BMP-1 (BMP-1、БМП-1)

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2010/04/02(金)
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BMP-1(ロシア語: БМП-1:ベーエムぺー・アジーン)はソビエト連邦がはじめて開発した歩兵戦闘車である。

概要

「БМП(BMP)」とは「Боевая Машина Пехоты(英語: Boyevay Mashina Pekhoty):バェヴォイ・マシーナ・ピホートゥ」の頭文字をとったもので、ロシア語で「歩兵用戦闘車両」の意味である。

それまでの、敵戦車や敵陣地への攻撃は随伴する戦車が行い、自身は兵士を戦場まで輸送して降車するまでの間に敵の砲火から防護するだけであった「装甲兵員輸送車」と違い、敵戦車を直接攻撃することのできるだけの武装を持ち、歩兵を乗車させた状態で戦闘を行わせることができる、というBMP-1の登場は、従来の車両に比べて非常に画期的とされ、俗に言われる「BMPショック」を西側諸国にもたらした。

BMP-1は、1950年代末に独仏両国が相次いで開発した先駆者たちとともに、重武装の砲塔を搭載して戦闘に積極的に参加する能力を持ち、かつ輸送する歩兵にも乗車させたまま戦闘を行わせることができる「歩兵戦闘車」という新たな装甲戦闘車両の分野を生み出すこととなった。

開発

ソ連陸軍は機械化歩兵用にBTR-50を用いていたが、火力・防御力・機動力のいずれも劣っており、火力を強化した歩兵用の車両が求められていた。ソ連では1950年代の終わりから各種の歩兵用装甲車が試作され、それらの中から、チェリャビンスク・トラクタ工場設計局のP・P・イサコフ主任技師を長とした設計チームの「オブイェークト764」案が仮採用され、更なる改良型の設計が求められた。それを受けて開発されたものが、「オブイェークト765」、後のBMP-1である。

オブイェークト765は1966年に制式採用され、「BMP-1」の制式名称が与えられた。翌1967年に BMP-1は赤の広場での革命記念パレードで公開され、当初西側では「M1967」、後に主砲の口径を76mmと予想して「BMP-76」と呼称した。「BMP-1」の制式名称が判明したのは1980年代になってからである。

BMP-1は画期的な車両ではあったが、高価すぎてソビエト軍でも配備がままならず、従来の装甲兵員輸送車と並行して装備されることとなった。また、後述するように実戦での運用の結果、重大な問題とされた点も多い。そのため、後継のBMP-2では、砲塔が車長と砲手の二人用に大型化、後部ドアの燃料タンクの廃止、9M14からから9M113「コンクールス」(AT-5「スパンドレル」)へのなどの改善が試みられている。ソビエト連邦の友好国に対する輸出も行われ、1980年代に入ってからは中国でコピー生産も行われている。

構造

武装

BMP-1の最大の特徴は、装甲兵員輸送車に比べ、歩兵支援の為の強力な攻撃能力を有することであった。主砲の73mm低圧滑腔砲はSPG-9無反動砲と同型の、少量の装薬で発射された後にロケットブースターで加速される榴弾(HE)および対戦車榴弾(HEAT)が用いられた。ただし、無反動砲と砲塔に搭載する車載砲の違いから薬莢の形状が異なるため、直接的な意味での弾薬の互換性は無い。副武装として主砲同軸に 7.62mmPKT機関銃を装備し、主砲基部には9M14 マリョートカ(「赤子」の意)(NATOコードネーム:AT-3 サガー)対戦車ミサイルの発射レールを装備している。

また、後部に配された兵員室には小さな銃眼(ガンポート)が設けられており、搭乗している兵士も携行している銃で発砲できる。各ガンポートには、発砲した際に排莢口から洩れてくる発射煙を吸引して車外に排出するための吸気装置が備えられ、排煙の為にハッチを開けて車内の気密状態を阻害することがないように配慮されている。これは、戦闘で核兵器が用いられた際に、放射能で汚染された地域でも歩兵部隊を展開できるよう、完全気密状態で戦闘が行えるように考慮されたものである。これは、世界初の歩兵戦闘車であったドイツのSpz HS.30にはない特長であった。

車体

歩兵戦闘車の特徴として、歩兵が搭乗する場所を内部に確保しながら、同時に軽快な運動性能を保つ必要があるため、装甲は比較的薄く設計されるが、これは生残性の低下という弱点につながる。BMP-1ではこれに対処するため、砲塔を含めた車高を低く抑えて正面面積を減らし被弾率を下げ、また車体全部を大きく傾斜させることで避弾経始を良好にしている。

また、この舟型形状は水上航行時の安定性にも貢献している。兵員の乗降車に用いる後部ドアは副燃料タンクを兼ねており、視察口とガンポートが備えられている。

運用

斬新なコンセプトを持つBMP-1だったが、実戦では少なからず問題を露呈した。兵員は後部の観音開き式ドアか上部ハッチから乗降するが、どちらも狭さゆえに乗り降りに時間がかかり過ぎるため、戦闘時に降車する場合の兵員被弾率は極めて高くなってしまった。また、燃料タンク兼用の後部ドアは被弾時に簡単に誘爆した。これに対応するために一定以上の衝撃が加わると自動的に後部ドアを車体から切り離す機構が追加で装着されたが、ドアからの燃料配管の遮断バルブの作動が不完全なことが多く、タンク内に燃料が入っている場合には却って燃料を車内に撒き散らし、そこに着火して一挙に車内が炎上するという最悪の結果を多発させた。そもそも、装甲防御力自体も正面装甲以外は12.7mm重機関銃で貫通される程度のものでしかなかった。

主兵装の73mm低圧滑腔砲は低速で横風の影響を受けやすく命中精度、制圧射撃時の威力共に不足しており、AT-3はわざわざ砲塔から身を乗り出してレールに装填した上で翼を取り付ける必要があった。低平な砲塔は一人用だったため、砲手の負担も大きかった。また、主砲の仰角が33°までしか取れなかったので、近距離で高所に陣取る敵には効率よい攻撃ができなかった。
これらの弱点はアフガン侵攻の際に問題となったため、高角度への有効な攻撃手段を確保するために現地改造で砲塔の対戦車ミサイル発射機をAGS-17自動擲弾発射器に取り替えたり兵員室の屋根に2B9自動迫撃砲を装着したりして対応した。

ベトナム戦争におけるアメリカのM113同様に地雷により車内の歩兵に大きな損害が生じたため、実戦においては乗車歩兵は車体上部に露天で乗ることが多くなり、本来の「装甲に守られた状態で乗車戦闘可能」というコンセプトは消えうせてしまった。これは兵員室が窮屈で、長時間車内に搭乗することが苦痛だったためだとも言われている。

ソビエト軍の他にも多くの国に供与、または輸出されたため、現在でも多くの国で現役である。アフガニスタンにおいて本車を鹵獲したムジャーヒディーンは砲塔を撤去してZU-23-2対空機関砲を搭載した現地改造型を製作しており、ソ連軍との戦闘やソ連軍撤退後のアフガニスタン内戦において使用している。

派生型

大量かつ多数の国で運用されたため、ソ連のみならず個々の運用国で多くの派生型が開発・生産されている。

BMP-1K
自動車化狙撃兵(機械化歩兵)連隊の移動司令部として使用される指揮官用車両。武装は通常型と同一だが通信機器を強化し、後部兵員室には連隊長及び副官等3名が乗車する。

BMP-1KSh
自動車化狙撃兵(機械化歩兵)師団の移動司令部用として使用される野戦指揮所車両。武装は7.62mm機関銃PKTを1挺装備するのみだが、通信設備を大幅に強化しており、各種有線野戦電話や、軍用/民間用有線電信回線との接続装置も搭載している。また、伸縮式アンテナマストを装備し、車体後部には発電機を搭載している。操縦手の他、指揮官や参謀6~7名を搭乗させることが可能である。

BRM-1K
司令部付偵察隊用の偵察車両で、砲塔は砲手の他に偵察要員が搭乗できる大型の2名用砲塔となっている。武装は歩兵戦闘車型と同一の73mm低圧滑腔砲2A28と7.62mm機関銃PKTを装備し、砲塔が大きくなった分狭くなった後部兵員室には2名の偵察要員が搭乗する。搭乗員は計6名である。尚この二名用大型砲塔はBMP-2の砲塔の原型となった。

PRP-3(オブイェークト767)
「ヴァル(堡塁 の意)」の愛称で呼ばれる砲兵/偵察部隊用観測車両で、ソビエト(ロシア)軍での分類名称は「機動戦場観測システム搭載車」。 BRM-1Kと同じ大型砲塔に各種光学精密観測機器と方位指示機を搭載し、弾道探知レーダを砲塔後部に搭載している。武装は7.62mm機関銃PKTのみを装備し、73mm低圧砲は撤去している。

* PRP-4/PRP-4M
PRP-3の搭載機器をより能力の高いものに換装した型。PRP-4Mはレーザー測遠機と熱線暗視機能付き光学精密観測機器を搭載して更に能力を向上させたものである。

RTV
野戦工作車型。各種整備機材を搭載。

BRDM-2ARV
ウクライナのハリコフ機関車工場が開発した装甲回収車両。砲塔を撤去した上に1.5トンジブ・クレーン、6.5トンウインチ、VG-7500溶接機などの修理・回収機器を有し、1.5トン分の積載スペースを持つ。

BMP-SVO
スロバキア製の地雷処理車両。兵員室に24連装の爆薬発射機を装備し、100mX5mの範囲を啓開することが可能。

AMB-S
スロバキアのポドポリャンスケ・ストラヤルネ・デトバ社が開発した装甲救急車。後部車体を拡張した上で、担架4個と負傷兵9名を収容可。

2B9M(BMP-1ベース型)
ハンガリー軍の自走迫撃砲調達の動きに合わせて開発された自走迫撃砲。後部兵員室を拡張した上にシャッターを備え、2B9 82mm自動迫撃砲を装備する。

OT-90

チェコのVOP026工場による装甲兵員輸送車型。ヨーロッパ通常戦力条約に対応するための策で、砲塔をOT-64装輪装甲車のKPVT機関銃装備のタイプに交換。

* OT-R5
VOP026工場が開発したコマンドポスト車両。車体後部を大型化し通信能力を強化。

* DTP-90M
OT-R5に1トンクレーン、溶接・牽引機材を装備した野戦工作車両。

BMP-1砲塔換装案

LAV-25やCV90と同型の砲塔と換装する案、ユナイテッド・ディフェンス社製の25mm機関砲搭載砲塔、イタリアのOTOブレーダ製60mm砲搭載砲塔、25mm機関砲を搭載したTC25砲塔、ポーランドのタルナウ社製砲塔(23mm機関砲と対空ミサイルを装備)やポーランド製の23mm機関砲・72mm無反動砲装備砲塔などの砲塔換装案がある。

86 式歩兵戦闘車(WZ-501/ZBD-86)

中国北方工業公司によるBMP-1のコピー車両。原型は1980年代にエジプトから入手したとされる。対戦車ミサイルもAT-3のコピーであるYJ-73「レッドアロー73」を装備する。

86式歩兵戦闘車(ZBD-86/WZ-501)
BMP-1のフルコピー車両。海軍陸戦隊でも使用され、海軍陸戦隊向けの車両はトリムベーンが大型化されている。

* WZ-501A
WZ-501の砲塔を25mm機関砲装備の砲塔に換装した歩兵戦闘車型。BMP-2に倣って開発された。

86B式歩兵戦闘車(ZBD-86B)
海軍陸戦隊向けに開発された水陸両用装甲兵員輸送車。86式の水上航行性を改善した型で、車体後部に船外発動機を増設し、車体の前後に大型のフロートを増着して車体のアウトラインを舟型とし、フェンダーを大型化、延長された給排気筒を装着するなどの改良が行われている。水上航行時の速力は12 km/h。

86G式歩兵戦闘車(ZBD-86G)
30mm機関砲とHJ-73(紅箭73/9M14マリュートカ)対戦車ミサイルを搭載した新型砲塔(GCTWM)のテスト車両。その後制式化されて本格的に量産化され、既存の86式も順次砲塔をGCTWM砲塔に換装している。車体重量は14.8 tに増加し、車体後部には86B式歩兵戦闘車と同じく外装式の船外発動機を搭載して高速水上航行が可能。

WZ-503
WZ-501を基にした装甲兵員輸送車型。砲塔を撤去して12.7mm重機関銃を装備し、車体高を高くした上で乗降ドアを大型化している。

WZ-504
YJ-73対戦車ミサイルの4連装発射機を装備した戦車駆逐車型。試作のみで本格量産はされていない。

*この他、野戦指揮車型や装甲救急車型等、WZ-501/WZ-503を基にした多数の派生型が試作されている。

基礎データ

全長 6.74 m
全幅 2.94 m
全高 2.15 m
重量 14 t
乗員数 3 名
乗員配置 乗員3名、歩兵8名

装甲・武装

装甲 33 mm
主武装 73mm低圧滑腔砲
     9M14(AT-3サガー)対戦車ミサイル
副武装 PKT7.62mm機関銃

機動力

速度 65 km/h(整地)
    45 km/h(不整地)
    8 km/h(水上)
エンジン UTD-20 V型6気筒
      液冷ディーゼルエンジン
      300 hp/2000 rpm
懸架・駆動 トーションバー
行動距離 600 km

さらに詳しく → BMP-1  歩兵戦闘車(IFV)



ソビエト・ロシア戦車王国の系譜―T-54/55 T-62 T-64 T-80 T-90&最新試作車輌~ソビエト・ (KANTOSHA MOOK)ソビエト・ロシア戦車王国の系譜―T-54/55 T-62 T-64 T-80 T-90&最新試作車輌~ソビエト・ (KANTOSHA MOOK)
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