M1ガーランド (M1 Garand)

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2010/05/09(日)
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M1ガーランド(英語: M1 Garand)は、アメリカ合衆国スプリングフィールド国営造兵廠が開発した半自動小M1ガーランドは、歩兵用の主力小として半自動小が全面的に採用された初めての例である。1936年にボルトアクションのスプリングフィールドM1903小に替わり採用され、1957年にM14小が採用されるまで、米軍の主力小であった。

M1ガーランドという名称はいわゆる「愛称」であり、正式な名称は「U.S.Rifle Cal.30.M(MODEL)1」である。M1ガーランドの「ガーランド」は、本銃設計者の「ジョン・ガーランド」からとられたものである。同じ.30口径で同じM1という形式名を持つ「U.S.M1カービン」が存在するが、使用弾薬、設計者、運用方法等は異なった別種の銃である。当時のスプリングフィールド国営造兵廠と、現在、M1ガーランド、M1Aなどを製造するスプリングフィールド・アーモリー社は法人的に全く無関係である。

概要

19世紀末から第二次世界大戦終戦まで、枢軸国軍、米国を除く連合国軍を問わず、歩兵用主力小銃は、九九式短小銃やモーゼルKar98kにみられるような装弾数5発~10発のボルトアクションライフルであった。このボルトアクションライフルは、装弾から排莢までを手動で行うため速射性に乏しく各国軍部では、火力を増大することのできる歩兵用の自動小銃の開発を進めていた。しかし、歩兵用の自動小銃を作る際、どうしてもネックとなるのが「コスト」と「技術」、「弾薬の供給」であった。

比較的高威力の小銃弾を使用する自動装てん式小銃の製造には高い製造技術が要求され、1挺当たりの製造コストはボルトアクションライフルに比べ増大する。当時、ソ連を除くほとんどの国では、試作品や少数の量産品が配備された例以外では、主力小銃を自動化した例はなかった。また、ソ連における半自動歩兵銃(シモノフAVS、トカレフSVT)は生産数こそかなりまとまった量が作られはしたものの設計に未熟な面があり、実用性は概して低くボルトアクションライフルを更新するに至らなかった。

また、小銃を自動化した際には弾薬を大量に消費することになるが、前線に展開する部隊へ補給するには、米軍のようにジープや小型トラックといった輸送手段が必要となる。馬や人力に頼る原始的な兵站能力では、自動小銃を装備してもすぐに弾薬不足に陥ることは明白である。即ち、このM1ガーランドは、「持てる国」「資本主義の合理性」「大量生産大国」「銃器大国」というアメリカ合衆国ならではの自動小銃であったといえる。

開発

米陸軍は第一次世界大戦の経験から、歩兵全員に全自動射撃の可能な自動小銃の配備を理想とし、他国のように従来のボルトアクション式手動連発小銃に軽機関銃を組み合わせるという考えを持たなかった。

しかし、第一次世界大戦終結後に大幅に縮小された予算のもと、全自動射撃の可能なBARを全軍に配備することは価格面で不可能であり、またBAR自体も一般用途の歩兵銃とするには重く大き過ぎた。結果、米陸軍次期主力小銃は、予算と技術の双方の壁から、半自動のみの小銃として開発されることとなった。1924年から外国製を含む数種の銃を試験した結果、既存主用弾薬である.30-06(7.62mm)と並行して、開発を容易に進めるため、この時点では現用弾薬よりも小口径低威力の.276(7.01mm)という新規格弾薬を本命として開発が行われていた。

1929年にはスプリングフィールド兵器廠のジョン.C.ガーランド技師の設計(T3E2)とピダーセン(ペダーセン)の設計(T1)とが残って最後まで優劣を争っていたが、当時の陸軍総参謀長であったダグラス・マッカーサーが行った1932年の裁定によって.276弾の使用が禁じられ、小銃は.30-06弾を使用しなければならないと決定したことにより、.276弾でも弾薬に潤滑油を塗らなければ良好に作動せず、.30-06弾仕様では作動させられなかったピダーセンは脱落し、スプリングフィールドの.30口径バージョンであるT1E1の強度を増したT1E2が1933年8月3日に.30口径半自動小銃M1(Semi-Automatic Rifle, Caliber 30, M1 )として仮採用された。

1934年5月には初期生産型が歩兵学校と騎兵学校で実地試験に入り、問題点を改修の上、1935年11月には実用に適すると認められ1936年1 月9日付で制式採用となった。最初の量産型は1937年7月21日に工廠を出たものの平時における予算不足のため生産インフラの整備は遅々として進まず、生産が軌道に乗ったのは9月に入ってからのことだった。その後は1日100挺のペースで量産が続いたものの1940年に銃身とガスパイプの接合部に問題が見つかり、生産はいったん中止され工廠は既生産分の改修に追われた。この遅延が尾を引き、1941年後半頃にようやく米本土の部隊に有効戦力として配備された。

特徴

長所

本銃の長所は発射時のガス圧を利用した自動装填機構にある。ロータリーボルトロッキングというボルトアクションライフルの手動発射過程を自動化したような機構を使用している。この機構により本銃は、ボルトアクションライフルに匹敵する高い薬室の閉鎖性と、自動銃としては比較的高い命中率を完成させている。

また、エンブロック・クリップ装弾方式という装弾方式をとっているのも特徴である。これは弾丸8 発の束を挿弾子―クリップに填めておき、銃のボルトを引いて上部からクリップごと差し込み装弾する方法である。発射し終わると、最終弾の排莢と同時にクリップも排出され(特徴的な金属音がする:下項参照)撃ち尽くしたことを射手に教え、また次の弾薬クリップをそのまま差し込むことが可能となる。撃ち尽くした際、ホールドオープン状態の銃の弾倉には何も残っていないため、即座に弾薬クリップを差し込む事が可能で、銃自体の装弾数は8発と少ないものの、着脱式弾倉を持つ銃に匹敵する装弾性能を持つシステムであった。

これ以前の挿弾クリップは、5発なりのカートリッジのリム部分を挟んで一列に並べたものが代表的で、これを開放した機関部に仮に挟み、上から手で押し込むことによって二列弾倉に押し込むという仕掛けだった。一般的に、装填後は挿弾クリップ自体は使用せず、使い捨てにする。この装弾方式はM1ガーランド以降は採用されず、着脱箱型マガジンに移行するまでの過渡的なものであった。

ボルトの後退開放時には弾倉底板の後端にボルト前端が引っかかった状態で保持されており、新しいクリップを装填すると底板が押し下げられ、ボルトはリコイル・スプリングの力で勢いよく前進する。ただしほとんどの個体で(本体では無くクリップ側の問題)ボルトハンドルがスムーズには戻らずに、途中で止まってしまう。そのため取扱説明書には「ハンドルを離すと前進しますが、念のため手でハンドルを押し込んでください」の記述がある。不用意に装填操作をすれば指を挟まれるため、M1のクリップ装填と弾倉点検動作は、手のひらの小指側でボルトハンドルを押さえながら、親指でクリップないしは弾倉底板を押し込むように訓練された。

更に、本銃では、同じ銃の間での部品交換が確実に可能であったことも長所としてあげることが出来る。同製品間での「規格」の概念、が確立したのは第2次世界大戦中の米国である。米国資本主義の「合理性」の概念と「大量生産体制」の確立、そして「製品の保証」の考え方が、このような銃器にも反映されている。

旧日本軍の三八式歩兵銃などではよく聞かれる話であるが、複数の職人が同時に同じ銃を完成させた場合、当時の日本工業製品には「規格」の概念が存在しなかったため銃職人がその場で部品のサイズなどを微妙に調整してしまい、同機種の銃器の部品の互換性がないという現象が起きていた。これは日本に限らず、当時の諸外国でも同様で兵器・武器の部品の互換性は大きな問題点として各国も認めていた。それを世界で最初に解消したのは米国であり、小銃ではこのM1ガーランドが最初といわれている。

短所

上記で記述した長所でもある装弾クリップのシステムは短所ともなっている。

M1ガーランドではボルトを後方へ固定するための独立した機構はないため、射撃途中に弾薬を追加装弾することが事実上不可能となっている。ボルトを手で後方へ保持しながら弾薬を追加装弾することは不可能ではないが、これを行うには両手操作が必要であり、射撃再開までに時間を要したり、機関部の異物障害の原因となるため、追加装弾は実際にはほとんど行われなかった。このような機構により、戦場では新しいクリップを装填するために、弾倉内の残弾を適当に撃ち尽くす「ムダ弾撃ち」が発生したともいわれる。

エンブロック・クリップ式のもうひとつの欠点として、弾倉に装填し薬室を空けておくことができない点が挙げられる。弾倉底のバネを押しながら8発クリップを装填すると、後退停止していた遊底は解除されて前進する。クリップには8発が隙間なく入っているので、最上部のカートリッジを指で押さえて遊底だけを前進させることはできず、初弾は薬室に装填されてしまう。着脱式弾倉であれば、遊底を先に閉鎖してから弾倉を取り付けることで薬室を空けておくことは可能である。直ちに射撃する攻撃的な用途であれば問題とならないが、守備的用途では問題となる。(8発装填後に一回遊底を引いて初弾を排出し、次弾を指で押さえながら遊底を前進させて7発装填、薬室は空という操法は不可能ではないが、軍のマニュアルではそのような操作方法は存在しない。)

本銃では最終段発射後には排莢と同時にクリップも排出されるが、その排出の際にクリップにより「ピーン」という甲高い金属音が発生する(上記動画参照)。これにより、敵には最終弾発射が判別できるということで、兵士の間では不評であったといわれる。このクリップ排出音の話は脚色された面もあり、実際の戦闘時にこの音が問題になった事例があるかどうかは不明である。

派生型

M1ガーランドはその優秀性が故に、第2次大戦後も使用され続け、初期の自衛隊の主力小銃として、また現在でも発展途上国などでは現役で活躍している。米軍や自衛隊など制式銃として使わなくなった軍でも、木製部が多いクラシカルなデザインから、式典などの儀仗銃としても利用されているため、スプリングフィールド社では製造が続けられている。また改良派生品も多く登場している。

ガーランド・タンカースモデル

M1ガーランドの戦車兵用カービンモデル。前部ハンドガードを3分の1ほどの長さまで短縮したモデル。

M1C/Dガーランド・スナイパーライフル

M1ガーランドにM84スコープを追加した狙撃銃。C型はレシーバーにマウントベースを追加している形で元のM1ガーランドには再生出来なかったが、D型はレシーバーとバレルの間にマウントベースを挟む込む形に変更されたため、M1ガーランドへの再生が出来るようになっている。一般的な狙撃銃ではレシーバーの真上にスコープが来るが、M1の場合クリップ装填が出来なくなってしまうため、左側にオフセットしている。

M14(M1A)・M21

M1ガーランドの改良型アサルトライフル。多弾倉ボックスマガジンを採用し、フルオート射撃が可能になった。民生用に「M1A」、狙撃型で「M21」などのバリエーションが存在する。ベトナム戦争時の銃であるが、一端退役後、近年再採用された。

四式自動小銃

日本軍によるコピー銃である。後述の通り、「五式」だったとも言われる。

仕様

種別 セミオートマチックライフル
口径 7.62mm
銃身長 610mm
ライフリング 4条右転
使用弾薬 .30-06スプリングフィールド弾
装弾数 8発
作動方式 ガス圧利用(ロングストロークピストン式)、ターンロックボルト
全長 1108mm
重量 4300g
銃口初速 848m/秒

さらに詳しく → M1ガーランド
外部リンク → スプリングフィールド・アーモリー



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