Uボート(U-Boat、Unterseeboot)

航空兵器・陸上兵器・海上兵器・銃器・戦争・紛争・歴史・革命・テロ・事件・軍事動画・ニュース(報道)・社会情勢・政治運動・評論・講演など、軍事関連の情報を公開しています。宗教・思想・経済・政治的なものも少しアリ

広告
2010/03/01(月)
*











Uボート(ウーボート)は、ドイツ海軍潜水艦を指す。ドイツ語で潜水艦を Unterseeboot (ウンターゼーボート/水の下の船)と呼び、短縮形が U-Boot である。日本では英語読みのユーボート(U-boat) が一般に知られている。第二次世界大戦では、1,131隻が建造され、終戦までに商船約3,000隻、空母2隻、戦艦2 隻を撃沈する戦果をあげた。

概要

「U-Boot」はドイツ語の「Unterseeboot」の略語であり、潜水艦のことである。

潜水艦の用兵には、さまざまなものがあるが、第一次、第二次の両世界大戦におけるドイツ海軍Uボートは、共に海上封鎖および通商破壊を目的として使用された。十分な水上艦戦力をもたないドイツ海軍は、建造費と維持費が安価で、大型船を撃沈できる魚雷をもち、敵の強力な水上艦隊の勢力下でも作戦行動が可能な潜水艦が、この任に最適だと考えたのである。

潜水艦の隠密性を最大限活用するため、Uボート戦では、商船に対しても無警告撃沈という戦法がとられた。主な標的となったのは、両大戦を通じて、敵国のイギリスなどと、植民地とを往来する商船であった。第一次世界大戦にアメリカが参戦した後は標的にアメリカからヨーロッパへの物資・兵員を積んだ商船が追加され、第二次世界大戦においては援ソ船団も加わり、いずれの場合も、攻撃を受けた側は甚大な損害を被った。

第二次世界大戦においては、連合国側は様々な対潜水艦戦略および戦術を展開し、最終的にUボートは劣勢に追い込まれていった。「対Uボート戦の末期(と初期)では立場が逆になった。狩られるのは商船ではなくUボートになったのである」(チャーチル・世界危機)は、両大戦のUボート戦を端的に表している。

また、通商破壊以外の用途としては、技術や物資の隠密輸送などに使用されたりもした。第二次世界大戦時には、同盟国の大日本帝国海軍に寄贈され複数が運用された他、ドイツの敗戦後大日本帝国海軍に接収された艦もある。

戦役

第一次世界大戦

開戦時のUボートの評価はそれほど高いものではなく、あくまでも補助艦艇という位置づけであった。その評価を一変させたのは、開戦から3ヵ月後の 1914年9月22日にオットー・ウェディゲン大尉が指揮するU9が、イギリス海軍の装甲巡洋艦「アブーキア」、「クレッシー」、「ホーグ」の3隻を立て続けに撃沈してからであった。この戦果に各国海軍は驚愕し、取り分けイギリスが受けた衝撃は多大なものであった。ガリポリの戦いではオットー・ヘルジンク大尉が指揮するU21がイギリス海軍の戦艦「トライアンフ」と「マジェスティック」を撃沈しており、Uボートの勇名は世界に轟いた。

これらの戦果に自信を付けたドイツ海軍は、1915年2月にイギリス周辺の海域を交戦海域に指定し、イギリスに向かう商船に対する無制限潜水艦作戦を開始する。その3ヵ月後の1915年5 月、ドイツのU20が戦時禁制品の火薬類運送中の英国船籍の豪華客船ルシタニア号を無警告で撃沈し、1,198人の犠牲者を出す。この中に123人のアメリカ市民が含まれており、著名な舞台演出家であるヴァンダービルト家の一人も犠牲になった。この出来事は、イギリス側の外交戦術に最大限に利用され、アメリカ世論を反ドイツへと揺り動かし、連合国側に立って戦争に参戦する重要な要因となってしまう。その為、ドイツは1915年8月に商船への無警告攻撃を禁止する布告を出し、Uボートが活躍する場は大幅に制限される。

この布告を巡ってはドイツ首脳陣の間に軋轢が生じ、海軍大臣のティルピッツが辞任する騒ぎにまで発展する。最終的にUボートによる無制限潜水艦戦は 1917年1月に認められ、この年の2月から3月にかけて500隻近い商船がイギリス周辺や地中海で撃沈された。しかし、同年にアメリカが連合国側に立って参戦し、更にイギリス首相ロイド・ジョージが強力に推進した護送船団方式と対潜技術の向上でUボートの戦果は急速に低下していく。だが、イギリスが被った損害は重大で、戦後のヴェルサイユ条約でドイツは潜水艦の保有を禁止された。

第二次世界大戦

第二次世界大戦においては、終戦に至るまでUボートは大西洋の戦いの主役であった。イギリス首相ウィンストン・チャーチルは「私が本当に怖れたのは、Uボートの脅威だけである」と述べた。また、ドイツ潜水艦隊司令カール・デーニッツは「300隻のUボート(100隻が哨戒、100隻が戦場への往復、100隻が整備)が、イギリスとの戦いには必要である」と表明していた。Uボートは東は東南アジア、西はパナマ運河まで配備されたので、当時の連合国商船にとって安全な海は存在しなかった。

第二次大戦の開戦の日、デーニッツは57隻のUボートを擁していた(大西洋に派遣できたのは26隻)。フランス占領後はトート設営相によりフランスの資源を使った迅速なブンカーの設置がなされ、大西洋への足がかりが築かれた。その後、マスプロ方式で大量の潜水艦が建造され、7型潜水艦のみに限っても最終的に1,162隻が就役した。緒戦ではUボート部隊は大西洋で通商破壊戦に投入され、連合軍商船隊に対し大きな被害を与えている他、アメリカ本土へスパイを送り込んだり、機雷封鎖作戦にも投入された。

作戦に投入されたUボートには様々な種類があり、初期の「丸木舟」と呼ばれた沿岸用II型から大西洋を中心に各方面で活躍したVII型、大西洋を横断できるIX型(日本軍の呂号潜水艦程度)、補給用の「乳牛」と呼ばれる大西洋での潜水艦補給用のXIV型Uボート、ヴァルター・ボートの外形だけを取り入れた、水中での行動が有利な艦型のXXI型、沿岸作戦用のXXIII型などがあった。

一部のUボートは、日本軍占領下のマレー半島のペナンなどを基地としてインド洋で英連邦諸国の商船に対して通商破壊戦を行っていた。ヒトラーは、同通商破壊戦を強化するために同盟国の日本に協力を呼びかけ、日本がUボートを手本として同様の潜水艦を量産することを期待して日本へ2隻のIX型Uボートを贈与した。1隻が日本に入港して呂号第五〇〇潜水艦として連合艦隊に編入されたが、小型で用兵上の不足があると判断された上に、日本の工業技術では1隻も製作不能とされた。また、日本は伊号潜水艦を5次に渉ってドイツに派遣、ドイツの必要とする工業原材料、技術を交換した(遣独潜水艦作戦)。参加した5隻の内、無事日本~ドイツ間を完全往復できたのはわずか1隻だった。

開戦以来、対潜戦闘に不慣れな英国は膨大な損害を蒙ったが、1942年に入ると、連合軍はUボートに対して

* ソナーや逆探知、航空機搭載レーダーによる電子戦
* 護衛艦隊による護送船団方式
* 護衛空母による航空機での防御や、対潜哨戒機での積極的な攻撃。
*  諜報戦の徹底( フランス・大西洋沿岸の潜水艦基地に潜入したスパイやレジスタンスからの出航情報)
* 対潜水艦用爆雷の改良や「ヘッジホッグ」の投入

などあらゆる対策を実行した。これらが進展するにしたがって、大西洋の戦いはUボート部隊に不利となっていった。ドイツはとりわけ電子戦において遅れをとっていた。ドイツ側も逆探知装置(メトックス)などを開発したが、逆探から出る電波をたどって英軍に爆撃されるなど、絶えず後手にまわっていた。

対空兵装を強化するなどの策もとられたが、対空戦闘での少しの損害でも潜航不能になり、最終的に撃沈される例が相次いだ。このためシュノーケルの装備などで対抗した。これらの対策を施した潜水艦の大量投入で、一時的に戦果の低下を防ぐことができたが、護衛空母による哨戒が開始されるとUボートの損害は再び増加した。1944年になると在来型のVII型、IX型などは事実上旧式化し、大戦初期の様な戦果は望めなくなった。しかし、大西洋からUボートを撤退させることにより、Uボートに振り向けられる連合軍の資源が都市爆撃や陸軍の戦術支援に回ることが予想されたため、連合軍を海に釘付けにするためにUボートの出撃は続けられた。

最終的な結果として、大戦全期を通じたUボートとその乗組員の損失は、743隻、約3万人に上った。一方、連合軍はその数倍に上る損害を受けたが、ついにUボートによる通商破壊で連合国側を屈服させることは出来なかった。

Uボート戦について、デーニッツは、「1938年から大Uボート艦隊を用いて戦争に入っていれば戦いの推移に決定的影響を及ぼせた(勝利できた)であろう。もし2倍のUボートを生産していても大きな影響を与えられた。しかし、第二次大戦では軍備不十分のまま対英戦に突入した」と戦後総括している。大戦中にドイツが培った革新的な潜水艦技術は戦後、連合国側に吸収され、世界の潜水艦開発に大きな影響を及ぼした。

戦後のUボート

第二次大戦後、東西に分裂したドイツは東西冷戦の最前線となり、主権の回復と共に再軍備が認められた他、西ドイツはUボートの保有も認められた。しかし、戦勝国のUボートへのトラウマは全く払拭されておらず、1954年に西ドイツと戦勝国との間で結ばれた軍備制限議定書により、Uボートは大戦中よりも大幅に小型化されたものしか保有が許されなかった。この制限は冷戦の終結まで続き、輸出用のものを除けば排水量500tクラスの小型潜水艦が細々と就役していた。90年代半ばに制限が解除されると共に水中排水量1830トンの中型潜水艦212A型潜水艦の建造が開始され、現在2隻が就航している。

種類

第一次世界大戦

* U43型潜水艦
* Ms型潜水艦
* UB型潜水艦
* UC型潜水艦
* UE型潜水艦

第二次世界大戦

* UボートI型
* UボートII型
* UボートV型
* UボートVII型
* UボートIX型
* X型Uボート
* XI型Uボート
* XIV型Uボート
* XVIIB型Uボート
* UボートXXI型
* XXIII型Uボート
* XXVII型Uボート

以下、型式番号なし

* ネガー
* モルヒ

第二次世界大戦後

* 201型潜水艦
* 202型潜水艦
* 205型潜水艦
* 206型潜水艦
* 209型潜水艦
* 212A型潜水艦
* 214型潜水艦

さらに詳しく → Uボート
外部リンク → uboat.net



潜水艦入門 ミリタリー選書26潜水艦入門 ミリタリー選書26
(2008/06/12)
小滝 國雄野木 恵一

商品詳細を見る
関連記事

タグ : 潜水艦 Uボート ドイツ海軍 U-Boot U-Boat

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:   
この記事のトラックバックURL
http://gunjimania.blog108.fc2.com/tb.php/1168-c230dd4d
 この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

 | Copyright © 軍事マニアクス - Military Maniacs All rights reserved. | 

 / Template by 家族 ペット 自分史 ブログ