戦車とは~種類編その1

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2010/03/19(金)
*戦車

戦車(まめせんしゃ)は、軽戦車よりさらに小型・軽装備な戦車。タンケッテや豆タンクとも呼ばれる。2名ないし1名で運用し、その多くは砲塔を持たず、武装も機関銃を1~2挺備えただけの軽武装であった(なお一部20mm機関砲や歩兵砲を搭載したものもある)。実態は移動機関銃トーチカにすぎなかった。

戦車は第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の軍縮時代である1920年代末-1930 年代末頃にかけて数多く生産された。これらの戦車は、十分な軍備を持つだけの予算のない国家や、植民地の治安用に配備された。対戦車能力を持つ軍隊に相対するには生存性が低すぎ、陣地や戦車を攻撃するには火力不足であった。他方、植民地等における治安維持用兵器としてはまずまずの評価を得た。特に道路などのインフラが整っていない地域では小型軽便な車両が重宝された。

直接戦闘以外では、偵察や連絡任務、火砲や物資用カーゴの牽引にも用いられた。こうした補助的任務には、一応の装甲と自衛火器を有する豆戦車は有用であった。初めから戦車の名を冠せず装甲車や牽引車などの名目で開発配備されたものも多い。

下記画像は第二次世界大戦期に活躍したポーランドの偵察用豆戦車、TK(TK-3)。

TK ・ TKS豆戦車


軽戦車

軽戦車(けいせんしゃ)は、戦車の種別の一つ。重量5~20トンクラス、低火力・低装甲・低重量・低価格の物を指すことが多い。低火力・低装甲を代償としているので機動力は高く、主に偵察、敵部隊の追撃などに使われた。

第一次世界大戦後の戦間期から第二次世界大戦初期までは比較的広範に使用された。豆戦車と並んで安価であることが戦間期の軍縮ムードの中で重用され、植民地警備用にも多用された。先進国でも騎兵戦車として、あるいは戦車開発が抑制されるなか戦車開発能力を身に着ける習作としたり、さらには運用技術を磨く訓練用としてなど積極的に配備された。しかし第二次大戦で戦車が飛躍的な進化を遂げると、火力が低く装甲も脆弱な軽戦車は次第に活動の場を狭めていった。

それでも第二次世界大戦末期にはアメリカのM24のように以前の中戦車並みの火力を持つものが現れ、戦後もM41やAMX-13などの強力な火力を誇る軽戦車が開発され使用された。また、M551やスティングレイ、M8 AGSの様に緊急展開部隊用に空輸可能な軽戦車も開発されている。これらは再度起こった戦後の軍縮ムードの中で主力戦車の代替として配備されることになるが、朝鮮戦争やベトナム戦争で能力不足を露呈した。

主力戦車に対抗できないのはもちろん、歩兵の携帯火器にも脆弱で戦闘的な任務に投入するには生存性が低すぎたのである。そしてより安価な装甲車や歩兵支援能力がある歩兵戦闘車(IFV)の発展で軽戦車はコストパフォーマンスの低い存在となってしまった。そのため軽戦車は退役もしくは偵察など補助的な任務に専念することになった。

下記画像はドイツが第一次世界大戦後、初めて量産した軽戦車、I号戦車(いちごうせんしゃ、Panzerkampfwagen I)。

I号戦車(Panzerkampfwagen I)


中戦車

中戦車(ちゅうせんしゃ)は、軽戦車と重戦車の中間に位置する戦車のこと。重量15~50トンクラスの戦車を指し、装甲、機動力をバランス良く備えている戦車である。目立った弱点がなく、様々な状況に対応できたため、多くの国が設計&製造を行った。

第二次大戦時のアメリカのM4中戦車、ソビエトのT-34、日本の九七式戦車、ドイツのIII号戦車、IV号戦車、V号戦車 などがこれに当たる。分類の基準は国によって異なり、アメリカ、ソビエト、ドイツなどの中戦車と比べると、日本の中戦車は一般に小型で軽戦車レベルであった。また、イギリスは巡航戦車と歩兵戦車という独自の区分を用いていたので、重・中・軽という重量分類は行っていない。

ちなみに現在の主力戦車はこの中戦車が発展したものである。冷戦期には重戦車並みの戦闘力と中戦車の機動力、汎用性を兼ね備えた主力戦車(MBT)が採用されるようになり、中戦車という分類は事実上失われた。

下記画像は第二次世界大戦時にアメリカ合衆国で開発・製造された中戦車、M4中戦車(シャーマン)

M4中戦車


巡航戦車

巡航戦車(じゅんこうせんしゃ、cruiser tank)とは、第二次世界大戦時のイギリス軍における戦車の分類である。機動力が最優先され、その代償として防御力が犠牲となっていた。歩兵戦車の対概念の戦車。イギリス軍は、第一次世界大戦の戦訓から戦車を歩兵戦車と巡航戦車に二分し、異なる役割を与えていた。歩兵に随伴して敵戦線を突破することが目的の歩兵戦車に求められたのは厚い装甲と超壕能力であったが、機動力による突破や追撃が目的の巡航戦車に求められたのは速力であった。そのため、同時期の歩兵戦車より一回り軽量で装甲は薄い代わりに高速であった。

ドイツ軍戦車の火力・装甲が強化されると対抗上、巡航戦車も火力・装甲を強化した「重巡航戦車」となり、これが汎用的な主力戦車へと発展することとなった。しかし、その開発配備は常に後手に回り、結局イギリス陸軍はアメリカから供与されたシャーマン中戦車を事実上の主戦力として対独戦を戦うことになる。

巡航戦車MK.III(A13)以降に影響を与えたクリスティー戦車は、ソ連軍では改良されBT(快速戦車)として量産され、発展していった。これはイギリスの巡航戦車と同じような目的で作られたが、そもそもソ連軍の大演習でBTを観覧したイギリス軍将校が推進したのが巡航戦車なのである。なお、戦後開発されたセンチュリオン、チーフテン、チャレンジャーといったイギリス主力戦車は、「頭文字が『C』で始まる名称をつける」という巡航戦車の伝統を受け継いでいる。

下記画像は第二次世界大戦中にイギリス陸軍が使用した巡航戦車、Mk.I(A9)

巡航戦車 Mk


重戦車

重戦車(じゅうせんしゃ)とは、第二次世界大戦前から冷戦時代までの時期に作られた戦車のうち、大きな車体、重装甲、大型砲搭載など様々な条件により同時期の自軍戦車の中で相対的に重量の大きい(40~80トンクラス)戦車を指す。特に第二次世界大戦中は大砲の威力と装甲強化のシーソーゲームが激しく、開戦時には 40t 程度もあれば立派な重戦車だったが 1944年には 70t 近くの重戦車が実戦で使用され、188t の超重戦車まで試作されるに至った。

戦間期の重戦車

戦間期に戦車の機動力は飛躍的に向上し、回転砲塔の登場で攻撃にも柔軟性が増した。第一次世界大戦時のものとはまったく別の物に進化したが、向上した性能をどのように組み合わせたものが優れた戦車なのかについては、各国とも模索の途上にあった。戦間期の主要国は、いくつか異なる型を並行して開発していた。ソ連とフランスは、そのうち大型で強力なものを、重戦車と位置づけた。

第二次世界大戦後の教訓では、大型で強力な戦車とは、厚い装甲と強力な砲の組み合わせを意味する。戦車戦を生き延び、敵戦車を撃破する能力である。しかし戦間期、特に1920年代には、敵戦車の脅威が総じて低く見積もられ、移動トーチカとして歩兵を掃討する役割が求められた。このころの重戦車の主流は、低速と重装甲を組み合わせたものであった。攻撃力、特に装甲貫徹力は、戦中の戦車と比べると軽視された。模索された重戦車の中では、装甲を薄くするかわりに複数の砲を持つ多砲塔戦車が試されたこともあった。

フランスとソ連は、低速・重装甲の重戦車を保有した。イギリスは歩兵戦車の名で同様の戦車を作った。イタリアはその地形から軽快な戦車を好み、重戦車を開発しなかった。ヴェルサイユ条約で戦車保有を禁じられたドイツは、ヒトラー政権下で戦車の生産と配備を急いだが、重戦車には手が回らなかった。

第二次世界大戦の重戦車

フランスとソ連は、いずれもドイツ軍の電撃戦で国土を席巻された。その防衛戦で、戦間期型の重戦車は攻撃力不足の欠点をさらけだした。搭載砲の射程距離が短かった大戦初期には、機動力の差が決定的であった。個々ばらばらに戦場に登場した重戦車は、軽快なドイツ戦車に超接近戦にもちこまれ、不利な相対位置で撃たれることになった。また、北アフリカの開けた砂漠では、イギリスの歩兵戦車は対戦車砲に有効な榴弾砲を持たないために、自車の射程範囲外からドイツの 88mm砲に撃破された。

しかし1941年の独ソ戦初期には重戦車が威力を発揮した。ソ連のKV-1重戦車は、厚い装甲でドイツ軍の戦車と対戦車砲の攻撃を弾き、怪物と呼ばれた。もっとも、低速で故障が多かったため、激しく動く戦線から取り残されて個別に撃破されたり放棄されたりすることが多かった。この戦車とT-34中戦車は1941年当時ごく少数しかなかったが、ドイツ軍の標準的な対戦車用の装備では歯が立たず、戦場に投入されるたびに、一時的であってもドイツ軍の進撃を食い止め、鈍らせる働きをした。それに比べると、軽装甲のソ連戦車は数が多少あっても簡単に撃破された。

この経験から独ソ両軍は、バランスのとれた戦車の量産と並行して、少数の重戦車の生産に取り組んだ。大戦中期に登場したドイツ軍のVI号戦車(ティーガーI)は、ドイツ装甲部隊の攻防の正面に立って活躍した。対抗したソ連軍はIS-2重戦車を投入した。ついでドイツ軍が VI号B型戦車(ティーガーII)を投入し、ソ連軍がIS-3重戦車を開発したところで戦争は終わった。ドイツではマウスやE-100などの超重戦車も計画・開発されていたが、重量や信頼性の点でおよそ実戦運用に耐えられる様な代物では無かった。

東部戦線で戦車が巨大進化を遂げる一方で、西部戦線では航空機が戦場を支配した。ドイツ重戦車が目覚しい戦果を挙げた場面もあったが、いかなる戦車も航空攻撃には無力であった。アメリカとイギリスの陸軍は、ドイツ重戦車に対抗できる戦車の開発に取り組んだが、その産物が実戦に登場した頃には敵にすべきドイツ戦車がほとんどなくなっていた。

第二次世界大戦後の重戦車

第二次世界大戦後、ベルリンで行われた戦勝パレードにおいてベールを脱いだソ連の IS-3重戦車に対抗する形で米英両軍はそれぞれM103重戦車とコンカラー重戦車の開発を進めたが、そのペースは戦時中と比べると遅くなった。本国での使用が考えられない米英にとって、重戦車は攻撃力と比べて輸送に関する制約が大きく、大規模な運用は困難であり有効な戦力とは考えにくかった。さらに最大の利点であった重装甲が火砲と対戦車ミサイルの急速な発展により優位を失い、口径120mmの主砲による攻撃力もL7 105mm戦車砲の登場とそれらを装備したセンチュリオン戦車やM60戦車の登場によって存在意義を失い、中戦車の進化と合流する形で重戦車という種別は姿を消し、現代まで続く主力戦車が生まれた。

ソ連軍は戦後しばらくIS-3及びT-10重戦車と、T-54/55やT-62などの中戦車を並行して開発、配備した。その後しだいに対西側の技術的優位を失う中で、1970年代にT-64やT-72などの主力戦車に一本化した。

中戦車をベースに発達した主力戦車だったが、現在の戦後第3.5世代戦車は120mm口径以上の大型砲と、敵戦車の同級の火砲や対戦車ミサイルに耐えうる重装甲を備えた、むしろかつての重戦車に近い形態となっており、重量も55~70t に達している。エンジンの高出力化などによって十分な機動性は確保されているものの、路面状況や架橋、輸送などの問題からほとんど運用上の限界に達しており、新戦車開発の停滞の大きな要因となっている。

下記画像は第二次世界大戦にドイツ国防軍と武装親衛隊が使用したVI号戦車(制式名称 Panzerkampfwagen VI Ausf. E (Sd Kfz 181) 。通称ティーガーI。

ティーガーI


主力戦車

主力戦車(しゅりょくせんしゃ、Main battle tank, MBT)は、戦車の分類の一つ。現代の戦車はほとんどが主力戦車に分類され、戦力の要となっている。主力戦車はMBT(Main Battle Tank)の訳語であり、主戦闘戦車もしくは主力戦闘戦車と訳される場合もある。なお、正式な用語として、いつどの国で最初に用いられ始めたのかは不明である。

第二次世界大戦が始まると、大半の戦車は敵対戦車砲に耐えうる装甲を持たないため大きな損害を出し、また、逆に耐えられる装甲を持つ物は機動性に難があることが判明した。こうして泥縄式に従来型の戦車の火力と装甲を強化することとなるが、一方で最初から高いレベルで火力・装甲・機動力のバランスがとれた戦車が求められるようになる。

こうして三要素をバランスよく持ち、しかもそれぞれ必要な十分なレベルに達した中戦車は、戦後「主力戦車 (MBT)」と呼ばれるようになった。かつての軽戦車や重戦車はエンジンが非力であったこともあり、機動力と武装・装甲はトレードオフの関係にあったが、エンジンが強力になり、重装甲・重武装であっても、十分な機動力を発揮できるようになったことも大きい。

主力戦車と中戦車の境界は曖昧であり、初の主力戦車はどれであるかということははっきりしていない。使用目的で言えばIII号戦車であるが実際その任を果たせたとはいえず、M4シャーマンは本来米軍の戦闘教義に従った歩兵支援用であり、T-34は巡航戦車的なBT 戦車を発展させ重装甲化してできた戦車であり、結果はともかく目的としては純粋なMBTとは言い難い。V号戦車パンターは「中戦車」と呼ばれながらも当時の重戦車級の重量と厚い正面装甲、なおかつ十分な機動力と敵戦車を積極的に攻撃できる火力を生産当初から持ち合わせ、比較的MBTに近い存在であった。

また、M26パーシングは当初重戦車として採用され、路外機動性に劣ってはいるが、後により強力なエンジンと発達したトランスミッションに換装し機動力を改善したM46パットンに発展し、MBTの前段階といえる。また、歩兵戦車のコンセプトを統合し「重巡航戦車」と呼ばれ、大戦末期に登場し後に改良を加えられ発展するセンチュリオンが初のMBTであるともいわれる。こうして戦車の分類は重量より目的に応じたものに変化、第二次世界大戦後に開発された戦車のほとんどが主力戦車であるといえる。

下記画像は西ドイツが開発した戦後第二世代主力戦車、レオパルド1(Leopard 1)。

レオパルド1(Leopard 1)



戦車種類編その2はコチラ




図解 戦車 (F-Files No.012)図解 戦車 (F-Files No.012)
(2007/12/21)
大波 篤司

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