キング・ジョージ5世級戦艦 (King George V class battleship 1939)

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2010/04/06(火)
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キング・ジョージ5世級戦艦 (King George V class battleship) は、イギリス海軍戦艦。ここでは1940 年から就役を開始した2代目のキング・ジョージ5世級戦艦について述べる。1912年に就役を開始した初代についてはキング・ジョージ5世級戦艦 (初代)を参照→キング・ジョージ5世級戦艦 (初代)

建造に至るまで

無条約時代の第一走者

本級はイギリス海軍が実戦投入した戦艦としては最新にして最後のクラスである。第二次ロンドン条約の締結を見越して、排水量35,000トン、主砲14インチ砲の新戦艦として設計が完了されており、純14インチ砲戦艦として見るならば世界最強の艦として生まれるはずだったが、同条約が締結されなかったばかりか列強他国が主砲に15インチ・ 16インチ砲を採用した為に、竣工と同時に二線級の存在となった。

艦形

本級の艦体構造は典型的な平甲板型船体である。船体形状は全長が227.1mに対し全幅が31.4mと細長い。これは低出力の機関で高速を得るためにこの様な船体形状を選択せざるを得なかったためである。その代償として本級は直進性が良好な反面、舵の効きが悪く、アメリカ海軍との共同作戦時に艦隊行動を乱す問題児になった他、航空攻撃を受ける際に回避速度が緩慢になり避けることが困難だったという記録が残っている。

艦首形状は「主砲塔を艦首方向へ仰角0度で射撃可能」という要求を可能にするために艦首は垂直に切り立ったスターン・バウで、凌波性が劣っていた。そのため、冬の北大西洋では荒波が1番主砲塔だけではなく、2番砲塔基部まで吹きつけ、前甲板での作業を著しく阻害した他、バーベットと砲塔の境面に海水が着氷し砲塔旋回に不具合が出るために水兵が一時間毎にハンマーで取り除く必要さえ生じた。艦首甲板上に「Mark VII 35.6cm(45口径)砲」を箱型の四連装砲塔で1基、同連装砲塔1基を背負い式で配置した。

艦橋構造はクイーン・エリザベス級戦艦などの改装例にならい、これまでの戦艦で用いられた重装甲の司令塔を廃して、小口径弾に対応する程度の装甲しか施されていない一体型の箱型艦橋となり、下から操舵艦橋・上部艦橋・将官艦橋の順に構成され、頂上部の見張り所の上に主砲用4.58m測距儀が1基、その左右に副砲用測距儀が並列1基ずつの計3基が設置された。その間に対空管制室が設けられている。なお、司令塔を廃したため、後にプリンス・オブ・ウェールズがビスマルクとの交戦中に艦橋に命中弾を受けた際に、艦長を除くほとんどの司令部要員が死傷する結果となった。

艦橋の背後に簡素な前向きの三脚式の前部マストが立ち、2本煙突の間は機関のシフト配置により前後に離され、間には首尾線に対し垂直に左右に伸びるカタパルトが設けられており、水上機は左右どちらにも射出が出来た。2番煙突の後部は艦載艇置き場になっている。2番煙突の基部には橋桁型クレーンが片舷1基ずつ計2基が設置されており、水上機の回収や艦載艇の運用に用いられた。副武装の13.3cm砲は連装砲塔に収められてカタパルトを境に前向きに背負い式に2基、後向きに背負い式に2基の片舷4基ずつ計8基を舷側配置した。船体後部には後部艦橋が設けられ、後向きの三脚式後部マストが立つ。後部甲板上には後向きの3番主砲塔が1基配置された。

対空兵装として後に「17.8 cm 20連装UP発射機」が2番主砲塔上に1基、3番主砲塔上に並列で2基、艦尾に1基の計4基が搭載された。

主砲

本級の主砲には条約に基づき新設計の「1922年型 Mark7 35.6cm(45口径)砲」を採用した。当初は重量軽減のために全て四連装砲塔形式で収めて3基の筈であったが、設計途中で火薬庫の防御装甲厚不足が発見されて、増厚される分の重量を捻出するために火力低下を忍んで急遽二番砲塔のみを連装砲塔形式に改め、浮いた重量で強化する事になり、四連装砲塔2基と連装砲塔1基の独特な外観となった。よく、四連装砲塔採用はフランス海軍のダンケルク級の模倣と言われているが、同世代のアメリカ海軍のノースカロライナ級も初期案は四連装砲塔三基で設計されており、各国独自の理論で採用したに過ぎない。

この砲の性能は、最大仰角40度で射距離35,260mまで届かせられ、射程22,860mで垂直装甲241mmと甲板装甲102mmを、射程 16,460mで垂直装甲305mmを貫通できる性能であった。砲塔の俯仰能力は仰角40度・俯角3度で、各砲塔の旋回角度は1番主砲塔は首尾線方向を1 度として左右143度の旋回角度が可能であったが、上部構造物に近い2番・3番主砲塔は135度で射界に制限があった。発射速度は毎分2発程度である。

主砲塔測距儀こそ12.8mと優秀であるが、主に使用する艦橋用測距儀は4.58mと小型で性能が低く、そのため実用としては射程距離 25,000m前後が限度であった。砲塔は設計段階から純粋な四連装砲形式として設計され、列強諸国が軽量化を狙って自由角装填方式を採用したのに対し、砲塔被弾時に貫通された後のリスクが少ない固定角装填方式を採用した事は高く評価できる。装填角度は仰角5度である。

反面、軽量化のために砲塔を小型化すべく砲塔の高さを必要以上に減じたために構造が窮屈なものとなり、結果的に設計的欠陥により故障が頻発して戦闘兵器として信用ならない物になった事は兵器として重大な欠陥であり、戦艦としての本級の最大のウィークポイントとなっている。

またノースカロライナ級戦艦の14インチ四連装砲塔は16インチ三連装砲塔への換装を考慮したものであり、実際にも16インチ砲塔に換装した形で竣工しているが、本級の場合は一基を連装にした事もあり、換装はできなかった。

副砲・対空装備等

副砲はネルソン級で両用砲の開発が間にあわなかった苦い経験から当初から高角砲兼用として開発が進められた「1940年型13.3cm(50口径)砲」を採用している。この砲は発射速度は毎分7~8発、仰角は+70度/-5度、最大射程は仰角45度で射距離 21,397 m、最大仰角で高度14,935 mで、カタログデータでは優れるが実際の所は砲の俯仰角速度・旋回速度が普通の平射用副砲塔と大差なく、急降下爆撃機に対処は困難だった。砲弾装填は人力であったが、水上砲戦での威力を重視したため砲弾重量は 36.3kgもあり(日米の12.7cm砲弾で約25~28kg、動力装填式のフランス13cm砲弾でも32kg)速射性を阻害していた。これは重量が 40.8kgまでならば人力で速射が可能であるという間違った見解に基づき、弾薬包形式(砲弾と装薬が一緒、動力装填式に多い)にした為、人力での装填作業を継続困難にしたのである。

他に対空火器として英国軍艦に広く採用されている「1930年型 Mark8 ポムポム砲(pom-pom gun)」を八連装(水平四連装銃身を上下に配置)4基搭載した。この砲は口径が40mmと一見して強力そうだが有効射程が短く、弾道特性も悪いために実際は当らなかった。さらに、射撃中に弾体と薬莢が分解して頻繁に弾詰まりを起こすという悪癖を持っていた。主なデータではマレー沖海戦によるプリンス・オブ・ウェールズ搭載のポムポム砲は一基だけで12回も故障を起こし、もう一基も 8回も射撃中止に陥った。

特徴的なのは英国海軍が懇意にして開発した17.8cm 20連装ロケット砲(通称:UP, Unrotated Projectile)でこれは、円筒状のロケット弾に無数の爆雷を詰めておき、規定の高度でカバーが外れて、尾部に落下傘を付けた爆雷が適度な散布界を持って展開するという兵器であった。実際の戦闘では展開速度が航空機の速度に付いていけず、充分な戦果を得られないまま撤去され、米国から供与された40mm対空機関砲やエリコン社製20mm機銃にスペースを明け渡した。

防御

本級の装甲厚は水平甲板が152mm、垂直防御が374mmである。同世代の列強戦艦に比べて装甲厚に優れるのが英国戦艦の特徴の一つであるが、舷側装甲板の配置はフッドやネルソン級で採用した「傾斜装甲」から、時代に逆行して「垂直装甲」に回帰している。これは、建造における装甲板取り付け工事の複雑化を嫌ったと説明されているが、代償として避弾経始が得られないためにドイツ戦艦と同じく「装甲にかかる重量の割合に対し対弾防御効果が少ない」という欠点を抱えるに至った。このため、人員を守るための司令塔の装甲を削ったり、二番砲塔だけ連装砲塔に改めるという泥縄式のやり方で防御重量を稼ぐという、戦艦建造の老舗らしくない事を行なっている。また、近年の研究では、本級は水中防御に関する考え方が旧く、効果的な水中防御を考えていなかったとされる。

第一次大戦後、各国で水中弾効果について研究が進められた結果、日本海軍の大和型、アメリカ海軍のサウスダコタ級以降の艦は水線防御装甲を水線下まで延長する工夫が見られたが、英国ではその後に建艦されたヴァンガードでも考慮されなかった。本級の機関区隔壁から舷側までの区画長は他国戦艦の半分程しかない4.3mと短く、これは機関の小型軽量化に失敗した代償で、船体における機関区のスペースを多くとらざるを得ず、少ない出力で高速を出すために船体を細長くする必要があったため、船体の幅を狭めた為である。そのため本級は当時の新戦艦のなかでも、特に対水雷防御が手薄な戦艦となってしまった。

同型艦

* 「キング・ジョージ5世 King George V 」(国王ジョージ5世。1910年から1936年まで在位した。) 1940年12月11日竣工
* 「プリンス・オブ・ウェールズ Prince of Wales 」(皇太子の称号。ジョージ5世時代の皇太子はのちの国王エドワード8世、退位後ウィンザー公。) 1941年3月31日竣工
* 「デューク・オブ・ヨーク Duke of York 」 (ヨーク公。皇太子の弟に与えられる称号。ジョージ5世時代のヨーク公はのちの国王ジョージ6世。) 1941年11月4日竣工
* 「アンソン Anson 」(18世紀の提督ジョージ・アンソン、男爵) 1942年6月22日竣工
* 「ハウ Howe 」(18世紀の提督リチャード・ハウ、伯爵) 1942年8月29日竣工

性能諸元

排水量 基準:38,030トン
     満載:42,237トン
全長 227.1m
全幅 34.2m
吃水 8.8m
機関 海軍式三胴型重油専焼水管缶8基
    +パーソンズ式オール・ギヤードタービン4基4軸推進
最大出力 110,000hp
最大速力 27.05ノット(地中海で無風、燃料1/3状態で30ノットを非公式記録)
航続距離 10ノット/7,000海里
       20ノット/5,700海里
乗員 1,381名
兵装 Mark VII 35.6cm(45口径)四連装砲2基+同連装砲1基
    13.3cm(50口径)連装両用砲8基
    2ポンド8連装ポムポム砲4基
    17.8cmロケット砲20連装4基
装甲 舷側:374mm
    甲板:152mm
    主砲塔:324mm(前盾)、-mm(側盾)、-mm(後盾)、-mm(天蓋)
    司令塔:100mm
    バーベット部:324mm
航空兵装 水上機:3機(最大)、2機(常用)
      埋め込み式カタパルト1基

さらに詳しく → キング・ジョージ5世級戦艦



図説イングランド海軍の歴史図説イングランド海軍の歴史
(2007/01)
小林 幸雄

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