2010 岐阜基地航空祭まとめ(2010 Gifu Airbase Air show)

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
2010/10/25(月)
*











岐阜基地(ぎふきち、JASDF Gifu Airbase)は岐阜県各務原市那加官有地無番地に所在する航空自衛隊の基地。日本国内に現存する飛行場では最も長い歴史を持つ。現在では、航空自衛隊で運用する航空機等の装備品に関する試験を行う部隊、飛行開発実験団を擁している。その為、航空自衛隊が運用する機種の大部分が配備されており、秋の航空祭では異機種混合飛行が見ることが出来、多くのファンが訪れる。

技術研究本部の岐阜試験場であり飛行開発実験団の拠点という特性上、基地内部には航空機強度試験場などの各種実験装置の他に、川崎重工業岐阜工場(航空宇宙カンパニー)も隣接する。2004年6月には川崎重工最大のハンガーが基地近くに完成しており、そこでC-XおよびXP-1の開発も行われている。県内唯一の飛行場であるため、県警航空隊・防災ヘリの基地でもある。基地司令は、第2補給処長が兼務。

沿革

* 1876年(明治9年) - 陸軍第3師団砲兵演習場として設置
* 1917年(大正6年) - 陸軍各務原飛行場を開設
* 1918年(大正7年) - 所沢より航空第2大隊を移して設置
* 1945年(昭和20年) - 米軍が進駐開始
* 1957年(昭和32年) - アメリカから基地一部返還、浜松より実験航空隊と技術研究本部、木更津より補給部隊(臨時岐阜補給隊)が移転、岐阜地方警務隊と岐阜気象隊編成
* 1958年(昭和33年) - アメリカからの基地全面返還完了、岐阜管制隊編成。臨時岐阜補給隊を第2補給処に改変。整備学校分校が開設
* 1959年(昭和34年) - 整備学校分校を第3術科学校に改変
* 1961年(昭和36年) - 第3術科学校、芦屋基地に移転
* 1962年(昭和37年)3月30日 - 自衛隊岐阜病院を開設
* 1972年(昭和47年) - 第4高射群を編成
* 1974年(昭和49年) - 実験航空隊、航空実験団に組織改変
* 1989年(平成元年) - 航空実験団、飛行開発実験団に組織改変

航空祭

* 展示機等が有る北地区へは、名鉄各務原線三柿野駅及び六軒駅から徒歩でアクセスが可能であるが、三柿野駅は駅の規模が小さい上に、駅から基地への歩道が狭く、時間帯によっては入場に支障を来す事がある。南地区と北地区の間は有料のシャトルバスが運行される。

* 航空祭当日は名鉄が快速特急・特急・ミュースカイなどの新鵜沼行や犬山行を三柿野まで臨時で延長運転や増発で対応している。

* 車でアクセスも多いため、愛知県側との最寄りの橋である愛岐大橋が混雑する。

* かつてはエプロンが狭く、その割に人が多いため基地内は大変混雑する。少しでもエプロンを広く取るため、飛行展示を行う航空機はタキシーウェイ上で駐機する。しかし、それでも限界があるため、一部の機体は川崎重工業側のエプロンから離陸し、飛行展示を行う。

* 立地的に雨が多い土地でもあるため、航空祭当日が悪天候になる確率が高い。

さらに詳しく → 岐阜基地


大きな地図で見る



自衛隊エリートパイロット 激動の時代を生きた5人のファイター・パイロット列伝 (ミリタリー選書 22)自衛隊エリートパイロット 激動の時代を生きた5人のファイター・パイロット列伝 (ミリタリー選書 22)
(2007/08/31)
菊池 征男/竹田 五郎/ 安宅 耕一/ 佐藤 守/ 窪田 博/ 田中 石城

商品詳細を見る
関連記事

タグ : 岐阜基地航空祭 岐阜基地 航空自衛隊 航空ショー

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/1799-67c2fb39
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ