沖縄駐留 アメリカ海兵隊(USMC) - 変わる駐留の意味

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2010/10/04(月)
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アメリカ海兵隊(アメリカかいへいたい、英語: United States Marine Corps。略称:USMC、通称:Marines )は沿岸警備隊を含めたアメリカ軍を構成する5軍では2番目に小さく、最高指揮官を統合参謀本部の構成員として送り込んでいる4軍の中では最も小さい組織である。2007年11月の時点で186,300人の現役将兵と40,000人の予備役を擁している。 Marine Corpsは「マリーン・コーア」と読まれ、psは発音されない。「ア」にあたる部分が曖昧で、「マリーン・コー」となる場合もある。

概要

アメリカ合衆国の法律の規定に基づき、海外での武力行使を前提とし、国の権益を維持・確保するための緊急展開部隊として行動する。また、必要に応じて水陸両用作戦(上陸戦)を始めとする軍事作戦を遂行することを目的とする。本土の防衛が任務に含まれない外征専門部隊であることから「殴り込み部隊」とも渾名(あだな)される。

独自の航空部隊を保有することで航空作戦も実施でき、航空機をヘリコプターや艦載機とすることで海軍の航空母艦や強襲揚陸艦などを利用し、さらに活動範囲を広げることができる。地上戦用装備も充実しており、陸軍と同様の主力戦車も配備している。戦闘艦艇は保有しないが、独自の物資輸送船を保有する。陸海空軍と同じく、海兵隊も出撃自体には議会の承認を必要としないが、戦争権限法によれば、事後48時間以内に下院議長と上院臨時議長へ書面で報告するとともに、議会による宣戦布告か承認がなされない場合、議会への報告後60日以内の戦闘のみ認められ、さらに30日以内の撤兵が義務づけられている。(50 U.S.C. 1541–1548)

軍政面では海軍省下の部局であり、装備の調達などは海軍省が行う。軍令面では海軍から独立し、指揮系統においては海軍と並列になっている。海兵隊は海軍の艦船で共に勤務するなど、連携した活動を行っている。大統領専用ヘリコプターの運用も担当しており、これはマリーンワンのコールサインで呼ばれる。

モットー

標語は、ラテン語の"Semper fidelis"。英語ではAlways faithful。直訳すれば常に忠誠をとなり、通常口語体では Semper Fi! (センパーファーイ)と言う。この標語は、紋章のスクロールにも記されている。また、"The Few, The Proud."という言葉もあり、これは誇り高き少数精鋭を意味する。また、Once a Marine, Always a Marine.(一度なったら、常に海兵)といわれており、「一度海兵隊に入隊したなら、除隊しようとも一生「海兵隊員」としての「誇り」を失わず、アメリカ国民の模範たれ」とされている。

沿革

1945年2月23日に硫黄島摺鉢山で星条旗を立てる海兵隊の兵士達を撮った写真『硫黄島の星条旗』を基に建てられたアメリカ海兵隊の記念モニュメント 当番兵が棹の後ろに控えている事から分かるように、旗は掲揚・降納出来る

創設期

アメリカ海兵隊は、アメリカ独立戦争中の1775年11月10日に設立された大陸海兵隊(Continental Marines)を起源としており、総司令官にはサミュエル・ニコラスが任命され、当時の構成は、将校10名、兵卒約200名であった。

大陸海兵隊は、当時の艦船乗り組みの海兵隊員の一般的な任務である、通常は艦内秩序の維持を目的とする警備任務等を行い、戦闘時には強行接舷した敵艦に斬り込み隊として白兵戦を行ったり、接近した敵艦の乗組員を小銃で狙撃したりする任務をこなした他、コマンド部隊としてイギリス軍の物資集積所を海から上陸して襲ったりしていたが、アメリカ独立戦争が大陸側勝利で目処がついた1783年に解散した。

その後、フランス革命の影響による「擬似戦争」と呼ばれる緊張状態の発生により、1798年7月11日にアメリカ海兵隊(United States Marine Corps)として再建された。

総司令官にはウィリアム・W・バローズ少佐が任命され、その当時の構成は次のとおりであった。

* 大尉:4名
* 中・少尉:28名
* 軍曹:48名
* 伍長:48名
* 鼓手:32名(当時必須の兵士)
* 兵卒:720名

※将校は上院による任命制で、兵の任期は3年であった。

再建時に海兵隊軍楽隊が組織され、1801年1月1日に第2代アメリカ合衆国大統領のジョン・アダムズの求めに応じて大統領府における演奏会を行って以来、大統領の面前で演奏できる唯一の軍楽隊としての栄誉を与えられた。

アメリカ海兵隊員のことを別名“Leather Necks”(レザーネックス)と呼ぶのは、この再建時に士官、兵士を問わず唯一支給され、共通して首につけていた刃から首を守る黒皮製のカラー(襟)に由来するものであり、アメリカ海兵隊の礼装であるブルードレスが詰め襟なのも、この伝統が引き継がれていることによる。

海賊退治、米墨戦争、第一次世界大戦

アメリカ海兵隊の海外派遣は、地中海の自由航行権をめぐるトラブルからオスマン帝国の独立採算州であるバーバリ諸国との間で発生した第一次バーバリ戦争(1801年-05年)が初めてで、この時は、1804年にアレクサンドリアに上陸したプレスリー・N・オバノン中尉の率いる部隊が、1805年4月27日、トリポリの要塞を占領[3]したことにより、勝利を確定的なものにし、拿捕された自国艦の乗組員の身代金6万ドルを支払ったものの、今後はアメリカ籍の船の航行を妨害しないことを約束させることに成功した。このとき、与えられたマムルーク剣の改良型は、米海兵隊将校の儀礼用のみならず、戦闘用も含め、一時期を除いた現在に至るまで制式装備となっている。

米墨戦争では陸軍に先んじて宮殿を占領する等の活躍を見せた他、第一次世界大戦では、アメリカ合衆国欧州派遣軍の一部としてフランスのベロー・ウッドで逃げ腰のフランス軍に代わってドイツ軍と激戦を繰り広げ、崩れかけた体勢を立て直してドイツ軍を撃退している。

1910年代から1930年代には、中米・カリブ海諸国のハイチ、ドミニカ共和国、パナマ、メキシコ、ニカラグアなどに派遣されているが(バナナ戦争)、1927年にニカラグアで始まったサンディーノ戦争で、アウグスト・セサル・サンディーノ将軍率いるゲリラ部隊に苦戦すると1933年に撤退した。ニカラグアから撤退すると、フランクリン・ルーズベルト大統領は善隣外交を導入し、他の中米諸国からも撤退している。平時は常に縮小され、議会などでは、米海兵隊の維持経費は「無駄な経費」と罵倒され、議会の決議次第では、解体される危機にさらされていた。

第二次世界大戦

第二次世界大戦時の米海兵隊は、戦前の1930年代から島嶼における敵前強行上陸を主体とする作戦展開を研究した他、海兵隊航空団を拡充し、海兵隊装備委員会では敵前強行上陸において効率的に作戦が進むよう、LVTなど海兵隊独自の戦闘車両を始めとする装備の研究を行い、太平洋戦争開戦後は、海軍と連携しての三次元作戦が行える段階にまで調整されていた。

水陸両用軍団として参加したガダルカナル島、タラワ環礁、サイパン島を始めとするマリアナ諸島、硫黄島、沖縄などにおける激戦の経験は現在の米海兵隊の基礎となり、敵前強行上陸などの活躍が、海兵隊の存続に貢献した。

ちなみに、1945年2月19日の硫黄島への敵前強行上陸で生じた戦死者501名は、1日の戦闘によって生じた戦死者数としては、米海兵隊創設以来、最大の戦死者数であり、この記録は、現在でも破られていない。硫黄島擂鉢山に星条旗が掲げられた日は、後日「アメリカ海兵隊記念日」に制定された。

第二次世界大戦以後

第二次世界大戦後は、朝鮮戦争において韓国救援の先遣部隊として派遣され、釜山に追い詰められた国連軍の中の米軍の中核として困難な時期を支え、マッカーサー元帥の立案した仁川上陸作戦(クロマイト作戦)に中核戦力として用いられ、上陸後のソウル奪還にも一番乗りの一翼を担った。また、中華人民共和国の参戦によって総崩れとなった国連軍の殿(しんがり。最後尾防衛)を務めたのも米海兵隊であった。その後もゲリラの掃討戦に従事し、またアメリカ軍やイギリス軍(イギリス連邦軍)、大韓民国軍やベルギー軍などから構成された国連軍が行った攻勢には常に主力として用いられ、米海兵隊は朝鮮戦争の休戦を38度線の防御陣地で迎えることになる。

その後も、ベトナム戦争、グレナダ侵攻、湾岸戦争、イラク戦争など米国の行った大規模軍事行動には常に最前線に投入され、米海兵部隊は規模の大小はあるものの全世界に展開されており、有事の際には世界中どこにでも展開できる能力を保有している。

4軍の中でも最も訓練期間が長く、苛烈な練兵を行う。練兵では入営者の個性を徹底的に否定し、団体の一員として活動させ、命令に対する即座の服従を叩き込まれる。ついて来られない者は容赦なく民間社会に投げ戻される。練兵訓練を修了した者のみが「海兵」と名乗ることを許される。海兵隊除隊後に他の軍に入隊しても再度練兵訓練を受ける必要は無いが、他軍を除隊し海兵隊に入隊した者は、それまでの功績を問わず海兵隊の練兵訓練を受けなければならない。創設以来、志願制による補充を原則としてきたが、第二次世界大戦中及びベトナム戦争中には徴兵による補充を行っている。

入除隊と昇進

入隊

伝統的に志願制をとり、また少数精鋭の部隊を目指している米海兵隊では、入隊志願者は選別されるため入隊する人数はそれほど多くない。


志願者は海兵隊ブートキャンプという志願者訓練所(カリフォルニア州サンディエゴ訓練所と、サウスカロライナ州パリス・アイランド訓練所の 2か所が存在)に3ヶ月間入所する。訓練所内では男女は同様の訓練を受けるが、訓練そのものは別々で行われ、厳しい戦闘訓練などの試練に3ヶ月間耐えた者は訓練期間終了と同時に1等兵または2等兵として任命され海兵隊隊員となる。志願採用時に各人の経歴に応じてブートキャンプ後に1等兵か2等兵になるかがあらかじめ契約されており、訓練所内での成績、席次は関係ない。

士官
米海兵隊は陸軍のウエストポイントや海軍のアナポリス、空軍のコロラドスプリングスといった独自の士官学校を持たず、入隊する士官は大学卒業が最低条件で全米国の大学からの卒業生や多様な職業の者が入隊を希望して来る。これらの士官希望者は、まず米海兵隊の士官候補生学校(OCS)に入校し、10週間の訓練を受けて修了することが求められる。アナポリス卒の士官候補生が海兵隊将校に任官する道もある。各大学に設けられている予備役将校訓練課程を修了すれば海兵隊少尉に任官される。教育は前半2年間は海軍関係を、後半2年間は海兵隊について学ぶ。無事にOCSを修了すると海兵少尉(2nd Lieutenant)に任官され、すぐに続けてバージニア州クアンティコの米海兵隊基礎訓練校(TBS)に入校し、6ヶ月間の訓練と教育を受ける。期間中にTBSでの成績が規定レベルに達しない者は海兵少尉の任官が取り消される。TBSの卒業によって真の米海兵隊士官となる。

昇進


海兵隊に入隊した兵は、二等兵に任命される。入隊契約上初期教育課程終了後一等兵への昇進が確約されている者は初期教育課程を終えると一等兵に昇進するが、その他は入隊から6ヶ月後に一等兵に昇進する。一等兵に昇進から9ヵ月後に上等兵に昇進する。

士官
士官候補生として入隊して小隊指揮官課程(Platoon Leader Course)を終えると少尉に任命され、1年に及ぶ基本術科学校(The basic School)の課程を終えると専門別に1週間から16ヶ月の教育を受ける。
少尉任官後の5-6年の勤務を経て、成績がよければ中尉に昇進する。
10-12年経つと有望な士官は少佐となるための専門教育を受けて昇進するが、佐官は非常に狭き門であり少佐にまでなれる人間は少ない。
さらに将官を目指すものはアメリカ海兵隊指揮幕僚大学(Marine Corps Command and Staff College)へ入学する。

除隊

アメリカ海兵隊では、二度昇進を見送られた者は強制的に除隊させる規則があるため、名誉階級などの例外を除いて同じ階級のまま10年以上勤務する事は出来ない。少佐に昇進できずに大尉のままでいる士官は、ほぼ20年目での除隊を強いられる。要は“クビ”である。

名誉除隊
軍人として在役中の成績が概ね良好で、軍法会議または民事訴訟などの対象にならずに一定の条件を満たして除隊した者は、名誉除隊となり、名誉除隊証書が交付される。名誉除隊証書の交付を受けると福利厚生、生活保障の面においてさまざまな恩典を受けることができる。名誉除隊となる勤務成績以外の主な条件は、次のようなもの。

    * 20年以上の勤続
    * 傷痍除隊(勤続年数を問わない)
    * 名誉ある職業への転職(勤続年数を問わない)

なお、勤続19年目以前に昇進見送りなどの理由によって強制的に除隊させられた場合は、戦傷や転職の条件を満たさない限り、名誉除隊とはならない。

不名誉除隊
軍法会議による有罪判決の確定、犯罪で逮捕される、海兵隊において尉官のまま20年目など、軍人として不名誉な行為に対する懲戒処分の一種で、強制的に除隊させられる。不名誉除隊処分となった場合、軍人年金や退職金の不支給をはじめとして事実上退役軍人としてのあらゆる権利を剥奪される他、不名誉除隊後は、次のような不利益を被ることがある。

    * 医療保険の停止
    * 市民権の停止
    * 再就職の際においては、履歴書に不名誉除隊の旨の記載を義務付けられる。
    * 銃器所持の制限

一度入隊したものは辞めた後も規範や誇りを持てという考えから、「元海兵隊員」という呼び方は使われないが、不名誉除隊処分となった者は「元海兵隊員」と名乗ることも禁止される。

さらに詳しく → アメリカ海兵隊



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