タイ暴動の裏側 - 高部正樹氏に聞く

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2010/06/06(日)
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反独裁民主同盟(はんどくさいみんしゅどうめい、タイ語: แนวร่วมประชาธิปไตยต่อ ต้านเผด็จการแห่งชาติ 英語: Democratic Alliance Against Dictatorship 英語略称:DAAD)は、タイ王国の政治団体、圧力団体。反独裁民主戦線(UDD)とも訳される。タイの国旗の中にある国民の団結心と国家を表す赤をシンボルカラーにしており、赤色の衣類を身につけてデモ活動に参加する構成員が多いことから、通称として赤シャツ隊や赤服軍団と呼ばれることもある。

概要

この団体は2006年のタイ軍事クーデターの後に樹立された軍事政権に対抗するため、失脚したタクシン・チナワット元首相の支持者を中心として結成された団体であり、タイにおける民主主義の確立を目指して活動している。タクシンの出身地であるタイ北部や、貧困層の多いタイ東北部を地盤とし、主に農民や低所得層から支持されている。

なお、タイ政治・社会論の研究者である赤木攻は2010年2月時点における団体の内部について「現在の「赤服」は多様であり、内部分裂もあり、自称や他称も存在している。加えて、クーデタ(官僚政治)派と見られている軍部や官界にも隠れた「赤服」も多いという。また、本来非暴力主義を貫こうとしているようだが、過激な行動に出る者もいて統制が取れない面もある。」という見方をしている。

反対勢力の民主市民連合幹部であるソンティ・リムトーングンが経営するメディア、ASTVプーヂャッガーンに対抗し、自営でテレビ、ラジオ放送、雑誌発行を行っている。また、系列の新聞としてタイ・レッドニュースがある。2010年5月17日、幹部の一人が団体の活動資金をタクシンから援助してもらっていることを認めた。ただ、具体的な金額については明らかにしていない。

デモ活動

結成から2009年2月までのデモ活動

2006年10月、軍事政権の推薦によって暫定首相となったスラユット・チュラーノンが着任した後しばらくは、クーデターに批判的な市民の多くからも今後の選挙に期待が寄せられていたが、2007年5月に憲法裁判所が2006年下院総選挙における選挙違反を理由として、タクシン政権下の与党であったタイ愛国党に対して解党を命じると、事態は急速に悪化し、反独裁民主同盟のデモ活動は活発化した。

2007年憲法の公布後、同年12月に下院選挙が行われ、旧愛国党員を含む人民の力党が勝利し、2008年1 月にタクシン派のサマック・スントラウェートが首相に就任したことをうけ、反独裁民主同盟の活動は沈静化した。しかし、同年3月に上院選挙でも人民の力党が勝利したことを受け、5月頃から反タクシン派である民主市民連合のデモ活動が活発化すると、これに対応して活動を再開した。

同年9月、バンコク都ドゥシット区の首相府を占拠する民主市民連合と衝突し、反独裁民主同盟の男性1人が死亡、約40人が負傷する事件を起こした。

同年12月には人民の力党の解党と、公民権停止の措置を受けて首相を失職したソムチャーイ・ウォンサワットの次の首相に就任した反タクシン派のアピシット・ウェーチャチーワに対して退陣と選挙実施を求めて約3万人のデモ参加者を動員し、王宮前広場で反政府集会を開いた。その一部は国会を包囲し、首相の施政方針演説を延期させた。

2009 年2月には約1万人のデモ参加者で首相府を包囲した。

2009 年3月末からのデモ活動

3月26日、反独裁民主同盟のデモ参加者は特設ステージを設けるなどして反政府集会を始め、バンコクの首相府を約2万人で包囲し、首相のアピシットに退陣と選挙実施を改めて求めた[5]。 26日以降も数千人が包囲し続けた。

3月27日、国外にいたタクシンは集会でビデオ演説し、2006年クーデターの黒幕とされ、南部出身の枢密院議長のプレーム・ティンスーラーノン、枢密顧問官のスラユット・チュラーノンらを名指しで非難した。

4月8日、デモ参加者はバンコクのプレーム議長宅を包囲し、プレーム、スラユット、アピシットらに24時間以内に役職を辞任するように要求したが、彼らは拒否した。

4月9日、デモ参加者は戦勝記念塔やラチャウィティ通り、パヤータイ通り、スクムウィット通り、ディンデン通り等の道路の一部を封鎖した。 

4月11日、パタヤでASEAN+3や東アジアサミットが行われるホテルにデモ参加者が乱入した為、会議は中止を余儀なくされた。すでに会場入りしていた一部の首脳はホテルの屋上からヘリコプターで脱出するなどして、パタヤから避難した。これらの事態を受け、アピシットはパタヤとチョンブリー県に非常事態宣言を発令した。

4月12日、アピシットは内務省からバンコクなど6都県に非常事態宣言を発令した。が、デモ参加者は内務省や他の省庁、またテレビ局などにも乱入した。

4月13日未明、バンコクの憲法裁判所に手榴弾が投擲され、軍関係者1人が負傷した。早朝、治安部隊は催涙ガスを使用して戦勝記念塔付近等、市内数ヶ所でデモ参加者の強制排除を開始した。デモ参加者はタンクローリーで道路を封鎖したりバスを燃やすなどして抵抗したが、治安部隊の威嚇射撃を受けるなどして最終的には逃走した。午後、治安部隊は首相府を包囲しているデモ参加者に対して強制排除の態勢を整えた。

4月14日、反独裁民主同盟幹部のウィーラ・ムシッカポンは首相府前で演説し、デモ活動停止を発表した。これを受け首相府を包囲していたデモ参加者は解散し、幹部の多くは警察に出頭した。

4月24日、アピシットは非常事態宣言を解除した。これにより死者2人、負傷者110人以上を出した3月末からの混乱は収まった。

2010 年3月からのデモ活動

2010 年3月14日、反独裁民主同盟はデモ参加者の動員を開始し、バンコクで約10万人規模の反政府集会を始め、首相のアピシットに退陣と選挙実施を改めて求めた。国外にいたタクシンは連日、集会でビデオ演説し政府を批判し続けた。また国内各地では小規模ではあるが擲弾による爆発事件が断続的に発生した。

3月16日、デモ参加者は議会解散要求に応じない政府に抗議し、デモ参加者から集めた血液を首相府前で撒き散らした。

3月17日、デモ参加者はバンコク中心部にあるアピシットの自宅前に血液を撒き、ナコーンラーチャシーマー県にある枢密院議長のプレームの別宅近くにも押しかけ、路上でプレームの写真に血液をかけた。

3月20日、約6万5千人のデモ参加者がバンコクの主要道路をバイクやトラックで行進し、一部道路の通行が規制され大渋滞となった。1週間後の27 日にも約9万人のデモ参加者がバンコクで行進を行った。

4月7日、国会を包囲していた数百人のデモ参加者は建物内には進入しなかったが、国会の敷地内に乱入した。国会建物内に残っていた副首相のステープ・トゥアクスパンは軍のヘリコプターで脱出して避難した。これらの事態を受け、アピシットは夕方、テレビ演説を行い、バンコク都と他5県に非常事態宣言を発令した。

4月9日、デモ参加者はパトゥムターニー県にあるタイコム社の通信施設に乱入した。その際、治安部隊との衝突で共同通信社の日本人記者を含む10人以上の負傷者が出た。

4月10日、治安部隊は放水やガス弾を使用してバンコク都プラナコーン区にある民主記念塔付近にいたデモ参加者の強制排除を開始した。デモ参加者は激しく抵抗し、取材中の日本人カメラマン、村本博之を含む25人の死者と800人以上の負傷者を出す事態となった。結果として、デモ参加者の強制排除は成功しなかった。

4月15日、反独裁民主同盟は、民主記念塔付近のパンファー橋とバンコク都パトゥムワン区にある商業地区中心部のラチャプラソン交差点の2ヵ所で行っていた反政府集会を、ラチャプラソン交差点を中心とした一帯に集結させることを決めた。

4月28日、デモ参加者約2000人と治安部隊約1000人がパトゥムターニー県の幹線道路で衝突し、治安部隊側1人の死者と18人の負傷者が出た。

4月29日、デモ参加者の一部は反独裁民主同盟が占拠している地域近くのチュラロンコン病院に「治安部隊が潜んでいる」として乱入した。ただ治安部隊の存在は確認できず、幹部は後に病院側に謝罪した。乱入騒動を受け、多数の患者が他の病院に転院した。

5月3日、アピシットは、事態収拾に向け和解案を表明し、5月4日、反独裁民主同盟も和解案受け入れを決定した。この合意を受け、デモは終結するかに思われた。

5月12日、首相秘書官長のコープサックは反独裁民主同盟が和解案受け入れを表明したにもかかわらず、反政府集会を続けたとして、アピシットが提案した解散総選挙案の白紙撤回を発表した。

5月13日、反独裁民主同盟強硬派の「セーデーン」ことカティヤ陸軍少将がルンピニ公園内で何者かに狙撃された。この狙撃事件をきっかけにデモ隊と治安部隊の衝突が始まった。なお、カティヤ陸軍少将は後日、5月17日に死亡した。

さらに詳しく → 反独裁民主同盟



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