欧米のアジア植民地支配の歴史

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2010/02/08(月)
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植民地(しょくみんち)とは、国外に移住者が移り住み、本国政府の支配下にある領土のこと。古くは古代ギリシアや古代ローマなどにも見られるが、以下では15 世紀に始まるいわゆる「大航海時代」以降ヨーロッパ各国が侵略によって獲得した海外領土を主として扱う。近現代においては、本国政府の憲法や諸法令が原則として施行されず、本国と異なる法的地位にあり、本国に従属する領土を植民地という。殖民地とも表記する。

概要

古代にも植民地はあるが、「植民地」の規模をそれまでにないほど大きくしたのは近代西欧諸国の産業資本主義の対外交易戦略によってである。初期にはポルトガル・スペイン両帝国が、19世紀から20世紀にかけては英国が、植民地交易によって世界覇権を握った。一般に帝国主義的先進国が植民地を原料工場・商品市場として開発するとともに、住民を政治的に抑圧支配する。

植民地を獲得する過程では、ほとんどのケースで在来住民との軍事的な衝突が起こり、その全殺戮にいたることもある。スペインによるアメリカ大陸の植民地化の過程ではしばしば現地住民の絶滅が発生し、フランスもカリブ海西インド諸島のマルティニーク島の原住民を1658年に殲滅し、純粋な島民は絶滅した。南太平洋の島嶼部では労働者として現地住民を雇用しても成功しないというのが定説であった。白人と接触以降に現地人人口が激減することも多く(ハワイやフィジー、サモアなど)、他の領土から労働者を移住させざるをえない状況がしばしば発生した。

現地住民との混血や本国国籍人の現地での浮浪化などは、しばしば民政や法的な問題を発生させた。アヘンや覚醒剤ビジネスは植民地経済に根付くことが多かった。平和的プロセスによって植民地が獲得される場合もあるが、いずれにせよなんらかの形で獲得したあとは、その植民地を統治・経営(植民地経営)することになる。その過程を植民地化という。

1804年、フランス革命に触発されたハイチが非白人国家としては史上はじめて独立して以来、旧植民地諸国は現在にいたるまで数多く独立していった。ただし先進国が独立を認めた背景には、世界経済システムの変容があるといわれる。こうした一連の過程を脱植民地化という。

統治形態

植民地の統治形態には、以下のものがある。

1. 外交権や駐軍権のみを獲得し内政は先住民による統治に任せて原則として干渉しない保護領。
2. 現地の王侯や部族長を通じて支配する間接統治。
3. 本国から総督や民政長官、軍政長官などを派遣して支配する直接統治。
4. 本国が外交と防衛のみを担当し内政は現地住民によって民選された政府・議会に委ねる自治植民地。ただし「自治」とはいっても、参政権は本国出身者に限定されたり、先住民の参加を認めても公用語(本国の言語)習得や一定額以上の納税などの条件を付けて、事実上の参政権が著しく制限されることが多い。

一般的に植民地統治が継続する中で1.から4.までの変遷をたどるケースが多いが、植民地が本国に隣接している場合、最終的に本国領土の一部として編入され、その過程で先住民も同化が進み、固有の言語や文化、民族意識を失っていく傾向にある。植民地における主権は領有国が有するが、特殊な形態として保護国、租借地や租界、複数国による共同統治領、国連の委任統治領や信託統治領などがある。

土地政策

主権のある未文明国に関しては共有、行政占領、租借、割譲という概念で領土獲得を行い、そうでない場合はもっとも露骨な領土獲得の根拠として「無主物先占」の法理が利用された。

差別・分離政策

帝国主義の時代、植民地では本国とは異なった法律が施行され、先住民には国籍や市民権が与えられなかったり、国籍を与えても「属領籍」「外地籍」「海外籍」のように本国人とは別個の法的身分に編入され、権利義務について別個の取り扱いがなされた(イギリス国民や本項の日本の植民地を参照)。これは現地に従来からある慣習法を尊重する一方で治外法権により西欧の法体系を移入することの二重構造から生じたものである。

植民地主義

植民地主義を参照

現存する植民地

現代においても事実上の植民地を保有する国は多いが、第二次世界大戦以降は各地の植民地で独立運動が盛んになったり、国連総会における植民地独立付与宣言の決議で、植民地という存在そのものが国際的に否定されたことから、客観的に見て植民地と言いうる実態を有している地域であっても、先住民に本国民と対等の権利を与えて海外領土や自治領などという言い換えをすることが多い。現在でも領有国が公に植民地としている地域にケイマン諸島などがある。

逆に、客観的に見て植民地と言い難い地域であっても、住民が領有国の統治に不満を持っている場合、領有国を攻撃するための政治的スローガンとして使われることもある。例えばフランス領コルシカ島の分離主義者は同島がフランスの植民地であると主張している。旧東ドイツ住民の中には、西ドイツの植民地支配を受けていると主張する人もいる。

類推

少数民族の居住地域で、独立運動や市民的自由の抑圧、資源の収奪等の過酷な統治が行われている地域を、過去の歴史上の植民地との類推から「植民地」と呼ぶこともある。中国のチベット自治区や新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区などはこのような文脈で植民地と言われることが多い。

植民地支配に対する評価

かつては法的にも道義的にも問題ないとするのが常識であったが、現代においては1960年に国連総会で決議された植民地独立付与宣言などに見られるように、植民地支配は被害、搾取の時代として否定されるのが世界的傾向である。旧宗主国側では、近代化という恩恵を後進地域にもたらした善行であるという評価がなされる場合もある。一方で、「部外者による発展」より「民族の独立」そのものに重きを置く価値観から、こうした「恩恵説」に対する反発も存在する。また、植民地支配が住民に与える文化的、心理的ダメージを重視する思潮もある(ポストコロニアル理論参照)。


さらに詳しく → 植民地  植民地主義  ポストコロニアル理論  インドネシア  スカルノ



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