カラビナー 98k (Karabiner 98 Kurz、Kar98k)

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2010/10/13(水)
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Kar98kドイツ帝国が1898年に制式採用した歩兵銃Gew98から派生した騎兵銃型の一つであり、1935年6月に制式採用後、第二次世界大戦におけるドイツ軍の主力小銃として大いに活躍した。

概要

Kar98kは通称であり、当時の軍マニュアル等によれば正式名称はKarabiner98kで、その略称はK98kである。Karabiner(カラビナー)は騎兵銃を意味し、98は母体となったGew98が制式採用された1898年を示している。末尾についているkはkurz(クルツ)、つまり短いを意味し、全体として「1898年式の短型騎兵銃」たるを示している。アメリカのカービン銃のカービンは、このライフルのカラビナーと同意である。騎兵は馬上射撃が求められるので、取回しのしやすさから短めの全長、また、背負った場合の安定性から負革が銃側面に存在すること等が、騎兵銃の形状の特徴となっている。これが転じて、後のドイツでは負革が銃側面に付く小銃をKarabinerと呼ぶことにもなっている。

口径は7.92mm、装弾数は5発のボルトアクション式ライフルである。制式採用時点で、アメリカ合衆国やソビエト連邦等では半自動小銃の実用化が進められており、既に旧式化しつつあったものの、命中精度や安全装置の設計に優れており、高い信頼性や生産性から1945年の終戦時まで生産が続けられた。その生産は、開発者であるモーゼル社の二つの工場の他、国内の複数の銃器メーカーはもちろんのこと、占領下の国外銃器工場まで動員して行われ、総生産数は1,400万丁を超える。

精度の高い個体は4~6倍程度の望遠照準鏡との組合せで狙撃銃としても威力を発揮し、戦争末期におけるドイツ狙撃兵は前進する連合国兵士の脅威となった。

系譜

Karabiner98a

Kar98a(Karabiner98a)は、Gew98の文字通りの騎兵銃型として1900年代初頭に採用された。銃身長が740mmである Gew98に対して、Kar98aは600mmでKar98kと同じであり、側面の負革や曲げられたボルトハンドル等、似た特徴もある一方、銃口近くから機関部薬室付近まで覆う木被(銃身覆い)や特徴的な叉銃用金具等、異なる点も多く有していた。

Karabiner98b

第一次世界大戦の敗戦と共にドイツにはヴェルサイユ条約により軍事的にも厳しい規制が課されることとなった。その下で新生ヴァイマル共和国陸軍(Reichesheer)は当初第一次世界大戦より残されたGew98を使用したが、1920年代初頭にいくつかの改良が加えられて Kar98b(Karabiner98b)として採用されることとなった。Kar98bは銃身長がGew98と同じ740mmであったが、負革が側面に付けられたことからKarabinerと呼ばれた。またほとんどのKar98bは既存のGew98を改造したものであった。

モーゼル・スタンダードモデル1924

第一次世界大戦後、世界の主力小銃の中心はそれまでの長銃身から短銃身へと移りつつあった。1920年代前半にはチェコスロバキアやベルギー等では短銃身のモーゼル式小銃を開発、多数を輸出するようになっていた。モーゼル社は、これに対抗すべく銃身長600mmのモーゼル・スタンダードモデル 1924(Mauser Standard-Modell 1924)を開発した。本銃は、まさにGew98の短銃身版というもので、銃身長や改良された照門を除き、銃下側の負革や直線状のボルトハンドル等は Gew98と同様であった。ヴェルサイユ条約の制約により、モーゼル社は本銃を未完成の部品として輸出し、スイスで組み立てを行った。

モーゼル・ドイツ郵政省用小銃

1933年、モーゼル社ではスタンダードモデルに更なる改良を施した。これが、社内記録に「ドイツ郵政省用小銃」(Gewehr für Deutsche Reichspost)として残るものである。本銃は、郵政省の財産を強盗や暴動から守るという名目で発注されたが、実質的にはドイツ再軍備への下準備に他ならなかった。その外見は、負革の固定金具の形状や機関部等の刻印が異なる以外はKar98kとほぼ同一であり、まさにその前身と言えるものであった。

生産

先述したとおりKar98kの制式採用は1935年6月で、6月21日発行の陸軍報(Allgemeine Heeresmitteilungen)に6月14日付け告示として記載されている。しかしながら実際の生産は、1934年に既に開始されている。そのメーカーはモーゼル社(Mauser Werke)の他、ザウエル社(JP Sauer und Sohn)の二社である。ただ、制式採用前のザウエル製Kar98kはバンド固定金具の形状が制式型と異なることが特徴となっている。その後製造メーカーの数は増え続け、途中製造を中止するメーカーもあったものの、1939年から1945年まで、総合計8社10工場においてKar98kの生産が行われた。その生産は、国内の他、オーストリアやチェコスロバキアにおいても行われた。

Kar98kの総生産数は、戦火や戦後の混乱で記録が失われていたり、また相互に矛盾する記録が存在することなどもあり、正確な数値は不明である。そのため、様々な推計値が存在するが、興味深いものとして米国のコレクターを中心に行われた、銃に刻印されたシリアルナンバー(一連番号)からの推計値がある。ドイツの小火器類は一定のルールに基づいてシリアルナンバーが刻印されている。現存するものについて、これをメーカーごとに詳細に記録し、集計することでその総数を推計する方法である。その結果によれば、Kar98kは1934年から1945年までで総数14,048,789丁生産されたとのことである。ただし、Kar98kはメーカー工場で生産された物だけがすべてではない。残されたGew98やKar98bの部品に新たにメーカー工場から供給された部品を組み合わせて各軍管区の兵站部等で製造された物も存在する。これらは上記数値には含まれていない可能性が高い。

Kar98kのボルトアクションメカニズムは、元祖のGew98時代から基本的に変わっていない。またその形態もKar98kとして採用された当初から終戦まで大きな変更はないが、戦火が激しくなるにつれて、当初は削り出し加工であった部品がプレス加工になる等、細かなバリエーションが存在する。また、1944年からはKriegsmodell(クリークスモデル)と呼ばれる戦時省力型の生産も開始されている。その一番の特徴は、着剣装置や銃床上のボルト分解用金具の廃止である。

Kar98kのバリエーション(派生型・類似型)

狙撃銃

狙撃銃として使用されたKar98kは、選抜された特に精度の高い個体が一部メーカーの工場または軍の兵站部において改造されたものである。これらには、多種多様な光学照準器(ライフルスコープ)及び装着器具(マウント)が使用されたが、特にスコープに着目すると次の3つに大別できる。

1. 民間用スコープ
* 4倍率が主流であり、純粋な民間用生産品を転用したタイプと戦争後期に軍の仕様に基づいて生産されたタイプとがある。今日ではメーカーや型式、マウント種別に関わらずすべてZF39と呼称されることが多いが、これは不正確である。当時の軍資料によると、39型照準眼鏡ZF39(Zielfernrohr39)はカール・ツァイス社製の4倍率スコープであるツィールフィア(Zielvier)のみを指し、その他のスコープはツィールフィアも含めて商用照準眼鏡(handelsüblichen Zielfernrohre)として一括りに総称されていた。

2. ZF41
* 41型照準眼鏡ZF41(Zielfernrohr41)は1.5倍率の小型スコープで接眼距離が長く、本来は通常の歩兵部隊の上級射手のために開発されたものであった。しかしながら実際には特殊任務に就く狙撃兵にも多数支給され、当然のことながらかなりの不評であった。それにもかかわらず、結局このタイプが最も多く生産され、使用された狙撃銃となっている。

3. GwZF4(ZFK43)
* 4倍率小銃用照準眼鏡GwZF4(Gewehr Zielfernrohr 4fach)は半自動小銃Gew43用に開発、制式採用されたもので、1944年にGew43がKar43と改称された後にこれもK43型照準眼鏡ZFK43(ZielfernrohrK43)と改称されている。戦争末期に軍はライフルスコープの生産拡大のために仕様の標準化を図り、その一環としてKar98kにもGwZF4を装着することが検討された。このタイプはほとんど現存しないことから、試作のみに留まったか、ごく少数の試験使用に限られたものと思われる。

チェコ製ライフル

チェコスロバキアのブルーノ社(ドイツ名Waffen Werke Brünn)では、戦前からモーゼル式小銃Vz24やその短銃身型のVz33等を製造していたが、ドイツによる占領と共にそれらは細部をKar98kに類似させたドイツ型に修正して製造されるようになり、それぞれG24(t)、G33/40と呼称された。特にG33/40は山岳部隊仕様とされたが、いずれも1943年以降はKar98kの生産に一本化されることとなった。

FN モーゼル M1924

第一次世界大戦後、ベルギーのFN社でGew98を改良し生産したモーゼル式小銃。中南米諸国や中華民国などに輸出された。

G40k

1942年に軍はKar98kを更に短銃身としたG40kという新型小銃の試作命令を出した。その銃身長は490mm、全長は995mmであったが、ほどなく計画は断念され、28丁が試作されるに留まった。

Volkskarabiner98(VK98)

Kar98kの簡易戦時生産型で、大戦末期に中高齢者や少年によって編成された国民突撃隊の装備として作られたものである。銃身は古いライフルや外国製のライフルの物を流用し、銃床はほとんど板を切っただけの簡素なものであった。機関部だけは既存の生産ラインの物を流用したのでそれほど酷くはなかった。従来のKar98kと同じように5発の弾倉を持つものと、単発式のものが存在する。鹵獲された本銃は、発砲することそのものが危険であった。

(単発型諸元) 口径:7.92 mm 全長:1,031 mm 銃身長:528 mm 重量3.13 kg 初速:731 m/s

その他試作型

* 降下猟兵(空挺部隊)等における携行性の向上のため、蝶番による折り畳み銃床式のKar98kやG33/40。また、銃身と機関部の分離式のKar98kも試作。日本陸軍の試製一〇〇式小銃、試製一式小銃、二式小銃開発の参考になった。
* MP43で使用された7.92×33mmクルツ(短薬莢)弾を使用するKar98k。
* プラスチック銃床付きKar98k。

民間向けライフル

2009年現在、モーゼル社は民間向けにGew98/Kar98kアクションを忠実に再現した狩猟用ライフル「モーゼルM98ライフル」を販売しており、日本国内でもライフル銃として所持をする事が可能となっている。

また、中国の中国北方工業公司は Kar98kを模した狩猟用ライフルをJW-25Aの製品名で製造している。ただし、Kar98kよりも全長が100mmほど短く、伴って銃身長も 70mmほど短くなっている。また、使用弾薬は低威力な.22LR弾であり、装弾にはクリップではなく10発ないし5発装填の箱型マガジンを用いる。

性能

口径 7.92mm
銃身長 600mm
ライフリング 4条、右回り
使用弾薬 7.92x57mm(8mm Mauser
装弾数 5発
作動方式 ボルトアクション方式
全長 1,100mm
重量 3.9kg(単材銃床)
    4.2kg(積層材銃床)
発射速度 発/分
銃口初速 760 m/s
有効射程 500 m

さらに詳しく → Kar98k



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(2006/08)
所 荘吉

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タグ : Kar98k ライフル ドイツ マウザー Mauser モーゼル

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