【小山和伸】 日韓基本条約について

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2010/07/31(土)
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日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(にほんこくとだいかんみんこくとのあいだのきほんかんけいにかんするじょうやく、昭和40年条約第25号)とは、1965年(昭和40年)6月22日に日本と大韓民国との間で結ばれた条約。通称日韓基本条約。経済協力や関係正常化などの取り決めがある。条約は英語と日本語と韓国語(朝鮮語)で二部ずつが作られ、それぞれ両国に保管されている。なお竹島韓国名独島)問題は紛争処理事項として棚上げされた。

条約の内容

条約は7条からなる。第2条では、両国は日韓併合(1910年)以前に朝鮮、大韓帝国との間で結んだ条約(1910年(明治43年)に結ばれた日韓併合条約など)の全てをもはや無効であることを確認し、第3条では日本は韓国が朝鮮にある唯一の合法政府であることを確認し、国交を正常化した。この条約によって国交正常化した結果、日本は韓国に対して多額の経済援助を行った。政府開発援助 (ODA) もその一環である。

条約に関する歴史認識の違い

本条約は締結されたとは言え、これ以前に締約された条約や協定に対する「もはや無効であることが確認される」という条文に対して日韓両国の解釈が異なるなど、歴史認識論議が絶えない。韓国側は、本条約の締結により「過去の条約や協定は、(当時から)既に無効であることが確認される」と言う解釈をしているのに対し、日本側は本条約の締結により「過去の条約や協定は、(現時点から)無効になると確認される」と言う解釈をしている。

これは、特に韓国併合に対して、韓国側は「そもそも日韓併合条約は無効であった」という立場であるのに対し、日本側は「併合自体は合法的な手続きによって行われ、併合に関する条約は有効であった(よって、本条約を持って無効化された)」という立場をとるという意味である。

付随協約

日韓基本条約締結に伴い以下の様な協約が結ばれた。

* 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓請求権並びに経済協力協定)
* 日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(在日韓国人の法的地位協定)
* 日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定(日韓漁業協定)
* 文化財及び文化協力に関する日本国と大韓民国との間の協定*日本国と大韓民国との間の紛争の解決に関する交換公文(→ウィキソース)

韓国に対する日本の資金供与及び融資

韓国側は対日戦勝国であるとの立場を主張し、日本に戦争賠償金を要求した。これに対し日本側は、韓国を合法的に領有、統治しており、韓国と交戦状態にはなかったため、韓国に対して戦争賠償金を支払う立場にないと反論し、逆に韓国独立に伴って遺棄せざるを得なかった在韓日本資産の返還を請求する権利があると主張した。日本の対韓請求権に関しては、韓国が米国に照会して日本の対韓請求権は存在しない事を確認し、日本政府も日韓会談の過程でそれを受け入れた。

韓国政府は交渉の過程で、「強制徴用、徴兵被害者など多大な被害を受けた」として日本政府に対し資料の開示と賠償を要求したが、日本政府は「韓国政府に証明義務がある」と主張した。韓国政府は強制徴用、徴兵被害者などの被害者数を「103万人余」としたが、この数値は2005年1月20日、交渉に参加した鄭一永元外務次官が、関連資料をすべて日本側のみが持っていると主張した上で、当時韓国がまとめた103万人余という数字は「証拠能力のない」もので「適当に算出された数字」だったことを明らかにした。2009年の韓国政府の発表ではおよそ12万人の朝鮮人が徴用されたとしている。

最終的に両国は、題名を「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」とし、日本は韓国に対する供与及び貸付けは「独立祝賀金と途上国支援」だと日本国会で説明し、韓国は日本による供与及び貸付けを「財産と対日請求権問題解決における賠償及び補償と経済協力」だと韓国国会で説明した。また、韓国は対日請求権を放棄した。韓国側議事録でも個人の賠償請求は完全解決が確認されており、日本政府も、この協定により、日韓間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決したとしているが、韓国政府は盧武鉉政権以降から、慰安婦、サハリン残留韓国人、韓国人原爆被害者の問題は対象外だったと主張している。

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定によって日本は韓国に次のような資金供与及び融資をおこなった。

* 3億ドル 無償金(1965年)(当時1ドル=約360円)
* 2億ドル 円有償金(1965年)
* 3億ドル以上 民間借款(1965年)

なお、当時の韓国の国家予算は3.5億ドル、日本の外貨準備額は18億ドル程度であった。

韓国政府はこれらの資金を1971年の対日民間請求権申告に関する法律及び1972年の対日民間請求権補償に関する法律(1982年廃止)によって、軍人・軍属・労務者として召集・徴集された者の遺族に個人補償金に充てたが、終戦後に死亡した者の遺族、傷痍軍人、被爆者、在日コリアンや在サハリン等の在外コリアン、元慰安婦らは補償対象から除外し、個人補償の総額は約91億8000万ウォン(当時約58億円)と、無償協力金3億ドル(当時約1080億円)の5.4%に過ぎず、他の大部分は道路やダム・工場の建設などインフラや企業への投資に使用、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展に繋げた。

1949年、韓国政府は「日本が韓国に21億ドル(当時)+各種現物返還をおこなうこと」を内容とする対日賠償要求を連合国軍最高司令官総司令部に提出した。大蔵省財政史室編『昭和財政史。終戦から講和まで』東洋経済新報社によると、日本が朝鮮に遺棄した財産や資産は、軍事資産を除き計53億ドルであった。日本が朝鮮に残した資産が賠償要求額を上回っていたにもかかわらず、韓国に対して約8億ドルの供与及び貸付けをおこなったのは、朝鮮に残した日本資産は公私の区別無く米ソ両軍政府に接収されたため、そもそも日本には「対韓請求権」が存在しなかったからである。

反対運動

条約締結に際し、日韓両国で激しい反対運動が起こった。しかし、1965年8月14日、韓国国会は条約批准の同意案を可決した。日本での反対運動は学生活動家や旧社会党などによって展開された。そこでは朝鮮民主主義人民共和国を無視した韓国との単独国交回復に反対するものが主であった。結局、衆参両院の日韓特別委員会で、与党の自民党がこの条約の委員会採決を強行。本会議でも自民党と民社党のみが出席(他党は審議拒否)して条約の承認を可決した。

北朝鮮との交渉

北朝鮮政府は「日本はまだ北朝鮮に対して、戦後賠償や謝罪をしていない」と、北朝鮮による日本人拉致問題の解決の交渉の上で再三述べ、日朝国交正常化と日本の北朝鮮に対する戦後賠償と謝罪が何より先決だと主張している。

日韓両国は日韓基本条約第三条にて韓国政府の法的地位を「国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの」として朝鮮にある唯一の合法的な政府とすることで合意した。この国連決議は韓国の単独選挙を行うことに関する決議であるが、韓国の単独選挙は米軍政府管轄区域(38度線以南)のみで行われ、ソ連軍政府管轄区域である38度線以北は除外された。

日韓交渉当時、北朝鮮政府の存在そのものを認めない韓国は当然、この決議を韓国政府の正統性の根拠として休戦ライン以北を含めた朝鮮半島全域に支配権があると解釈している。一方、日本は国連決議どおり、米軍政府管轄区域(38度線以南)のみで行われた単独選挙なので、韓国政府が朝鮮にある唯一の合法的な政府ではあるがその支配は元米軍政府管轄区域であった朝鮮南部のみで、元ソ連軍政府管轄区域であった朝鮮北部は、非合法組織(北朝鮮)によって支配されていると解釈している。日本は現在、このような解釈をもとに、北朝鮮による日本人拉致問題の解決と日本の北朝鮮に対する国交正常化後の経済協力を包括した日朝国交正常化交渉を行っている。

韓国政府における議事録の公開

2005年1月17日、大韓民国において、韓国側の基本条約及び付随協約の議事録の一部が公開された。2004年1月11日の朝鮮日報によると、日本政府は韓国政府に対して非公開を随時要請していたとした。 その理由として漁業交渉や賠償請求権、竹島(戦後、韓国が一方的に武力制圧)の領有権問題、実際には存在する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)や、その国交正常化交渉への配慮(朝日新聞、97.2.20)

韓国側の議事録が公開されると、日本と韓国間の個人賠償請求について当該諸条約の本文に「完全かつ最終的に解決した」と「1945年8月15日以前に生じたいかなる請求権も主張もすることができないものとする。」の文言が明記されている事が大韓民国において広く知られ、大韓民国内で大きな衝撃が広がった。この事は日本でも報道され、在日コリアン達に大きな衝撃を与えた。

また、韓国では2005年8月26日に追加公開を行った。公開前に、国益に著しく反すると判断されるごく一部については非公開とされた。 公開における文書の分量は、156冊で、3万5354ページである。しかし、韓国側の議事録が明らかになったことで、日韓交渉時における韓国政府の交渉に不満を持つ一部の韓国国民は、再交渉して条文の補填を要求している。

なお、韓国では、日韓基本条約、請求権及び経済協力協定自体は、既に公開されてはいたものの、殆どの政治家や国民すら内容を知らなかった。 これは、条約が結ばれた当時の韓国政権が軍事政権だったことやその軍事政権が1980年代まで続いたことで、条約の詳細が多くの韓国人に知られてなかった理由の一つとされている。

韓国での見直し論と条約交渉の経緯

2005年4月21日、韓国の与野党議員27人が、日韓基本条約が屈辱的であるとして破棄し、同時に日本統治下に被害を受けた個人への賠償などを義務付ける内容の条約を改めて締結するように求める決議案を韓国の国会に提出し、日韓両政府が日韓基本条約締結の過程を外交文書ですべて明らかにした上で韓国政府が日本に謝罪させるよう要求している。

韓国が日韓交渉中に主張した対日債権(韓国人の軍人軍属、官吏の未払い給与、恩給、その他接収財産など)に対して日本政府は、韓国側からの徴用者名簿等の資料提出を条件に個別償還を行うと提案したが、韓国政府は個人への補償は韓国政府が行うので日本は韓国政府へ一括して支払うこととし、現金合計21 億ドルと各種現物返還を請求した。事務レベル会議にて韓国側は「韓国の対日請求要綱」の全八項目中、第六項から第八項の事項は日韓交渉成立後も個人請求出来るようにと妥協するが、日本は個人請求を含め全ての事項は日韓交渉で処理すべきだとした(交渉過程は公開済み議事録に記載)。次の日韓交渉で日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求額に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り独立祝賀金と途上国支援として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び貸付けを行った。

この時、韓国政府はこの供与及び貸付けを日本に対して債権を有する個々人にはほとんど支給せず、自国の経済基盤整備の為に使用した(現在この点を批判する運動が韓国で起きている)。また、交渉過程で、日本が朝鮮を統治している時代に朝鮮半島に残した53億ドル分の資産は、朝鮮半島を占領した米ソによって接収されていたことが判明した。(インドがイギリスから独立したとき、イギリス人やイギリス企業がインドに持っていた資産が独立後も継続して保証されたというように、植民地が独立した場合にも宗主国財産は従前の通り保証される場合が多かった。ただし、イランやインドネシアのように、独立後に強制接収されるケースもある)。

このように日本が旧植民地の放棄にともなって旧植民地にある資産の放棄に至った理由としては、日本が連合国に対する敗戦国であり、旧植民地も含めて全ての資産が連合国に接収されたことが挙げられる。また、当時世界最貧国のひとつであった韓国を強化し、日韓双方が協力してベトナム戦争を支えるようアメリカ合衆国が日本と韓国に圧力をかけて双方の妥協を強要したのだという見方もある。

さらに詳しく → 日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約



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