スナイドル銃 (Snider-Enfield)

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
2010/11/27(土)
*



スナイドル銃(スナイドルじゅう、Snider-Enfield)とは、イギリスエンフィールド造兵廠(RSAF)が前装式ライフル銃であるエンフィールド銃を改造した後装式小銃である。今日広く使用されているセンターファイア式薬莢である、ボクサー型薬莢の原型となったボクサーパトロン(.577 Snider)を使用した。1866年にイギリス陸軍が制式採用し、日本陸軍が草創期から三十年式歩兵銃を制式とするまで使用し続けた小銃としても有名である。

構造と特色

スナイドル銃はエンフィールド銃の銃身後部が切断され、米国人のヤコブ・スナイダーが考案した蝶番式銃尾装置が取り付けられており、前装銃と後装銃の中間に位置する過渡的な構造である。エンフィールド銃をスナイドル銃に改造する費用は、1878年(明治11年)の日本での見積価格で1丁あたり3円30銭だったと記録されている。

メカニズム

スナイドル銃の構造は、改造母体となったエンフィールド銃をそのまま流用しているため、雷管式前装銃のサイドハンマー式撃発機構を使用している。改造された部分はエンフィールド銃の銃身後方のみであり、ここを切断して蝶番式銃尾装置がネジで固定されており、弾薬の装填と廃莢は蝶番で銃身とつながれたブリーチ部を開けて行う。この時期、各国で様々な方式の前装銃の後装式への改造が行われているがその中でもスナイダーの考案した蝶番式銃尾装置は最もシンプルな構造で腔圧によってブリーチが吹き飛ぶ心配の少ないものだった。

一体型薬莢を用いる後装式では、前装式と比べて不発時の対処は格段に容易となったが、発射後に腔圧で膨張した薬莢が、銃身の内側に張り付くという新しい現象が発生したため、薬莢を強制的に引き出す排莢機構が必要となった。このため、スナイダーの銃尾装置では、開放状態にした蝶番式ブリーチを後方に引くと、銃身後端に収まっているエキストラクター(抽弾子)が同時に後退し、薬莢後端のリムと呼ばれる縁状の突起部を引っ掛けて、薬莢を引き出す仕組みになっている。

弾薬

スナイドル銃が使用するボクサーパトロン(.577 Snider)弾薬はボクサー雷管を用い、金属製の薬莢基部に雷管が挿入される構造となっている。これを後方から撃針で打撃すると着火し、火薬の燃焼は薬莢の内部だけで完結する仕組みで、同時代に存在した紙製薬莢(ドライゼ銃やシャスポー銃が用いた)のように撃針で薬莢底部を突き破る必要が無く、紙製薬莢式の銃器が悩まされた銃身後端(薬室部)からのガス漏れは、発射ガスで膨張させられた薬莢側筒部が薬室内壁に張り付く事で防止されていた。当初のボクサーパトロンは薬莢基部だけを真鍮で製造し、側筒部は紙で作られていたが、水圧プレスの深絞り成型技術が進歩したため、以降は全体が金属で作られるようになり、センターファイア式金属薬莢の完成形として広く普及し、今日に至っている。

問題点

スナイドル銃は最初期の後装銃だったため、銃身内のライフリングと弾丸の関係性について技術的に未完成なまま製品化されており、改造母体となった前装式のエンフィールド銃よりも命中精度が悪く、下記のような問題点があった。

* エンフィールド銃では蜜蝋を塗った紙に包まれた状態で銃身内に装填されていた弾丸が、スナイドル銃では直接ライフリングと摩擦する構造に変更されたため、摩擦熱で溶けた鉛がライフリングに付着して蓄積し、銃身の寿命を短くするという問題があったため、発射後は速やかにブラシを使って銃身内を清掃する必要があった。

* スナイドル銃は薬莢内に発射薬が密封されて量を簡単に調整できない弾薬を使うため、射程や威力を増すために発射薬量を増やす、という前装式で長く使われてきた手法が使えず、熟練した射手ほど使い難いと感じた。

* スナイダーの銃尾装置はエンフィールド銃から簡単に改造する事を優先したデザインだったため、撃発機構は管打式から流用されたサイドハンマー式をそのまま流用していた。サイドハンマー式では射撃の際に銃身軸線へ大角度で打撃が与えられて干渉が生じるため、命中精度の向上は期待できなかった。

* スナイダーの銃尾装置でブリーチ部を蝶番状に結合させているピンに強度が無く、廃莢時にブリーチ部を後退させる際などに余分な力が加わって変形し易いデザインだった事もあり、ブリーチが開き難くなる問題があった。

* ブリーチ後方から突き出した撃針後部は、撃鉄に叩かれ続けているうちに太く変形して行く。そのまま使用し続けると撃針孔の中で詰まってしまい、ブリーチ先端から飛び出したまま戻らなくなりはじめ、最終的にブリーチを開けなくなってしまう。このため撃針は定期的に交換する必要があった。

バリエーション

スナイドル銃の改造母体となったエンフィールド銃には、銃身長の違いによって三ツバンド、二ツバンド、騎兵銃の3種類が存在したため、これを改造したスナイドル銃もこれを継承している。また、製造された状況からの区分も存在し、エンフィールド銃から改造されたMKⅠ、最初からスナイドル銃として製造されたMKⅡ、蝶番式ブリーチにラッチ式ロックが追加され、銃身素材が従来の鋳鋼から圧延炭素鋼となったMKⅢの3種類が存在する。

顧客別のバージョンも存在し、イギリス軍以外の顧客向けに製造されたモデルも存在し、民間市場向けに製造された、富裕な狩猟愛好家向けの高級仕上げタイプや、武器商人が交戦地向けに輸出するための、メーカ刻印を省いて原産国が特定できないようにしたタイプなどが製造された。スナイドル銃の製造は、イギリス本国以外でも行われ、英領インドのダムダム工廠などで現地生産された。また、同時期にイギリスの援助を受けていた1870年代のネパール王国でも、スナイドル銃の模造品の生産が行われた。

派生品

また、正規品や模倣品のバリエーション以外に、各国で下記のような派生品が製造されている。

* フランス・デンマーク・オランダでは、滑腔式ゲベール銃にライフリングを施したミニエー改造銃を、更にスナイダーの銃尾装置を模倣・小改良した装置で後装式に改造した製品が製造された。

* ボヘミア(現チェコ領)でスナイドル式とレミントン式を掛け合わせたKrnka式銃尾装置が開発され、これを用いるKrnka銃がロシアで製造された。

配備状況

スナイドル銃はケープ植民地、英領インド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダといった大英帝国の全域で使われた。英印軍の現地人部隊では、スナイドル銃が1890年代半ばまで使われたが、その理由は英印軍が反乱を起す事を警戒したイギリス軍が、インド大反乱から1905年までの間、その使用銃をイギリス軍より1世代前の物しか与えなかったため、とされている。

日本におけるスナイドル銃

スナイドル銃は戊辰戦争期にイギリスを通じて薩摩藩に導入され、先進的軍備の整備を目指した長岡藩や、仙台藩の額兵隊など幕府諸軍によっても使用された。また、後発で洋式軍制を導入した小藩が初期導入しているケースもあった(上山藩・郡上藩など)。

戊辰戦争当時、日本に入っていたスナイドル銃の数は少なかったが、後装式で連射性に優れていたため、会津戦争での戸ノ口原の戦いでは僅か10挺のスナイドル銃が、旧式のゲベール銃を装備した会津藩白虎隊を打ち破るなどの活躍を見せたが、前装銃と全く異なる使用法に兵が戸惑う、といった問題点も明らかになった。倒幕派諸藩が導入していた前装式エンフィールド銃に簡単な改造を施すだけで製造できたため、諸藩で改造が行われた。

新生日本陸軍の誕生とともに、信頼性の高い金属薬莢を使用するスナイドル銃が主力装備とされ、陸軍の歩兵・工兵ならびに海軍(後にマルティニ・ヘンリー銃を採用)が装備し、大量に調達されていた記録や、集成館事業での蓄積で近代工業基盤が存在した鹿児島(旧薩摩藩)が弾薬を国産化して、ほぼ独占的に供給していたとの記録が残されている。

スナイドル銃は西南戦争で政府軍の主力装備として用いられ、農民層からの徴兵を主体とする政府軍は銃撃戦で士族中心の薩軍と対峙したため、陸軍省は諸外国の商会を通じて大量の弾薬の調達に奔走し、清国から弾薬を借用する交渉まで進められていた記録が残されている。鹿児島にあった主装備を大阪に持ち去られ、草牟田や磯の火薬局・造船所から強奪した旧式のエンフィールド銃しか装備できなかった薩軍は、緒戦からスナイドル銃の連射能力の前に多大の出血を強いられ圧倒された。

西南戦争で大量に準備されたスナイドル弾薬は、西郷軍の鎮圧が終了した事で余剰となって大量にストックされていたため、1879年(明治11年)に各地の工廠に退蔵されていたエンフィールド銃の大部分をスナイドル式へ改造する作業が開始されている。

1880年(明治13年)にボルトアクション式の村田銃が開発されると、陸海軍ともに装備の更新が開始されるが、最重要部品である銃身を輸入に頼るなど未発達な工業基盤の下で製造された13年式村田銃の調達ペースは遅く、大量の弾薬備蓄を有したスナイドル銃も日清戦争まで二線装備として配備され続けた。

30年近くに渡って酷使されたスナイドル銃の中には、蝶番構造をつなぐピンが変形して開き難くなっていた物もあり、戦地では兵士には小型の木槌が一緒に配備され叩いて蝶番を開いていたと伝えられている。

日清戦争後、有坂成章が開発した無煙火薬と尖頭弾を用いる三十年式歩兵銃が採用されると、完全に旧式火器となったスナイドル銃は引退し、学校教練用に払い下げられたり、村田銃などとともに清国や朝鮮などに供与されたが、太平洋戦争末期の本土決戦用に国民義勇隊に再配備され、兵器として再登場した事でも知られている。

仕様

種別 後装式小銃
口径 .577口径(14.66mm)
銃身長 990mm
ライフリング 5条
使用弾薬 .577 Snider(ボクサーパトロン)
装弾数 単発
作動方式 蝶番式閉鎖機構
全長 1,250mm
重量 3,800g(未装填)
発射速度 1発/6秒
銃口初速 267 m/s
最大射程 1,150m

歴史

設計年 1860年
製造期間 1863 - 1875年
配備期間 1868 - 1901年
配備先 イギリス軍および英領植民地軍
関連戦争・紛争 ズールー戦争、ボーア戦争、戊辰戦争、台湾出兵、西南戦争、江華島事件、日清戦争
バリエーション 三ツバンド、二ツバンド、MKI、MKII、MKIII、スナイドル騎兵銃
製造数 250,000-500,000

さらに詳しく → スナイドル銃



インドの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)インドの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)
(2006/06)
バーバラ・D. メトカーフ、トーマス・R. メトカーフ 他

商品詳細を見る
関連記事

タグ : スナイドル銃 エンフィールド造兵廠 イギリス

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/1866-453792e1
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ