コンゴ民主共和国内戦-レアメタル争奪戦

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2010/03/03(水)
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コンゴ民主共和国コンゴみんしゅきょうわこく)は中部アフリカに位置する共和制国家。北西にコンゴ共和国、南西にアンゴラ、南にザンビア、東にタンザニア、ブルンジ、ルワンダ、北東にウガンダ、スーダン、北に中央アフリカ共和国と国境を接し、西は大西洋に面する。首都はキンシャサ。

アフリカ大陸中央部のコンゴ川流域に広がり、スーダン、アルジェリアに続いてアフリカ大陸で第3位の面積を擁し、世界全体でも第12位の面積を擁する広大な国家である。1997年に現在の国名に改められたが、それまでの国名のザイールとしてよく知られる。熱帯性気候。

国名

正式名称はフランス語で、République Démocratique du Congo(レピュブリク・デモクラティク・デュ・コンゴ)。

公式の英語表記は、Democratic Republic of the Congo。

日本語の表記はコンゴ民主共和国。簡略表記としては、「コンゴ(旧ザイール)」が多い。

1960年から1967年の間の正式名称は西のコンゴ共和国と同じ「コンゴ共和国」であったため、区別のために、コンゴ・レオポルドビル、コンゴ・キンシャサなどと呼ばれた。

* 1885 年 - 1908年 コンゴ自由国 (ベルギー国王の私有地)
* 1908年 - 1960年 ベルギー領コンゴ
* 1960年 - 1967年 コンゴ共和国
* 1967年 - 1971年 コンゴ民主共和国
* 1971年 - 1997年 ザイール共和国
* 1997年 - 現在 コンゴ民主共和国

歴史

13 - 17世紀にかけてコンゴ王国が栄えたほか、南部にはクバ王国があった。

ベルギー植民地時代

1885年にベルギーの国王、レオポルト2世の私有地「コンゴ自由国」(État indépendant du Congo)とされ、1908年にはベルギー政府に所有権が移され植民地に。1950年代後半からジョゼフ・カサブブのコンゴ人同盟、パトリス・ルムンバのコンゴ国民運動が独立闘争を開始。

独立とコンゴ動乱

1960年6月30日にコンゴ共和国(のちコンゴ民主共和国に改称)としてベルギーから独立。カサブブは大統領、ルムンバは首相に就任。独立から1週間も経たずして内乱とベルギー軍の介入を経験し、「コンゴ動乱」が始まる。1961年、ルムンバ首相が殺害される。

ザイール共和国(モブツ政権)時代

1965年11月、モブツ商務・雇用・貿易相がクーデターで実権掌握。1997年までの32年間モブツ大統領の独裁が続いた。

1971年に国名をザイール共和国(République du Zaïre)に。革命人民運動 (MPR) の一党独裁制を敷いた。1990年4月、民主化要求の高まりを受け議会は 11月に複数政党制への道を開く憲法修正案を可決。12月任期2期を満了したモブツ大統領が、3選を禁止した憲法条項を無視し辞任を拒否。

モブツ体制崩壊以降

議会は1996年4月、東部のツチ系ムレンゲ人の追放を決議し政府軍が攻撃。バニィヤムレンゲ等の武装組織コンゴ・ザイール解放民主勢力連合 (AFDL) がルワンダ、ウガンダ、ブルンジなどの支援で反撃し、1997年5月にキンシャサを制圧。モブツ政権は崩壊し、AFDLのローラン・カビラ議長が大統領に就任、国名をコンゴ民主共和国とザイールからコンゴに戻した。大統領は司法権を除く全権を自身に付与することを発表するなど、強権支配体制を敷いた。

カビラ大統領は、ツチ系が政権を握るルワンダなどの影響力が強まることを恐れ、政権や軍部からツチ系の排除を始めたために、1998年8月に東部を中心として第二次コンゴ戦争に発展。国内のダイヤモンドやコバルトなどの豊富な鉱産資源に関する利権も絡み、反政府勢力コンゴ民主連合 (RCD) を主にウガンダとルワンダが、政府軍を主にジンバブエ、ナミビア、アンゴラが支援。戦闘などで住民20万人以上が死亡し、紛争に伴う食糧・医薬品不足などでさらに150万人が死亡したとされる。

政府と介入5ヶ国は1999年7月、ザンビアのルサカで停戦協定に調印(ルサカ合意)。しかしカビラ大統領は国連部隊の自由な展開を拒否し、停戦は事実上無効化した。2001年1月16日、ローラン・カビラ大統領が護衛兵に撃たれ死亡。長男のジョゼフ・カビラが26日に後任大統領に就任。

和平協定に向け、2001年10月15日からエチオピアのアディスアベバで対話が実現。ルワンダが支援するコンゴ民主連合 (RCD)、ウガンダが支援するコンゴ解放運動 (MLC)、そしてRCDから分離したコンゴ民主連合解放運動 (RCD-ML) の主要反政府勢力3組織などが、協議継続などをうたった共同声明に調印した。

2002年2月25日、戦争終結を目指す各派の対話がボツワナのクェット・マシーレ前大統領を調停役として、南アフリカのサンシティで再開されたが決裂。対話は南アフリカのプレトリアで、セネガルのニアセ前首相の仲介で再開され、反政府勢力はRCDとMLCが参加した。12月にプレトリア包括和平合意が成立し、2003年7月、合意に基づき暫定政権が成立した。

しかし政権は国内すべてを掌握しておらず、依然として戦争状態が続いている。民族対立とも相まって東部は虐殺・略奪・強姦の頻発する一種の無法地帯となっている。2003年には北部地方でエボラ出血熱が流行。死亡者は100名以上に及んだ。また、同国を生息地とするゴリラへも感染が飛び火し、全個体数の2/3が死亡したと発表されている。

和平合意により2005年に大統領選挙と国民議会選挙を行い民主的政権に移管する予定だったが、同年7月に選挙準備の遅れを理由に延期。2006年 6月までに実施を予定していたが、実施されたのは同年7月30日であった。2005年12月には、この選挙の前提としての憲法草案に対する国民投票が行われ、賛成多数で可決した。この結果を受けて2006年2月18日に新憲法が発効された。

経済

地下資源に恵まれるものの、1990年代の内戦などでインフラは破壊され、経済は壊滅状態となっており、世界最貧国の1つとなっている。

鉱業

銅、コバルト、ダイヤモンド、カドミウム、黄金、銀、亜鉛、マンガン、錫、ゲルマニウム、ウラン、ラジウム、ボーキサイト、鉄鉱石、石炭などを産する世界トップクラスの鉱産資源国であり、輸出の約9割を鉱産資源が占める。コバルトの埋蔵量は世界の約65%。かつてはウランの採掘も行われており、1945年に広島市に投下された原子爆弾の原料はベルギー領コンゴ国産であった。またギニア湾沖に海底油田を擁し、原油の輸出も盛んで同国の経済を支える重要な財源となっている。

さらに詳しく → コンゴ民主共和国  コルタン  レアメタル  ジョゼフ・カビラ  ローラン・カビラ  モブツ・セセ・セコ




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