M4中戦車 シャーマン (M4 Sherman)

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2010/03/06(土)
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M4中戦車とは、第二次世界大戦時にアメリカ合衆国で開発・製造された中戦車である。通称はシャーマン(Sherman)であるが、これはイギリス軍がつけた名称であり、南北戦争の時に北部の将軍だったウィリアム・シャーマンにちなむ。アメリカ軍では非公式の呼び名であったが、兵士達の間では使われることも多かった。生産に参加した主要企業は11社にも及び、1945年までに全車種で5万輌近くが生産された。

概要

M4という形式名で呼ばれているものの、車体・発動機・砲塔・砲・サスペンション・履帯など、外見上多くのバリエーションを持つ戦車である。これはアメリカの工業力が高く、構成部品の規格化により大量生産が可能で、各生産工場の得意とする生産方式・部品を活かし並行生産させた上、殆どの車体構成部品に互換性を持たせ高い信頼性が保持されたことによる。このため敵対するナチス・ドイツの戦車(特にパンター中戦車やティーガー重戦車ティーガーIIなど)に車輌単体での性能こそ劣っていたが、数で圧倒することができた。

ヨーロッパでのナチス・ドイツとの戦いに加え、太平洋戦争では日本軍の掃討に用いられ、特に沖縄戦では凄惨な戦闘を経験している。またイギリス、カナダ、オーストラリアをはじめとするイギリス連邦加盟国の他、ソビエト連邦に4,000輌以上が、自由フランス軍やポーランド亡命政府軍にもレンドリースされている。「M4の75 / 76mm砲で十分」とするAGF(Army Ground Forces 陸軍地上軍)の甘い判断で、重戦車「M26パーシング」の配備が遅らされ、終戦まで連合軍の主力戦車として活躍した。

第二次世界大戦後も朝鮮戦争や印パ戦争、中東戦争などで使用され、特にイスラエル国防軍はM4の中古・スクラップを大量にかき集めて再生し初期の陸戦力の中核として活用、その後独自の改良により「最強のシャーマン」と呼ばれるM50/M51スーパーシャーマンを生み出している。

第一線を退いた後も装甲回収車などの支援車両に改造され最近まで各国で使用されていた。また、M4A3E8型はMSA協定により日本の陸上自衛隊にも供与され、1970年代半ばまで使用され1970年代末には61式戦車と交代するかたちで全車が退役した。現在ではほとんどの国で引退しているが、パラグアイでは現在でも少数が主力戦車として使用されている。

開発と改良

第二次世界大戦勃発時の1939年、アメリカ陸軍は戦車の保有数が少なく、唯一の中戦車であるM2も全くの時代遅れであるなど陸戦力には不安があった。これはアメリカが主戦場であるヨーロッパから大西洋を隔てていた事もあり当初は中立的な立場(孤立主義)を取っていた事にも起因するが、やがてナチス・ドイツによりフランスはじめ欧州の連合国が次々と陥落し、さらにそれに乗じてアジアに進出した日本との関係悪化などから、1940年頃には連合各国へのレンドリースによる支援やアメリカ自身の参戦に備えて、全周旋回砲塔に大型砲を搭載した戦車が必要と認識された。しかし当時のアメリカでは大直径の砲塔リングを量産できる体制になかったため、繋ぎとして車体に75mm砲を搭載したM3中戦車が先行生産された。

続いてM3のシャーシをベースに75mm砲を搭載した大型砲塔を持つ新戦車T6の開発と、同時に航空・自動車産業を中心に生産体制の整備が急ピッチで行われた。1941年10月にM4中戦車として制式採用されたT6は鋳造一体構造の上部車体を持っていたが、鋳造生産能力の不足から、板金溶接車体のM4と鋳造車体のM4A1とが同時に量産される事になり、アメリカ参戦直後の1942年2月から量産が開始された。さらに各生産拠点に適したエンジン形式や生産方法を採る形で、多くの生産型が生み出される事となった。

車体および動力系の構成はM3と同様で、車体後部に配置されたエンジンからドライブシャフトを介して最前部の変速機に動力を伝える前輪駆動になっている。主に航空機用の星型エンジンの使用を考慮した設計のために、エンジンデッキとドライブシャフトの位置が高く、結果的に同時代の中戦車としてはかなり嵩高な車体となっている(同じエンジンでもM18ヘルキャットではユニバーサルジョイントを介してシャフトが水平になり、設置場所が下がり車高も低くなっている)。足周りもM3とほぼ同じ形式のVVSS(垂直渦巻きスプリング式サスペンション)が採用された。車体前部左右に正操縦席と副操縦席兼前方機関銃座が設けられている。砲塔内には車長・砲手・装填手の三名が搭乗。左側面には対歩兵射撃用の開閉式ガンポートが設けられており、防御力向上のために一時廃止されているが、実際は弾薬搬入や薬莢搬出に便利だったためすぐに復活している。

信頼性・生産性など工業製品としての完成度は高かったM4も、戦場で戦う兵器としてはアメリカ軍自身の戦車戦の経験不足もあって問題点も多く、特に百戦錬磨のドイツ軍相手ではワンサイドゲームで「屠殺」されることも珍しくなかった。M4の能力不足は米軍上層部でも理解している者もいたが、AGFがその性能を過信して、兵器の数をそろえ、種類を統一して稼働率を上げなければならないとした事情が、将兵の生命より優先された。そこで実戦場からの要望に伴い順次改良が施されていった(装填手用ハッチ追加、全周ビジョンブロック付き車長用キューポラの導入、弾薬誘爆を防ぐ湿式弾庫の採用、そしてティーガーを撃破する為の76mm砲と新型徹甲弾の導入など)。

特に、生産初期の圧延装甲溶接車体の車体前面は、避弾経始を考慮して56度の傾斜が付けられ、そこから操縦席・副操縦手席部分が前方に張り出した構造になっていたが、後には生産性の向上と車内容積の増加(特に76mm砲塔や湿式弾庫搭載のため)などの目的で、傾斜角47度の一枚板に変更されており、併せてA1の鋳造車体も含めて操縦手用ハッチの大型化が行われた。これらは一般的に「前期型車体」「後期型車体」と呼ばれている。ただしこれらの改良も各生産拠点による差異や現地改修などにより千差万別であり、車体分類なども後世の研究による物であるため定まっていない。

武装

量産型のシャーマンの多くは、武装として主砲1門と、1挺の12.7mm機銃(砲塔上)、2挺の7.62mm機銃(主砲同軸/車体前面)を搭載していた。しかし英連邦軍で使用した車輌では、12.7mm機銃を装備していない物が大半である。さらにM4A1とA2の極初期型には、M3中戦車のように車体前方に二丁の7.62mm固定機銃が付いていたが、すぐに廃止された。

主砲は75mm砲 M3若しくは76mm砲 M1A1(口径3インチ=76.2mm)のカノン砲が標準だが、火力支援用として105mm榴弾砲を装備した形式も作られている。なおイギリス軍では、 75mm砲搭載型を無記号、76.2mm砲型をA、105mm砲型をB、17ポンド砲型をCと分類。例えば「シャーマンIC」だと、シャーマンI(M4)ベースのファイアフライ、「シャーマンIIIA」だとM4A2ベースの76.2mm砲型ということになる。

初期の75mm砲に比べ、後に採用された76.2mm砲は装甲貫徹力に優れていたが、砲弾が長く搭載数が比較的少なかったこと、発射時の砲煙が多いこと、榴弾の炸薬量が75mm砲より少ないなど欠点も併せ持っていたため、それぞれの砲を搭載した車両が並行生産された。高射砲から発展した76.2mm 砲は、タングステン鋼芯入りの高速徹甲弾(HVAP)を用いると、スペック上ドイツの88mm砲並みの貫通力を発揮したが、第二次大戦中はM10駆逐戦車などに優先供給され、シャーマンには十分供給されなかった。後に朝鮮戦争では十分に供給され、T-34を撃破する威力を見せた。一方この砲弾は発射時の反動が大きく、砲口にマズルブレーキが追加されることとなり、また砲身の寿命が半減するという欠点もあった。なお大型化した 76.2mm砲塔は砲塔リングは75mm砲塔と共通だが、前期型車体では搭載スペースが不十分なため、前面装甲板の一体化などで車内容積が増えた後期改良型車体にのみ載せられている。

主砲弾薬庫は前期型車体では左右袖部(スポンソン)に設けられていたが、敵弾貫通時に誘爆して炎上大破するケースが多く(実に60~80%)、応急策として車体側面に補助装甲板が溶接されるも、ドイツ軍の火力の前には却って照準ポイントを教える事になり逆効果であった。そのため後期改良型車体では床に移され、さらに弾薬庫全体を不凍液(グリセリン溶液)で満たして引火を防ぐ湿式弾庫が導入(湿式弾庫搭載型は末尾にWaterの略である「W」が付けられている)され、炎上する率が低下(10~15%)した。

一方で、根本的な装甲防御力の不足はほとんど対策が成されないままであり、前線では予備の履帯や転輪、土嚢やコンクリート、に至るまで、形振り構わぬ追加防御策が行われている。多くは調達や交換の容易で、パンツァーファウストの成型炸薬弾対策となる土嚢が用いられた。この効果に対しては賛否両論あり、かえって貫徹力を高める間合いを作ってしまうという意見が出る反面、実戦で効果があった(例・一発のパンツァーファウストで40個の土嚢が破れた反面、側面装甲にひびが入った程度に止まった)と主張する者もいた。パットン将軍は軍人の所業らしくないとこれを嫌って土嚢装甲を禁止し、麾下のアメリカ第3軍では撃破された友軍やドイツ軍の戦車の車体から切り出した鋼板を貼り付けていた。また太平洋戦域では、日本兵の肉薄攻撃への対策として、ハッチに爆薬を密着させられないように多数のスパイクや金網を周囲に溶接、また車体側面に木の板を装着、またはこれを型枠のように取り付け、車体との間にコンクリートを流し込み磁力吸着式の破甲爆雷対策とした例も見られる。

しかしこれらの現地改造も小細工の域を出ず、本来格下であるはずのIV号戦車後期型相手でさえ一対一では劣勢で、「陽動と包囲を併用し、五対一の物量作戦を基本とする」のが定石であった(ただし、ドイツ戦車兵もかつてはKVやT-34相手に同様の戦術を用いている)。アメリカ兵自身も「池のアヒルみたいに簡単にやられちまう」と自嘲し、捕虜になった戦車長がティーガー戦車を見上げて「こんなでかい砲と戦うのは不公平だ」と言ってドイツ兵を笑わせたという逸話もあったという。

戦後、イスラエル国防軍が独自改良を行ったM50/M51スーパーシャーマンにおいては、火力はフランス製のAMX-13用75mm砲やAMX-30用105mm砲の装備によって一線級を保っていたのに対し、装甲防御力については重量的限界からほとんど対策されないままであった。

バリエーション

M4
ブレスド・スチール・カー社、ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス、アメリカン・ロコモーティブ社、ブルマン・スタンダード社で製造。航空機用であったコンチネンタルR975エンジンを、陸上部隊向けの低オクタン価ガソリンで動くように改良して採用した。車体前面はハッチまわりの操縦席フードが鋳造製(組み立て方の違う二種類がある)で、これに(生産工場や時期により仕様が異なる)数枚の圧延鋼板の装甲を溶接で繋げた作りになっていた。しかしこれは強度が劣るため前線改修用の前面増加装甲キットが開発されたり、生産途中から後部は溶接型のままで、車体前面のみをA1と同様の一体鋳造型に変更した「コンポジット型」(ハイブリッド型)が、デトロイト戦車工廠で製造された。

なおM4を改良してM4A1以降の型になったわけではなく、各型は異なる工場で並行生産されている。ノルマンディー上陸のころはA1と共に米軍の主力であったが、次第にA3に更新されていった。76.2mm砲搭型は量産されていないが、支援用に後期型車体で105mm榴弾砲を搭載したタイプや、中古の前期型車体でカリオペ・ロケットランチャーを搭載した物も多い。75mm砲型は1942年7月から一年間に6748輌、105mm砲型は 1944年2月から翌5月までに1641輌が生産された。英軍名称「シャーマンI」。

M4E9
本土で訓練用に用いられていた初期生産車輌を1943年12月からオーバーホールした際、「ダックビル」型エンドコネクターを、足回りにスペーサーをかませ履帯の両側に装着した仕様。接地圧が履帯幅の広いE8仕様のように低減された。

M4A1
ライマ・ロコモティブ・ワークス、プレスド・スチール社、パシフィック・カー&ファウンドリー社で製造。後述するように生産開始や実戦投入はもっとも早い。M4と同じエンジンを搭載しているが、車体上部が溶接式ではなく一体鋳造されているため見分けがつきやすい。車体前面は丸みを帯びているため避弾経始は高まったが、車内スペースが狭くなってしまった。操縦士ハッチを大型の物に変更、湿式弾薬庫を持つ後期型車体のM4A1(75)Wもある。(以前は75mm砲塔のA1に後期型車体は無いと思われていたが、実戦部隊で運用されている写真が確認されている。)エンジンが共通であるため、M4と同じ部隊に混成配備されることもあった。当初、鋳造装甲の強度に疑問を持つ部隊に使用を拒否されたこともあったが、前述の通り前期型溶接車体よりA1の方が被弾に強いと認識された。後期型車体でT23砲塔に76.2mm砲を搭載するM4A1(76)Wも作られた。75mm砲型は1942年2月から翌11月までに6281輌が、76.2mm砲型は1944年1月から翌5月までに3426輌が生産された。英軍名称「シャーマンII」。

M4A1E4
戦後、75mm砲搭に76.2mm砲を搭載したもの。パキスタンに給与され、カシミール紛争などで使われた。

M4A1E9
M4A1の初期型をM4E9同様にクライスラー・エヴェンスビル工場で改修、E9仕様にしたもの。

M4A2
ブルマン・スタンダード社、グランド・ブランク戦車工廠、フェデラル・マシーン&ウェルダー社、アメリカン・ロコモーティブ社(少数)で製造された。M4の生産開始時から、装備されていた空冷星型エンジンが練習機増産のために不足することが予想されていた。エンジン不足を避けるための代替エンジンが要求され、民間トラック用にゼネラルモーターズ社が生産していたGM 6046直列6気筒2ストローク液冷ディーゼルエンジン2基を連結して搭載された。これは埃にやや弱いとの批判もあったが、一基停まっても走行可能でトルクも空冷星型より強力であり好評だった。しかし米陸軍では使用燃料をガソリンに統一していることから、生産量のほとんどが上陸用舟艇と燃料を共用できる米国海兵隊(後にA3に更新)、及びレンドリース用としてイギリス軍と自由フランス軍で使用され、後には全てソ連向けに供与されるようになった。

ソ連軍の報告書では、T-34より故障が少なく操縦も楽で扱いやすく、十分な戦闘力もある戦車であるとされ「エムチャ」(M4=エム・チトィーリェの略)または「シェールマン」(シャーマンのロシア語読み)と呼ばれ、車高や泥濘地での機動性以外は大変好評であり、エリート部隊である親衛戦車連隊に優先配備された。また砲塔上の12.7mm機銃は、瓦礫の陰などで待ち伏せるパンツァーファウストを持った敵歩兵を、障害物ごと吹き飛ばし掃討するのに有効で、後にIS-2戦車に12.7mmDShk 機銃が装備されたのもこれがきっかけであったとみられる。東部戦線では1943年1月から部隊配備が始まり、ベルリン市街戦でもM4A2(76)Wの写真が多く見られる。なおA2では後期型車体でも75mm砲塔型の湿式弾庫タイプは無い。またフィッシャー社で生産されたA2の操縦席フードは、途中から鋳造型ではなく溶接組み立て型に変更されている。75mm砲型は 1942年4月から1944年4月までに8053輌が、76.2mm砲型は1944年5月から翌5月までに2915輌が生産された。英軍名称「シャーマン III」。

M4A3
それまでの航空機用エンジンの流用から、同社が戦車用に開発したGAA液冷V型8気筒エンジン(450馬力)を搭載しており、M4やM4A1の空冷星型エンジンよりも整備性や低速時のトルクで勝り、各エンジンの中で最も評判が良かった。そのためアメリカ軍に主力戦車として優先的に供給され、大戦中に他国へ渡された台数は極めて少ないが、戦後に余剰となってからは大量に供与された。また前面装甲が一枚板で「湿式弾庫」を持つ後期型車体が初めて採用され、デトロイト戦車工廠やグランド・ブランク戦車工廠で製造された。M4戦車系列としては後発であるためフォード社製造の前期型車体は比較的少なく(それでも1690輌もあったが)、実戦で見られるA3の多くは後期型車体である。75mm砲型は1942年6月から1945年5月までに4761輌が、76.2mm砲型は1944年3月から翌4月までに4542 輌、105mm砲型は1944年3月から翌6月までに3039輌が生産された。英軍名称「シャーマンIV」。

M4A3E2(ジャンボ)
M4A3の装甲強化型。グランド・ブランク戦車工廠による生産数は254両ほどと少ないが、最大装甲厚152mmの重装甲を生かして、ドイツの対戦車砲が待ちうけていそうな場所を先陣を切って突破するために重宝された。一部は現地で主砲を76.2mm砲に換装しているが、もともと装甲を強化した 76.2mm用砲塔に(歩兵支援・陣地攻撃に適した)75mm砲を装備していたので容易なことであった。重量増加で上がった接地圧を下げるために、履帯の脇に「ダックビル」と呼ばれるアタッチメントを装着している。

M4A3E4
朝鮮戦争当時、北朝鮮のT-34-85に対抗するため東京都の赤羽で進駐軍の75mm砲搭型を76.2mm砲に換えたもの。後に同じ改造を施されたものがユーゴスラビアに供与され、映画「戦略大作戦」でその姿を見ることが出来る。

M4A3E8(イージーエイト)
デトロイト戦車工廠製。M4系列のアメリカ軍での最終型で、「バルジの戦い」の頃から登場した。1944年8月から1945年9月までに2,539輌が生産された。元になったM4A3(76)Wは、試作戦車T23から流用された砲塔に52口径76.2mm戦車砲M1A2を搭載している。車体も前面装甲を一枚板にして生産性と対弾性能を向上させ、湿式弾庫を備える後期型である。懸架装置はそれまでのVVSS(垂直渦巻きスプリングサスペンション)から重量の増加に対応した HVSS(水平渦巻きスプリングサスペンション)に変更され履帯幅も広くなり、それにあわせてフェンダーが増設されている。(戦後になってから他国に供与されたA1~A4型の多くも同様にHVSSのE8に改修されている。)朝鮮戦争ではT-34-85と戦って活躍した。1954年からは自衛隊に、また他のNATO諸国など親米国家にも供与された。イスラエルでも少数が使われているが、時期的に米軍からの供与ではなく、スクラップヤードや各国の余剰品から寄せ集めた中のM4A3(76)WをE8化したものと思われる。

M4A4
デトロイト戦車工廠製造。クライスラーA-57「マルチバンクエンジン」を搭載した型。これは従来搭載されていたコンチネンタルR- 975空冷星形エンジンが、練習機向けを優先するために供給不足となり、そのためM3A4用に設計されたもので、バス用に生産されていた直列6気筒ガソリンエンジン5基を扇形に束ねて連結した複列30気筒液冷ガソリンエンジンである。30気筒という他に例を見ない構成のため整備性には問題があり、点火時期やベルトの調整方法など高度に教本化することで乗り切ろうとした。結局ほとんどが英連邦軍に供与され「シャーマンV」と呼称されたが、同時代のイギリス製戦車に比べれば故障は少なく、イギリス軍での運用実績は良かったようだ。エンジンルームの関係でこの型とA6型のみ他の型より全長がわずかに長い。英軍の他、カナダ軍、自由ポーランド軍、自由フランス軍、中国国民党軍にも供与された。後期型車体や 76.2mm砲搭型、湿式弾庫は無く、デファレンシャルカバーは三分割タイプのみである。1942年6月から翌8月までに7499輌が生産された。

M4A5
カナダが国産装甲戦闘車輌として独自生産したラム巡航戦車にアメリカ陸軍軍需部が与えた形式番号。M3をベースに独自開発した物だが、パーツの多くをアメリカから供給を受けた事もあり、M4に酷似している。その後生産はグリズリー巡航戦車(M4A1のライセンス生産)へと移行した。

M4A6
生産終了するA4をコンポジット車体にして、キャタピラー社製空冷星型ディーゼルエンジンに換装したもの。生産数は1943年10月からの三ヶ月間で75輌にとどまり、本国での訓練専用車となった。武装は75mm砲型のみ。

性能諸元

全長 7.47 m(砲身含む)
車体長 6.19 m
全幅 2.62 m
全高 2.67 m
重量 32.3 t
懸架方式 水平渦巻きスプリング・ボギー式
      (HVSS)
速度 38.6 km/h(整地)
    19.3 km/h(不整地)
行動距離 151 km
主砲 76.2 mm M1(71発)
副武装 12.7 mm M2機関銃×1(600発)
      7.62 mm M1919機関銃×2(6,250発)
装甲 砲塔
    防盾88.9 mm、側・後面63.5 mm
    車体
    前面63.5 mm、側・後面38.1 mm
エンジン Continental R975 C4
     4ストローク星型
     9気筒空冷ガソリン
     400 馬力
乗員 5 名

さらに詳しく → M4中戦車  中戦車



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