SU-100

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2010/05/24(月)
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SU-100は、T-34をベースに開発されたSU-85の武装を強化して開発された自走砲。スヴェルドロフスク(現エカテリンブルク)の国営第9ウラル重機械工具製造所(UTMZ)で、1944年9 月より車体の生産が開始され、1946年までに1,675輌が生産された。

概要

新型の100mm対戦車砲を搭載するため、SU-85の戦闘室を改良した車輌。当初、海軍用のB-34 100mm砲を改造したS-34を搭載する予定であったが、幅の関係で乗員が出入り可能な車体前方ハッチが取り付けられないため、さらに改良されたより軽量なD-10Sに変更された。しかし再びS-34を搭載することを要求され、試作車であるSU-100-2も製造され試験で比較されたが、結局D-10Sを搭載するタイプがSU-100として量産に入った。

車長用に直視型ヴィジョンブロック付きのキューポラが増設され、前面装甲は45mmから75mmへと大きく強化された。また戦闘室後部装甲の傾斜角度も変っている。しかし砲の大型化と前面装甲の強化によりノーズヘビーであり、前傾を抑えるため第一転輪のコイルスプリングは直径が30mmから34mm に拡大されている。しかしそれでも過加重ぎみで、操縦には注意を要する。(実際、博物館の車輛にはスプリングがヘタってきて前につんのめり気味のものもある。)しかし新型砲の生産が遅れ、先に生産された車体はSU-85Mに流用された。D-10Sは徹甲弾の初速1000m/sec、装甲貫徹力は500mで 195mm、1000mでは185mm(いずれも直立した装甲への命中の場合)と、第二次大戦中の対戦車火器としては最大級の威力を誇り、距離1500m からパンターやティーガーIを正面から撃破できた。しかし、砲弾の大型化によって車内への搭載数は34発と少ない。またこの砲は当初生産が追いつかず、車体はSU-100だが85mm砲を搭載したSU-85Mが先行生産されている。

初陣は1945 年1月のオストプロイセンやハンガリーへの侵攻作戦で、3月のバラトン湖の戦いからまとまった数が本格的に投入された。戦後もチェコスロヴァキアで生産され、エジプトなど中東に輸出されイスラエルとの戦闘に参加した。チェコ製の戦後型は、車体右側面の大型雑具箱や戦闘室左後部のハッチの違いなどでソ連製と識別できる。この他、ユーゴスラヴィア、キューバ、アンゴラに売却あるいは供与されている。

1944年夏、量産に先駆けて動力系を電動ハイブリッド方式にしたESU-100が試作されたが、採用には至らなかった。1944年末に、前方過加重の問題を解決するため戦闘室を後部に、エンジンを前に移動し、さらにT-43やT-44と同じトーションバー式サスペンションに換装しバランスの良くなったSU-101も試作されたが、後に同じ火力を持つT-54が採用されたこともあり、これも量産されなかった。

性能諸元

全長 9.45 m
全幅 3.00 m
全高 2.25 m
重量 31.6 t
懸架方式 クリスティー方式
速度 48 km/h
行動距離 320 km
主砲 100 mm D-10S
装甲 前面75 mm
    側面45 mm
    上面20 mm
エンジン 4ストロークV型12気筒
      水冷ディーゼル
      500 HP/375 kW
乗員 4 名

さらに詳しく → SU-100



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