【田母神俊雄】 「言論の自由」と 「閉鎖された広島の平和思想」

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2010/08/14(土)
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田母神 俊雄(たもがみ としお)は、日本の元航空自衛官で第29代航空幕僚長で軍事評論家。頑張れ日本!全国行動委員会代表。

来歴

生い立ち

1948年(昭和23年)7月、福島県郡山市田村町の農村に生まれる。幼少期、田母神はいわゆる悪ガキであったが、真面目で厳格な父親のもとで育てられ、父親や周囲の人間から強く怒られるなかで自身の倫理観を築いたという。小学校5年生の時には東京へ出向き、このとき初めて明治神宮や靖国神社へ行った。 田母神は、これらの幼少期の経験を踏まえ、幼少期に責任意識を形成させることの重要性を自身の著書で語っている。

防衛大学校・自衛隊

福島県立安積高等学校から防衛大学校に入学。卒業後航空自衛隊に入隊。職種は高射運用。第6航空団司令、統合幕僚学校長、航空総隊司令官を経て、2007年(平成19年)3月28日、航空幕僚長に就任。

2008年(平成20年)10月31日、自身の論文にて集団的自衛権の行使を日本国憲法違反とする政府見解や1995年(平成7年)8月15日発表の村山談話と異なる主張を発表したことなどが問題視されたことを受け、航空幕僚長の職を解かれ航空幕僚監部付に。62歳定年の航空幕僚長たる空将(軍隊の大将相当)でなくなったことにより一般の将(同中将相当)と同様の60歳定年が適用され、11月3日を以て定年退官となった。同年11月11日、参議院外交防衛委員会に参考人として招致される。この委員会において論文内容を否定するつもりはないことを改めて強調した。これら一連の経過は、報道によって世間の注目を集めた。

年譜

* 1967年(昭和42年)3月:福島県立安積高等学校卒業
* 1971年(昭和46年)3月:防衛大学校卒業(15期、電気工学専攻)
* 1986年(昭和61年)1月:2等空佐昇任
* 1990年(平成2年)1月:1等空佐昇任
* 1991年(平成3年)8月:航空幕僚監部防衛課
* 1993年(平成5年)12月:第3航空団基地業務群司令
* 1995年(平成7年)6月:航空幕僚監部厚生課長
* 1996年(平成8年)7月:空将補昇任
* 1997年(平成9年)3月:南西航空混成団司令部幕僚長
* 1998年(平成10年)7月:第6航空団司令
* 1999年(平成11年)12月:航空幕僚監部装備部長
* 2002年(平成14年)12月:空将昇任、統合幕僚学校長
* 2004年(平成16年)8月:航空総隊司令官
* 2007年(平成19年)3月:第29代航空幕僚長
* 2008年(平成20年)
    o 10月31日:民間の懸賞論文へ応募した作品が日本の過去の侵略行為を正当化する内容で、政府見解と対立するものであったことが問題視され幕僚長を更迭、航空幕僚監部付となる。同日付で「航空幕僚長たる空将」から空将となったことにより一般の将と同様の60歳定年が適用、6ヶ月の定年延長が発令される。
    o 11月3日:定年延長が11月3日までとされ、同日付をもって定年退職。退官行事は行われなかった。

在任中の主張・動向

安全保障など政治問題に対しても直接的な発言をすることで知られており、時には論議を呼ぶ発言をすることもある。「航空自衛隊幹部学校幹部会の隊内誌『鵬友』でも「航空自衛隊を元気にする10の提言」(連載全4回 2003年7月号から04年9月号まで)、「日本人としての誇りを持とう」(07年5月号、幕僚長着任後)など、侵略の意図を否定し、“正しい歴史認識を”と繰り返し主張し続けている」としんぶん赤旗は報じている。

名古屋高裁の傍論に対する発言

自衛隊のイラクでの活動に対する違憲の確認と派遣の差し止め、及び損害賠償を求める訴訟に対し、名古屋高等裁判所(青山邦夫裁判長)は控訴人の請求はいずれも不適法であるとして棄却を言い渡したが、傍論として航空自衛隊の一部の活動を違憲とする見解を示した。同判決について、原告側は判事の「傍論」を以って「実質勝訴」だったという見解を記者会見の場で示している。

当時航空幕僚長を務めていた田母神は、2008年4月18日の定例会見で判決が現地で活動する隊員に与える影響を記者から問われると、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数はそんなの関係ねえという状況だ」と発言した。この発言が報道で取り上げられたことに対し、後日「表現が不適切であり、判決自体には異論を述べる趣旨ではなかった」と釈明している。田母神によれば、この発言の意図は笑いを取るつもりであったが、一部のマスコミから「危険人物」と言われてしまったという。

当時の防衛大臣石破茂が当時流行していたお笑い芸人小島よしおのギャグを意識して言ったのではないと本人から聞いたということや、会見録からも茶化して言ったという感じではないということを衆議院安全保障委員会で弁解している。ただし、一種の舌禍事件となったため本人の意図に関係なく「そんなの関係ねえ」との発言のフレーズだけが、その後も多くのマスコミで繰り返し引用され報道された。

国会においてもこの発言に関する質問主意書が提出されたが、政府は、国側勝訴の判決と説明を加えた上で、憲法九条に違反するとの傍論の部分は「判決の結論を導くのに必要のない傍論にすぎず、政府としてこれに従う、従わないという問題は生じないと考え」ており、田母神の発言は「政府と同様のこのような認識に立った上で〔中略〕必ずしも正確な表現ではないが、自らの言葉でこのような発言をしたものと承知している。また、防衛行政については、シビリアン・コントロールの下、法令に基づき、適切に行われている。」と答弁している。

もっとも、裁判所における傍論の法的拘束力は下級審について及ばないのであり、権力分立主義の下では行政府や立法府は、司法が真剣に争った部分は傍論ではなくむしろ本論だと伊藤塾塾長・伊藤真は述べており、かかる発言・答弁は無知・無教養に起因するものである批判している。

なお、田母神は退官後の12月21日に名古屋でおこなった記者会見の際にも高裁判決について「全く関係ねえです」と再度発言。更には直後の日本世論の会愛知県支部主催の講演で「あの時に『オッパッピー』までやっておけばよかった」、「侵略国家との誤った歴史観を改めなければならない」と述べた。

クラスター爆弾について

使用後不発弾が大量に発生する事が問題視されていたクラスター爆弾に対し、田母神は2007年5月25日の記者会見で、日本の長い海岸線を防御するのに有効であると発言したがそのなかで「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防御手段をもっておくべきだ」とした。

東京大学・五月祭にて

2008年5月24日、現職の自衛官として初めて、東京大学五月祭にて安田講堂で、「極東の軍事情勢と21世紀における我が国の針路」というテーマの講演を行い「将来リーダーとなる東大の学生の皆さんは高い志を持って燃えて欲しい。上が燃えないと組織は不燃物集積所になる」などの発言をした。この講演に先立ち、講演がおこなわれることを知った石破は上記の「そんなの関係ねえ」発言を受け、「いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね」と釘を刺した。尚、当該講演においても、戦前日本の侵略国家性への疑問について、後述の懸賞論文に書かれていたような論拠を示しつつ、多くの時間を割いて主張した。

核武装発言

アパグループの元谷外志雄代表と親交があり、政界や言論人が集う「日本を語るワインの会」に参加していた。2004年9月15日、会合に出席した航空総隊司令官(当時)の田母神は「中国に対抗する勢力を作り、それを中国に認めさせるためには、日本が自立した国となり核武装を行うことが必要なのかもしれない」「最初から『日本は核武装を絶対しない』と宣言するのは馬鹿げたことだ」などと発言したことが明らかになっている。この会合には民主党幹事長(当時)であった鳩山由紀夫(後に第93代内閣総理大臣)と幸夫人も参加している(鳩山由紀夫#核武装議論(容認→絶対反対)を参照)。また、この時元谷が語った歴史観と後述の田母神の論文の内容と酷似していたとの指摘もある。

田母神は防衛の専門家として核武装は核抑止のための選択肢の一つとして述べているに過ぎず、NATOのようなニュークリア・シェアリング・システムを導入することも検討するべきだとしている。(ただしNATOで運用されるニュークリアシェアリングとは「NATOの総意に基づく戦術核攻撃」であり、さらには核兵器保有国が使用の最終的な決定権を持っているため「NATOのような」システムを導入しても「日本が日本のために他国の核を使う」ことはできない。都市人口、あるいは核戦力を目標とした「戦略核兵器」をシェアした例は無いため、核抑止の説明としては具体性が乏しく、不十分である)後述の2009 年8月の講演でも「核兵器を廃絶しても平和が来るとは思っていないし、核廃絶自体も現実的には困難だと思う。」という認識を示し、「核兵器は非常に悲惨な被害を及ぼす。それゆえ双方が報復を恐れる。核戦争には勝者はいない。つまり核兵器は先制攻撃に適さず、あくまでも報復の恐怖を背景とした抑止の兵器である。」や「日本は核保有を議論する事すら許されないが、3度目の核被害に遭いたくないから核武装をするという論理はおかしくない。当然アメリカや中国は反対するだろうが、それに対し粘り強く交渉し勝ち取っていくのが外交である。」と述べている。2009年8月6日に広島で行った「広島の平和を疑う」という講演では、「核の悲劇を繰り返さないために、日本は核武装すべき」と主張した。

退職後の発言

講演活動

「日本の侵略戦争説」を否定するという、自衛官にとっての「タブー」に挑戦したことで保守派や右翼を中心に人気が高く、退官後は多くの講演に招かれている。2009年2月の講演回数は実に24回/月に及んでいる。田母神は自身の人気について「日本が謝罪ばかりしていることに『何かおかしい』と感じていた多くの国民が、私の発言にストンと心に落ちるものがあるのでは」との考えを語っているほか、「日本には反日的な言論の自由はあるが、親日的な言論の自由はない」と述べている。

この主張については自著の中でも言及しており、「日本には反日的言論の自由は無限にある。日本のことをいくらでも悪く言うことができるし、それによって国会が紛糾することもない。一方、親日的言論の自由は極めて制限されている。特に自衛隊に関することと歴史認識については、言論が封じられ、言っただけで問題を引き起こす。今回の私の論文がその典型である。問題になるのが分かっていて何故言うのかという疑問があるだろう。それは、問題にしないということは少しずつ反日に同調するということを意味するからだ。これまでの歴史の推移を見れば、それは明らかである。そのとき少し譲歩して収めたとしても、次回はもっとつらくなる。もっと言論が不自由になる。この繰り返しでは日本はやがて崩壊してしまう」と述べている。

田母神は、敵のミサイル基地を攻撃することや、核兵器について、自衛隊に所属していたあいだは議論すること自体が難しいとも感じていた。攻撃能力や核兵器保有を決定するのは政治であるが、議論することすらも許されないであれば日本は独裁国家と同じであると断じている。

退官後の生活について週刊誌のインタビュー、に、講演や著書執筆などで多忙の日々を送っており、趣味のゴルフに出掛ける機会もめっきり減ったと語った。当記事では田母神の退官後の推定年収は現役時代の約4倍に達する勢いと言う。また、自著の『田母神塾』において、複数の政党や政治関係者などから出馬要請を受けたが、本人にその意思はないと断っているとの記述がある。

田母神は「私は心底国家国民の将来を思って、問題とされる論文を書いた。今の自虐史観が払拭されなければこの国は駄目になってしまうという危機感を感じている。しかし私の国家国民への熱い思いへの回答は、私の更迭というものであった。そして保守政党『自由民主党』は、またも保守政党から遠い政党になってしまった。また少し左に寄ってしまった。自民党は、今後さらに強力に村山談話を奉っていくことになるだろう。しかしそれでも私はこの国の将来に希望を捨てていない」と述べている。

2009年8月2日、幸福実現党の大川きょう子(当時、宣伝局長)との対談記事が全面広告として産経新聞に掲載される。この中で田母神と大川は「日本には軍事に関する言論の自由がない」「国連中心主義はおかしい」等と主張した。対談の最後に田母神は大川に「(第45回衆議院議員総選挙での)ご健闘をお祈りしています」と述べた。なお、選挙期間中に幸福実現党が新聞各紙に掲載した大川隆法による文章では、靖国神社問題と絡めて田母神を擁護する内容もあった。

防衛大学校長に対する反発

また、同日発行のフライデーで田母神は「2年前に五百旗頭真防衛大学校長が、新聞紙上で自衛隊のイラク派遣反対の意見や小泉総理(当時)の靖国神社参拝反対の意見を公表しました。防大校長も自衛隊員ですが、その発言の責任を問われる事はありませんでした」と反発した。防衛大学校校長は身分としては防衛省(当時は防衛庁)職員となるが、自衛官ではないという。

西原正は校長在任期間中に小泉首相の私的懇談会「対外関係タスクフォース」に参加しており、当時の五百籏頭真校長も福田内閣の外交政策勉強会、防衛省改革会議に参加するなど政策提言者としての行動を行っている。なお、2004年3月の海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式では石破茂防衛大臣は「自衛官は政治に関与してはならないが、政治に対して関心を持つべきだと私は思う。 (略) 専門的な立場で意見を申し述べることは諸官の権利であり、同時に民主主義国家における自衛官の義務だと思っております。」(「文藝春秋」2009年1月号)と述べている。

自衛隊からの支持

2008年12月23日、日本会議熊本が主催して熊本市内で行われた「村山談話の撤回を求める熊本県民集会」講演で「制服自衛官の99%が私を支持していると思う」と主張した。

自民党議員からの支持

2009年2月19日、日本の前途と歴史教育を考える議員の会に招かれて自民党本部で行なった講演では、改めて自分の正当性を主張。石破から“空幕長ともあろう人があんな偏った歴史観では困る”と苦言を呈されたことに触れ「偏っているのはあなただと言いたい」と発言。更迭についても「辞表を書かなかったのは『ごめんなさい』と言いたくなかったからだ。一部調査では 6~7割が私を支持しており、もう少し頑張った方が良かったかもしれない」と強調。出席者からは「そうだ」「興味深い話を聞いた」と賛同の声が上がったという。

同年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙に際しては中川昭一元財務大臣の選挙応援にかけつけていた。このためか、自民党から自衛隊OBの目玉候補として2010年の参議院議員比例区への立候補を打診されている。田母神はこれを断ったが、航空自衛隊OBで松下政経塾塾生の新人候補・宇都隆史を自民党候補として支援する旨を伝えている。

しかし、産経新聞など2010月4日11日の報道によれば、たちあがれ日本の平沼赳夫代表は、3月に「平沼新党」の結党メンバーとして田母神を入れることを検討していたといい、次期参議院選挙の目玉候補として田母神と友人の中山成彬の擁立が予想されるという。また実際に平沼は結党直後に中山が主催し田母神が出席する会合に出席している。そのため、田母神が「たちあがれ日本」から出馬する可能性もある。

拉致問題と国防

2009年2月28日、名古屋の市民サークル若宮会講塾主催の講演会「拉致問題と国防」において、家族会事務局長増元照明、特定失踪者問題調査会代表荒木和博とともに北朝鮮による日本人拉致問題をテーマに名古屋市内で講演し「自衛隊を動かしてでも、ぶん殴るぞという姿勢を(北朝鮮に)見せなければ拉致問題は解決しない」と述べた。田母神は記者会見で「『ぶん殴る』とは具体的には何か」と質問されると「自衛隊を使って攻撃してでもやるぞという姿勢を出さないと、北朝鮮は動かない」と答え、軍事オプションを圧力の一環として威嚇することの重要性を訴えた。

在日朝鮮人のメディアである朝鮮新報が3月13日の報道によれば、上記の田母神の発言に対して3月10日に北朝鮮の国営朝鮮中央通信が非難したと報じた。それによれば田母神を「日本軍国主義勢力の代弁人を自称し、内外の糾弾にさらされている極悪な右翼反動分子」だと指弾し、この発言を「反朝鮮対決と戦争の狂信者だけが吐くことのできる許しがたい暴言」「朝鮮半島をはじめアジアと世界を征服しようとする日本の反動層の再侵略野望が頂点に至っていることを示すもの」「朝鮮の自主権に対する挑戦、アジアの平和と安全に対する脅威」などと指摘していた。

憲法9条に関する発言

田母神は2008年11月に第170回国会参議院外交防衛委員会に参考人招致された際、「集団的自衛権を認めるべき」とする改憲論を述べていた。また質問にたった浅尾慶一郎に「集団的自衛権の行使を認めるべきだという趣旨で書かれたのではないということですか」と問われたのに対し、田母神は「特にそこまでは訴えておりません」としつつも「国を守ることについて、これほど意見が割れるようなものは直した方がいいと思います」という答弁をしている。

2009年5月2日に日本青年会議所大分ブロック協議会で開催された護憲派、改憲派による憲法タウンミーティングで、改憲派として参加した。ここで田母神は現行憲法を「何がやりたいか明確でなく、自分の身も守れない永久子ども憲法だ。今のままでは国益を守れない」や「軍人は好戦的と言われるが、自分の部下を死なせたくないから、戦争には慎重だ」と述べ、「憲法9条に『陸海空軍はこれを保持する』と書いたらいい」など日本の現状に即した独自の改憲論を主張した。

被爆地広島に関する発言

日本会議広島支部(会長・松浦雄一郎広島大学名誉教授)の主催で2009年8月6日の原爆忌当日に広島市中区のメルパルクホール広島で「ヒロシマの平和を疑う」との題目で講演を行うことが計画された。これに対し6月29日に秋葉忠利広島市長は、日本政府に核武装を主張している田母神が原爆の日に被爆地で講演を行問題であると講演日程の変更を求め、正式に田母神サイドに要請書を送付した。

これに対し主催者からは、「とても過激な過剰な反応だと思う」「あたかも圧力をかけるようなやり方は理解できないなどと反発し、「話を聞く前から拒否反応をするのは間違っている」や「核武装の議論をするが、核武装を主張するための講演ではない」と反発したが、田母神が6月20日に広島の新聞社に対し「核兵器は絶対に使われることのない兵器だが、持つか持たないかで国際的な発言力は全然違う。日本のために核兵器を持つべきだと考えており、講演ではそこに触れる事になると思う」と、講演で核武装論に触れる予告をしていたことが明らかにした。

講演は予定どおり8月6日に開催され、当日は会場に入りきらず別室でモニターで視聴したものを含め主催者発表で1400人が集まったが、講演会ではジョークを交えサービス精神旺盛なところを見せて持論を主張した。その中で核廃絶は夢物語であり無理であるが、核保有国は報復が恐ろしいので使用することはないだろうと核抑止についての講演を行った。

それによると前述のように自身の核武装論のほか、秋葉市長に対する批判。平和教育は日本教職員組合による政治的扇動であると主張したほか、米国のルーズベルト政権に共産党員が300人いたから日米開戦に至ったとする、いわゆる真珠湾攻撃陰謀説を演説した。そして講演の締めでは『国民が保守の言論を求めていることがわかってきました。保守の言論は左翼の言論に圧倒されないようにしなければなりません。そのためにも産経新聞と「正論」と「Will」を買って、アパホテルに泊まりチャンネル桜を見てください』であった。この田母神の発言に対し会場は大爆笑であったという。

原爆忌の講演の後、自身の田母神俊雄後援会公式ホームページの「田母神ルーム」で広島の原爆慰霊祭についてのコメントで『慰霊祭の参列者の中には広島市民も被爆者やその家族の方々もほとんどいない、全国からバスなどで集まってきたある種の思想を持った人たちで、広島の被爆とは全く関係のない人たちが参列しており、平和学習と称して日教組の先生方に引率された小学生や中学生もいっぱい参列している」と主張し、こうした事実はテレビや新聞でも全く報道されていないとした。また広島の原爆慰霊祭は核廃絶の政治運動であり、核廃絶以外の意見が公式には全く言えないような状況であるなか、広島で講演したことは「言論の自由」の確保に一定の効果があったなどと主張した。

8月24日、第45回衆議院議員総選挙で大阪府第17区に改革クラブから出馬した西村眞悟の応援演説に堺市内の駅前に立った際、広島平和記念式典を「左翼の大会」と呼び、“広島在住の知人から聞いた話”として「祈念式典出席者に本物の被爆者や被爆者家族はほとんどいない。並んでいるのは全国から集った左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」「広島市民も広島県民もほとんどいない」と発言、麻生太郎首相が式であいさつしたことを「マンガです、ほとんど」と評した。

翌8月25日には宮崎県第1区から出馬した中山成彬の応援演説でも「慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。被爆者も2世もいない。左翼ばかりだ。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」などと大阪で行なったと同様の演説をした。田母神は式典には広島市民も広島県民もほとんどおらず、全国からバスで左翼が押しかけたと重ねて主張した。また核廃絶は「日本弱体化の左翼運動」であると批判した。さらに26日には大阪・八尾市において大阪府第14区に出馬した衆議院候補の応援演説で「反日運動」と批判した。なお田母神本人によれば、最近も講演で繰り返し同じ話をしているという。

田母神によるこれらの発言に対し、広島被爆者団体協議会の坪井直理事長は「広島の平和記念式典は被爆者が平和宣言を聞き、亡くなられた方々に献花などする場。田母神氏の発言は実証がないのに人を扇動するばかりだが、何の効果もない。騒ぐ必要はないだろう」とし、「真実とはほど遠い。相手にもしたくないが、間違ったことが風評になることは止めなければいけない」と主張した。

また中国新聞のコラム『天風録』2009年8月28日の中で、被爆者は出席していないという「被爆者席」を見ない田母神の言論を「ノストラダムスの大予言(の予言解釈本)」と同様に、無責任な主張をする「トンデモ本」の著者と評したが、そのなかで『トンデモ本が出回る社会には自由があるそうだ。でたらめを承知で「うそ」を楽しむのも一つの文化であり、健全さの証しと見る人もいる。しかしそれは傷つく人がいないならである。(中略)かつての戦争を正当化する「論文」のたぐいも今までにも増して、まゆにつばをつけて読まねばなるまい。大予言は「外れたね」で済んだが、こちらは笑ってすまされない』と主張した。

さらに詳しく → 田母神俊雄



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