(戦後の一時期、左遷されている)ニコラーイ・ゲラーシモヴィチ・クズネツォーフソ連邦海軍元帥に由来する。

現在ロシア海軍が保有している唯一の航空母艦の位置付けにある艦であり、2010年現在アメリカ以外の海軍では最大の航空母艦である。 しかし今後、中ロともより大型の空母建造計画を発表しており、英・印も中型空母の新造を進めていることから将来的に現在の地位を守れるか疑わしい。

なお1936年に締結されたボスポラス海峡・ダーダネルス海峡の航空母艦通過禁止に関するモントルー条約に対しての政治的処置として、ロシア海軍におけこの艦の艦種分類は「航空母艦(Авианосец:Avianosyets)」ではなく「重航空巡洋艦(Тяжелый Авианесущий Крейсер;Tiazholyi Avianesushchii Kreiser (TAKR))」となっている。

特徴

カタパルト

本艦はアメリカ海軍の空母と異なり、CTOLの艦上機をスキージャンプで発艦させ、着艦時にはワイヤーを使用するSTOBAR方式で運用している。ソ連海軍は1970年代、二度にわたって蒸気カタパルト装備の原子力空母の設計案を作成したが、技術的に可能であってもコスト、そのための専用機関の開発、スペースを取るなど問題があり、スキージャンプ機構でSu-33の発艦が可能であることが証明され、搭載ミサイルの発達により艦載機のマルチロール性を追求した方が得策と判断されたことから、蒸気カタパルトを装備されることはなかった。

ソ連のカタパルト開発

ソ連は当初、キエフ級に続く航空機搭載艦として蒸気カタパルト装備の原子力空母の建造を計画していた。これを受け、ネフスキー計画設計局は、 1977年より蒸気カタパルトの本格的な開発を始めた。1980年代前半、「本格的空母」の就役をにらんで、黒海沿岸サキ飛行実験センターに航空母艦への発着艦をシミュレートする「ニートカ」システムが建設され、着艦拘束装置と試作カタパルトが設置された。このカタパルトに蒸気を供給する為、キエフ級と同じ蒸気ボイラーも備えられ、1時間に115tの蒸気を作り出す事が出来た。蒸気性状は64気圧・470℃であり、カタパルトの全長は90m、直径 500mm。当時のアメリカ国防総省発行の「ソ連の軍事力」1985年版にも、「ソ連が黒海沿岸飛行場に試作用カタパルト設置」と記述されていた。サキ飛行実験センターには、8度及び14度の勾配を有するスキージャンプ台も設置された。

クズネツォフ級の2隻はカタパルトを装備する事は無かったが、1980年代になると、ソ連軍上層部や政府は空母にカタパルトが必要であると考え、続いて計画されたプロイェークト1143.7(ウリヤノフスク級)は最初からカタパルトを装備する設計になった。しかし進水前にソ連邦が崩壊したこと、またスタンドオフ兵器の発達により搭載機に過大なペイロードは必要ないと判断されたことにより、再びカタパルト建造は中止された。

機関

機関は当初原子力機関ではないかと見られていたが、就役後、蒸気タービン機関である事が判明した。機関は8基のKVG-2型ボイラー(重油専焼)と4基のTV-12-4型蒸気タービンエンジンで構成されており、基本的にはキエフ級と同一だが、キエフ級の合計出力180,000馬力であるのに対し、計200,000馬力に強化されている。キエフ級の主機は、それより前に建造されたモスクワ級ヘリコプター巡洋艦の物を2組搭載しており、そのルーツを辿ると、1960年代初頭に建造されたキンダ型ミサイル巡洋艦に行き着く。キンダ型の蒸気タービン機関はクレスタ型ミサイル巡洋艦でも使用され、それを更に改良したのがソヴレメンヌイ級駆逐艦に採用された。

ソ連海軍の蒸気タービン機関は基本的にはレニングラード市で製造されていたが、蒸気タービン搭載艦はニコラーエフ市とレニングラード市で並行建造されていた。

* 【黒海(チェルノモルスキイ)造船所(ニコラーエフ市)建造蒸気タービン艦】

* モスクワ級(2隻竣工)→キエフ級(4隻竣工)→クズネツォフ級(1隻竣工)

* 【ジュダーノフ造船所(レニングラード市)建造蒸気タービン艦】

* キンダ型(4隻竣工)→クレスタI/II型(14隻竣工)→ソヴレメンヌイ級(17隻竣工)

(註:未完成艦、外国に売却された艦は除く)

「ニートカ」システムのカタパルトは放棄されたが、ロシア国内には空母発着艦をシミュレートできる陸上施設が無いため、ロシア海軍のクズネツォフ航空隊が着艦拘束装置を訓練に利用している。

マルス・パッサート

本艦は4面固定式アンテナのフェーズドアレイレーダー「マルス・パッサート」を搭載している。元々は、1977年に計画されたプロイェークト1153原子力重航空巡洋艦への搭載を予定していたが、同計画は中止された。レーダーの開発は続けられ、本艦より前に竣工したキエフ級バクーで初めて試験的に装備された。ソ連防空軍は1980年代初頭、既に戦闘機に搭載できる小型フェーズドアレイレーダー「ザスローン」を実用化し、MiG-31迎撃戦闘機に搭載していたが、「マルス・パッサート」はソ連海軍初の本格的艦載フェーズドアレイレーダーとなった。

VLS

飛行甲板前部には「グラニート」長距離対艦巡航ミサイルのVLS(発射筒)が埋め込まれている。 甲板にVLSを配置することで生じる被弾時や甲板事故発生時の誘爆の危険性については、全地球規模海洋監視衛星システム「レゲンダ」による索敵と誘導で 700kmに達するグラニートの射程を活かした遠距離攻撃で、交戦の危険そのものを低下させることで対応しているとされる。また、発射時に行われる注水の機能を事故の際にも利用して、被害を極限するとされる。

このVLSは、垂直ではなく、角度を付けて斜めに設置されており、ランチャーは上の飛行甲板を支える形になっている。飛行甲板直下には、アメリカの空母と同様にギャラリーデッキが存在するが、VLS区画の真上のみギャラリーデッキが無い。 VLS区画は機械室、戦闘指揮所、航空指揮所などで四方を囲まれており、航空機格納庫とは隣接していない。 最近は艦載機のマルチロール化によりその役割が低減しており、そのためかロシア次期計画空母からはこの種の飛行甲板配置型VLSは姿を消している。

艦種分類

航空母艦や「ソ連海軍初の本格的な空母」と呼ばれる事もあるが、ロシア海軍は「重航空巡洋艦」と分類し、航空母艦との違いは搭載している艦載機の数や機種ではなく、対艦ミサイルの装備の有無によるとしている。本艦より前に4隻建造されたプロイェークト1143(キエフ級)も同様である。東西冷戦時代の西側では「戦術航空巡洋艦」とも呼ばれていた。

この原因は1936年に締結されたボスポラス・ダーダネルス両海峡の通行に関するモントルー条約が、航空母艦通過禁止を定めていることに関係すると考えられており、本級の設計が固まる以前の1976年頃、時のソ連邦国防相ウスチノフ元帥は「空母型」の軍艦を建造するのは、海峡通過の必要な黒海沿岸のニコラーエフよりも、レニングラードの方が良いのではないかと発言していた記録が残っている。但し、当時のレニングラードの造船所で、空母クラスの大型水上艦を建造可能な所は2ヶ所あったが、この内、レニングラード・アドミラルティ造船所は、原子力潜水艦や各種特務艦艇などの建造、オルジョ二キーゼ名称記念工場は、原子力砕氷船やタンカーなどの建造で手一杯であり、この上、未経験の空母の建造まで手がける余裕は無かった。

この時、「重航空巡洋艦」第一号の「キエフ」が竣工し、ボスポラス・ダーダネルス両海峡を通過して地中海に進出しているが、アメリカなどはこれを「モントルー条約違反」と非難している。1991年末にクズネツォフが海峡を通過した際に非難したのは独立宣言したウクライナだけで、これはモントルー条約とは別の根拠に基づくものだった。

ソ連は、1970年代に、キエフ級に続く艦として蒸気カタパルトを搭載した本格的な原子力空母を計画した事も有ったが、国防相や共産党中央委員会の了承を得られず、技術的・財政的問題もあり、キエフ級を拡大して全通飛行甲板を備えた本型の建造に着手したという経緯もある。

艦種分類

航空母艦や「ソ連海軍初の本格的な空母」と呼ばれる事もあるが、ロシア海軍は「重航空巡洋艦」と分類し、航空母艦との違いは搭載している艦載機の数や機種ではなく、対艦ミサイルの装備の有無によるとしている。本艦より前に4隻建造されたプロイェークト1143(キエフ級)も同様である。東西冷戦時代の西側では「戦術航空巡洋艦」とも呼ばれていた。

この原因は1936年に締結されたボスポラス・ダーダネルス両海峡の通行に関するモントルー条約が、航空母艦通過禁止を定めていることに関係すると考えられており、本級の設計が固まる以前の1976年頃、時のソ連邦国防相ウスチノフ元帥は「空母型」の軍艦を建造するのは、海峡通過の必要な黒海沿岸のニコラーエフよりも、レニングラードの方が良いのではないかと発言していた記録が残っている。但し、当時のレニングラードの造船所で、空母クラスの大型水上艦を建造可能な所は2ヶ所あったが、この内、レニングラード・アドミラルティ造船所は、原子力潜水艦や各種特務艦艇などの建造、オルジョ二キーゼ名称記念工場は、原子力砕氷船やタンカーなどの建造で手一杯であり、この上、未経験の空母の建造まで手がける余裕は無かった。

この時、「重航空巡洋艦」第一号の「キエフ」が竣工し、ボスポラス・ダーダネルス両海峡を通過して地中海に進出しているが、アメリカなどはこれを「モントルー条約違反」と非難している。1991年末にクズネツォフが海峡を通過した際に非難したのは独立宣言したウクライナだけで、これはモントルー条約とは別の根拠に基づくものだった。

ソ連は、1970年代に、キエフ級に続く艦として蒸気カタパルトを搭載した本格的な原子力空母を計画した事も有ったが、国防相や共産党中央委員会の了承を得られず、技術的・財政的問題もあり、キエフ級を拡大して全通飛行甲板を備えた本型の建造に着手したという経緯もある。

略歴

就役時は黒海艦隊第30艦艇師団に編入されたが、1991年8月、北方海域への回航を前に、北方艦隊所属となった。このあと黒海を抜けてムルマンスク方面に向かう予定であり、「8月にボスポラス、ダータネルス海峡通過」の旨はトルコを始め関係各国に事前通告済みだったが、人員不足などの理由により出港が遅れ、ソ連邦崩壊直前になって両海峡を通過、正規の乗員が揃わないまま黒海を後にして北方に向かった。

ソ連邦崩壊時、独立宣言したウクライナ政府は本艦及び僚艦ヴァリャーグに対して帰属を主張し、「ウクライナの財産であるから直ちに戻れ」との命令を発した。同艦が直属の北方艦隊司令部にこの事を報告した後、同艦隊副司令官が北方艦隊主要基地のセヴェロモルスクから同艦に駆け付け、「直ちにセヴェロモルスクへ向かえ」と命令して黒海から移動した。

この時ウクライナとロシアが所有権を争ったのは、「ソ連黒海艦隊に所属する艦」だったが、クズネツォフはこの時点で北方艦隊に編入されており、ウクライナが接収しようとする法的根拠は無かったとされる。「ヴァリャーグ」は建造中で動力機関がまだ設置されていなかったこともあり、。ウクライナにそのまま接収され、後に中国に売却された。

ボスポラス、ダータネルス海峡を通過したクズネツォフは、エーゲ海で地元漁船の網がスクリューに絡まったり、乗員2名が脱走を企てて拘束されるというハプニングを経験した後にバレンツ海に到着したが、その大きさからセヴェロモルスク港には接岸できなかったため、近くのウラ・グバに入港した。その数日後、ソ連邦は消滅した。

名実ともに北方艦隊所属となり、第7大西洋作戦戦隊の第43艦艇師団に編入されたクズネツォフだったが、就役から十年ほどはソ連邦崩壊による極度の財政難や人員不足などにより、定期修理や整備が満足に行われず、活発な行動は行えなかった。1994年、当初予定の定数を遥かに下回る機数しか揃わない状態で、不完全ながら搭載航空隊が編成された。

西側観測筋も、クズネツォフは母港からほとんど出ることは出来ない状態と見なしていたが、1996年のロシア海軍創設300周年を記念して、ロシア艦隊の「地中海行進」が計画され、クズネツォフ、ソヴレメンヌイ級ミサイル駆逐艦のベスストラーシュヌイ、警備艦プイルキー、給油艦と救助曳航船で構成される艦艇グループが1995年12月8日にムルマンスク地域を出発し、地中海へ向かった。この他、949A型(オスカーII級)原潜K-119ボロネシと971型(アクラ級)原潜K-461ヴォルクも随伴した。地中海行進の指揮官は、ロシア海軍総司令官第一代理(副総司令官)イーゴリィ・カサトノフ大将が務めた。「クズネツォフ機動部隊」は、12月23日に地中海入りし、1月7日から17日にチュニジア、1月29日から2月2日にシリアのタルトゥス港、2月17日から2月19日にはマルタ島に寄港した。この間、クズネツォフは、アメリカ海軍第6艦隊司令官の訪問を受けた。その後、地中海を出て大西洋を北上、バレンツ海にて北方艦隊の対空母機動部隊迎撃演習の「敵役」をつとめた後、3月22日にウラ・グバへ帰港したが、蒸気タービン機関の蒸気パイプ破損を起こしている。

その後、クズネツォフはオーバーホールに着手したものの、資金割り当てがほとんど無かった為に整備は進まなかった。1999年、オーバーホールが 20パーセントしか進んでいない状況で、北方艦隊司令部はクズネツォフを現役に復帰させたが、1998年と2000年には母港の近くに短期間出航しただけで、それ以外は係留され、ひどい状態になっていた。この当時のクズネツォフをテレビ朝日の「ニュースステーション」が取材し、陸上施設にはろくな入浴設備が無いので艦内のシャワー室を使っている模様などが報じられた。

特に機関の状態は酷く、整備不良で蒸気タービン機関の蒸気パイプはほとんどが破裂していた。この事が曲解して日本に伝えられ、一部の報道機関に「同艦の機関は運用実績が悪く、何らかの欠陥が有るものと見られる」と指摘されたこともある。「世界の艦船」2004年12月号でも「現在もまた機関の大規模修理の必要に迫られている」との記事が掲載され、「早期退役」の可能性についても触れていたが、この号が発売され店頭に並んでいた頃、クズネツォフは長期修理を終えて現役復帰し、演習のため大西洋に出ていた。

2000年当時、西側では、ロシア海軍はユーゴスラビア空爆後、地中海でのプレゼンスを示すため、クズネツォフやキーロフ級原子力ミサイル巡洋艦ピョートル・ヴェリキーを中核とする機動部隊を地中海に派遣する意向であると伝えられた。実際、ロシア海軍当局もそのつもりだったが、クズネツォフはそのような長期の航海が可能な状態では無かった。地中海遠征は2001年、2002年と延期され、中止された。この間、母艦が使えないクズネツォフ航空隊は一年に一度ウクライナのサキ飛行場まで遠征し、発着訓練を行っていた。

プーチン政権成立後、ロシア経済の回復により財政状況が好転したことで予算が本格的に割り当てられ、大規模な整備と修理が再開された。セヴェロモルスク近郊のロスリャコヴォ海軍工廠の超大型浮きドックPD-50(スウェーデンから1979年に購入した8万トン級浮きドック)に入渠して機関部などの修理を行い、破損した8本の蒸気パイプは、ムルマンスクの工場で新たに作り直され、2004年8月に修理を完全に終えて現役復帰した。

その後、クズネツォフは2004年9月から10月に掛けて北大西洋で演習を行い、健在をアピールした。この時、クズネツォフには、原子力ミサイル巡洋艦ピョートル・ヴェリキー、スラヴァ級ミサイル巡洋艦マルシャル・ウスチノフ、ミサイル駆逐艦アドミラル・ウシャコフ(前記の駆逐艦ベスストラーシュヌイが改名)、補給艦2隻が随伴し、就役から十数年を経て、初めて本格的な「空母機動部隊」としての運用が行われた。11月には、1999年に初飛行して以来音沙汰の無かった試作艦上戦闘機Su-27KUB (Su-33UB) のシートライアルも開始された。2005年3月にもバレンツ海で演習を行っている。2005年9月には再び北大西洋で演習を行った。9月5日に搭載機のSu-33艦上戦闘機1機が墜落事故を起こしたが、パイロットは脱出に成功している。

クズネツォフは着艦拘束装置のトラブルも有り、2006年初めから修理及び整備のため再びドック入りした。修理を完了して北方艦隊に復帰したのは2007年7月であり、8月21日、約2年ぶりに搭載機の発着訓練を実施した。

2007年12月5日、クズネツォフは大型対潜艦2隻、支援艦2隻を伴い、北東大西洋および地中海への遠征に出発した。艦艇打撃グループ(クズネツォフ機動部隊)は、大西洋、地中海で演習を実施し、ロシア空軍や外国海軍との合同演習も行い、2008年2月3日に帰港した。

2008年10月、ロシア軍の戦略指揮幕僚演習「スタビーリノスチ(安定性)-2008」の一環として行なわれた北方艦隊の演習「ドヴィナ」に参加。10月11日、ロシア大統領ドミートリー・メドヴェージェフの視察を受けた。この時、クズネツォフ乗員との会合の席において大統領は、将来の「航空巡洋艦」についての個人的見通しを述べ、「航空巡洋艦は平均して5年で建造する事が出来る。我々は、早ければ、2015年には"最初の成果"を得られるだろう」「新たな航空巡洋艦の動力は、原子力であるべきだ」と語った。

2008年12月5日、本艦と大型対潜艦1隻、支援艦2隻で構成される艦艇航空グループは、再び北東大西洋・地中海遠征に出発。トルコ、シリアを訪問し、2009年3月2日に帰港した。

2008年9月6日、ロシア海軍航空隊司令官代理ニコライ・ククレフ少将は記者団に、クズネツォフは「確実に2020年まで、或いは、2025年まで存在する」と語った。

性能諸元

排水量 軽荷:43,000t
    基準:55,000t
    満載:67,000t
全長 飛行甲板:304.5m
    水線長:281m
全幅 飛行甲板:72m
    水線幅:38m
吃水 11m
機関 ボイラー8基 / 蒸気タービン4基・4軸
最大速度 29kt
乗員 固有要員:1,980名(うち士官520名)
    航空要員:626名
    司令部要員:40名
兵装 P-700「グラニート」対艦巡航ミサイル (SS-N-19):VLS12セル
    艦対空ミサイル (SA-N-9) 搭載3K95個艦防御システム「キンジャール」:8連装回転式発射機24基(ミサイル192発)
    「コールチク」近接防御システム (CADS-N-1):8基
    AK-630 30mmガトリング砲:6基
    ウダフ1 (RBU-12000) 魚雷防御用ロケット爆雷:10連装発射機2基
航空兵力 Su-33艦上戦闘機:12 - 15機
    Su-25UTG艦上攻撃機:3 - 5機
    Ka-27PL対潜ヘリ・
    Ka-27PS捜索・救難ヘリ・
    Ka-31早期警戒ヘリ:合計24機以上
電子兵装 マルス・パッサート フェーズドアレイレーダー
    フレガート-MR 予備レーダー
    オリオン ソナー
    プラーチナ 曳航式ソナー

さらに詳しく → アドミラル・クズネツォフ (空母)



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(2008/09/17)
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