F-14 トムキャット (F-14 Tomcat)

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2010/09/05(日)
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F-14アメリカ海軍艦上戦闘機。F-4 ファントム IIの後継機としてグラマン社が開発した。愛称は「雄猫」を意味するトムキャット(Tomcat)。

概要

アメリカ海軍の保有・運用するF-4の後継機として、グラマン社の開発した可変翼と長射程のAIM-54フェニックスの運用能力を特徴とした、第4世代ジェット戦闘機に分類される艦上戦闘機である。機体単価は3,800万USドル。1970年の初飛行を経て1973年から運用部隊に配備された。総計712機が製造され、アメリカ海軍の他には唯一イラン空軍で採用された。アメリカ海軍F-14はF/A-18E/F戦闘攻撃機への機種転換が進み、2006年9月22日にVF-31トムキャッターズの解隊を最後に全機が完全退役した。

開発の経緯

F6Dミサイリアー構想

F-14の開発は1950年代までさかのぼる。当時アメリカ海軍は東側の対艦攻撃機を要撃する機体を必要としており、1957年にはダグラス社でXF6D-1ミサイリアー(Missileer)の開発を行っていた。F6Dはベンディックス社の開発するAAM-N-10イーグル空対空ミサイル(航行速度マッハ4、射程203km)を先進的な火器管制システム(AN/AWG-9)のもとで運用し、遠距離迎撃のために約10時間のCAPを実施する構想であったが、イーグルミサイル以外の武装を持たず、機動力や汎用性に乏しものであったため廃案となった。しかし、イーグルミサイルは開発が続けられて AAM-N-11、さらにはAIM-54 フェニックスとなり、同様に開発を継続されたAN/AWG-9とともにF-111Bを経てF-14で採用されることになった。なお、空軍は同時期にXF-108・YF-12要撃機を開発しており、これらに用いられたAIM-47ファルコンミサイルと、ヒューズAN/ASG-18 火器管制レーダーの技術も流用されている。

TFXプログラムとF-111Bの頓挫

1961年、ジョン・F・ケネディの政権下で国防長官に就任したロバート・S・マクナマラは、当時海軍と空軍から要望されていた新型戦闘機を可変後退翼を持つ共通のプラットフォームTFX(Tactical Fighter Experimental)として開発する計画を立てた。実際に空軍から出ていた要望は戦闘機というよりも長距離爆撃機に近く、他方で海軍からの要望は対艦ミサイルを搭載した航空機を対艦ミサイル射程外で迎撃するための長距離航行可能で且つ至近距離での格闘戦を想定した戦闘機であり、この分野の知識に疎いマクナマラの推進した計画には当初から無理があった。

1961年10月1日に入札各社は各案を提示。ゼネラル・ダイナミクス社が落札した。ゼネラル・ダイナミクス社はグラマン社と提携し、グラマン社は降着装置と本体後方部、および海軍向けのアレンジTFX-N(後F-111B)のデザインを担当した。

海軍向けF-111Bの試作機は1965年の5月に初飛行を行ったが、重量過多、航行速度不足、加えて降着装置の位置が前方に偏り過ぎていたために、着艦時の挙動が非常に不安定で危険とされたなど、海軍の要望を満たしていないことから海軍での採用は見送られた。

VFXプログラムの立ち上げとグラマン案の採用

当時海軍で採用されていたF-4ファントムおよびF-8クルセイダーは性能的に時代遅れとなりつつあり、ソビエト連邦の新型機などの脅威に対応不可能と考えられていたことから、海軍はTFXプログラムからVFX(Carrier-based Fighter Experimental)プログラムを、F-111B不採用を決定してすぐに立ち上げた。

1967年10月に各社はこの要望に応札、グラマン社とマクドネル・ダグラス社が残った。翌年マクドネル・ダグラス社はモデル225を、グラマン社はモデル303を提示。最終的にグラマン社が落札した。グラマン社の案は管制システム、ミサイル、エンジンをF-111Bからそのまま転用したものだった。

F-14の開発

F-14は当初、F-111同様垂直尾翼が1枚だったが、海軍の異議に応じて垂直尾翼を2枚とした最終案が1969年3 月に採択された。開発を急ぐ海軍とグラマン社は、試作機による性能評価の結果を踏まえつつ開発した量産型を制式採用し発注するという従来の開発手順を踏まず、いきなり量産型の生産に入り、スローペースで生産する先行量産型でテストを行うクック・クレイギー計画を採用し、まず12機の先行量産型を製造した。そして、先行量産型の各機に受け持ちの性能評価項目を振り分け、迅速に開発を行うこととした。

当初初飛行は1971年1月を予定していたが前倒しされ、1970年の 12月21日に試験飛行責任者のロバート・スマイズとプロジェクト・テスト・パイロットのウィリアム・ミラーによって敢行された。この飛行は悪天候と視界不良のために短時間で切り上げられ、9日後に再度飛行試験が行われたが、着陸の際に降着装置の油圧系統が故障。予備系統も作動せず、試作機は墜落。操縦士は射出座席で脱出し軽傷を負った。この時製作中の12号機を1X号機として試験に割り当てたため、試作機は都合13機である。

この設計ミスを修正した2機目の試作機は1971年5月24日に初飛行を行った。この試験機は低速度での動作確認、可変翼、および火器の動作確認に割り当てられた。3機目は搭載重量を増やしての飛行、4、5、6機目はムグ岬の海軍基地でAWG-9/AIM-54の搭載試験を行った。このうち5機目は1973年6月20日スパローミサイルの発射試験で自機に命中するという珍しい事故で墜落している。この事故の原因はスパローを下に打ち出す力が足りないことにあった。その結果、発射後に急上昇して高度を稼ぐようになっているスパローとの高度の再交差までの時間が不足し、その間にF-14を追い越せなかったスパローがF-14の機体下面に激突したものである。7機目はF401エンジンに換装された。8機目は生産ラインのデータ確認に使用され、9機目、11機目はレーダーとその他のシステム確認に割り当てられた。11機目は地上標的に対するM61 バルカンによる攻撃テストにも使用されている。10機目は海軍試験場で空母での発着を想定した試験に使用された。

海軍による最初の試験飛行は1971年12月16日に行われたが、搭乗員からは着艦の際の挙動の制御が難しいためビースト(獣)と呼ばれた。翌1972年の6月15日に最初のカタパルトを使用した発艦試験がCV-59 フォレスタルで行われ、6月28日に初の着艦試験が同空母上で行われた。この10号機はのち着艦に失敗し操縦士は死亡している。(火器管制員は同乗していなかった。)

運用開始と配備数の圧縮

F-14はアメリカ軍がベトナム戦争より全面撤退した1973年より初期導入機が老朽化しつつあったF-4の代替として配備が開始され始めた。しかしF-14の取得費用および整備などにかかる諸費用が群を抜いて高いことが知られるようになると、野党の政治家をはじめとする各方面より強い非難を受けた。

実際に民主党のハートキー(Hartke)とビンガム(Bingham)両上院議員から採用を非難する報告書が提出されるなどし、その結果結局当初配備予定だった722機のF-14は313機まで大幅に圧縮された。その後も政治家やマスコミなどによる非難は止まず、更なる圧縮が計画されたが、当時の海軍作戦部長エルモ・R・ザムワルト・Jr(Elmo R. Zumwalt Jr.)によって擁護され、免れることになった。

特徴

基本構造

F-14は、長距離爆撃機から大量の空対艦ミサイルを発射するソ連軍の飽和攻撃戦術に対抗するために開発された艦隊防空戦闘機であり、攻撃機に対する要撃機として使用するために能力も防空に特化したものとなっている。よって、格闘戦を重視したF-15やF/A-18とは異なる設計思想の元に開発された戦闘機である。

一番の特徴としてはAIM-54 フェニックス空対空ミサイルと、それを使用するための強力なレーダー火器管制装置が挙げられる。操縦機構の付いていない後席にはF-4と同様にRIO(Rader Intercept Officer)と呼ばれる専門のレーダー員が搭乗した。主翼に補助翼はなくスポイラーが装備され、水平尾翼の差動と合わせてロール機動を行う。

艦隊防空に特化した機体ではあるが、平たい胴体の発生する揚力と自動制御による後退角最適化により旋回半径を小さくする効果により、翼面荷重の高さの割には空中戦能力は低くはない。同時期に開発されたF-15との模擬空戦においてはたびたび勝利し、2機のF-15を相手に1機で勝利したこともあると言われている。実戦においてもMiG-23やSu-22相手に勝利している。

とはいえ大型な機体のために空力抵抗が大きいこととTF-30の余剰推力の不足から高G旋回後の運動エネルギー回復が難しく、神経質なエンジンを扱うためのスロットル操作の制限とともに、空中戦におけるマイナス要因となっている。

エンジン

エンジンの間隔をあけた双発エンジン配置は、流入空気の整流を容易にし、一方のエンジンの致命的な故障(爆発、火災、タービンブレードの破損による飛散など)の他方への影響を押さえることができるいう利点がある。ただし、1発停止時の推力軸線と機体軸線とずれが大きくなるため操縦はより困難になる。 F-14では、開発当初から新エンジンへの換装を予定していたこともあり、2基のターボファンエンジンを胴体下面に左右に間隔をあけて搭載し、左右のエンジンの間をミサイルの搭載場所として利用している。

F-14Aはプラット&ホイットニー社製TF30-P-412を搭載している。このエンジンはF-111Bで採用されたTF30-P-12の改良型でF-111Dにも採用されているが、出力は12,350lbと機体重量に対して不足しており、また、インテーク付近での気流の乱れに敏感で簡単に圧縮機の失速を起こす。TF30を採用した全機種での重要障害は40にも及び、被害総額は10億ドルを越えている。当初A型は最初の67機のみ製造し、プラット&ホイットニー社製のF401-PW-400に換装したB型を400機製造予定だった。

このF401-PW-400エンジンは空軍が後に開発したF100と同じくJTF22を基に設計した、安定性に加えて高出力、低燃費を目指すものであったが開発中に技術的な不具合に遭い、F-14の機体価格の高さから生産そのものを問題視される中での予算追加は困難とされたためにエンジンの実用化計画は消滅し、このF-14Bの製造は開発段階で頓挫することとなった。このため、2機目のF401搭載試験機158260(1機目は試作機の7号機)はほとんど完成していたものの試験飛行前にエンジンをTF30に換装されている。結局、TF30の抱えた問題の解決はF-14B/Dでのゼネラル・エレクトリック社製F110-GE-400の採用を待つことになった。

ミサイル

F-14が搭載するAIM-54はアクティブレーダーホーミング長距離空対空ミサイルで、射程は200kmを超える。このミサイルはソ連のスタンドオフミサイル Kh-22 及び発射母機である Tu-22/22M爆撃機を空母機動艦隊のはるか遠方で迎撃する目的で開発され、現在でもアメリカ軍が今まで制式採用してきた空対空ミサイルとしては最も射程が長いものとなっている。しかし、この高価なミサイルは大型で機動性が悪く、実戦使用例は湾岸戦争時の1度きりである。この時は最大射程で発射したため命中はしていない。

なお、フェニックスは2004年9月30日にアメリカ海軍から引退した。

フェニックスの他には、中距離空対空ミサイルであるAIM-7、短距離空対空ミサイルのAIM-9も搭載できる。これらの空対空ミサイル、あるいは爆弾類は、胴体下面、左右のエンジン間に4ヶ所、主翼根元に左右1ヶ所ずつ、計6ヶ所に搭載する。

F-14の第一の目的は艦隊防空能力であるために対地攻撃能力を付加するに十分すぎる性能を持っていたものの積極的に付加されなかった。このために特にアメリカの空母戦闘群(現 空母打撃群)に対艦ミサイルで攻撃を仕掛けてくる可能性のあった唯一の国家であるソビエト連邦の消滅後、F-14の存在意義が大きく薄れていた。結果として、当時主流になりつつあった中距離空対空ミサイルAIM-120 AMRAAMの実弾発射試験には参加したものの、改修による延命効果と費用との勘案から搭載の制式化は見送られた。

さらに、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦・アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦等のイージス艦の配備状況が拡張されるに当たり、対艦ミサイルに対する艦隊防空は、イージス艦中心にシフトしていった。このことがF-14の存在価値を低下させ、退役を早めることとなった。

火器管制装置

F-14のレーダーAN/AWG-9は最大探知距離が200kmを超える画期的な高性能レーダーである。操作は後部座席のレーダー迎撃士官が行う。AN/AWG-9は最大で24目標を同時追尾、そのうち6目標へAIM-54フェニックスを発射し同時攻撃する能力がある。飛行制御用計算機には最初期のマイクロプロセッサであるGarrett AiResearch製Central Air Data Computer(CADC)が採用された。

前席からすべての武器の発射(および各種追加機器の操作)が可能だが、通常は中射程以上のミサイルの操作は後席のレーダー迎撃士官が行い、前席の操縦士は操縦に専念することで乗員の負担を分配している。なお、機関砲やサイドワインダーの様な短距離ミサイルの操作は前席からのみとなっている。

可変翼

F-14の大きな特徴の一つとして、飛行中に速度によって最適な後退角に主翼角度を変えられる可変翼が挙げられる。F-111でも採用していたが、F-111では巡航飛行時に操縦士が手動で角度を変更するが、F-14では角度の自動制御を可能としている。この自動制御は速度に対応した最適化だけに留まらず、加速時には後退角度を大きくして抵抗を減らし、旋回時には後退角度を小さくし翼幅を広げて旋回半径を小さくしたりもする。

F-4戦闘機(J型)との比較では、加速性能で45%、旋回半径で40%、旋回率で64%向上している。この値は推力重量比や翼面荷重の比較からの計算値を上回っており、その分が可変後退翼による性能向上といえる。

後退モード切替スイッチはスロットルレバー側面にある。自動にしておくと、MSP(Mach Sweep Programer)が動圧に応じて制御する。マッハ0.4までの20度から線形に後退し14,000ft以下の低空では0.6付近で約25度となり、そこから変化が急になり1.0付近で68度となる。20,000ft以上では0.7付近で約22度となり、1.0付近で68度となる。なお、MSPによる最大角制限の下で自由に後退角を変更することができる。また、非常用レバーにより、20度、55度、68度、75度に設定できる。ただし、75度を使えるのは降着装置に荷重がかかっている時のみで、飛行時に用いることはできない。これは空母上での収納スペースを節約し、取扱いを容易にするためのモードである。

F-111の鋼製のピボット軸ではひび割れが多発したため、強度確保と重量軽減のためにチタンを真空中で電子ビーム溶接して作成しており、素材と工作技術の両面で製造コスト上昇の要因となった。可変翼機は速度に応じて最適の揚抗比を得ることができるものの、可動機構の複雑さや、可動部品、特に軸の強度確保を必要とする等の面から、重量・工数など諸コストの上昇を招くため、トーネード以降、採用は途絶えている。

当初F-14ではもう一つの可変翼として主翼前縁のグローブベーンを展開するようになっていた。これはマッハ1.4以上になると主翼前縁付け根から展開される小翼で、超音速飛行で揚力中心が後退するのを打ち消す狙いがあった。マッハ1.0~1.4では手動で操作でき、また、空戦モードにしておくと空戦フラップと連動して迎角とマッハ数に応じて作動した。さらには後退角55 度の爆撃モードでは全開となった。しかし飛行特性にほとんど影響を与えないことがわかり、A型機の運用当時では無効化され、B型およびD型機では搭載兵器との干渉をなくすために廃止されている。

愛称

愛称「トムキャット」の由来は、可変翼の動きが猫の耳の動きに似ていることから名づけられた。かつてグラマン製戦闘機にシリーズ的に名付けられていた、猫もしくはネコ科の動物が含まれる愛称とは、直接は連続したものではない。退役記念として、コンフィデレートエアフォース所属のF4F(正確にはゼネラルモーターズ製FM)、F6F、F8Fとの併走飛行を行ったことがある。F-14は失速直前でフラップを下ろした状態、逆にF4Fはほぼ全開出力での飛行だった。

改修

対地攻撃能力の付加

F-14は、当初搭載されたレーダーの能力などから空対空戦闘のみを考慮された戦闘機だったが、航続距離が長いことや搭載能力に余裕があるなどの利点があった。湾岸戦争でのA-6の損耗率の高さと、後継機として開発されていたA-12やその代価案であるA-6Fの開発が中止されたことにより、A-6引退とF/A-18E/Fスーパーホーネット配備までのつなぎとして、F-14の右主翼付け根のパイロンに、LANTIRNポッド(F-15EやF-16に搭載されているものにGPSとの連動機能を追加する改修が行われている)を装備して対地攻撃能力を付与することとなった。

この改修によりポッド搭載のみでレーザー誘導爆弾などの使用が可能となった。この対地攻撃能力が付与されたタイプのことをボムキャットと呼ぶこともある。

偵察能力

F-14は偵察ポッド(TARPS)を装備し偵察任務にも使用されている。RF-8の退役後、アメリカ海軍では専用の戦術偵察機がなくF-14はそれの重要な代替機となっている。1990年代から始まった航空団と飛行隊の改編ではTARPSとLANTIRNを装備しない飛行隊から解隊・機種転換されていったことから、これらのポッドによってF-14が延命できたともいえる。ちなみに、TARPSを装備した機体には「ピーピング・トム」の別称があり、カメラを構えたトムをデザインした専用パッチもある。

要撃機型

上述の通りF-14は対艦攻撃機に対する艦隊防空に特化した戦闘機であり、爆撃機に対する要撃機としてもその能力は高いと考えられたため、F-15と共に老朽化したF-106戦闘機に代わる要撃機としての採用が検討されたものの結論はでなかった。結果としてはF-106の退役に伴い、なし崩し的に空軍機であるF-15およびF-16が要撃任務を引き継いでいる。

スーパートムキャット21計画

1990年代前半に、アフターバーナーの使用なしでのマッハ1の巡航飛行(スーパークルーズ)が可能なエンジンの搭載やステルス性の付加、さらには改良型電子装置の搭載や本格的な対地攻撃能力の追加などにより、21世紀にも通用する戦闘機として、本機の発達改良型である"スーパートムキャット21"や"アタック・スーパートムキャット21"などが計画された。これは、1980年代後期から1990年代前半にかけて開発・導入が検討されていた空軍のYF-22をベースに、主翼をF-14と同じく可変翼とした海軍の発達型艦上戦術戦闘機・NATF(F-22N)や、A-6E艦上攻撃機の後継機として計画されたA-12ステルス攻撃機の開発が最終的に中止されたことを受けたためである。

しかし、F/A-18の拡大改良型であるF/A-18E/FスーパーホーネットがF-14の後継機として採用されたことにより、最終的に"スーパートムキャット21"などの開発は中止された。

実戦経験

ベトナム戦争では、1973年にアメリカ軍が撤退した後に配備されたために、1975年4月にアメリカ海軍と海兵隊が中心になって行われたアメリカ民間人のサイゴン撤退作戦のための上空支援に使用されたのみとなった。

1981年の対リビア作戦で初の戦果をあげており、原子力空母ニミッツから発艦したF-14が地中海シドラ湾上空で2機のリビア空軍Su-22M(シドラ湾事件 (1981年))を、1989年1月にも同じく2機のリビア空軍機MiG-23ML(シドラ湾事件 (1989年))を撃墜している。

1983年のレバノン内戦への介入、および1986年4月のベンガジとトリポリへの侵攻(リビア爆撃 (1986年))を援護。作戦活動中に偵察を行った。

1991年の湾岸戦争では大規模な空中戦は行われなかったが、イラク軍Mi-8ヘリコプターを撃墜している。一方でイラク軍の地対空ミサイルで撃墜されている。

1993年からバルカン上空で、ユーゴスラビア紛争に絡み戦闘空中哨戒(CAP)および偵察を実施、1995年に初の爆撃を行った。コソボ紛争でもF-14が高速前線航空統制および爆撃を実施した。

2001年のアフガニスタン戦争では作戦の中心となり、前線航空統制(FAC)や、燃料積載量が少なく奥地まで飛行できないF/A-18Cの代わりに、F-14が誘導爆弾などを投下し、多数の戦果を上げている。

2003年のイラク戦争でも、誘導爆弾などを投下し戦果を上げた。

型式

1969年から1991年までの期間に、総計で712機のF-14A/B/Dが製造された。グラマン社はF-14の発展型として、電子機器を換装し、全天候攻撃・偵察能力を持たせたF-14Cの新製を提案したが、計画段階で却下されている。実機にC型がないのはこのためであり、計画の仕様はD型に活用された。さらには、性能を落とした「F-14X」も計画したが、こちらも却下されている。

F-14A
基本型で478機がアメリカ海軍、79機がイラン空軍に引き渡された。

F-14B
上記のエンジンの問題にもあるように、F-14AのTF30エンジンは開発当初からその問題が指摘されていた。そのためエンジンの換装案がいくつか挙がっており、最終的にエンジンをF110-GE-400に換装したF-14A+(7号機がF-14Bを名乗っていた)が開発され、後にF-14Bと呼ばれるようになった。

F-14D
1990年には、レーダーをAN/APG-71に換装したF-14D型が開発された。これは新規で製造されたものとF-14Aを改修したものの2つのタイプがあるが、前者はF-14Dと呼び、後者はF-14D(R)と呼ばれる。B、Dとも最初は全てのA型を改修する予定だったが、冷戦の終結で製造費が安価で運用も柔軟なF/A-18戦闘攻撃機の導入が基本方針となり、改修も新造も大幅に規模が縮小された。

F-14B、F-14Dはスーパー・トムキャット(Super Tomcat)という非公式の愛称がつけられている。BおよびDはF110エンジンを搭載し、排出ノズルの形状がTF-30エンジンのAと異なるため、外見から判別可能である。
国防総省は海軍からの根強い反対にもかかわらず、性能は劣るものの安価で整備が容易なF/A-18を主力として、F-14Dの全面配備を認めなかった。結局、国防予算の都合、フル装備の重いF-14が着艦可能な空母が無い、既にF/A-18が配備されていた等の理由により、F-14Dは新製37機、A型からの改造 18機の計55機の配備にとどまった。

仕様

* 乗員: 2名(操縦士1名、レーダー操作官1名)
* 全長: 19.1 m
* 全幅
    o 主翼後退角75度: 10.15 m
    o 主翼後退角68度: 11.65 m
    o 主翼後退角20度: 19.54 m
* 全高: 4.88 m
* 主翼面積: 52.5 m2
* 最大離陸重量時翼面荷重
    o F-14A: 611.42 kg/m2
    o F-14B/D: 642.36 kg/m2
* 空虚重量
    o F-14A: 18,191 kg
    o F-14B/D: 18,951 kg
* 最大離陸重量
    o F-14A: 32,100 kg
    o F-14B/D: 33,724 kg
* 燃料容量: 9,027 L(機内) / 1,011 L(増槽)×2
* 発動機
    o F-14A: プラット&ホイットニー製 TF30-P-412A 又は414A ターボファンエンジン ×2
    o F-14B/D: ゼネラルエレクトリック製 F110-GE-400 ターボファンエンジン ×2
* 推力
    o F-14A: 5,600 kgf (クリーン)×2 / 9,479 kgf (オグメンタ)×2
    o F-14B/D: 7,300 kgf (クリーン)×2 / 12,520 kgf (アフターバーナー)×2
* 最大速度: マッハ 2.34
* 航続距離: 3220 km
* 機外最大搭載量: 6,577 kg
* 固定武装: M61A1 バルカン 20mm ガトリング砲 ×1(装弾数:675 発)

さらに詳しく → F-14



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