【討論】緊迫する東アジア軍事情勢!どうする日本

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2010/12/05(日)
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安全保障(あんぜんほしょう、英: national security)は、ある集団が生存や独立などの価値ある何かを、その価値の保全を脅かす何らかの脅威から、何かの手段を以って守ることである。また、その国家の体制を指す場合もある。

概説

安全保障とは、ある集団・主体にとっての生存や独立、財産などかけがえのない何らかの価値を、それらを脅かす脅威から何らかの手段によって防衛することを主に指すが、その概念は非常に多様である。(上記の概念を参照)根本的には核兵器や軍隊などの軍事的な脅威に対するものであったが、冷戦後は大量破壊兵器拡散、国連平和維持活動、また発展的には経済、エネルギー資源なども含めるものへと研究領域が拡大し、一部で環境問題や人権を包括する主張もある。現代における主要な安全保障は軍事力理論の要素に基づきながらも、外交や経済、環境などを広範なものを含めるものである。

その研究対象の例を挙げると、軍事戦略、安全保障体制、文化政策(ソフトパワー)、広報政策(プロパガンダ)、地域政策、経済政策・金融政策、人的国際交流、地政学(ジオポリティクス)、国際関係論、エネルギー安全保障、宇宙政策、RMA(軍事における革命)、軍縮、小火器に関する安全保障(DDRなど)、大量破壊兵器、地雷、環境、人口問題、水資源、貧困問題、食糧問題などがある。特に貧困や民族・部族対立などの国内問題が安全保障問題に至るような事態になることを安全保障化という。

概念

現代において確固とした安全保障の定義は存在せず、そのことは多くの専門家によって指摘されてきた。

安全保障は古代ローマにおいて精神的な心の平穏を意味するSecuritasを語源とし、英語ではSecurityやフランス語では Sécurité、ドイツ語ではSicherheit、イタリア語ではSicurezza、スペイン語ではSeguridadと表記され、こうした欧州の概念を日本などが輸入した結果、漢字表記としての安全保障という概念が成立することとなった。古代ローマにおけるsecuritasという概念はストア哲学の基本概念のひとつであり、政治的社会的な意味を帯びた結果、ローマ帝国時代における「ローマによる平和」即ちパクス・ロマーナ(Pax Romana)という概念に結び付けられるようになった。

伝統的な安全保障概念とは、軍事的な意味での国家の平和と独立或いは国家間の関係の中でとらえられてきたが、今日では人間の安全保障をはじめとして非国家的・非軍事的な概念が派生しており、その概念は時代によって変化し、また文脈や使用者、学派、価値観によってもその意味が異なることがある。このため、正確に安全保障という概念をとらえる上で、使用には注意を要する。

以下では、ここでは伝統的安全保障をはじめ、新たな安全保障概念を含めて今日、国際政治上、論議される代表的な安全保障の概念について解説する。

伝統的安全保障

伝統的安全保障とは国家の領土や政治的独立、外部からの脅威を軍事的手段によって守ることを主眼においた、最も基本的な安全保障の概念である。国防がこれに該当する。今日においても軍事力を用いて国家の生存と独立、国民の財産、安全を守ることは極めて重要な国家の役割であり、他の手段は存在し得ない。通常兵力による抑止と核兵器による核抑止に大別される。現在も世界は各々の国家・勢力による力の均衡によって戦争が抑止されている。今日では総力戦と核兵器の登場により戦争が割に合わない物になったため十分な抑止力を整備すれば、先進国同士の戦争は起きにくくなっている。

人間の安全保障

人間の安全保障とは国際社会の秩序を人間・社会の延長として認識し、国家よりもむしろその最小構成単位である人間に注目し、武力行使を防ぐためのシステムを確立し、その基本的な人権、平等、民主主義の発展をグローバルな市民社会の協力によって目指し、平和を創出するグローバリズム学派の安全保障の概念である。またエイズや環境問題などを研究対象に含める場合もあるため、非常にさまざまな要素を包括する概念である。

総合安全保障

総合安全保障とは脅威に対する手段を軍事的なものに限らず、非軍事的なものも最大限に取り入れ、同時に対象となる脅威も国外だけでなく、国内や自然の脅威をも対象とする安全保障の概念である。1980年に大平総理の総合安全保障問題研究の政策研究会報告書において理論化された。

集団安全保障

集団安全保障とは国家連合において、軍事力の行使を原則禁止し、またその原則に違反して武力行使に至った国家に対しては構成国が連合して軍事的な手段も含む集団的制裁をかける安全保障の概念である。国際連盟において初めて採用され、現在では国際連合がこの集団安全保障を機能させる国際機関であるが、いまだ実現しておらず、国連憲章に定められた体制は整っていない。

共通の安全保障

戦争回避が共通の利益であるとの認識に基づいて、敵とも協力して戦争回避を目指す安全保障の概念である。冷戦期ヨーロッパにおいて生まれた概念であり、従来の競争的対立的な安全保障を否定し、敵勢力との相互依存的な協力を重視する。この具体例として1975年の欧州安全保障協力会議(現在の欧州安全保障協力機構)が挙げられる。

協調安全保障

敵味方が流動的な不安定地域の国家が体制に加わり、各国の協調主義的な外交や貿易によって危険や脅威を制御し、戦争を予防し、戦争が勃発した場合もその拡大を抑制することを目的とする安全保障の概念である。非軍事的な側面が重視されているものの、体制に潜在的適性国を含めてその地域のすべての主要国が参加する必要があること、さらに潜在的適性国を含めて域内の全主要国が共同行動に参加する意思を持つこと、また顕在的敵性国が体制内に存在しないことなどが体制が機能する前提条件となる。

以上から分かるように、安全保障の概念は時代、世界観、思想、政策などによって変化しているため、注意が必要な包括的な概念であることが分かる。

安全保障の歴史

古来から人類にとって生存は最重要課題であり、そのために歴史上の為政者たちは自国の安全を確保するために多大な労力を費やしてきた。

19世紀までの国際社会においては、対立する国家(同盟)間の力の均衡によって秩序が安定するという国際社会において、軍事力の造成と同盟の強化によってのみ自国の安全を保障するという個別的安全保障の考え方が支配的であった。故に当時の安全保障の研究領域は、国家の軍事政策や外交政策などにとどまっていた。

しかし、この個別的安全保障のもとでは、対立する国家間の軍拡競争が発生し、対立する国家間の緊張・不信感をいたずらに高めて戦争のリスクを高めることとなる。また小規模な紛争が世界戦争へと拡大する可能性も高めることとなる。第一次世界大戦は、個別的安全保障の危うさを示した最初の世界戦争である。

そこで、この第一次世界大戦後には、集団安全保障の考え方に基づく国際連盟が設立された。集団安全保障とは、全世界すべての国が体制に参加し、武力行使を原則禁止するとともに、これに違反した国に対しては構成国が協力して軍事力を含めて制裁する安全保障体制である。ただし集団安全保障の制度は、すべての国が参加することや、顕在的な敵国が体制内に存在しないことが条件となると考えられている。これによって国際緊張は緩和され、軍縮の可能性もありうる。

しかし国際連盟は権限や体制において欠陥があり、第二次世界大戦の開始を防ぎ得なかった。この歴史を踏まえ、設立された国際連合は集団安全保障のための体制をいっそう整備強化した。しかし国連は米ソの対立によって当初考えられていたように円滑に機能することができなかった。冷戦に突入してからも国連も機能不全が起こり、また米国においてはソ連との対立があったため、ソ連に対する軍事政策の研究を中心に行ったために、軍事理論が中心であった。

安全保障研究の第一次沈黙期

1960年代後半から1970年代後半にかけて安全保障研究は沈黙した。この沈黙期は、米ソ緊張緩和外交の影響や特に危機的な紛争が起きなかった事の理由が強い。なお、1970年代以降の安全保障研究活発化は、米ソ緊張緩和外交の有効性が示されなくなった事の影響が強い。

安全保障研究の第二次沈黙期

1991年12月、ソ連が崩壊したが、これを予見できた研究者が居なかった。また崩壊が起きた後もそれを説明できる研究者が居なかった。以後、国際政治学者、その中でも安全保障を研究する人々は沈黙した。ソ連崩壊によって「安全保障研究は死んだ」と言う意見すら出回った。冷戦後は国際的な相互依存関係の強まりや、国際経済の発展を背景に、安全保障は広く政治的、経済的利益を、軍事的手段のみならず外交、経済力、文化などをも用いて守ることを指すようになった。

PFP協定と再保証型安全保障制度

ソ連の脅威が無くなり、西ヨーロッパが所有する戦術核7400発の多くは不要とされ、大部分は廃棄となった。これにより NATOの性質の変化が求められたが、NATO解体はむしろ地域情勢を悪化させるとして存続されることになる。1994年1月、NATO拡大とそれに強硬に反対するロシアへの妥協案として PFP協定が提唱された。1997年9月、日米防衛協定の指針の改訂作業が行われ、日本の本土防衛だけでなく「周辺事態」にも対応する事が決定される。この安全保障体制を 再保証型(リアシュアランス型)安全保障制度と言う。

国際連合と安全保障

国際連合は第二次世界大戦終結後の国際社会の秩序を安定させることを目的として、創設された集団安全保障体制である。集団安全保障体制は、構成国は武力行使を原則行わず、外交交渉によって問題を解決し、万一構成国が違反して武力行使を行えばその他の体制の構成国が協力して軍事力も含めた制裁措置を行うことによって、国際秩序を安定させる体制である。

国連軍

国連軍とは国連憲章に基づいて安全保障理事会の要請を以って武力制裁を実施する軍隊である。ただし、冷戦の米ソ対立によって国連の機能不全が起こったため、現在に至るまで存在しない組織である。(国連軍を参照)

国連平和維持活動

国連平和維持活動と (PKO,peace-keeping operation) は国連の集団安全保障体制が米ソ対立という時代背景により冷戦期には機能不全になっていたために代替案として発達した紛争管理の活動である。代替案として発展したものであるため、国連憲章や国連によって公的に定義されたことはない。(詳細は平和維持活動を参照)

基本的に平和維持活動は紛争当事者が停戦に合意し、かつ活動への合意を得ることが前提で、中立的な立場によって実行される。具体的には小規模の平和維持軍 (PKF) や軍事監視団などを派遣し、選挙支援や治安維持、兵力引き離しなどの機能を果たす。武力制裁などの任務を担うことはなく、あくまで非強制的な範囲で平和状態を支援する。

ガリ構想

1992年6月17日、国連事務総長のガリ(ブトロス・ブトロス=ガーリ)は、ガリ構想の中で五種類の平和機能を提示した。

1. 予防外交(注:予防外交の定義は50以上存在し、明確な定義は無い)
2. 平和的手段による平和の創造(紛争を平和的な手段を用いて平和的に解決する)
3. 強制的な措置を施し、平和を創造する(平和強制)
4. 平和維持(停戦など)
5. 紛争後の平和の建設、構築

以上の五種類の平和機能の内、国連が(正当性、不当性を判断して)関与するのは「強制的な措置を施し、平和を創造する(平和強制)」のみである。これは国連憲章第六章及び国連憲章第七章の理念を合わせて提言した物であるが、数多くの国々や有識者から批判を浴びた。 批判の多くは、平和強制によって国連が介入先の国家主権を無視する事に関して、より「積極的」になる事に比重が置かれた為である。

よってガリ構想が示した平和強制部隊 (Peace enforcement units) は多くの人によって問題点を指摘され有効性が疑問視され、94年にはソマリアにおける紛争などの解決に失敗したため、今後は行わないことをガリ自身が宣言した。

安全保障の抱える問題

セキュリティ・パラドックス

セキュリティ・パラドックス(Security Paradox)、あるいは安全保障のジレンマ(Security Dilemma)とは安全保障政策立案上のジレンマを言う。A国とB国が対立し、A国がB国に対する明確な安全保障を定め強化すると、B国もA国に対して安全保障を強化する。これらが悪循環し、平和の為の安全保障が逆説的にかえって軍拡や軍事的緊張を呼ぶ事になる。

脅威の創出

安全保障政策はしばしば国民世論だけでなく、近隣諸国、世界の世論も動かす為、特定の方向に意図を持った政治勢力によって安全保障が政争の道具に使われる事がしばしばある。

「文明の衝突」の著者である サミュエル・P・ハンティントンは、かつてソ連崩壊後に新たな脅威を探し、日米間の貿易摩擦を取り上げ、日本を経済的な敵と仮定し、経済戦争が生じ経済安全保障が必要だと提起した。これによって日米間の関係が崩壊する程度までは行かなかったが、極めて深刻な意見の対立が生じた。なお、経済安全保障ではスピンオフが今後期待出来ないとし、特に石原慎太郎著作の「NOと言える日本」はアメリカの安全保障研究者の多くを刺激した。石原慎太郎の指摘するアメリカ軍が日本の高度な軍事技術に依存している点に、安全保障上の問題があるとして高度な技術は全て国産にすべきとの考え方がアメリカに広まった。しかしそれを実現するには自由貿易を否定し、保護主義を強化しなければならない為、結果として経済的衰退を招くことが判明し、現在、経済安全保障の議論は低迷している。その後、ハンティントンは新たな脅威を探し、中国脅威論を提起し、その次は宗教対立、文明の衝突と言う脅威を提起した。ハンティントンの論が間違っていると言う事ではなく、安全保障研究を行っている人々は脅威を「探し出し」「煽る」傾向にあると言う事を差し引いて物事を見なければならない。

自由の抑圧

基本的人権や言論の自由の抑圧、弾圧などにも治安や安全保障上の名分が使われる事がある。大日本帝国は 1928年に治安維持法の改正を行った。これにより日本共産党及び党員と、その支持者、また労働組合、農民(農業従事者)組合、プロレタリア文化運動など左翼参加者の摘発を行った。これは結果として、特高警察、独立性の小さい司法などを生み、基本的人権や言論の自由の抑圧を加速させた。また治安維持法によって、未送検者含む逮捕者の数は数十万人を超えていたと言われている。政府発表では送検者7万5681人、起訴5162人、未送検者含む逮捕者の数は不明となっている。

脅威の誇張

存在しない危機やまだ危機と言える程の物ではない程度の物を、恣意的に「危機」「脅威」と過大に評価し世論誘導や国家の予算獲得しようとする試みが軍産複合体によって行われる場合がある。

911テロ後、2003年にアメリカ合衆国は国土安全保障省(U.S. Department of Homeland Security)を創設したが、国土安全保障省が自由に使える予算は配分される予算の内の4%に過ぎず、その4%は人件費や設備費で使い切ってしまう。残りの96%の予算は使途が決まっており、その使途は極めて政治的な意図によって左右されている。これは安全保障の名を借りて、国土安全保障省の予算を特定の政治勢力が自分の政治勢力の権益の為に予算を使う危険性が残る。また国土安全保障省と国防総省の目的、業務内容が被っていると指摘されている。さらに国土安全保障省の国土安全保障会議と、国防総省の国家安全保障会議の二つの会議間に連絡網が無い事も指摘されている。

さらに詳しく → 安全保障



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