【加瀬英明&石平】中華思想の誤解が日本を亡ぼす

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010/09/17(金)
*

中華思想(ちゅうかしそう)とは、中国大陸を制した朝廷が世界の中心であり、その文化、思想が最も価値のあるものとし、朝廷に帰順しない異民族の独自文化の価値を認めず、「化外の民」として教化の対象とみなす古代中国大陸に存在した考え方。中華主義・華夷秩序ともいう。英語ではSinocentrismと呼ばれる。

元の時代モンゴル人が中国大陸を征服し、南宋の漢人を南蛮と呼んでいたり、清の皇帝がイギリスなどとの対等外交を拒否したりしていたように、中華思想は漢民族に限定したものではなく、東アジアの朝廷文化から生み出した一種の世界観である。

中華思想に基づく異民族への蔑称

* 東夷(とうい) - 日本・朝鮮などの東方諸国
* 西戎(せいじゅう) - 所謂西域と呼ばれた諸国など
* 北狄(ほくてき) - 匈奴・鮮卑・契丹・蒙古などの北方諸国
* 南蛮(なんばん) - 東南アジア諸国や南方から渡航してきた西洋人など

尚、現代中国・台湾・日本などでは、これらの言葉は一般的に死語となっているが、学術的には使われ続けている。

歴史

中華と夷狄の峻別を理論的に説いた文献のうち、現在確認できる最古のものは孔子によるものである。孔子は周初の礼楽を制度化し、夷狄起源の文化要素を排除すべきことを主張した。新の皇帝の王莽は、前漢において夷狄を王に冊封していた慣習を華夷秩序の観点から改め、匈奴や高句麗の王を侯に降格せしめようとしたが、これらの諸国の離反を招いてしまった。唐王朝は西域を主とする異国文化を珍重し、また外国人が宮廷で登用されることも珍しくなかった。

しかし宋王朝では対外劣勢を反映し、宋学では華夷の序が強調されるようになった。南宋は中原の金に臣伏・朝貢していたから、現実としては金こそが中華である。これは堀敏一「律令制と東アジア世界」などで通説となっている。実際南宋人が北方人から「南蛮」「蛮子」などと呼ばれたことは有名である。

明が異民族王朝の清に滅ぼされると、明の遺臣の一部は清に仕えることを潔しとせず抵抗もしくは亡命し、そのうちの一人である朱舜水は、夷狄によって治められている現在の中国はもはや中国でなく、亡命先の日本こそが中華であると述べ、いわゆる小中華思想を唱えた。その清王朝も乾隆帝の時代には中華としてイギリスとの対等外交を拒絶するようになった。

学術的用語を離れた俗用法として

漢人の伝統的な思想という学術的な意味を離れ、その語感から単に強引で自己中心的な考え方を中華思想と呼ぶ場合がある。

さらに詳しく → 中華思想



徹底解明!ここまで違う日本と中国―中華思想の誤解が日本を亡ぼす徹底解明!ここまで違う日本と中国―中華思想の誤解が日本を亡ぼす
(2010/07)
石 平加瀬 英明

商品詳細を見る
関連記事

タグ : 加瀬英明 石平 中華思想 中国人 中国共産党 日中関係 中華民族

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/1700-160f0fae
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。