大砲の歴史

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2010/04/13(火)
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大砲(たいほう)は、兵器の一種で、巨大な弾丸を発射して敵を破壊・殺傷する火器の総称。・火もほぼ同義。

概要

これに分類される火器は重火器であり、銃よりも口径が大きい物とされる。ただし、この銃ととの境界となる口径のサイズは軍や時代によって異なる。数える際の単位は挺ではなく"門"である。一般的には「銃よりも威力(殺傷力や破壊力)の大きな火器」と認識される。大砲の弾を砲弾といい、大砲を専門に扱う兵を砲兵、特に発射する人を砲手という。

大砲の種類

大砲はその形状・構造や用途・歴史的経緯等によって様々な分類がある。なお、やや銃との口径の差異が不明確な機関銃でも「砲」と名の付く種類の物も、他の大口径の機関砲に分類される事もあるため便宜的に記載する。

用途等による分類

用途、歴史的分類による種別は以下の通り

* カノン砲 (gun)
* 榴弾砲 (howitzer)
* 迫撃砲 (mortar)
* 臼砲 (mortar)
* 無反動砲 (recoilless rifle)
* ロケット砲 (rocket launcher)
* 歩兵砲 (infantry gun)
* 野砲 (field howitzer)
* 対戦車砲 (anti tank gun)
* 対空砲 (anti aircraft gun)
    o 高射砲
* 機関砲 (Autocannon)
     o ガトリング砲
    o チェーンガン
* 戦車砲 (tank gun)
* 山砲 (mountain gun)
* 列車砲 (Railway gun)
* クルップ砲
* 海軍砲(艦砲)
* 速射砲
* 原子砲

構造による分類

* ライフル砲

砲身の内側の螺旋条により、砲弾の飛翔時に回転を加えることによって、弾道の安定を図る方式の砲

* 滑腔砲

砲身の内側が滑らかになっている砲、初速が高いのが特徴

* ゲルリッヒ砲

砲尾から砲口にかけて口径が小さくなってゆく砲。口径漸減砲とも呼ばれる

* 多薬室砲(その形状からムカデ砲とも呼ばれる)

通常は尾栓側に入れられた装薬の力によって砲弾を発射する所を、複数の薬室を設け段階的に加速する事で射程の延長などを目指した砲

明治以前に日本で用いられた大砲

* 石火矢
* 大筒
* 和製大砲
* 大鉄砲

略史

イブン・ハルドゥーンをはじめとした複数の歴史家が、13世紀のマグリブ地方で大砲が使われたと著述している。大砲の初期の歴史においてこれを効果的に使って大きな成功を収めたのは、オスマン帝国が有名である。1453年のコンスタンティノポリス包囲戦では、オスマン帝国のメフメト2世が大砲(ウルバン砲)を採用して戦果を上げた。

1494 年にシャルル8世は牽引可能な車輪付砲架を備えた大砲を引き連れてイタリアに侵入し、旧来の高い城壁を簡単に粉砕したことで築城術の革命を誘発した。1571 年のレパントの海戦におけるスペインを中心とした連合軍による地中海の覇者オスマン帝国の撃破には、大砲の火力も大きく貢献した。1588 年のアルマダの海戦でイングランド(イギリス)は、射程の長く弾の再装填がしやすい軽砲を用いて重砲のスペイン無敵艦隊を撃破した。

ドイツ三十年戦争では、各勢力が野戦に適した牽引砲を使用し、ドイツの国土や都市を荒廃させた。スウェーデンの王グスタフ・アドルフは大砲の軽量化を推し進め、効果的に運用した。彼は、戦闘のみならず、戦争全体に革命を起こしたと言ってよい。フランス革命でナポレオン・ボナパルトは、ヴァンデミエールの反乱の鎮圧のためにパリ市内で人員殺傷用の散弾を装填した大砲を使用し、多大な戦果を上げた。

逸話

* ガリレオ・ガリレイは、大砲の弾道学を研究した。

* 世界最初のコンピュータのひとつであるENIACは火砲の弾道計算の目的で製作された。

* 楽器として用いられることもある。よく知られているものはチャイコフスキー作曲の「序曲1812年」だが、それ以前にベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」にも使われている。どちらの曲にも、楽譜上に“Canon”等のように楽器指定されている。

o 陸上自衛隊の音楽隊が、観閲式などで「序曲1812年」を演奏する際、実際に大砲(空砲)を使用する。ただ、現代の高性能火薬を用いた火砲の甲高い発射音であるため、19 世紀初頭の黒色火薬を用いた火砲の低音とは異なるとされる。

* 幕末に高島秋帆が徳丸ヶ原(現高島平)で日本最初の近代砲術訓練を行った。

* 19世紀の初めまで、榴弾を遠距離投擲する実用的な手段は、往々筒内爆発に耐えるだけの肉厚をもった臼砲かロケットかあるいはトレビュシェットのような投石機しかなかった。

* 大砲を製造する技術・資材のない土地では、木砲を製作して利用することがあった。木砲とは、砲身を一つの丸木からくりぬくか、または複数の木材を組み立てて形成し、周囲を竹のたがやロープで幾重にも巻いて補強したものである。金属製の大砲と比べ使用できる発射薬の量も砲身命数も当然大きく劣る。砲身を英語で樽と同じbarrelと呼ぶのは、木砲作りに樽作りの技術を応用した名残といわれる。有名な話としては、日露戦争の際旅順の戦いにおいて日本軍は木砲を造り使用したという話も残っている(但し、製作したものは今日の分類においては迫撃砲に当たる)。

さらに詳しく → 大砲  カタパルト (投石機)



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