ステン短機関銃 (Sten、Stengun)

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2010/12/06(月)
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ステンガン (“Stengun”,もしくは単に“STEN”)とは、第二次世界大戦中イギリスで開発された短機関銃である。極限まで簡易化された単純設計の廉価な短機関銃であり、大量に生産されて連合国軍やレジスタンスの主力小火器として、第二次世界大戦を通じて用いられた。

尚、第二次世界大戦初期の英国では短機関銃をMachine Carbineと呼称していたため、ステンガンも採用当初の制式名称は Sten Machine Carbine(“ステンマシンカービン”)とされていた。しかし、一般にカービンとは短く軽量なライフルを示す言葉であり、ステンガンがこれに含まれることは少ない。

開発経緯

ダンケルク撤退とバトル・オブ・ブリテン

第二次世界大戦初期の1940年、ナチス・ドイツ軍によるフランス侵攻作戦で敗北したイギリス及びフランス軍の残存部隊は、同年5月以降、イギリス本土への撤退作戦を開始した(いわゆるダンケルク撤退)。多大な犠牲を払いつつ、イギリス軍は10万人のフランス兵を伴い撤退に成功した。

この大規模撤退に際し、イギリス軍・フランス軍が使用していた武器・弾薬などは撤退時の混乱などから多くを置き去りにせざるを得ず、イギリスまで逃れた英仏軍の兵士たちの多くが無装備状態であった。従ってこれを補う小火器の大量供給は急務となった。

しかし1940年7月以降、ドイツ空軍の英国上空侵攻が始まり、英国側は厳しい防衛航空戦を強いられる(いわゆる「バトル・オブ・ブリテン」)。イギリス空軍の奮戦によって侵攻は食い止められたものの、イギリス国内の軍需工場や施設などもかなりの損害を受け、英国における兵器生産にも障害が生じた。このような厳しい状況に対し、生産手法の新たな打開策が求められた。

ステンガンの登場

1941年に入り、英国軍はロンドンの北部にあった国営兵器工場・エンフィールド王立造兵廠に、扱いやすく生産性の良い短機関銃の開発を要請した。エンフィールド造兵廠の技師であるレジナルド・V・シェパードとハロルド・J・ターピンは共同で新型サブマシンガンの開発にあたった。開発にあたって彼らが参考にしたのはドイツ軍のMP40だった。

MP40は当時における最先端の短機関銃であり、銃としての性能自体もさることながら、鋼板プレス部品の多用など、それ以前のサブマシンガンとは隔絶した生産合理化策が加えられた、極めて斬新な銃だった。シェパードとターピンらはMP40を徹底的に調査・分析した。

その内容も踏まえ、従前では考えられないほどの特異な合理化設計を図った結果、1941年6月に試作銃を完成させた。MP40と同じドイツ軍の制式拳銃弾である9mmパラベラム弾を使用することにも注目されたが、この銃を有名にしたのは、その「外見」だった。

生産性向上のため省力化を重視した結果、円筒状ボルトを同じく円筒状のレシーバーに収めた構造を用いていたが、その外見たるや、さながら水道管用の金属パイプに銃身と引き金と弾倉を取り付けたかのような、奇怪な姿だったのである。

このいささか珍妙な姿の銃は、二人の技師の頭文字(SとT)と、エンフィールド造兵廠の頭文字であるENを合わせ「STEN」(ステン)と名づけられた。イギリス政府はさっそく、大手銃器メーカーのBSA社(バーミンガム・スモール・アームズ)にステンガンの量産を依頼した。

8月に入るとBSA社は試験的に25丁を生産し軍に納入した。その後9月、10月と生産を増やしていき、後に付近の町工場やカナダの兵器工場などでも生産が開始された。これによってイギリス軍は歩兵用兵器の再整備を図ることができたのである。

ステンのバリエーション

ステンガンは全部で6種類が生産された。

* ステンMk.1…初期生産タイプ。生産工程や銃の材質など問題多発したため動作不良が多かった。
* ステンMk.2…ステンMk.1の欠点を改良。銃自体の耐久性は向上したが装弾不良は未改善。第二次世界大戦中最も生産された(総生産数約20万丁)。
* ステンMk.2(S)…ステンMk.2に消音サイレンサーを装着させたタイプ
* ステンMk.3…ステンMk.1の機関部を更に簡易化したもの。おもにフランスなどのレジスタンスに供給された。
* ステンMk.4…空挺部隊向けに生産されたモデルで銃床(ストック)を回転して折りたたむ事により全長を短くできた。この設計はドイツの機関銃を参考にしている。
* ステンMk.5…ステンガンの最終生産型モデル。木製グリップ・銃床を採用。銃剣の装着が可能
* ステンMk.6…ステンMk.5に消音サイレンサーを装着させたタイプ

後半になるとドイツ軍の敗退が続き、生産に余裕が出てきたのか、ステンMk.5以降はそれまでのパイプ型銃床から木製の銃床に変更している。

レジスタンスとドイツ軍

供給先としてイギリス軍はもちろんのこと、当時ドイツ軍に対しゲリラ攻撃を行っていたフランスほかヨーロッパ諸国のレジスタンスに対しても、盛んに供給され、またデンマークのように現地でコピー生産された例もある。小型軽量なステンガンは持ち運びやすく隠しやすいため隠密行動に適し、また通常はバランスの悪さで嫌われる水平弾倉も、ゲリラ攻撃で多いシチュエーションである伏射の場合には嵩張らず適していた。しかも弾丸はドイツ軍装備の収奪で賄えるなど、レジスタンスが使うには多くの面で好都合だったのである。中にはポーランドのブリスカヴィカのようにレジスタンス組織がステンを基に独自改良型の短機関銃を設計した例もあった。

大量に供給されたことから、ドイツ軍の手に落ちる機会も多く、ドイツ軍が鹵獲したステンガンをMP749と仮称して半制式的に使用した例もある。実際に製造されたものとしては、Mk.2の完全コピー品である“Gerät Potsdam”、後者を目的に弾倉をMP40互換とした“MP3008”が知られている。

ステンガンの影響

ステンガンは大量に生産されたことと、最終タイプがそれなりに優秀であったため、1950年代までイギリス軍で使用されたが、1953年以降、後継型でより設計の優れたスターリング・サブマシンガンの制式採用に伴って現役を退いた。

さらに詳しく → ステン短機関銃



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